#110 攻略開始
「歪曲せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法――"虚幻空映"」
まずは空間に満ちる大気の密度を歪ませて、一定範囲内の光の屈折を調整する。
これで周囲からは誰にも見えない、傍目からは単なる地面となる。
「鳴響尽く、遮り鎮めん。空六柱振法――"凪の気海"」
続いて音の伝播を遮断する。これで内側から外へと音が漏れることがなくなった。
光学迷彩と遮音壁、二つの魔術を重ね併せることで、ここは完全なステルス領域となる。
不用意に近付かれない限りは、見つかることがない。
「それじゃぼちぼち始めるか」
全員の心身は充実している。装備品の要不要も選別し、戦闘準備は万端。
万が一に備えての、迷宮滞在用の備蓄も用意した。
"魔術機械"の起動と操作方法は昔に何度か見ていて、難しいこともない。
「前の時よりかなり形も違いますね、それに大きくなってる……」
もう3年近く前ではあるが、ハルミアは覚えていた。
かつて地熱を発掘するという話で製造され、利用された魔術機械。
リーティアとゼノとティータの初の合作にして、魔導と科学の融合品。
「あれから魔改造されまくったんで、この"大型穿孔錐"」
テクノロジートリオの独創性が遺憾なく発揮された結果。
とはいえ得たデータを叩き台にして、より安定した性能のモノが何基か作られたのも事実。
それらは商会の事業――掘削や採掘など――の為に、場所を選定して使われている。
「三人集まるとすごいよね~、ほんと」
「まったくだ」
三人寄らばなんとやら。卓抜した三人の親和性と、相互影響によってブーストされる。
そんなリーティアとゼノとティータが、さらに自由に創造性を発揮させた魔術機械。
それはとんでもない出力を誇ると同時に不安定さもぬぐえない為、学園に保管されっ放しだった試作品。
しかしこんなシロモノでも、場所を選ばないと掘り抜けないのがワーム迷宮である。
なにせワームの巨大さと、地盤の深さたるやトンデモとしか言えなかった。
それでも何度となく試行したソナー探査と攻略組からの情報を統合し、大まかな形は把握できた。
あとは最下層と思われる層節の部分まで、直通のトンネルをぶち抜いていく。
「名付けて――"掘って掘って掘り抜いて、突き抜けたなら俺らの大勝利"作戦」
見た目は奇抜さもあるが、マシンの構造それ自体はさほど複雑なものではなかった。
地上で収納および、引き上げ時の支え部分となる土台。
魔力を送り込む為の魔鋼棒が上部から突き出た、本体ドリル部。
そして引き上げ用のワイヤーと、巻取り用の装置である。
つまるところ地盤を固める作業は、人の手で行わなければならない。
まともにやるのであれば時間を掛け、セメントや鉄管などで崩落しないよう組んでいくもの。
当然ながらそこまでの準備や輸送を許すだけの時間も、場所の確保も、材料の調達もできない。
しかしここは異世界であり――魔術がある。
学園時代では地属魔術の卓越したリーティアが、機器の運転と地盤固めの両方をこなしつつ時間を掛けた。
今回は魔力を充填したフラウが担当し、斥力場を使って穴を固めながら短縮速攻する。
「ベイリルよぉ、ホントに大丈夫なんだろうな?」
「まぁあーしは最悪生き埋めになっても、自力脱出できるけどねぃ」
「リーティア、ゼノ、ティータの共同力作の一つだ。個人的にはまったく心配していない。
空気供給は俺が責任を持つし、最悪壊れてもまぁ……"嵐螺旋槍"でどうにかする」
燃費は悪いものの俺とフラウの魔術を併せれば、単独で掘り抜くことも恐らく不可能ではないだろう。
しかし最下層に"ラスボス"が待っているとするなら――魔力は温存しておくに限る。
(今のあいつらなら、さらに凄いの作れるだろうし……有効に使わせてもらおう)
どうせ学園で埃をかぶっていたモノだし、死蔵させておくのも損というものだ。
壊す気はないが、最悪壊れてしまっても……その時は心の底から謝ろう。
「気をつけてくださいねフラウちゃん」
「あいよ~。そういやさ……合図はどうすんの?」
「声の伝達も全部俺が請け負うよ、方向がズレたりしたらこっちから連絡する」
