#105 救国企画 II
インメル領主ヘルムートは、続く話をやや早めの論調で吐き出していく。
「仕方なく私は迷宮攻略へ踏み切ることにした。長じた精兵を集め、経験豊富な挑戦者を募った。
およそ百人の攻略隊――計画も十分に練って、補給も確保したハズだった。しかし結果は……」
「部隊は全滅の憂き目に遭って~」
「あなた自身も心身ともにボロボロになったわけですねぇ」
「それでもまだしがみついて、酒場へやってきてたんか」
口をつぐむようなヘルムートに、フラウとハルミアとキャシーがそれぞれ代弁する。
もはやこれ以上語らせることもない。浅慮に失敗したという、それだけの話。
「私一人が犠牲になって……民が助かるならば安いものだと思ったのだ」
「犠牲、ね――」
「それが貴族としての権利を享受し、行使してきた私の責任である」
地位と権力のある人間は、得てして腐敗もしやすいものだろうが……。
少なくとも彼を教育した父――前インメル領主は本当にまともな人間だったのだろう。
俺は腕を組んだまま背もたれにゆっくりと体を預ける。
観察している感じでは嘘は吐いていないことは、よくよく察せられた。
目線や声の抑揚、細かい動作や態度に、動悸まで偽れるほどの人材ではない。
「事情は了解しました。俺の結論としては――」
考えは既にまとまっているものの、一拍置いてから宣告する。
「迷宮攻略には利点が皆無なので、貴方を迎え入れるつもりはありません」
「……そうか、いやその通りだ。長話に付き合わせて申し訳なかった」
消沈したヘルムートはゆっくりと腰をあげて、潔く部屋から出て行こうとする。
改めて口に出して説明したことで、自分がどれだけ向こう見ずな無茶をやったのか……。
心身が正常に、冷静になっていることで身に染みるように理解できたのだろう。
「これからどーすんのさ?」
「我が身は領地に捧げる以外に使い道はない。新たな挑戦者を探すか、帝国へ直談判をしに行く他ない」
(そもそも何故最初に直談判にいかなかったのかが疑問だが――)
戦帝が本当に領地一つを戦争をする為の口実として、犠牲したとしても……。
いくら権力のある帝王と言えど、それを支える者達がいなければ国政は成り立たない。
まして戦に明け暮れる王様なれば、なおのこと地方貴族の意向は無視できるものではない。
もしもインメル領を戦争の為に見捨てるような王であれば、それは他の貴族達にも猜疑心を招く。
旅の人物にそそのかされたようなことを言っていたが、彼はそこまで世間知らずだったのか。
考えてはみるものの、正直なところそこまで興味もない。重要なのはむしろここからであった。
「民を優先するのであれば、王国や共和国へ救援を求めるというのはどうでしょう?」
「共和国の各所へは既に特使を派遣しているが音沙汰がない。王国に土地を明け渡せば……」
「奴隷にされんだろうな」
「あぁ……徹底的な搾取を免れることは無理だ、今まで戦い続けた仇敵でもある」
フラウ、ハルミア、キャシーへそれぞれ答えたヘルムートに、俺は座ったまま言葉を紡ぐ。
重要なことを――商会にとっての新たな分水嶺となるかも知れない好機を。
「早合点は良くない、インメル卿」
「……?」
ヘルムートはただただ疑問符を浮かべて、後ろ髪を引かれる思いでこちらを見る。
「貴方は確かに迷宮攻略には役立たずですが、別に助けないわけじゃない」
「う、ん? すまないが……要領を得ない、どういうことだろうか」
「まどろっこしいんだよベイリル、さっさと言え」
キャシーにたしなめられて、俺はもったいつけた言い回しを改める。
「――すまん。えーつまりインメル領は、我々"シップスクラーク商会"が援助します」
「シップスクラーク……商会?」
「俺たちの属する組織で、多種多様な事業を推進し、時に出資者のようなことも」
「そっ――そこへ口利きしてくれるのか!?」
「我々は既に潤沢な資金力と流通だけでなく、人的資源と……なによりテクノロジーがあります」
