#103 無二特区 V
当事者の一人である幽鬼のような男が起きるまで、カエジウスとの会話に興じる。
「――にしても喰えぬ奴らよ。しかしなんだ、これは誰ぞの入れ知恵か?」
「いやぁ彼女の発案です。人を救って目的も果たす、なんと利口なやり方でしょう」
「謀るような形になったのは心苦しくはありますが、彼を助けようと思ったのは本心です」
俺とハルミアの言葉に一つだけ溜息を吐いたカエジウス。
彼はふんぞり返ったまま、髭に覆われた口を開く。
「こうして会うことは果たせても、答えるわけがなかろうて」
「そいつはまっこと残念なことです。尋ねたいことは山ほどあるんですが――」
「まずは制覇してからにせい、できるものならな」
「じゃ、近い内に答えてもらうことにします」
「挑戦的なその態度……貴様らのような恐れを知らぬ者たちも、昔はよくおったものなあ」
想起に耽りにかかるカエジウスの思考に、俺はすかさず割り込んで引き出しに掛かる。
「もしかして"ゲイル・オーラム"?」
「名指しか。ああ、確かにトンデモなく暴れん坊な連中だった。修繕も時間が掛かったものよ。
だが制覇したことは素直に賞賛に値する。まったく最近の輩は骨がなくていかん」
(老害みてぇだな……)
いわゆる「近頃の若い者は――」と嘆くような老人のそれ。
はたしてそれは事実なのかも知れないが……言い回しはまさに、である。
人の振り見て我が振り直せ。
俺自身、転生前は古い感性に囚われ、意欲をなくし、そういう気質があったことは否定しない。
改めて長命種として生きていく以上、忘れてはならないことだ。
彼は迷宮を造る――俺は文明を創る――
モノは違えど、己の欲得ずくと、趣味でやっていくことに……大きな違いはない。
基本骨子が似通っているのであれば、良くも悪くも参考にすべき点は多いだろう。
「にしても、知り合いがおってもわざわざ問いに来たとは……それもそのはず。迷宮に手を加えぬ日はない。
まして二十年かそこら前の話となれば、昔とは全くの別物である。聞いたところで得るものは無いに決まってるでな」
「いやまぁ制覇者だと知ったのは、つい先刻ですけどね。ただこっちのが手っ取り早いと」
俺は正直に言うと同時に、少し余裕を見せながら煽るように言う。
「情報なぞ所詮上辺だけのもの。そうやって沈んでいった者たちが幾人いることか」
「なるほど……真に得られるべきは、自らの眼で視て、耳で聴いて、その手で得た感触だと?」
「そうだ。こんなことを続けていても――貴様らの寿命を、いくら費やしたとて制覇などできん」
「でもゲイル・オーラムが制覇したのは……俺たちとそう変わらない年の頃ですよねぇ」
迷宮踏破して願いを叶えたのが20年前なら、大体同じくらいの年齢となる計算。
もっとも俺の精神年齢は、さらに30年ほどプラスされるが……。
(なんにせよ目標としては悪くない)
今度オーラム殿会った時には、しれっと「俺も制覇しました」と言ってやりたい。
「キサマらとヤツらとでは大いに違う。キサマらでは何年掛かったものか」
「かの御一行はどのくらいでした? 直接聞けば遅かれ早かれです。それくらいは教えてくれませんかね」
「あやつらは、たしか二季……いや準備も含めれば三季ほどか」
(長ェ……バルゥ殿の潜り日数にしてもだが、そこまで手間暇掛けるつもりはないぞ)
三季となるとおよそ240日に及ぶ。一年以上潜ってる連中から考えれば、それは破格のスピードではあるが……
さしあたり長命種の時間感覚で言えば、大した浪費にはならないだろう。
しかし迷宮攻略そのものに魅力を感じるか、と問われれば別段そこまででもない。
「あの時よりさらに洗練させ、凝った作りにしている。最低でも2年は覚悟してもらおうか」
(……なんつーか、こじらせてねぇか?)
