#101 無二特区 III
身の上話を交えながら、徐々に踏み込んでいくようにバルゥと交流を重ねていく。
「へー、王国の奴隷剣闘士から成り上がったんかぁ。だからそんな傷があるんだな」
「どれも古傷ばかりだがな、まだ弱きものだった頃のものだ」
改めてまじまじと見つめるキャシーを横目に、俺は後の展望のことを考える。
(闘技場か……あとは"キルクス・マクシムス"とか、多様な競技場も国会遺産として作りたいな)
かつて栄華と隆盛を極めた、ローマに倣う一大事業。
建国などまだまだ遠い先だろうが、後世の歴史で語られるモノは色々作っていきたい。
人的資源や戦略資源のみならず、観光資源もまた文化の力として……。
人類世界を席巻する促進剤になるのだから。
「名誉の傷ですねぇ、良かったら治すこともできますけど――」
「いや、後遺症などはないから結構だ」
「ところでバルゥ殿は、何故迷宮へ挑戦を?」
「オレは"騎獣の民"の出でな。奴隷に身をやつす時に、絆を結んだ相棒が先に冥府へ向かった。
カエジウスの"契約魔法"とやらは、死んだ者すら召喚できると噂に聞いたから少し、な……」
("死後の世界"を信じているのか――というか死んだ者すら召喚……?)
どこまでが真実かはわからないが、とんでもない話である。
そもそも死後の世界が存在しているのかも、あやふやではある。
(女王屍の寄生虫みたいな例もあるし、一概に死者蘇生を否定はできんか――)
ほぼ失伝しているとはいえ、全能といわれる魔法が存在するファンタジーな異世界である。
もし仮にカエジウスの"契約魔法"とやらが本物であれば、可能性は0と切り捨てられまい。
「あ~……"騎獣民族"、あーしは一回だけ世話になったことある」
「なんなんだそれ?」
「まつろわぬ民――常に獣と共に野生に生きる、誇り高き遊牧民族だったか」
キャシーの疑問に対し、俺は頭の中に蓄えた知識を探してそう口にした。
「あぁそうだ。大陸中を移動しながら牧畜し、戦士は狩猟した獲物のみを食す民」
「そうそう、あん時は獲物かち合っちゃって、獰猛だけど気風のいい人らだった」
フラウは懐かしむように、何度かうなずく動作を見せる。
「奴隷じゃなくなったんならよぉ、おっさんは古巣に戻らねえの?」
「オレは"絆の戦士"だからな、相棒を失えばもう資格はない」
「よくわからないですけど、なんだか厳しいんですねぇ」
「それが"掟"だ、それこそが我らの誇りと純度を保つ――」
その時――壁際に座るバルゥとキャシー、その隣のフラウの目線もスッと動いた。
俺とハルミアもつられるようにして振り返ると、入り口から入ってくる男が見える。
幽鬼のような男、とでも言えばいいだろうか。明らかに正常ではない。
元の素材だけは良さそうな服はボロきれのようになり、焦点は宙を泳いでいる。
「なんだぁ? アレ」
「敗北者だ――当然だが迷宮には、あらゆるものを失う危険がある」
「死ぬだけでなく、精神が壊れてしまう人もいるわけですねぇ」
ハルミアの言葉に、俺はふっと彼女へと視線を移した。
医療術士である彼女がいれば、早々取り返しのつかないことはあるまい……。
それでも生命の危険は、常に意識はしておかねばならないことだ。
「奴らは確か百人くらいで潜って、ほとんどが全滅・離散したのだったか――」
「大所帯だねー、逆に身動きとれなそ」
「やっぱり一筋縄ではいかんわけか」
さもありなん。数が多ければ、それだけ多数を相手にしなくてはならぬ場面が増える。
大人数だからこそカバーできる部分もあるが、やはり温存を考えれば少数精鋭のほうが良い。
「そうだな。一部の本気で制覇を狙う実力者は、長く深く潜り続けている」
「どれくらい掛かるもんですかね」
「噂では……一年以上棲みついてる猛者もいるという話だ」
「なんというかもうそれ、目的が変わってません?」
半ば諦めているのか、ライフワークと化しているのか。
手段と目的とが入れ替わって、本末転倒な事態に陥ってるようにも思える。
あるいは本当にそれくらいは当然のものとして、臨み挑まねばならないほどの難度なのか。
「実際にオレも二季と少しほど潜った。本攻略であれば、一年はさほど馬鹿げた数字ではない」
「うっへぇ~……きっつ」
キャシーはガクリと肩を落としつつ、それまでのやる気が一気になくなっていく。
「行きはまだしも、戻りのことも考えねばならん」
「深くなるほど助け合えるような探索者もいなくなっていくわけですしねぇ」
「それが邪魔になっちゃうこともあるかもしれないけどね~」
ハルミアの言葉もフラウの言葉ももっともである。
(果たしてどこまで通用するものか――)
たかが迷宮にそこまで悠長な時間は掛けたくはなかった。
願い事特典は魅力的ではあるが、制覇できる保証もあるわけではない。
「なぁおっさん、そん時は何層まで行ったんだ?」
「三十三層だ、一番進んでる組は四十二層と聞いたことがある」
「何層まであるんでしょう?」
「さてな、ワームの大きさから推測するに六十層――多くとも七十層あたりと言われている」
「でもさでもさ、制覇者が建てたっていうこの店の情報ならどうなん?」
フラウの質問にバルゥは腕組み答える。
「そういう直接的な情報は、売ることはできないらしい」
「それはつまり造物主の意向にして、御威光か……当然と言えば当然」
口止めされているのだろうか、人工迷宮であれば十分にありえる話。
