#113 迷宮決戦 III
終わりなき雷の暴風に曝されながら、俺は脳みそをフル回転させる。
結局はオーラムに倣うでなく、自分達がやれることで打ち倒すしかない。
(魔力量には……まだ余裕はある)
ハルミアの治癒魔術に、自己回復魔術を重ねたおかげで体も十二分に動く。
あとはどう倒すかという選択なのだが……それこそが問題であった。
あの雷撃範囲内でもう一度、繊細なポリ窒素を結合させることは不可能。
キャシーには雷霆を司るドラゴン相手に、直接的にダメージを通す手段はない。
ハルミアも場所を選んで突き通すことができるだけで、決定打にはほど遠い。
フラウの斥力手刀ならば、どの鱗だろうと貫けるだろうが……あの巨体相手には針で刺す程度のもの。
指定領域を歪曲させて直接削り取る"終序曲"も、外側からだけで範囲も狭い。
"最終楽章"のブラックホールは、手中でのみ形成されすぐに蒸発する。
そもそもほぼノータイムで発生し続ける雷霆の出力に、近付くことが自殺行為である。
仮にそんな中でまともに当てることがてきても、ドラゴンの一部が消せるのみでしかない。
(だが……──)
ブラックホールを形成する瞬間は、フラウの重力魔術が作用している一定範囲を圧縮にかける。
今の彼女の実力では、ドラゴンの巨体まで引き寄せることは不可能だが──
「なぁフラウ、雷撃を一瞬だけ消せるか?」
「それって"最終楽章"で? 多分できると思うけど一回こっきりだよ?」
作戦を考えているとキャシーから、心の底よりの声が漏れ出る。
「あーダメだ、もう魔力切れるわ」
「えっちょ……わたしだけじゃムリだってば!」
「キャシーちゃん!」
「お前が生命線なんだぞ!?」
退却しようにも、入口は実際に見えている距離以上に遠く見える。
今この瞬間キャシーが倒れられたら、全滅必至であった。
「わかってるっての、やり方を変える。ハルミア頼む」
「はい……? 私ですか?」
「気合で耐えるから回復し続けてくれ」
「ぇえ!?」
言うやいなや、キャシーは雷撃を放つのをやめて別の集中を開始する。
自らを避雷針にするように、両手を突き出して雷を一身に受け止めた。
「ぐっぁあああああああああッ!!」
咆哮とも絶叫とも知れぬそれを肺から絞り出すキャシーに、俺は意志を固める。
もはや逡巡している暇はない。思いついていたそれを、即座に実行に移すしかなかった。
「其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映し己道を果たさん。魔道の理、ここに在り」
──決戦流法・烈。ここが最高潮。
もはや後先を考えず全力全開。防御を捨てて攻勢へと極振りする。
ハルミアの魔力がなくなってキャシーが倒れる前に、決めきるしかない。
「"旋風疾走"で併せる!」
「おっけぃ!」
俺はフラウへそれだけを伝えるとすぐに理解し、彼女は応じるように集中する。
作戦の仔細を悠長に伝える暇はない。それでもフラウは俺を信じ、切り札を託してくれる。
「斬竜"太刀風"」
それは風の剣というには、あまりにも大きすぎた。
黄竜の巨体と変わらぬほど大きく、ぶ厚く、そして繊細すぎた。
それはまさに極限まで研ぎ澄ませた風の塊であった。
しかし、それだけでは終わらせない。
追い詰められた状況でこそ、開眼できることがあるのは身をもって知っている。
言わば黄竜は踏み台だ。俺の為に律儀に用意された、成長材料を見なせ。
かねてより思い描き、修練し続けていたそれを──今、完成させるのだ。
("手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に")
術同士を強固に結合する。技同士を鎖のように繋ぎ、渾然一体に混ぜていく。
過去何度か味わった極度集中を今一度、俺自身に刻みつけろ。
圧縮固化空気による微細な刃と、真空の層による圧差をチェーンソーのように回転させる。
さらに超音圧振動波を混ぜて、強引に切れ味を超増強した荒術技。
基本の"風太刀"に、"風鋸"仕様と"音空波"機関を搭載させる。
音空波が内部破壊ならば、音圧振動はその応用となる外部破壊。
(もう、一歩──ッ!)
