#114 制覇特典 I
――話をしよう。黄竜を打ち倒したところまでは、全てが順調であったと言える。
だが"大型穿孔錐"は人工庭園から引き上げられ、いつの間にか穴は塞がれてしまっていた。
結局俺達は聞くも涙、語るも涙。迷宮を最下層から地上まで、片道制覇するハメと相成った。
悪意しか感じない即死トラップの雨あられ。精神に訴えかける幻惑空間。
浮揚する足場をパズルのようにハメこんで、正規ルートを通らねば踏破できぬギミック。
絶滅したとされる巨人族からの逃走。その先に待ち構えた、素敵で秘密な出会いと別れ。
既知の生物相から逸脱した、独自の進化を遂げたような謎魔物との遭遇戦。
生きたワーム内壁が常に形を組み換え続ける迷宮と、奥底で待つミノタウロスとの対決。
ワーム海の水が流入し満たされたエリアで、水棲魔物相手に大立ち回り。
温厚なれど竜を信仰するリザードマンの集落へ、黄竜の部位を持ち込んでしまって一騒動。
攻略途中のバルゥとのはからずの再会、道中苦労話をしながらの共闘戦線。
はてさて本の一冊にはなろうかという大冒険だった。
製本技術が発達し、流通も円滑になった暁には、娯楽本として売り出すことも考えるほど。
そして迷宮逆走攻略は――黄竜との決戦とはまた方向性が別だった。
一個体としての総合力が試され、そして結果的に……能力を大いに磨かれる結果となった。
持ち得るサバイバル技術を余すことなく駆使し、自らの全能を賭して切り拓いた。
ワーム内では時間感覚も喪失し、少なくとも100日以上は軽く費やしただろう。
数多くの苦難やトラブルこそあれ、黄竜の部位を運搬していたおかげで、楽に制覇できたことは否めない。
まともに攻略していたとしたら、一体どれほどの時間が掛かったかわからなかった。
ただ……自らを高め鍛え上げる――今までになかった"修行"となったことも同時に疑いない。
そして今――最上層にあたる屋敷広間にて、"無二たる"カエジウスを前にしていた。
同時にニアも連れて来られていて、久方振りの再会を果たす。
「みんな……ごめんなさい」
「いやいや、ニア先輩はなんも悪くないです」
「それに無事でなによりだったわ」
「ニア先輩は……まさかずっとここに囚われていたとか?」
「いいえ、あなた達が地上に戻ったから改めて呼ばれただけよ」
俺はほっと胸を撫で下ろしつつ、大きく息を吐いた。
わざわざ迷宮街の商業権を得たのに、俺達に加担したことで拘束など目も当てられない。
上座にて一言も発することなく、ただただ静かに見下ろすカエジウスへ向き直る。
向こうから口を開く様子がないと見るや、俺は神妙に言葉を選んで様子をうかがう。
「――迷宮制覇しました。これが証拠です」
そう言って背後に置かれた黄竜の分割された躯尾や爪牙へと、手を広げて指し示す。
既に見抜かれている上での演技であろうとも……とりあえずそれで反応を見るしかない。
カエジウスはしばらく黙っていたが、考えがまとまったのかゆっくりと口を開いた。
「誰かしらが最下層へ到達するには、まだまだ猶予があったはずだが……黄竜の"雷哮"が空を走った。
さしあたり土埋めだけをさせ、自ら周囲を探してみれば――なんとも奇っ怪なシロモノを見つけた」
虚空を見つめるように、もったいぶった調子でカエジウスは語り続ける。
「見たことのないモノだったが、地面を掘る機能があることは状況からすぐにわかった」
少しずつ声の抑揚が下がっていくのを感じる。
それはカエジウスの感情を、如実に表しているようだった。
「"その場にいた者"に問うてみた、我が地にて店を構えるそこな"ニア・ディミウム"にな」
糾弾するようにぐっとカエジウスの視線が、ニアへと突き刺さった。
ニアはいたたまれぬ表情で目線をそらしてしまう。
「そやつは地質調査などとのたまった。まあ察しはすぐについたし、地中のモノを引き上げれば一目瞭然」
こっちとしても弾劾を想定をしていなかったわけではないが、返す言葉が見つからない。
というよりは気が穏やかでない五英傑を相手に、下手に言を遮って刺激したくなかった。
「当然だが穴はすぐに塞がせてもらった。純粋に迷宮を攻略してもらう為に造ってきたが、侮辱された気分よの」
肩を落として顔を下に向け、目を瞑りながら深く溜息を吐くカエジウス。
そこに関しては正直なところ、申し訳ないという気持ちもなくもなかった。
「そしてキサマらはこうして現れた。もっとも倒された黄竜から名を聞き、だろうな――とは思とった」
カエジウスは視線を上げると、改めて全員の顔を見つめていく。
「だが振り返ってみれば……確かに、"自由にやれ"という旨をまんまと言わされていた」
「申し訳ない。あの時点で頭に絵図が浮かんでいたので、引き出させてもらいました」
空気を読みながら、すかさず俺は謝罪を述べる。
「もっとも地上へ戻るまで、大分苦戦した様子――」
「正直に言えばまぁ……堪能させていただきました、良くも悪くも」
「なれば、少しは溜飲も下がる」
剣呑な雰囲気が緩和されたのを、はっきりと感じた。
時間の浪費こそあったものの、迷宮逆走攻略それ自体を通じて得たモノは決して少なくなかった。