「テク・ノ・ロジー……」
聞いたことのない単語を耳にしたヘルムートは、その言葉を漫然と繰り返した。
「飢える者には食べ物を。伝染病には治療薬を。魔薬中毒者には適切な療養を」
「できるのか!?」
「これは"無二たる"カエジウスにだって無理でしょう。だがしかし、我々シップスクラーク商会なら可能です」
俺は自信たっぷりに五英傑の一人を否定してから、自らの組織を肯定する。
「ハルミアさん、"抗生物質"ってまだまだ不安定ながらも……薬効が認められてきたはずですよね?」
「はい……以前の結果報告を見ていた限りだと。ただ難航はしているようで――」
「それでも使う価値はある?」
「人体治験データ……欲しいですねぇ」
薄っすらとした笑みを、俺とハルミアは浮かべ合う。
食物と医療、これは人口増加において非常に重要な要素である。
病気というものは常に人類の大敵であった。外傷と違って魔術でも非常に治しにくい。
それどころか治癒しようとした魔術士本人が侵されてしまうこともままある。
そうなると魔術を使うこともできなくなってしまう為に、重病者の治療はただでさえ忌避されてしまう。
だからこそ最初期から資金と人材を投じて、様々な試行錯誤を繰り返させてきた。
既存のそれっぽい中途・未完成のシロモノに目をつけ、片端から回収していく。
資金や時間的問題、見通しがつかずに諦められてしまった半端な研究データや人材。
日々何気なく使われていて、それ以上の発展がないと思われている成果。
医薬品やら調味料一つとっても、既に在る何かしらを接収して地道に発展させてきたのだ。
そして完成品の存在を明示し、魔術もふんだんに利用する。
それは本来試行錯誤に費やされるはずの、膨大な時間を短縮させることができる。
一寸先もわからない暗闇を歩き続ける労力と、精神的疲弊をも大幅に軽減することが可能なのだ。
異世界の歴史と魔術を踏襲しつつ、現代知識を利用してショートカットする芸当。
それこそがシップスクラーク商会という組織と事業の基本骨子。
そうでもしないと、ありとあらゆる分野を網羅することなど不可能な側面もあるゆえに。
「既に逼迫した状況のようですから、民にも多少の負担を強いることはご理解頂きたい」
「よくわからんが、それで助かるのであれば……頼む」
俺は一息だけ吐いてから、問い糾すように口調を強くした。
「そしてインメル卿、さきほど犠牲になると仰いましたね?」
「……? あぁそのつもりだ」
「ならば是非とも、その身を切ってもらいましょう」
「なにをすればいい!? 私にできることであればなんでもする」
緊張した面持ちを見せるヘルムートに対し、俺は容赦なく告げる。
「貴方は――亡き偉大な父の後をなし崩しに継いで、血税を浪費し迷宮探索という娯楽に興じた。
インメル領を滅ぼしかけた希代の放蕩領主として、民衆の憎悪を一心に受け止めてもらいます」
「ッッな……!?」
理解しきれないと言った様子で、あんぐりとヘルムートは口を開きっぱなしになる。
「えっベイリル、それはさすがにひどくない?」
「オマエ、クソ野郎だな」
「ベイリルくん……どん引きです」
キャシーにもハルミアにも、フラウからすらも負の感情の混じる視線が注がれる。
「言うな言うな、我ながら悪辣なのはわかっている。それでもこういったわかりやすい構図が必要なんだ」
「アタシらにもわかるように説明しろ」
「シップスクラーク商会は、それなりに力はあってもまだ設立して間もない。だから悪役と救世主が要る」
「この私が悪となることで、民が救われるのか?」
「そこにわかりやすい物語性があるほど、民衆は信じ酔うものですんで」
「そういう……ものなのか?」
「えぇ、そういうものです」
俺は咳払いを一つして、改めて語りかけるような説明口調で話す。
「魔薬がどこかの国の謀略だったとしても、真相は不明。伝染病に至っては誰を憎めばいいのか?
