表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/538

#06-2 魔術 II


 転生、流転、円環。

 回り、廻り、巡る。


 二次元(へいめん)上の回転は、やがて三次元(りったい)を得る。


 ()く──この(おり)に風穴を()ける。己と世界の、明日へと続く道の為に。

 削る──素手ではどうにもならない、土を圧縮したように立ちはだかる堅固な障害(かべ)を。

 掘る──ほんの少しずつ前に進む。渦巻く風をその手に、螺旋を(えが)く回転をその人差し指に。



(いい調子だ……実際に魔術を行使する。"進化の階段"を一段、(のぼ)れた気分だ)


 一切の光がなかった空間も……幾分(いくぶん)か目が慣れてきていた。

 ずっと無明だったハズなのに──ぼやっとではあるが──輪郭を(とら)えるまでになっているのがわかる。

 赤外線視力だとかそういった(たぐい)の、一部の動物やら虫だのが備えているような……可視域(かしいき)が拡張でもされたのだろうか。

 "魔力強化"による、肉体・感覚能力の向上効果が顕著(けんちょ)になったのかも知れない。


(無敵感というか全能感というか、やばいな。何でもできる気がしてくる)


 スーパーポジティブシンキング。成功体験が次々に連鎖しそうな、最高の心身状態とも言えよう。

 自分の魔力を知覚し、血液と(とも)に魔力が全身を駆け巡っているのが感覚的に理解できる。



 空気の流れを操作して(つく)り出した"風螺旋槍エアドリル"が、一回転するごとに勢いを増していく。

 それをさらに閉じ込め、圧縮するように──先端へと集中させ、削岩し、掘り(つらぬ)いていく。


(……"魔術"は、絵を(えが)くことに似ている)


 空間(せかい)を真っ白なキャンバスに見立て、創りだしたいモノを明確に想像し、己という(ふで)を取って、魔力という絵の具で塗り上げる。

 誰でも如何様(いかよう)にも(えが)くことはできる。ただし実際に作品として仕上げるには、確立された技法を学んだほうが効率が良いものだ。


(その為に必要なのが、詠唱や動作といった決められた手順(ルーティン)──)


 自分の中に形作る、ある種の行為(スイッチ)。本来魔術の発動においては不要なものだ。

 しかして魔術は往々(おうおう)にして、詠唱や動作をともなうのが慣例法となっている。



(なぜか? 単純にそうした(ほう)が、やりやすい(・・・・・)からだ)


 確実な発動の補助、物理現象をもたらす上での安定性、さらには威力や効果そのものの強化。

 心深暗示(おもいこめば)メソッド(なせばなる)──"初代魔王"が考案・実践したのが、魔術史の始まりとされている。


 特に"声"というものは最も手軽かつ、量の調整も自在な──体内から外界へ(・・・・・・・)向けて発せられる行為。

 そこに"力強(ちからづよ)い言葉"を詠唱として乗せることで、より思い込みを強化し、声と共に放出する。

 身振り手振りを加えることで、魔術を(はな)つという行為そのものを一層強固にする。


 長々と大仰な詠唱をし、魂を込めて叫び、豪快なアクションを(ともな)わせる。

 偽薬(プラシーボ)効果よろしく心理に根ざした行為というものは、魔術にとってもとかく肝要(かんよう)なものなのだ。



(突き、抜け……たッ! 俺のォ──勝ちだ!!)