うなずいたフラウは本体ドリル部の上に飛び移り、魔鋼棒を掴んだ。
「ほんじゃっ地底探索、いってきま~す」
フラウはビッと形だけの敬礼して魔力を込めると、ドリルが回転して地面を削っていく。
ゆっくりと土台部から切り離されたドリルは、フラウを載せたままゆっくりと沈んでいった。
◇
早朝より始めて昼に差し掛かりそうになると、声が穴の奥底から響いてくる。
『うおぉ~い、きていいよ~!!』
「おーう! そのまま待機なー!!」
『りょーかーい、まじすごいよーーーっ!!』
俺はそう頼んだ後に、ハルミアとキャシーへと向き直る。
「大事はないと思うけど、俺が殿で」
「よっしゃ、じゃっお先ィッ!」
「それでは私も失礼します」
言うやいなや跳んでワイヤーを掴み、一直線に落ちていくキャシー。
続くようにハルミアも、下を一度だけ覗き込むとすぐに臆することなく降りていった。
「んじゃニア先輩、すみません。後のことはもろもろ全て頼みます」
「えぇ、しかと請け負いました」
「遮音と迷彩は解けちゃうんで、誰かに問われたらてきとうに」
「わかっているわ――無事制覇することを祈ります」
俺はニィっと笑って、備蓄袋を背負うと落ちていく。
深く――暗く――長く――何キロメートル地下かわからないほど。
そうして――光がふっと見えた瞬間には、あっという間に広い空間へと出ていた。
「おっ……ほぉあああ――これが本当にワームの中なのか」
自然と配置された岩場からは滝が落ち、流れる川は大きな人工湖へと続いていた。
森があり、緑が生い茂り、草原の一角には花びらが舞っている。
領域を照らす謎の光源、僅かに吹き抜け香る風、さらには適温にまで保たれていた。
「やたらめったら凝った人工庭園だ……」
天井からワイヤーで垂れ下がる、ドリル機関部から俺は飛び降りる。
そして地上で既に立っている、3人のもとへと着地した。
「なあなあおいおい、ここが最下層か? すっげーいいとこじゃん」
「いーあ、ここは最下層じゃないよ」
「フラウの言う通り、最下層の一歩手前だな――そうだな、さしずめ"休憩所"のようなものか」
なかなか粋な真似してくれる。直径数百メートルのだだっ広い自然公園。
魔物の気配も感じない、どういう技術で保っているのかもわからない。
流石は生涯の多くを迷宮建築に費やしている、良くも悪くも変人。
「でも英気を養う必要があるということは……最下層は覚悟しろってことでしょうねぇ」
「確かに体調万全で挑めということなんだろう」
俺は備蓄袋を地面に置くと、中から食料と水を並べていく。
「アタシはすぐにでも突っ込んでいいんだがな……フラウは疲れてんか?」
「充填分は空っ欠だねぇ、通常分もまぁまぁ使っちゃった。でもキャシーよりは多いよ」
「うるせー、戦いは魔力だけじゃねえ」
「俺も思ったより消耗が激しかった。ここは素直に休息しよう」
「どんくらい? 一週間くらい休憩旅行気分でお楽しみ?」
「そこまでニア先輩を放置したら申し訳なさすぎるわ。フラウは半日もあれば回復するか?」
「いや、その半分くらいでだいじょーぶダイジョーブ」
そう言うとフラウはトテトテと近付いてきて、左隣に座るとしなだれかかってくる。
「ふー……落ち着くねぇ」
小さな体躯を俺へと預け、ゆったりとリラックスする。
「ったく、二人でイチャつきやがって。そういうのは見えないトコで――」
「おっそうだねぇ、確かに二人だけじゃあねぇ……ほれ~ハルっちもおいでおいでー」
「えっ? んーっと……」
フラウはちょいちょいと手招きをし、ハルミアは少し遠慮がちに右隣へと寄り添った。
「……んあ? ハルミア? どういうこった」
キャシーは一人、わけがわからないと疑問符をいくつも浮かべ、首を大きく傾げる。
「フラウはいつも通りだが――ん? えっ、はああ!!?」
「その……まぁ、はい。そういうことです、キャシーちゃんのお察し通り」
やや照れながらもハルミアは、所有権を主張するように腕を絡めてくる。
「残るはキャシーだけだね~」
「あぁキャシーは我が強いからな。攻略するなら、この迷宮より骨が折れそうだ」
「こっちは願い下げだっつーのッ!!」
同じパーティ面子として何とも表現しにくい感情のまま、獅子の咆哮が人工庭園に響き渡ったのだった。