ぶつけようのない哀しみと憎悪の受け皿。ドン底から助け出してくれる存在の演出。
それらが効果的に国中へと、"救い"を広げていくことになる。より多くを助けたいならそうすべきだ」
(ついでに"魔導科学"の教えも広める――)
こういう時こそ、宗教もとい思想を広める絶好の機会でもある。
救国と共に考えを浸透させることで、精神的支柱にもなりえるのだ。
「っそれで民が多く助かるならば……もとより命を賭す覚悟は決まっているよ」
決意が込められた瞳に、俺は大きくうなずいた。
確かに彼は浅薄で蛮勇であるかも知れない――しかし自己を犠牲に尽くす芯が存在する。
少なくともその一点に関しては、敬意を払うべき美徳だった。
「当然ですが貴方には領主の座は降りてもらいます。代理と引き継ぎはこちらから適した者を出します」
「わかった、引き継ぎの他にできることはあるのだろうか?」
「今はまだないんで、とりあえずこの宿にいてもらい――指示は追って伝えます」
残りの面倒な諸々は"三巨頭"を筆頭に、他の商会員におまかせする。
他部署にも多くの支障は出てしまうだろうが、ここは商会も負荷を掛けるべき時だ。
「それと支援をし始めたら、当然ながら経過観察をしないわけにはいかない。
以後インメル領はシップスクラーク商会の、"全面影響下"に入るのであしからず」
そう……それこそが本当の目的。
"インメル領"――後の建国の為に、いくつか選定した候補地の一つ。
数ある立地の中でも、好条件を多く満たしている場所であった。
北にはワーム海、北西には世界有数の山岳、勾配激しい土地と河川、豊かな草原地帯もある。
農耕や鉱業も盛んではないものの、形としては十分すぎるほど整っている。
また王国・共和国と国境線を接し、陸運と水運含め、文化や信仰の伝播にもそれなりに適している。
帝国に属しているのが懸念事項ではあるが、西にはここ――"カエジウス特区"がある。
(この特区領に帝国軍は入ることができない)
つまり陸軍による進行ルートが、大幅に狭められるという利点がある。
いつか大っぴらに敵対することになったとしても、特区が防波堤となってくれるのだ。
逆もまた然りではあるが、本格的な制覇勝利に動く頃には大した問題にはならないだろう。
「抗生物質の効果と、その他の薬の副作用も今後診ていかないといけませんねぇ。
魔薬による中毒症状とその対症療法にしても、多くの情報を集めなきゃ――」
さらなる後押しをかけるような、医療術士としてのハルミアの理路整然とした言葉。
順当にいけばここから独立・建国して、文明を開拓していってもいい。
第二都市にして後々の首都と接続してもいいし、いざという時の保険としても機能させてもいい。
単純にモデルケースとして割り切って、運営する手もある。
問題点を洗い出した上でブラッシュアップし、より良い建国に移るのも良いだろう。
「おめでとう、インメル卿。貴方の願いは聞き届けられた。愛すべき領民は、どうあれ救われます。
これまでの努力は決して無駄ではなかったし、これからの苦難も無駄にはしません。
結果的にこうした巡り合わせに恵まれたことに――既知となる未来へ共に感謝をしましょう」
俺は大仰に両手を広げた後に、祈るような仕草を取ってみる。
キョトンと見つめる辺境伯、半眼で呆れ顔のキャシー、微笑ましく眺めるハルミア。
「ベイリル、すっごい胡散臭いよ~」
そして待っていたフラウの突っ込みをもらったところで、俺は肩をすくめる。
「やっぱ俺は教主には向いてないかね」