黄竜の鱗に通じさせる為に……さらにもう一つだけ欲張る。
状況が状況であるからこそ、己の限界を超越し、事を為さしめる。
"風太刀"を形成できているわずかの数瞬。
フラウの"有量円星"で雷嵐が止まる間隙。
そして直前に雷を取り込むその刹那。
「我が一太刀は気に先んじて空疾駆り、無想の内にて意を引鉄とす。天圏に捉えれば、すべからく冥府へ断ち送るべし」
ただただ全てのタイミングを合わせ、逃さなければいい──それだけの話。
ここまで積み上げてきた自分自身の強さ。"俺が信じる俺を信じる"。
頭と心に思い描く"最適の俺"に、俺自身を重ねて動くだけだ。
最高の"機"を確実に掴み、決して離してしまうことなどありえないと……狂えるほどに盲信していた。
俺はあらん限りに声叫すると同時に、フラウが魔術を重ねる。
「"最終ッ楽章"!!」
フラウの重力魔術によって、小型中性子星ごと雷の嵐が一気に収斂させる。
同時に俺は超音圧振動波を宿した風鋸太刀を間に差し込みながら、無差別雷を内部に織り込む。
最下層は一瞬の静寂を帯び、プラズマを内包した風太刀がエリア内を煌めき照らした。
超加速を得た俺自身と共に、刃と黄竜とが交差する。
決戦流法・烈から風太刀を形成し、さらに長大化させる。
風刃を高速回転させて、共振増幅する音圧振動波を纏わせる。
電撃を取り込んで内部をプラズマ化したエネルギーと共に、肉体ごと超音速突破。
たった一人で連結合一させた──ドラゴン殺しの風の太刀。
フラウとタイミングを同調させて叩き込んだ、至大至高の一閃。
その一撃は、黄竜の翼をもぎとり、肩口から鱗を引き裂き、胴体から右腕部までを、斬断した。
「空華夢想流・合戦礼法が秘奥義──"烈迅鎖渾非想剣"」
手の中から消えた風と共に、俺はその余韻を噛み締める。
「"竜殺し"──良い響きだ、これは過言じゃない」
◇
「ギリっギリでした! 本当にもう死ぬところだったんですよ!?」
珍しくハルミアが……しかも怪我人相手に声を張り上げる。
治療が済んでしばらく休んでからであったが、怒りと心配の入り混じる言葉。
キャシーはまだボーっとした意識のままで、けだるそうに口にする。
「あーもうわかったってぇ、信じてたんだよ。それに収穫もあった」
「ハルミアさん、俺もキャシーと同感だ。結果オーライ、もちろん教訓は次へ活かすつもりだ」
「ぜったい嘘です! それが必要と思い込んだらベイリルくんもキャシーちゃんも、無茶しないわけがないんです!!」
ぷんすかと息を荒げる彼女の姿も愛おしく、また魅力的に感じられた。
普段見られない姿というのも、なんというか乙なものである。
それにこうして叱られるのも……なんだろう、すっごく悪くない。
心地良さを確かめながら、俺は最下層エリアを改めて見渡す。
破壊痕が戦闘の苛烈さを物語っていて、同じく黄竜との決戦は終着を見た。すなわち俺達の大勝利。
(オーラム殿に、土産話として持ってけるのが楽しみだ)
飛行もできないワームの体内という狭い空間で、"重合窒素爆轟"で不意討ちをした上で……。
危うき場面も多かったものの──それでもあの"七色竜"の一柱を打ち倒すに至った。
「ハルっちハルっち、あーしは?」
「フラウちゃんも何しでかすかわからなくて危なっかしいです!」
「え──ー……」
フラウがやんわりと抗議のうめきをあげ、ハルミアは大きく溜息を吐いた。
「はぁ……まったくもう、結局は私がもっともっと医療魔術を高めるしか……」
『緊張感のないことだ』
"打ち倒した黄竜"の口から、呆れたような声が聞こえる。
「なに、強者ってのは常に余裕を見せるもんさ」
『たしかに美事だった。名乗るがいい、強きヒトよ』
「ベイリルだ」
「フラウ~」
「ハルミアです」
「キャシー」
『覚えておこう。ベイリル、フラウ、ハルミア、キャシー』
「なぁよぉ……偉そうにしてるとこ悪いんだが、オマエ死なないの?」
キャシーが素朴な疑問を口にする。
黄竜は左肩から斜めに向かって胴体が泣き別れとなり、右腕も切断されている。
