#112 迷宮決戦 II
「がぁあああああああっっ!!」
キャシーは黄竜の咆哮に重ねるように声を張り上げ、両者は全身で帯電していく。
まるでそれこそが真なる戦闘開始の合図とでも、主張するかのように。
「前奏ゥゥゥ曲ォ!!」
フラウは機先を制するように、気合の入れた重力場を黄竜の周囲へと見舞った。
極度重圧は黄竜の行動を多少なりと阻害しつつも、しかして圧し潰すには至らない。
「やっぱ電気に重力は相性悪いかな~、キャシー相手なら使わなくても勝てるのにぃ」
「こんな時にまでおちょくんじゃねェフラウ!」
「まぁまぁキャシーちゃん、こういう時だからこそ軽口が必要だったりするんですよ。戦場でよく見ました」
「確かに力みは良くない、持てる力を余さず使わんとヤバそうだ」
黄竜の動きには精彩さを欠いているよう見受けられた。
それはすなわち"重合窒素爆轟"で与えたダメージが、決して小さくはないことの証左であろうと。
普通にやれば相手になるまいが……しかしてここは太陽の下でなく、ワーム迷宮内。
さしあたって奇襲を直撃させたことで、圧倒的優位性を得たと分析する。
それを崩すわけにはいかないし、畳み掛けるのは基本である。
己より格上で強い敵を相手にする場合、最も重要なのは流れを掴むことと心得る。
決して相手に主導権を渡してはいけないのは、闘争において当然の理。
実力差がある敵に流れを奪われてしまえば、それはもう一方的な虐殺が待つだけ。
逆にこちらが場を支配し、相手をコントロールできる立場にあるのなら――
ありとあらゆる戦闘行動がこちらを底上げつつ、相手を封じる一手ともなる。
黄竜から解き放たれる雷光が、跳躍した俺の身へと一直線に突き通される。
しかし先んじてキャシーが撃っていた雷撃によって誘導され、近くの内壁までぶち当たった。
「貸しィ!!」
「応ッ!!」
キャシーと一言ずつ交わし合う。"雷霆"を体現する黄竜に雷は効かないのは自明。
いつもであれば、キャシーが攻撃、フラウが防御と補助、俺は攻防応変に、ハルミアが回復と分かれる。
しかし同じ雷属だからこそやれること――自身の役割を瞬時にキャシーは理解していた。
俺は竜巻をその身に纏い、もろとも圧殺せんとする重力場を切り裂くように上昇する。
直上まで飛び上がり、天井内壁を足場に蹴り抜いて、半回転して風力を爆発させた。
反転させた竜巻を、黄竜の頭頂部目掛けて一直線に――
「究極ゥ! "ブゥゥゥーースト風ゥ勢ェェキィィイイイーーーック"!!」
この術技の基本型はなんてことはない、ただの急降下飛び蹴りだが……バリエーションが複数存在する。
今まさに見舞わんとするは、片足をドリルの先端と見立てた回転蹴り。
螺旋の回転に加えてフラウの重力場によって、さらに威力を倍増させた渾身のキックである。
黄竜の首が弾けるように、その頭が地面へと叩きつけられ大きく跳ねる。
足蹴にした反動で再び跳んだ俺は、ワイヤーを射出して巻き取りながら空中を移動する。
「よっ――ほっ――はっ!」
フラウは一度重力場を解いて、その場の空間へと右拳を放った。
行進曲――それは巨大な斥力場の衝撃として、黄竜の横っ面を大きく打つ。
さらに左のアッパーカットから、右胴回し回転蹴りの斥力場を叩き込む。
その間に俺は、両手のグラップリングワイヤーブレードを交互に順次射出する。
三次元機動を繰り返しながら再び黄竜の上方を陣取り、さらなる攻撃で畳み掛けようとした――
瞬間――黄竜の顎門と、その奥に輝けるものが瞳に映りこむ。
それは体内にて超高温・超高圧に凝縮されたプラズマ塊のような、雷霆を体現する輝き。
雷光一閃――極太の雷撃レーザーが、黄竜の体内から放出された。
それはワーム内壁を容易く穿ち、地盤を溶かし貫き、地上から上空へと一条の軌跡を残した。
「残像だ」
冷や汗が一瞬で凍りつくような、奔流の残滓を横に捉えつつ俺はそう口にしていた。
七色竜の面目躍如と言えるほどの、無茶苦茶な超威力の雷大砲。
はたして黄竜の怒りなのか、それともあの程度は普通の攻撃の範疇であるのか定かではない。
いずれにしても"虚幻空映"によって実像をずらして見せていなければ、確実に消し飛んでいた。
それでも……俺は舌なめずりをするように笑った。次は撃たせない、これで終わらせる。
「右腕はくれてやる」
有能な医療術士であるハルミアがいるから、気兼ねなく全力を振るうことができる。
フラウと昼夜問わず練ってきた3年間で、意思疎通と連係も申し分ない。
