#06-2 魔術 II
転生、流転、円環。
回り、廻り、巡る。
二次元上の回転は、やがて三次元を得る。
衝く──この檻に風穴を空ける。己と世界の、明日へと続く道の為に。
削る──素手ではどうにもならない、土を圧縮したように立ちはだかる堅固な障害を。
掘る──ほんの少しずつ前に進む。渦巻く風をその手に、螺旋を描く回転をその人差し指に。
(いい調子だ……実際に魔術を行使する。"進化の階段"を一段、登れた気分だ)
一切の光がなかった空間も……幾分か目が慣れてきていた。
ずっと無明だったハズなのに──ぼやっとではあるが──輪郭を捉えるまでになっているのがわかる。
赤外線視力だとかそういった類の、一部の動物やら虫だのが備えているような……可視域が拡張でもされたのだろうか。
"魔力強化"による、肉体・感覚能力の向上効果が顕著になったのかも知れない。
(無敵感というか全能感というか、やばいな。何でもできる気がしてくる)
スーパーポジティブシンキング。成功体験が次々に連鎖しそうな、最高の心身状態とも言えよう。
自分の魔力を知覚し、血液と共に魔力が全身を駆け巡っているのが感覚的に理解できる。
空気の流れを操作して創り出した"風螺旋槍"が、一回転するごとに勢いを増していく。
それをさらに閉じ込め、圧縮するように──先端へと集中させ、削岩し、掘り貫いていく。
(……"魔術"は、絵を描くことに似ている)
空間を真っ白なキャンバスに見立て、創りだしたいモノを明確に想像し、己という筆を取って、魔力という絵の具で塗り上げる。
誰でも如何様にも描くことはできる。ただし実際に作品として仕上げるには、確立された技法を学んだほうが効率が良いものだ。
(その為に必要なのが、詠唱や動作といった決められた手順──)
自分の中に形作る、ある種の行為。本来魔術の発動においては不要なものだ。
しかして魔術は往々にして、詠唱や動作をともなうのが慣例法となっている。
(なぜか? 単純にそうした方が、やりやすいからだ)
確実な発動の補助、物理現象をもたらす上での安定性、さらには威力や効果そのものの強化。
心深暗示メソッド──"初代魔王"が考案・実践したのが、魔術史の始まりとされている。
特に"声"というものは最も手軽かつ、量の調整も自在な──体内から外界へ向けて発せられる行為。
そこに"力強い言葉"を詠唱として乗せることで、より思い込みを強化し、声と共に放出する。
身振り手振りを加えることで、魔術を放つという行為そのものを一層強固にする。
長々と大仰な詠唱をし、魂を込めて叫び、豪快なアクションを伴わせる。
偽薬効果よろしく心理に根ざした行為というものは、魔術にとってもとかく肝要なものなのだ。
(突き、抜け……たッ! 俺のォ──勝ちだ!!)
進退を賭けて、全存在を懸けて、疾走し駆け抜け、高みへと翔けた。
だがまだ全てが終わったわけではない、未来への道を架けるのはまだ未知の渦中にある。
穿った穴から星明かりが差し込んでいる。どうやら外は夜中のようだった。
「草が風に吹かれる音、フクロウのような鳴き声、虫が響かせる合唱。不穏な音は……なさそうだ」
理解る。研ぎ澄まされた神経が、鋭敏な聴覚が、外の状況を間接的に把握できる。
俺は穴を大きくぶち空けると、"片割星"に迎えられるようにその反射光を浴び、新鮮な呼吸を肺に取り入れた。
「あぁ……最高だ」
風を浴びる。過去の俺が、さながら"陳腐化"したような心地。
今まで俺は死んでいたのではないかと思えるほど、世界は感動に満ちているのだと全身を通して実感する。
「──さて、のんびりしてもいられないか」
星光の下で俺は周囲を観察する。
深い森の中を切り抜いたような場所に、薄明かりの中で明らかに浮いている、似つかわしくないドーム状の土檻──
「土棺か土墓のようにも見えるな……が、四つ」
その内の1つは先刻まで俺が中に入れられていて、既に破壊されたモノだった。
しかし残りの3つの土塊ドームは、ほぼ同じ大きさで無傷の状態のまま安置されている。
「……俺以外にも三人ほど、囚われていると見て間違いないな」
脱走の好機ではある、あるのだが……視界に映ってしまった以上、無視するのは憚られる。
「っはぁ~……」
俺は森の隙間から覗く天空を仰いで、大きく息を吐いた。
(見捨てる、という選択肢)
そうなれば俺は今後長い一生の中で、常に心にしこりが残るだろう。
安牌であったとしても、開き直れるほど無慈悲になれるかというと……。
(連れて行く、という選択肢)
いざ助けてから「やっぱりナシで」は難しい。
恐らくは俺のような奴隷であろうし、そうなれば衰弱していて足手まといになる可能性は高い。
そもそも現状じゃパニック状態もいいところだろうし、なだめるだけでも骨だ。
(しかしまぁ……見捨てるにせよ連れて行くにせよ、こんな地理も全くわからない暗い森の中か)
俺一人だったとしても食料も道具もないし、服もみすぼらしい。
サバイバルのノウハウもない中で生き抜くには、相当分の悪い賭けになる。
危険な野生動物や毒虫もいるだろう、なにより異世界には魔物だって存在する。
目的は判然としないが、脱走が気付かれれば追手が掛かることも充分に考えられる。
(魔術が使えるとは言っても、まだまだ覚えたて。使うには魔力も必要とするし、有限だ)
生存率は著しく低いだろうことは明白。
新たに会得した己の力に酔いしれ、判断そのものを鈍らせ、見誤ってはいけない。
過呼吸にはならないよう何度も深呼吸をしながら、酸素を脳に巡らせていく。
(答えはNOだ)
いかに子供とはいえ、見ず知らずの他人に構っていられるほど力が有り余っているわけではない。
緊急避難的判断、まずは己の命こそ最優先とす──
思考を回して結論にして決断をしようとした刹那。
魔力強化によって鋭敏になっているハーフエルフのやや尖った"半長耳"がピクリと無意識に動く。
(なんだ……? 何かが近付いてくるか)
心中で舌打ちしながら、いったん土塊ドームの中へと退避しようとすると、すぐに"ソレ"は姿を現した。
威嚇するような唸りを喉から鳴らし、ギョロリとした目を動かすのが目に映ってしまう。
それは"トカゲ"であった、ただし……巨大い。
四つ足で地面に伏せているのに、目算で地上から2メートル近くはあるように見える。
尻尾含めた全長は、10メートルはゆうに超えているであろう。
地球に当てはめるのであれば、現代に蘇った恐竜とでも言えるのだろうが……。
角を生やし、口元から伸びる牙、長めの四つ足に大きな爪。
異世界では陸上の"竜"に類するものかも知れない。
スンスンと鼻を鳴らすように、その剥き出しの大きな瞳をこちらへと向けるのだった。