 進退を賭けて、全存在(いのち)を懸けて、疾走し駆け抜け、高みへと()けた。

 だがまだ全てが終わったわけではない、未来(あす)への道を架けるのはまだ未知の渦中にある。


 穿(うが)った穴から星明かりが差し込んでいる。どうやら外は夜中のようだった。


「草が風に吹かれる音、フクロウのような鳴き声、虫が響かせる合唱。不穏な音は……なさそうだ」


 理解(わか)る。研ぎ澄まされた神経が、鋭敏な聴覚が、外の状況を間接的に把握できる。

 俺は穴を大きくぶち()けると、"片割星"に迎えられるようにその反射光を浴び、新鮮な呼吸を肺に取り入れた。


「あぁ……最高だ」


 風を浴びる。過去の俺が、さながら"陳腐化(ちんぷか)"したような心地。

 今まで俺は死んでいたのではないかと思えるほど、世界は感動に満ちているのだと全身を(とお)して実感する。



「──さて、のんびりしてもいられないか」


 星光の下で俺は周囲を観察する。

 深い森の中を切り抜いたような場所に、薄明かりの中で明らかに浮いている、似つかわしくないドーム状の土檻──


「土棺か土墓のようにも見えるな……が、四つ(・・)


 その内の1つは先刻まで俺が中に入れられていて、既に破壊されたモノだった。

 しかし残りの3つの土塊(つちくれ)ドームは、ほぼ同じ大きさで無傷の状態のまま安置されている。


「……俺以外にも三人ほど、(とら)われていると見て間違いないな」


 脱走の好機(チャンス)ではある、あるのだが……視界に映ってしまった以上、無視するのは(はばか)られる。



「っはぁ~……」


 俺は森の隙間から覗く天空を(あお)いで、大きく息を吐いた。


(見捨てる、という選択肢)


 そうなれば俺は今後長い一生の中で、常に心にしこり(・・・)が残るだろう。

 安牌(あんぱい)であったとしても、開き直れるほど無慈悲になれるかというと……。


(連れて行く、という選択肢)


 いざ助けてから「やっぱりナシで」は難しい。

 恐らくは俺のような奴隷であろうし、そうなれば衰弱していて足手まといになる可能性は高い。


 そもそも現状じゃパニック状態もいいところだろうし、なだめるだけでも骨だ。



(しかしまぁ……見捨てるにせよ連れて行くにせよ、こんな地理も全くわからない暗い森の中か)


 俺一人だったとしても食料も道具もないし、服もみすぼらしい。

 サバイバルのノウハウもない中で生き抜くには、相当()の悪い賭けになる。

 危険な野生動物や毒虫もいるだろう、なにより異世界には魔物だって存在する。


 目的は判然としないが、脱走が気付かれれば追手が掛かることも充分に考えられる。


(魔術が使えるとは言っても、まだまだ覚えたて。使うには魔力も必要とするし、有限だ)


 生存率は(いちじる)しく低いだろうことは明白。

 新たに会得した己の(ちから)に酔いしれ、判断そのものを(にぶ)らせ、見誤ってはいけない。

 過呼吸にはならないよう何度も深呼吸をしながら、酸素を脳に巡らせていく。


(答えはNO(むり)だ)


 いかに子供とはいえ、見ず知らずの他人に構っていられるほど(ちから)が有り余っているわけではない。

 緊急避難的判断、まずは己の命こそ最優先とす──


 

 思考を回して結論にして決断をしようとした刹那。

 魔力強化によって鋭敏になっているハーフエルフのやや尖った"半長耳"がピクリと無意識に動く。


(なんだ……? 何かが近付いてくるか)


 心中で舌打ちしながら、いったん土塊(つちくれ)ドームの中へと退避しようとすると、すぐに"ソレ"は姿を現した。

 威嚇するような(うな)りを喉から鳴らし、ギョロリとした目を動かすのが目に映ってしまう。



 それは"トカゲ"であった、ただし……巨大(デカ)い。


 四つ足で地面に伏せているのに、目算で地上から2メートル近くはあるように見える。

 尻尾含めた全長は、10メートルはゆうに超えているであろう。


 地球に当てはめるのであれば、現代に蘇った恐竜とでも言えるのだろうが……。

 角を生やし、口元から伸びる牙、長めの()(あし)に大きな爪。

 異世界では陸上の"(ドラゴン)"に(るい)するものかも知れない。


 スンスンと鼻を鳴らすように、その()き出しの大きな瞳をこちらへと向けるのだった。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