#107 攻略準備 I
魔術によって圧縮固化空気で作った足場に立って、俺は上空から迷宮街を鳥瞰する。
(う~ん、でかい)
改めて――とんっでもなく巨大い。まるで怪獣映画に出てくる敵のようだ。
天災と恐れられ、時代によっては信仰の対象にもなったと聞く魔獣。
星の大地をキャベツの葉のように、喰い散らかし続けたワーム。
それを"無二たる"カエジウスが、どうやって討伐したのかも興味は尽きない。
円筒形をいくつも繋ぎ合わせたような、多体連節構造。
その体節がそれぞれ一層ずつ、迷宮を構成している。
1層分の体節が目算で縦100メートルくらいの高さはあろうか。
バルゥから聞いた話では、それが60層だか70層――
(とすれば全長にして6か……7キロメートルくらいか)
俺は改めてその異様にして威容を認識させられながら、思わず口をついて出る。
「はてさて届くかねぇ……」
圧縮固化空気の足場を解除し、ウィングローブで大地へと滑空しながら降りていく。
人気のない場所へ着地してから、さらに手頃そうな場所へと歩いていった。
俺は適当なところを選んでしゃがみこみ、地面へ両手の平を当てる。
どのみち色々な箇所で試してデータを取り、ハルミアと照らし合わせねばならない。
「はぁ~、ふぅー……――」
目を瞑って大きく何度も深呼吸繰り返して、触覚と聴覚へと二極集中させる。
――"反響定位"。元世界にも存在する技術。
音を発して周囲の物体に当て、跳ね返ってきた音によって位置を把握する。
例えばコウモリ、イルカやクジラ、鳥にも反響定位を利用して生きる種がいる。
しかし侮るなかれ、現代地球の人間にもこの技術を使える者がいる。
盲目の人の中には実際に反響定位を使って、実生活を送っているというのは割と知られた話。
まして異世界であればなおのこと、獣人種によっては当然のように使いこなす者もいる。
(人の潜在能力ってのは凄いんだよなぁ……)
同じ人間同士とは思えない人間が、現実でもいたものだ。
反響定位しかり、嗅覚や味覚も鍛えればとんでもないレベルに到達する。
運動でも芸術でも、常人の想像だにできない世界に生きている者達がいた。
(だからハーフエルフに転生した俺なら――)
魔力操作に優れ、五感も優れるエルフ種の血を半分継ぐ俺なら――できないことはないのだ。
学園時代の遠征戦でリーティアに渡された犬笛お守りによって、ジェーンの元へ駆けつけられた時から……。
反響定位技術も、使えるのではないかと密かに練習していた。
つまりは"ソナー"。双掌から音波を地下へと打ち込み、反響を感じ取る。
空属で"音圧波動"魔術を使う俺以外には不可能な、ワームの姿形調査方法。
何度も……何度も……地殻へと音波を放ち続け、感触を確かめ続ける。
"魔術機械"がここへ運搬されるまでは、まだまだたっぷり時間はある。
これもまた一つの鍛錬ついで。
五感で周囲を感じ、識域下で情報処理し、空気をも視る修練を積んできた。
地下生物相手のソナー探知とて、遠からず慣れてくるだろう。
そう自分自身を信じることも、とても大事なプロセスである。
――閉じていた眼を開けば……既に日が沈んでいた。
前世では到底不可能な集中力も、苦もなくやってのけるこの肉体がありがたい。
「まっ明日はもうちょっと効率良くやれるかね」
まだまだ探査深度が足りないものの、一部分の輪郭はぼんやりと把握できた。
とりあえずワームの節体が、真っ直ぐ地下を伸びてるわけじゃないのは御の字だった。
いくらなんでも6キロメートル以上も、|直下掘りしていくのは公算が低くなる。
「帰って飯食って……今夜は素直に寝る、か」
フラウは魔力充填の為に、集中しつつ休眠状態に入っている。
最低限の日常生活くらいは送れるものの……決行日までは、ほぼその状態を維持せねばならない。
つまり魔術を使ったり、激しい運動などをして魔力を乱すのは御法度である。
(せっかく部屋を分けて二つ取ったのに……初日だけになっちまったなぁ)
気怠さと一緒に、悶々とした気持ちを押し殺しながら――俺は帰路へと着いたのだった。
◇
商会に保管されていた"魔術機械"を積載し、比較的ならされた道を進んでいた――
衝撃吸収付きの強固な車輪で、索敵に優れた大狼が4頭で牽いていた。
馬よりも遥かに値が張るものの、出費は惜しまないと言い含められている。
より荷の安定性を取るならば、大型陸上竜などのほうが適していた。
しかし選定したルートを吟味し、さらにキャシーという護衛がいる。
いち早く異変を察知し、彼女が即応できる為に大狼のほうが良いと判断した。
わたしは馬に乗り、簡略地図を眺めながら……とある考えに耽る。
("テクノロジー"……)
フリーマギエンスの創部者である、ベイリルが好んで使う言葉である。
連邦東部訛りらしいが、あいにくと聞いたことはない。
様々な意味を内包していて、科学技術だったり知識そのものや方法論。
