#99 無二特区 I
"五英傑"の一人――"無二たる"カエジウス。
人族、男性。年齢不詳だが、少なくとも200年以上は生きているという話。
端的に語るのであれば、彼はいずれ来る世界の滅びを救った――とされる。
山脈ごと大地を喰らい、とてつもなく巨大な湖を作りし"魔獣"。
休眠と活性を繰り返しながら、国家すら呑み込んだ超生物。
かの魔獣が目覚めて動き出すたびに、巨体は際限なく喰い荒らして大きくなり続ける。
"ワーム"と――ただ一言その名は、古来より天災として恐れられ続けた。
"翼なき異形の竜"とも言われ、かつて地上を支配した竜族が神族に敗れ……。
叡智ある獣の王たる"頂竜"と共に、ほとんどがその姿を忽然と消した時――
彼ら竜族が神族に支配された世界を、遠い未来に滅ぼすべく遣わした置き土産とも伝えられていた。
しかし神族どころか世界そのものを滅ぼしかねない、暴食の化身たるそんな超生物も……。
カエジウスの手によって、命運尽き果てることになる――
◇
「ははー盛況だね~」
「おーおー、すっげぇ」
フラウとキャシーはキョロキョロと辺りを見回す。
「フラウおまえ来たことなかったんかよ」
「ないね~、でも今にして思えば子供が一人で生きていくなら、割と良い場所だったかも」
帝国領の東部に位置する――通称"カエジウス特区"。
そこは世界最大の迷宮を中心に形造られた街。
放射状に展開していく街並は、夢見る冒険者達の坩堝でもある。
「どこか学園と似たところがありますね」
「確かに種族を問わず、皆が活気で溢れているな」
ハルミアの言葉に同意しながら、俺はうんうんと頷いた。
元々種族差別が少ない帝国だが、さらにカエジウス特区だけの治内法権で管理されている。
彼は独自の"契約魔法"が使えるとされ、治安を乱せば強制的に従属させられてしまうらしい。
実際に犯罪者などが絶対の奴隷として……。
治安維持やの迷宮管理他、様々に組織されているという噂であった。
「そして、あれが"ワーム"か」
――カエジウス特区の中心点、死なずの超巨大迷宮を俺は見つめる。
(いずれ世界遺産認定して、是非観光資源に組み込みたいところだ……)
カエジウスはワームを討伐したが、生体そのものの活動は完全には停止していない。
それはあえて生かされたのか、ワームの生命力が強靭過ぎたのかは定かでない
なんにせよ彼は生きた死骸を利用して、自らの手で内部に迷宮を造り上げた。
「でっかいねー、あんなん倒すなんてあーしでも何百年掛かることやら」
迷宮内はカエジウスが契約した魔物が跋扈し、下層へ向かうほどに凶悪になっていくという。
契約しているとはいっても基本は野生そのままであり、容赦なく殺しに掛かってくる。
しかし倒せたならば、その素材類は珍重され、高く売ることができる。
また犯罪者から収奪した金品や、カエジウスの収集品も"宝箱"にご丁寧に入れられているのだとか。
「五英傑の方って本当に凄いんですねぇ」
さらに罠を含めた構造全てが、カエジウスの手によってトータルデザインされているという話。
世界最大にして唯一の完全管理迷宮であり、一般に広く開放している。
それゆえに迷宮から広がるように、街が作り上げられていった。
「英傑っかぁ……アタシもソレ目指すのも悪くないかもな」
領内の法も含めて、"無二たる"のひととなりというものが窺い知れるというものであった。
そして造られし迷宮の最下層まで完全制覇した暁には――
「えーっと、泊まる場所どこだっけ?」
黄昏時を背景に、キャシーと並んで前を歩いていたフラウが振り返る。
俺はポケットからメモを取り出し、書かれている住所を確認する。
「北大通り三番目――"ディミウム商会"の店だ」
◇
寄り道をしながら到着する頃には、既に陽も落ちていた。
店には雰囲気のある照明と、わかりやすい看板が掲げられている。
「お久しぶりです、ニアさん」
「あなたたち……思ったより早かったわね」
そう言って暗い金髪をうなじあたりで結んだ"女主人"は、カウンター下を漁る。
予め連絡していた通り、宿の部屋二つ分の鍵を渡してくれた。
それを俺はフラウとハルミアへそれぞれ手渡した。
「先に休んでていいぞ」
「いいの~? じゃっお言葉に甘えて」
「あーーーさっぱり洗い流してぇな」
「キャシーちゃんって意外とキレイ好きですよねぇ」
フラウ、キャシー、ハルミアはそれぞれ手荷物と共に、2階へと上がっていく。
残った俺は改めて、目の前の女性との会話を再開する。
「使いツバメがちゃんと届いてたようで何よりです」
「そうね、飛び込みだったら部屋は埋まっていたと思うわ」
そう業務連絡のように返した"ニア・ディミウム"。
学園の専門部政経科に属し、製造科へ移った後に一足先に卒業していた。
ディミウム家を盛り立てる為に、フリーマギエンスを利用するだけと公言して憚らなかった。
努力の人――と自他共に認めているが、努力をし続けることも一つの才能である。
俺とてハーフエルフという種に恵まれていなければ、修練なぞ苦痛しかなく諦めていたこと疑いなく。
本来苦痛となることも楽にこなせるからこそ継続できたし、新たな楽しみを見出せたに過ぎない。