生きて喋っているのが不思議なほどに、通常どうあがいても死は避けられないダメージである。
『腕や翼は"ヒトで言うところの一週間"もあれば十分、肉体もそう掛からん』
「さすがは完全生命種たるドラゴンの最上位ですねぇ──う~ん、興味深い」
ハルミアの目が鋭くなる。解剖したい欲が、やんわりとにじみ出ていた。
「でもさでもさぁ、トロルだったら多分すぐに再生してるよね?」
「さすがにありゃ例外すぎる」
フラウの耳打ちに、俺も黄竜には聞こえないように返す。
首だけでもまだまだ戦えそうな、地上最強の種族に恥じぬ純血種のドラゴン。
全員が魔力をほぼ切らした俺達には、もはや戦闘の再開なぞ不可能である。
この期に及んでブチギレることもないとは思うが、機嫌は損ねないに越したことはなかった。
『切断した部位は、おまえたちの戦果だ。自由に持って帰るがいい』
太っ腹なのか、無頓着なのか……。黄竜はあっさりと言う。
しかしながら胴体の大部分を持ち帰るには、とてつもない骨が折れそうであった。
「あー……地上までの直通転移装置、みたいなのはなかったり?」
『なんだそれは?』
「いやほらカエジウス殿の屋敷に、魔法陣みたいなのがあったんですけど……」
『知らんな、過去の者たちも自らの足で帰っていったが──』
実に気さくに話してくる黄竜の言葉には、真実しか含まれていないようだった。
(まじかよ……迷宮制覇は地上に帰るまでが──ってか。悪魔かあの爺さん)
限定的であっても空間転移ともなれば、最低でも魔術を超えし魔導級のシロモノ。
五英傑なのだからそれくらいとは思っていたが、事実はそう甘くはなく所詮は希望的観測に過ぎなかった。
『我が一部を運ぶのなら弱い魔物は寄っては来まい、戻りはそう苦難にはならんだろう』
「あっはい」
黄竜からすれば、何もおかしいことは言っていない。
だがテクノロジーチートで、最下層までショートカットした自分達には少々耳が痛い純粋な助言。
最下層以外にも恐らく凶悪な魔物がいるだろう。
そういった厄介な魔物を道中で倒しているのなら──
実際に攻略して内部構造を直で知っているのなら──
帰りの途も黄竜の部位を魔除け代わりに、比較的容易に戻れるのは確かなのだろう。
『奴が修復するとしてもお前たちが去った後の最下層からだ、安心するがよい』
「カエジウス殿はどうやって最下層まで?」
『知らぬ』
「──さいですか」
(まぁなんにせよ超伝導物質っぽいし、意地でも持って帰るしかないな──)
隣の休息エリアへ続く内壁扉や、最下層近くまで掘り抜いた穴の大きさを考えると……細かく解体していく必要がある。
正直なるべく大きいまま、極力傷つけないようにしたいがそこらへんは仕方ない。
『ちなみにあの穴は利用しないほうがいい』
黄竜の言葉にドキリとする──が、その目線の動きを見て数瞬を置いて理解する。
残像で回避した時の……黄竜が放ったあの、極太雷ビームでぶち抜いた穴のことを言っているようだった。
『あれを使えば地上まで直通だろう、しかし奴はその手のものはすぐに塞ぎに掛かる』
「まぁ当然っちゃ当然ですね」
そう話を合わせるように肯定しながら、俺の心中でなんとはない不安の種が芽吹く。
(いやまさか……な──)
「ちょっとだけ失礼」
俺一人は最下層から戻って人工庭園への内壁扉を潜り、空気を歪ませて"遠視"を試みる。
ハーフエルフの視力と魔術を組み合わせれば、地平線に立つ人間だって判別できる。
「……無い、ないナイNAI──」
その双瞳に"映るはずのモノ"が映っていない。芽吹いた不安は満開に咲き散った。
探しても探しても──ワイヤーで垂れ下がっているはずの"魔術機械"がなかった。
それどころか掘り抜いて通ってきた穴も、天井内壁には一切見当たらない。
『やられた……やられたやられたやられたやられた──あんっのジジイぃ!!』
思わず俺は残りわずかな魔力を振り絞り、音圧最大の怨嗟を人工庭園に響き渡らせたのだった。