概念的な体系を指す場合もあり、広範で多岐に渡る言葉。
シップスクラーク商会の、確固たる理念として掲げられている。
生家であるディミウム商会も、何よりわたし自身がその恩恵を強く受けていた。
「異常よね……」
「ん? なんか言ったか?」
「シップスクラーク商会は異質って言ったの」
「そうなのか? まぁアタシは詳しいことは知らんけど」
赤い髪の獅子娘は騎乗することなく、己の足で道中歩き続けている。
当然彼女の馬を用意したのだが、「いざという時に動きにくいから」と断られてしまった。
なんにせよ聞く相手を間違えた。しかし同時に浮かんでくる。
(いいえ、実際に答えられるのは……)
――ベイリルだけだ。彼だけは明らかに他の者とは違う。
フリーマギエンス偉大なる師であり、シップスクラーク商会の総帥。
その二つの元締めである魔導師、"リーベ・セイラー"の弟子にして直下連絡員。
否、ただの弟子や連絡員には留まっていない。
全容を把握しながら、相当の裁量も任されている節がある。
(いずれにおいても――)
シップスクラーク商会の扱うモノは他に類を見ない。
農耕で不作地帯を実り豊かにし、畜産では交配を繰り返し選別している。
鉱物の調査・採掘に抜かりなく、冶金技術や建築も請け負って工学の積算を重ねる。
いずれは水産や運輸業にも、大きくその手を伸ばしてくることは明白であろう。
医療研究は特に目覚ましく、"生物そのもの"まで含まれた各種資源類の収集。
それらの研究・応用も多岐に渡り、専門の機関がいくつもある。
また多くの金融商品は商会から発案され実用化。それだけでも莫大な儲けになっているはずである。
さらに人材の収集には余念がなく。世界中から種族や身分を問わず集められている。
魔術および魔術具の研究・開発に、まだ見ぬエネルギーとやらの探求まで……。
数え切れないほど網羅する学術分野は、全く理解不能のものまで散見される。
前身があったとはいえ、ほぼ単独・短期間の内に今の規模にまで成長した。
(そして今も急成長し続けている……)
闘技祭でも振る舞われた、見たことも味わったこともない食べ物に、酒類の製造。
ナイアブが何枚も噛んでいてる芸術も、建築設計から服飾、執筆に演劇、舞踊や音響学まで。
ギャンブルやボードゲーム、楽器など多種多様な娯楽物。
用途不明の武具・兵器から、日常に便利な工具に道具。玩具に至るまで。
列挙すればキリがないほどに、シップスクラーク商会の事業幅は広い。
(そして、情報と……"特許")
げに恐ろしきは、その多くがまだ大っぴらにされてない閉じた世界であるということ。
それらテクノロジーという情報体系は、いずれ特許として壁となる。
わたしが多くを知っているのは、流通に関して携わっていたことがあるからだ。
さらに突っ込んで調べようとはしたが、その詳細までは……ついぞ知ることはできなかった。
直接的な横の繋がりは薄く、必ず一度上を通してから情報が共有される秘匿性。
(……ナイアブから聞き及んでいることもあるけど)
浮かんだ人物に心の中で振り払いながらも、学園生時代を思い出してしまう。
何かを新しい刺激が得られるかと、フリーマギエンスへと入部した。
予想を遥かに超えるものが身についたし、人脈も作ることができた。
フリーマギエンスはシップスクラーク商会と繋がり、さらに学園で地位を築き上げた。
わたしは常々「利用するだけ」と公言しながらも、商会から流通の一部の仕事を打診された。
これも良い経験になるだろうと、依頼はありがたく受諾した。
なによりも……磨き続けた自分の能力を、認められたことが嬉しかった。
しかし知れば知るほど、その胸裏が恐怖で満たされていく。
まるで目には見えない――それこそワームのような……。
世界を呑み込みかねない魔獣のような存在とすら錯覚してしまうほどに。
「本当に勝てるのかな……」
「なんだ、勝負か? 必勝の気概がないなら最初から戦うなよ」
ふと口をついて出てしまっていた言葉に、事情もわからぬキャシーに差し挟まれる。
その単純さと実直さが羨ましい。そしてわたしの信条とは、習い学ぶことにこそある。
「そうね、負ける気で戦うバカなんていない」
「おうとも。今は無理でも、最後に勝てばアタシの勝ちだ」
連邦東部の"魔術具商社"にも、帝国の"金満大貴族"にも、皇国の"権勢投資会"にも……。
共和国の"大商人"――永久商業権を叶えた"アルトマー商会"にだって負けてたまるか。
いずれ間違いなく世界に台頭するシップスクラーク商会も、傘下にしてやろうじゃないか。
わたしの代では無理でも、いずれその家名が頂点に立つ。
「商売・交渉で最も大切なのは自信、それを忘れちゃダメね」
たとえ根拠がなかろうと、それが虚勢に過ぎずとも。
それが大いなる価値を生みだし、利益へと導いてくれるのだから――