もしくは安易に制覇者を増やしたくないという理由からか。
「どうしても知りたいなら、"無二たる"カエジウス本人に聞くしかなかろうな」
「会おうと思って会えるのぉ?」
「無理だ。彼の者が自ら出向くのは迷宮構築の時だけで、それも人知れずで見たことがない。
オレも姿すら見たことがなく、真っ当に会いたいのならば、それこそ迷宮を制覇した時に他なるまい」
「……? 真っ当じゃない方法もあるということですか?」
ハルミアの質問に、バルゥは少し沈黙を置いてから答える。
「治安を乱して捕まり、強制的な奴隷契約をさせられる時くらいだろうな」
「さすがにそれはムリだね~」
「意外とそこらに紛れ込んで、普通に飲み食いしてたりしてな」
「ははっありえんとも言い切れんが、そんなら警備奴隷とかが何かしら反応示すだろう」
完全に思考を縛るような強制契約ではなく、しっかりと考える頭は残っているのは見て取れる。
キャシーの冗談を一笑に付しながら、俺は少し考えを深めていく。
(本人に聞く、か……)
無理やり潜入することもできるが、心象も悪く不法侵入の咎で強制契約させられても困る。
逃げ足には自信はあるが、それでも相手は"五英傑"――その底は計り知れるものではない。
ともするとハルミアが突然席を立った。
「どしたんハルっち」
「……えぇ、ちょっと失礼――」
追加注文でもしにいったか、あるいはお花摘みか……ハルミアはその場から離れていく。
「法の抜け道ってのはないもんかね」
「えーでも会えたとして、聞いても答えてくれないっしょ~」
「……ごもっとも」
いずれ国家級の力をもって、改めて接触するという方法はある。
五英傑はそれぞれが国家すら恐れぬ武力だそうだが、"無二たる"は実際に帝国の特区にいる……。
であるならば――国という立場として、交渉の場に立つことはできるだろう。
迷宮を完全制覇した上での願いが理想的だろうが――
(俺が願うのは直接的に交渉したっていいモンだしな……)
迷宮充実の為のテクノロジーを提供し、引き換えにこちらの願いを通すということも可能と思われる。
「つーか情報を知りたいなら実際の? 攻略者を探したほうが早ェーんじゃね」
「その人らも口止めされてるかもだけどね~」
「それでも可能性はあろうな。ただこの店が経営され始めてから既に二十年ほどだ」
「つまり直近の攻略者もそれくらいだと?」
「その通りだ、ここが作られてから制覇は達成されてないらしい」
「そんなに超難度なのか」
まさか新たな攻略者を出すまいと、虚偽の情報や妨害行為を売っている……なんて思い浮かぶ。
しかし"無二たる"カエジウスの法治下があるのなら、そんな無法はすまいと考えを振り払う。
その場合はただただ攻略が困難、という現実が目の前に立ち塞がってしまうわけなのだが――
「制覇者の情報はあるん?」
「実攻略が四人と、補給が一人。その補給担当が永久商業権を願った」
「へー、じゃあ他の二つの願いはなんなんだ?」
「さぁな、とんと知れん」
(俺らとニア先輩で丁度ピッタリ編成か――)
験担ぎをするというわけでもないが、一つの指標があるのは参考になる。
「制覇者の情報も売られてたりするんですかね?」
「売られてはいない。ただし名前は堂々と書いてあるぞ、あそこにな」
バルゥは受付の上方を指差し、俺はハーフエルフの視力で目を凝らす。
やや大きめの看板に、5人の名前と祝福の言葉が確かに飾ってあった。
オラーフ・ノイエンドルフ
ファウスティナ
ガスパール
ゲイル・オーラム
エルメル・アルトマー
――彼の者達の勇気と栄誉を永久に讃える――
「へぇ……うん!?」
俺は思わず目を泳がせながら、しかめっ面で二度見する。
よくよく見知った名前がそこにあった――"ゲイル・オーラム"。
(――本人で間違いない、わな)
オーラム姓はあの人の生家のもの。
さらにゲイルという名で、迷宮制覇までする実力者となれば――他に考えられない。
(そういえば……五英傑と会ったことあると、やんわりと聞いたことあったっけ)
まさかそれが"無二たる"で、しかも迷宮攻略者だったとは……一顧だにしなかった。
灯台下暗し。だがすぐにでも使いツバメを送れば、彼から情報を得られる僥倖でもある。
「あれ? ゲイル・オーラムって――」
「あぁ、あの人だ」
「誰だよ」
続いて気付いたフラウの疑問に俺は肯定する。
キャシーは直接会ったことはないものの、名前は教えた筈なのだが……。
「なんだ、おまえたち知り合いなのか?」
「えぇ、幸運でした。知り合いどころか同志で――」
「う"があぁあああ"あ"アァアア"ア"アああ!!」
その瞬間、酒場全体に響き渡るほどの叫び声が会話を中断させた。
反射的にそっちを見れば、幽鬼のような敗北者が寝転がって発狂していて……。
ハルミアがそれに寄り添うように、巻き込まれているようだった。
「ハルミアのやつ、アイツのほうが一悶着おこしてんじゃねえか!」
「なんがあったんだろ?」
「というかマズイな――」
すぐに酒場の雇われ警備に囲まれて、外からも応援が駆けつけていく。
他の客はやばいと思いつつも野次馬感覚で円を作り、発狂者とハルミアだけが中心に残されていた。
「どうやら"無二たる"カエジウスとすぐに会えることになりそうだな」
バルゥのそんな他人事の一言に、俺は少々頭が痛む思いとなったのだった。