圧縮固化空気の足場を蹴って、俺はもう一度直上から急降下する。
さらに黄竜の足元まで急接近していたフラウが重力を反転させると、逆に直下から急上昇した。
音を振動増幅させた"音空波"と、斥力場を内部浸透させる"反発勁"の挟み打ち。
「ッッ――」
「あっ――」
無防備に当たるかと思いきや雷竜は巧みに首を動かし、俺達の連係攻撃は紙二重ほどで躱し切られてしまう。
"重合窒素爆轟"の奇襲ダメージで、鈍っていたと判断していた。
しかしその実しっかりとこちらの動きを把握し回避するだけの余裕は残していたのだ。
俺は空中で瞬時に回転しながら、フラウと衝突を避けて着地する。
そこへ狙いすませたかのような雷撃を纏った尾が、今まさに眼前へと迫っていた。
さらにフラウには、噛み砕かんとする顎門が襲い掛からんとしている。
「くぁあアアッ!」
その叫びが追いつくよりも速く、赤い軌跡が空間を走った。
四ツ足から初速にして最速であるキャシーの突進が、黄竜の顔面へとぶち当てていた。
同時に黄竜は体勢を崩し、フラウは牙を逃れ、雷尾は俺の頭上を空振りする。
「私に切り開けない皮膚組織はないんです」
呟くようなハルミアの言葉も、研ぎ澄まされたハーフエルフの耳は拾い上げる。
いつの間にか懐へ潜り込んでいた彼女は、黄竜の後ろ足の一部を切り裂いていた。
そのたおやかな手にはあまり似つかわしくない、身の丈ほどの赤色"レーザーブレードメス"。
黄竜の動きを観察し、どこに動きの起点があるのか。
竜鱗によって全身が覆われた中でも、どこに隙間となるべき脆弱な箇所があるのか。
生理学や解剖学も修め、今なお学び続けるハルミアだけの一点突破であった。
キャシーとハルミアの一撃で、崩れ掛かる巨体が支えられるその刹那――
再度俺は飛び、フラウは倍増重力で墜ちる。
それぞれに助けられた……再び与えられた好機を絶対に無駄にはすまいと。
「波ァ――!」
「徹れぇ!!」
今度は避けられぬであろうその巨体へと、"音空波"と"反発勁"を同時に重ね当てた。
強靭な鱗も、その下の筋肉の鎧だろうと、何一つものともしない。
内部へと直接叩き込まれる、黄竜が生涯味わったことのない衝撃。
地上最強の肉体を持つドラゴンと言えど、体内を撹拌されて無事に済むハズもなし。
沈んでいく巨体をフラウは軽やかに飛び越し、キャシーは遺跡の残骸を蹴って元の位置へ。
ハルミアは攻撃後にすぐ離れていて、俺も押し潰されるより先に飛び退く。
その中途であった――もはや意思能力を失った黄竜から、全方位に雷撃が飛び散った。
「ぐっがあっ……!!」
「ベイリルくん!!」
"風皮膜"なぞ全く意味を為さない電撃をまともに喰らい、その身を奥底から焼かれる。
接近戦を敢行したのだから覚悟の上であったが、それでもなお――
視界は明滅し、ただただ痛みすら感じ取れぬ衝撃が全身を打った。
フラウの引力によって俺は引き寄せられ、キャシーが盾となり雷を逸らす。
俺はハルミアに治療されながら、意識を途切れさせないようひたすら努め続ける。
「無茶しないでよ~ベイリル」
「私をかばうからこんなッ――」
「くっ痛ぅ……ハルミアさんが無事なら、どうとでもなるんで」
雷撃が放たれるより一瞬早く、俺はハルミアへ"エアバースト"を放っていた。
そのおかげで距離の開いた彼女に、雷撃が当たることがなかったのは幸いであった。
"音空波"を全力で放っておしゃかになった右腕ごと、肉体が治癒されていく。
「うっおっやばっ……この調子じゃ、捌ききれないっ!!」
完全にブチギレた発狂状態、無差別に雷を放つ天災兵器たる黄竜にキャシーが焦燥を見せる。
誘導雷撃だけでは対応しきれないほどの雷の嵐が、最下層のエリア内を蹂躙する。
「ぬぅぅぅううううう、"狂詩曲"――」
フラウは指揮者のように、両手を何度も振った。
そのたびに空間内に小さな中性子星のような引力が発生して、不規則な重力場を形成していく。
無差別雷撃がある程度歪んだことで、キャシーも幾許か負担が減る。
「けっこう消費やばいな~、長くは保たないよ?」
「くっそ! 悔しいが、アタシには思いつかん。なんか手は!?」
「黄竜の状態を見るにダメージは大きいですが……それでもまだ――」
「完全生命種だ、再生力も一級品かも知れん」
ハルミアの全力治癒魔術のおかげで、立ち上がりながら俺は戦況を分析する。
オーラム殿のパーティは、一体どうやって倒したのだろうかなどと考えながら……。
実際に絶望を目の前にしつつ、一ツの結論へと至ったのだった――