「黄竜を討伐したことは事実だし、約束を反故にするのも矜持に関わる」
問い糾されて制裁すらも覚悟していたのだが、思ったより話がわかる爺さんにとりあえず胸をなで下ろす。
「――よって温情を与える。キサマらのやったことも、今後の良き課題である」
「ありがとうございます、俺たちもいい経験はさせてもらいました」
俺は深く頭を下げると、フラウ、ハルミア、キャシー、それにニアも続いて礼をする。
一拍置いてから恐る恐る、俺はダメ元で尋ねてみる。
「ちなみに穴を空けた道具についてですけど――」
「大した使い道もないのでな、没収などはしておらん」
「わたしの店の裏でしっかりと保管してあるわ」
ニアの言葉にとりあえず安心はする。あれも貴重な商会の財産である。
個人的に使ったりはしても、それを壊しただの、失くしただのはあまりしたくなかった。
「――ではまず言っておくべきことを一つ。迷宮の攻略情報は、向こう二年は他言せぬこと」
「二年もあれば……完全に造り変えてしまうということですか」
「そういうことだ――では。さあ願いを言え、どんな願いでも三つだけ叶えてやろう」
カエジウスは「許せる範囲でだがな」と付け加え、こちらの返答を待った。
「んでは、遠慮なく。お約束なんですけど、願いを百個にするというのは?」
「別に構わんが、叶うべき価値基準も相応になる」
「じゃあ三つでいいです。一つ目は――」
これは最初から決めていたと同時に、唯一の願いでもある。
「ここカエジウス特区領における"採掘権"が欲しい」
「ほう……」
冒険者などに依頼していた世界中の"地勢調査"の結果。それらを一部分析していって判明したこと。
この土地には"浮遊石"が大量に埋蔵されているのがわかった。
恐らくはワームが関係していると思われ、迷宮内部でも散見された。
どういう原理なのかは不明であるが、工業的にも建築遺産的にも注目すべき素材。
さらに実用化が進めば、軍事面においても重要な物質になりえよう。
元世界には……少なくとも地球にはなかったロマン溢れる資源――絶対に確保しておくべきものだ。
「まあよかろう、周囲の環境を過度に破壊することのないよう留意せよ」
「どうもです。この紋章をつけている人間を派遣するので、よしなに」
俺はそう言って外套の肩にある、シップスクラーク商会の紋章を見せる。
国家的な干渉はカエジウスにとって御法度だろうが、今はまだ商会規模だから問題ないようだった。
「二つ目の願いを言うがよい」
「それがまだコレといって決まってなくて――」
俺はちらりとフラウ、ハルミア、キャシーへと目を移す。
「私はその……攻略前に、叶っちゃった――ってことでいいかも知れません」
「あーしの願いは帰りの攻略途中で叶っちゃったかな~」
フラウは俺とハルミアをそれぞれ交互に見る。
まあずっと迷宮に潜っていたゆえに、そういうのは既に済ませてある。
「アタシの願いはベイリルとフラウに勝つことだしなあ。自分で叶えることだから関係ないや」
キャシーは後頭部で両手を組みながら言い、俺はニアの方へと視線を移した。
「というわけで、ニア先輩が良かったら……なんかどうぞ」
「いえ、わたしは遠慮する。対価をもらっての仕事だったし、それも最後まで果たせなかった」
「まぁ……そう仰るなら――」
細かく考えるなら、それこそ叶えてもらえることは山ほどある。
金が欲しい、宝物が欲しい、永久商業権でもなんでもいい。
それらはどんなものでも、小さくない利益に繋がってくれるだろう。
しかし可能な限りで叶えられる3つの願いとなると、なかなかに悩ましいところだった。
迷惑を掛け世話になったニアになら、一つくらい譲っても良かったのだが……。
彼女にはそもそも自分自身で努力・遂行し、その成果を良しとする信条がある。
だからあまり無理に譲っても、逆に反感を買うだけにも思えた。
「"無二たる"殿、今までの制覇者は何を願ったんでしょう? よければ参考にしたいんで」
「多かったのはやはり"召喚契約"だ」
迷宮街を構成するのに、切っても切れないカエジウスのみの法。
強制契約をしつつも相手の思考能力を奪わないその性質は、通常の魔術契約の域を逸脱している。
「"魔法"なんですか?」
「質問ばかりか――完全とは言えんが制覇したゆえ、仕方なく答えてやるが……魔法だ」
「つまり魔法使――さすがは五英傑と言えばいいんでしょうか」
「……さてな、迷宮以外のおべっかはいらん。さっさと願いを決めろ」
引っかかりを感じつつも急かされるように言われ、俺は叶えるべき願いを質問と同時に投げかける。
「ワームって召喚契約できますか?」
「無理だ、この一匹のみしか存在しない。完全に死んだわけではないが、蘇生させることも不可能だ」
(……カエジウス本人は、ワームと契約することはできなかったんだろうか?)
それは一つの素朴な疑問だった。とはいえこんなデカブツを養えるわけもないか。
すると様子を眺めていたキャシーが、思いついたように口にした。
「そうだ、"黄竜"だ――黄竜と契約しようぜ!」