五英傑と呼ばれても、俗物的な面があるのは――ある意味で厄介でもあるが、安心もできる。
何もかもを超越した理解できぬ精神性で、無茶苦茶やられるのが一番困る事態なのだから。
いずれにしても、これは意地でもクリアしてやりたいという気持ちが沸々と湧き上がってくる。
"簡単にクリアされたら悔しい"精神のクリエイターの、度肝を抜いてやろうじゃあないかと。
「――迷宮攻略には掟はないんですよね?」
「ないない、好きなようにやるがいい。自由に狩って、罠も破壊したって咎めることはない」
「ゴリ押しでの攻略もあり、だと」
「力ずくもまた妙よ、それだけの実力が伴うのであればな。修繕も楽ではないが、それは必要なことだ」
「徹底的に逃げ、隠れ、最下層まで到達しても?」
「逃げられるものならば、やってみるがいい」
ニタリと笑ったカエジウスは、目を細めながら睨めつけて釘を刺す。
「しかし街全体の法として、同じ攻略者を害する目的で事に及べば……奴隷の仲間入りを心しておけ」
「それは大丈夫です、他者を蹴落とすまでもない」
「ほんに言いよるわ」
ぐぐっとにわかに動き始める物体に、全員の視線が注がれる。
床に寝かされていた男が、両の眼を開きながらゆっくりと上体をあげた。
「お……おぉ、我が女神!」
「えっ……はい!?」
もはや幽鬼とは言えなくなった男は、土下座するように膝を折ったままハルミアを見て叫ぶ。
「茫漠たる意識の中で確かに感じました。あなたに助けられた! 是非報いさせて頂きたく――」
ハルミアに接近した男を俺は止める。
俺ですらそういうアレではまだなのに、こんなのに近付かせてなるものかと。
「おっごがぁ……」
右手の平で覆うように、俺は男の顔面を掴んで大人しくさせる。
「あーーー……これで名実共に嫌疑も晴れたということで、よろしいですか?」
「そのようだ、以後も穏便に済ませよ」
「おっふぅ……これは失礼した」
起き抜けのテンションが落ち着いた男を離し、扉へと誘導して先行させる。
「そうそう、これだけ聞いておきたいんですけど。死んだ生物を召喚契約できるってのは……?」
「後々詐欺だと訴えられても困るから答えてやるが……尾ひれのついた話だ。
大概のことは叶えてやるが、あくまでこちらの趣味であるということを忘れるな」
「ご丁寧にどうも。それでは存分に観光させてもらいますよ――最下層までね」
◇
きちんと条件付けされているのか、警備奴隷がいなくても庭の魔物は襲ってくることはなかった。
襲ってきても返り討ちにはできるだろうが、治療された男は戦々恐々と後ろをついてくる。
「んで、どーすんのさ? ベイリル」
「もちろん攻略する」
「でも時間……結構掛かりそうですよねぇ」
「オマエらは寿命長いからよくても、アタシはあんま乗り気になれんな」
「大丈夫だ、完全制覇はしない」
「どういうこった?」
「攻略のやり方に対する言質はとった。要するに最下層にさえ到達すればいい」
疑問符を浮かべる3人に、俺はほくそ笑むようにして言葉を紡ぐ。
「"テクノロジー"で攻略する――厳密には併せ技だがな」
最下層に何が待つかはわからないが、そこだけは真っ向勝負するしかない。
まさかカエジウス本人が出てきて、ラスボス気取る――なんてことはないと思いたい。
いやそれならそれでも、どうにかどうして、やりぬきやってやる……しかないだろう。
「一応は慎重に事を運ぶ必要がある。中途で取り締まられて、新たにルール追加されても困るし」
「今攻略と言ったか? キミたち」
庭を抜けて街中へと差し掛かろうとすると、幽鬼のようだった男が話し掛けてくる。
「えぇまぁ……でも部外者に聞かせることではないんで」
そう切って捨てようとすると、男は深く頭を下げて懇願するのだった。
「ならば頼む! 私を加えてはくれまいか!?」