#06-1 魔術 I
人生の指針は決まった。
この異世界文明を改革して、長命の限り楽しみ尽くす。
次に成すべきことは、現状の打開である。
「まずはミクロスケール、個人で可能な範囲──選択肢を広げる。その為に必要なのは……そう何よりもまず、物理的に行使できる力だ」
はっきりと口にしながら覚悟を決める。
後悔をしている暇はもう十分にとった。病んで現実逃避してる時間はとうに過ぎ去った。
「転生してもはや後ろ盾一つない子供が、今まさに為せるべきこと──"魔術"だ」
力なくば容赦なく搾取される世界で、自衛の為にも必要な術理。
炎と血に包まれたあの時も……スィリクスのように魔術が使えていたら──フラウを見つけ、ラディーアと三人で、仮面の男から逃げ切れたかも知れない。
そして今なお切羽詰まった状態で、俺が可能な唯一の方法だ。
「っし、ふゥー……──」
光なき地べたで、とりあえず座禅を組んで、呼吸・肉体・精神とを落ち着かせ整える。
空間としてはお誂え向きだった──外からの刺激がなく、感覚を研ぎ澄ますには。
(魔術とは……体内に滞留する"魔力"を知覚し、発露させる想像を確立させ、外界へ物理現象として放出すること)
燃えてしまったであろう本の内容。またフラウの母親からも教えてもらったこと。
いずれもを思い出しながら、俺は咀嚼し反芻する。
実際に物理現象を発生させるほどのイメージというのは、生半なものではない。
(だが文明とは、世界とは──何事もまずはイメージするところから始まった)
誰かが想像した──木の棒に石を括り付けて斧の形にすれば。獣を狩る為に、長い棒に鋭いモノを取り付けよう。弓にすればより遠くへ。どういう罠なら効率的か。
誰かが空想した──自分たちで作物を作れたなら。余暇を利用して何をしたいか、何ができるのか。多く収穫する為にどう掛け合わせて、何の道具が必要で、どういうやり方が良さそうか。
誰かが夢想した──思想を、芸術を、理論を。応用と飛躍を。失敗から、成功から。気になった他人と。愛する家族と。他ならぬ自分自身。そして未来を。
世界とはまず想像によって形作られ、知らぬこともまた想像と類推を仮説に置き換えて補完される。
何事も願い、想い、象ることから人類文明は始まってきたのだ。
(高度に想像すること、できることこそが知的生命の強みなんだ)
獣や虫には不可能なこと。基本にして礎。
そこを疎かにし、馬鹿にする人間には進歩がない。蔑ろにして進化はありえなかったのだ。
(俺には……前世の知識や経験を総動員するやり方しかない)
純真無垢なままに信じ、強烈に思い込むという方法は──もうすれてしまった己には不可能なことだ。
だが創作作品で見た光景や発想や、学んだ物理の知識が必ずしも役に立たないわけではないはずだ。
(VRで遊んで、脳が錯覚するほどに感じた没入感を思い出せ。明晰夢で空を飛び、色とりどりの魔法を使った感覚を。培った妄想力を現実でも──ッッ!!)
物理現象を模倣する為に見本がいる。物事を実現するのに、明確なヴィジョンが要る。
(それに、そうだ……魔術による物理現象それ自体ばかりをイメージするのではない──)
いつぞやの"黒髪のお姉さん"が言っていた言葉が、頭をよぎっていた。
「"魔術を行使する己自身"を思い描いて確立すべし」
術理を"深化"し、"真価"を引き出し、自身を"進化"させろ。今この時をもって精神性も転生するのだ。
(ハーフとはいえ俺はエルフ種。魔力操作には一日、いや半日の長がある──)
かつて神族が人族へと退化する過程で、魔力の扱いに秀でたものが別方向への進化を遂げたのがエルフ種の原点であると聞く。
暗示を掛けるように、自らを洗脳するように、事実を心身へと沁み渡らせる。
血液に巡る魔力の胎動を知覚し、流動を掴んで離さないように。
先人達が理によって構築してきた以上、魔力もまた何らかの物質か作用による結果のはずだ。
(第五元素だとか、暗黒物質やダークエネルギー的な……)
それが仮に魔分子か魔原子か魔素粒子なのか。
あるいは魔宇宙線とか超魔弦理論とかなんかそういう──
とにかく自分の頭じゃわからないが、とにかくエネルギーとして存在しているものと仮定する。
原子に働きかけ、分子を結合し、それを化学反応として捉え、実際に形へと成さしめる。
(この世界から見れば俺は異邦人だ。だからこそ俺にしか使えない、俺だけの魔術をイメージしろ──)
異世界に転生してより──母と暮らし、魔術を知り、幼馴染と世界を知りながら考えていた。
変に奇をてらうことなく、"火・水・空・地"の四元論を基本とする中で、俺の最もやりたいこととは……。
いずれ思考が止まる──無念・無想・無我・無心の境地のような。
一切の不純物のない──全てが識域下で発現するかのような……そんな心地。
現代日本の単なる人間の頃では、到底無理だっただろう。
しかし今は種族が違う。生物としての基礎能力が違うからこそ可能な領域。
──時間と空間から切り離されて、己の裡──自身の世界を無意識に意識する。
もはや何秒か、何分か、何時間か、何日か、何週か、何季か、何年か。
やがて地上世界そのものから浮き上がってしまうような……そんな感覚すら覚えてくるようであった。
どれほど経ったのか、全くわからなくなってしまう中で、その刹那は静かにおとずれた。
密閉空間にも拘わらず、"風の流れ"を肌で感じる。
イメージする上で──"炎"と血の光景も脳裏をよぎったものの──"風"が一番好きだ。
俺のやりたいこと、"空"こそ可能性に最も合致する属性だった。
腕をゆっくりと動かしながら"それ"を誘導し、俺の右掌中で静かに渦巻いていくのを感じる。
ギュッ──と拳を握ると、圧縮された空気が弾け、膨張し、暗闇の中を一気に吹き抜けた。
「──夢、じゃあないな。確かな俺だけの現実だ」
実感を込めて俺は吐き出した。
一度魔術の発動を強く自覚すると、己の魔力の流れもより鮮明になった気がした。
「よっしゃの……しゃあっ!!」
俺は未だ囚われの状況すらも頭からすっぽ抜けたように、明確に得た新たな力に酔いしれガッツポーズを取っていた。
2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。