なんにせよ努力によって培い得た、その商業的な敏腕。
特に補給周りの采配と輸送は、学園での遠征戦においても大いに発揮された。
「依頼通り迷宮攻略に必要な物はこちらで揃えておいたわ。請求はシップスクラーク商会に?」
「いえ、帝国金貨一括で」
ドンッと道中の荷物になっていた、重めの貨幣袋をテーブルへと置く。
道すがら賞金首を狩り続けてきた報酬も、決して安くないほどに貯まっていた。
「滞在費やその他諸々の必要経費も、ここから出しちゃってください」
「はいはい、毎度どうも。迷宮探索用一式も準備してあるわ」
――その店は総合雑貨屋と言うべきものだろうか。
武器・防具・装飾具から、冒険に必要な各種道具類が整然と並べられている。
ポーションや魔術具も一部取り扱っているようで、なかなか繁盛しているようだった。
2階部は宿屋になっていて、そこを特別に早くから予約していた。
「ここがニア先輩の――最初の城、ですか」
「……本当に運が良かったわ。あなた発案の"値段均一商品"も悪くないし、ガラスの卸しも助かってる」
質の良いガラスは、各種研究の為には必須とも言える素材である。
数多くの化学変化に強く、溶媒などの保存や混合に、ガラス容器は大いに使われる。
それをニアへと卸すのは商会としても、なんら拒むようなことではない。
「なんのなんの、良い店とは良い関係でいたいですから」
カエジウス特区街では、"商業権"が存在する。
一つの例外を除いて、全店舗が2年ごとに店を入れ替えねばならないのだ。
それは審査に通った者達の中から、厳正な抽選の下に決定される。
隔年でがらっと立ち替わっていく商店群も、ここ迷宮街の観光要素でもあった。
「早めに卒業した甲斐はありましたか」
「えぇ、ここから始める。あなたたちの商会もいずれ超えるわ」
店舗はそのまま利用することもできるが、取り壊して新築するケースも少なくない。
魔術によって壊すのも造るのも、そこまで労を要しないという側面もある。
なによりもここカエジウス特区では、"契約奴隷"による格安建築がサービスとして提供されるのだ。
「というかニア先輩が自ら出張って、店舗運営してるんですね」
「ここは多彩で質の良い店が多くあるから……学べることも多いのよ」
奴隷は人手としても雇い入れて労働させることが可能であり、絶対服従というおまけ付き。
売買需要もさることながら、そうした恩恵も抽選倍率を高めている要因であった。
"無二たる"カエジウス単一個人による、高精度な奴隷契約によって管理される――
世界でも片手で数えられる、どこの影響も受けることなき独立した一つの領地。
「っと、そういえばティータからモノ届いてます?」
「今朝方ちょうどね、部屋に既に届けてあるわ」
「いやぁ道中結構消耗しちゃったんで。今のとこ作れる人は限られてるからなかなか」
「……興味本位だけど、どういう物なの?」
俺は少し悩んでから、申し訳なさそうな表情を浮かべて断る。
「すみません、現状ではまだ言えません。色々な意味で難があるテクノロジーなので――
諸々の障害や先々の見通しが立てば、ニア先輩のとこにも優先的に開示し卸しますよ」
「まあ……別に構わないけれど」
不満そうな顔は一切見せぬまま、ニアは渡された貨幣を数えていく。
「ところで有益な情報を得るなら、どこがいいでしょう?」
「この店……と言いたいけど、"黄龍の息吹亭"以外にはないでしょうね」
情報も売買対象ではあるが、やはりこの"迷宮街最大の店"にはどうしたって劣る。
店の規模じゃ言うに及ばず、客の数とその交流、流通にしてもまた桁違いである。
「確かそこって――」
俺は昼間に道中で助けた、攻略脱落者である男の話を思い出していた。
迷宮街がこうも賑わっているのには様々な理由がある。
人造迷宮内に眠る素材やお宝。独自の法によって維持される治安。
国家からの干渉がなく、定住はできないものの一時避難としては最適な土地。
種族差別が少なく、人が人を呼ぶスパイラルで賑わい拡充していく街。
それらもおまけでしかない最たる理由――実際に俺達もそれを目当てにここまでやってきた。
「共和国の"大商人"が、"無二たる"に願って手に入れた……永久商業権による大衆酒場よ」
夢と浪漫と実利が、迷宮には眠っている。
しかしそれ以上のものが、"完全制覇の報酬"として存在する。
迷宮を攻略した者に与えられる、制覇特典。
それは――"どんな願いでも3つだけ叶えてもらえる"こと。
「この街で唯一のってあれですか」
「えぇそう。二年縛りによらず、恒久的な商売を認められただけでも価値はあるけど……。
何よりも完全攻略者の願いによって建てられた店。その制覇情報は挑戦者には垂涎ものでしょう」
"無二たる"カエジウスとて全能ではないだろう――
しかし五英傑の一人が、可能な範囲で願いを聞いてくれるということ。
それはつまり大概のことは叶えられることに他ならない。
「なるほど、明日から本格的に励みますか」
「イザコザ起こして、わたしにまで波及させないようにね」
「心外です……と言えないのが辛いとこです」




