表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/538

#06-1 魔術 I


 人生の指針は決まった。

 この異世界文明を改革して、長命の限り楽しみ尽くす。


 次に()すべきことは、現状(・・)の打開である。


「まずはミクロスケール、個人で可能な範囲──選択肢を広げる。その為に必要なのは……そう何よりもまず、物理的に行使できる(ちから)だ」


 はっきりと口にしながら覚悟を決める。

 後悔をしている暇はもう十分にとった。()んで現実逃避してる時間はとうに過ぎ去った。



「転生してもはや後ろ盾一つない子供(おれ)が、今まさに()せるべきこと──"魔術"だ」


 (ちから)なくば容赦なく搾取(さくしゅ)される世界で、自衛の為にも必要な術理。

 炎と血に包まれたあの時も……スィリクスのように魔術が使えていたら──フラウを見つけ、ラディーアと三人で、仮面の男から逃げ切れたかも知れない。


 そして今なお切羽(せっぱ)詰まった状態で、俺が可能な唯一の方法だ。



「っし、ふゥー……──」


 光なき地べたで、とりあえず座禅を組んで、呼吸・肉体・精神とを落ち着かせ整える。

 空間としてはお(あつら)え向きだった──外からの刺激がなく、感覚を研ぎ澄ますには。


(魔術とは……体内に滞留する"魔力"を知覚し、発露させる想像(イメージ)を確立させ、外界へ物理現象として放出すること)


 燃えてしまったであろう本の内容。またフラウの母親からも教えてもらったこと。

 いずれもを思い出しながら、俺は咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)する。


 実際に物理現象を発生させるほどのイメージというのは、生半(なまなか)なものではない。



(だが文明とは、世界とは──何事もまずはイメージするところから始まった)


 誰かが想像した──木の棒に石を括り付けて斧の形にすれば。獣を狩る為に、長い棒に鋭いモノを取り付けよう。弓にすればより遠くへ。どういう罠なら効率的か。

 誰かが空想した──自分たちで作物を作れたなら。余暇を利用して何をしたいか、何ができるのか。多く収穫する為にどう掛け合わせて、何の道具が必要で、どういうやり方が良さそうか。

 誰かが夢想した──思想を、芸術を、理論を。応用と飛躍を。失敗から、成功から。気になった他人と。愛する家族と。他ならぬ自分自身。そして未来を。


 世界とはまず想像(イメージ)によって形作られ、知らぬこともまた想像と類推を仮説に置き換えて補完される。

 何事も願い、想い、(かたど)ることから人類文明は始まってきたのだ。


(高度に想像(イメージ)すること、できることこそが知的生命(にんげん)の強みなんだ)


 (ケダモノ)や虫には不可能なこと。基本にして(いしずえ)

 そこを(おそろ)かにし、馬鹿にする人間には進歩がない。(ないがし)ろにして進化(・・)はありえなかったのだ。



(俺には……前世の知識や経験を総動員するやり方しかない)


 純真無垢なままに信じ、強烈に思い込むという方法は──もうすれて(・・・)しまった己には不可能なことだ。

 だが創作作品(フィクション)で見た光景や発想や、学んだ物理の知識が必ずしも役に立たないわけではないはずだ。


(VRで遊んで、脳が錯覚するほどに感じた没入感を思い出せ。明晰夢で空を飛び、色とりどりの魔法を使った感覚を。(つちか)った妄想力を現実でも──ッッ!!)


 物理現象を模倣(もほう)する為に見本(イメージ)がいる。物事を実現するのに、明確なヴィジョンが()る。


(それに、そうだ……魔術による物理現象それ自体ばかりをイメージするのではない──)


 いつぞやの"黒髪のお姉さん"が言っていた言葉が、頭をよぎっていた。


「"魔術を行使する己自身"を思い(えが)いて確立すべし」


 術理を"深化(しんか)"し、"真価"を引き出し、自身を"進化"させろ。今この時をもって精神性も転生(・・)するのだ。



(ハーフとはいえ俺はエルフ種。魔力操作には一日(いちじつ)、いや半日の(ちょう)がある──)


 かつて神族が人族へと退化する過程で、魔力の扱いに(ひい)でたものが別方向への進化を遂げたのがエルフ種の原点であると聞く。


 暗示を掛けるように、自らを洗脳するように、事実を心身へと()み渡らせる。

 血液に巡る魔力の胎動を知覚し、流動を(つか)んで離さないように。



 先人達が理によって構築してきた以上、魔力もまた何らかの物質か作用による結果のはずだ。


第五元素(エーテル)だとか、暗黒物質(ダークマター)やダークエネルギー的な……)


 それが仮に魔分子か魔原子か魔素粒子なのか。

 あるいは魔宇宙線とか超魔(ひも)理論とかなんかそういう──

 とにかく自分の頭じゃわからないが、とにかくエネルギーとして存在しているものと仮定する。


 原子に働きかけ、分子を結合し、それを化学反応として(とら)え、実際に形へと()さしめる。


(この世界から見れば俺は異邦人だ。だからこそ俺にしか使えない、俺だけの魔術(おれ)をイメージしろ──)


 異世界に転生してより──母と暮らし、魔術を知り、幼馴染と世界を知りながら考えていた。

 変に奇をてらうことなく、"火・水・空・地"の四元論を基本とする中で、俺の最もやりたいこととは……。



 いずれ思考が止まる──無念(むねん)無想(むそう)無我(むが)無心(むしん)の境地のような。

 一切の不純物のない──全てが識域下(しきいきか)で発現するかのような……そんな心地。


 現代日本の単なる人間の頃では、到底無理だっただろう。

 しかし今は種族が違う(・・・・・)。生物としての基礎能力(スペック)が違うからこそ可能な領域。


 ──時間と空間から切り離されて、己の(うち)──自身の世界を無意識に意識(・・・・・・)する。

 もはや何秒か、何分か、何時間か、何日か、何週か、何季か、何年か。

 やがて地上世界そのものから浮き上がってしまうような……そんな感覚すら覚えてくるようであった。


 どれほど経ったのか、全くわからなくなってしまう中で、その刹那(とき)は静かにおとずれた。



 密閉空間にも(かか)わらず、"風の流れ(・・・・)"を肌で感じる。

 イメージする上で──"炎"と血の光景も脳裏をよぎったものの──"風"が一番好きだ。


 俺のやりたいこと、"(くう)"こそ可能性に最も合致する属性だった。


 腕をゆっくりと動かしながら"それ"を誘導し、俺の右掌中(みぎしょうちゅう)で静かに渦巻いていくのを感じる。

 ギュッ──と拳を握ると、圧縮された空気が(はじ)け、膨張し、暗闇の中を一気に吹き抜けた。


「──夢、じゃあないな。確かな俺だけの現実だ」


 実感を込めて俺は吐き出した。

 一度魔術の発動を強く自覚すると、己の魔力の流れもより鮮明になった気がした。


「よっしゃの……しゃあっ!!」


 俺は未だ囚われの状況すらも頭からすっぽ抜けたように、明確に得た新たな(ちから)に酔いしれガッツポーズを取っていた。

 


2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。

それに伴い話数表記を少し変えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