#93 後夜祭
一堂を介したパーティを抜け出し、後夜祭の"花火"を眺めながら――
俺とジェーンとヘリオとリーティアの始まりの4人。
フリーマギエンス棟の最上階庭園の特等席より、闇夜を照らす夜空を望む。
あくまで火薬調合の試作から作ってもらったもので、質も量も大したことがない。
それでも魔術を組み合わせた、締めの一発だけは……。
郷愁を感じさせるほど、実に美事なものだった。
これにて学園生最後の"馬鹿騒ぎ"は終わった。
「もうすぐ卒業だな」
「おう」
「んっ、そっか」
「だね~」
今季が終われば、現行面子の大半は卒業する予定となる。
既にナイアブやニア、パラスとカドマイア、モライヴと――ちらほら卒業している。
しかし手塩を掛けて、フリーマギエンスの教えと精神を学んだ者達の多くが……。
国中へと羽ばたかせ、巣立っていくのはこれからである。
世界という水面に、ポツポツとその波紋を広げていく。
いずれそれは大きなうねりとなり、発展と進化を促す大波となる。
「"しばしのお別れ"、だな」
皆それぞれに往く道がある、やりたいことがある。
いつまでも一緒にはいられないが、永劫会えないというわけでもない。
何かがあれば招集を掛けるし、都合が合えば不定期会合も催すつもりである。
「ヘリオは"連邦東部"だったか」
「それか……"共和国"あたりに行こうかって話になってる」
「グナーシャ先輩とルビディア先輩とか」
「おう、スズはどうだかな。一緒に行くんだか行かないんだか」
既にシップスクラーク商会に存在する情報部。
スズにはそこに携わって、大いに貢献して欲しいと考えている。
しかしなんのかんの気ままな性分の彼女は、今はまだ自由にやりたいようで……。
実家の一族、仲間との冒険、商会の仕事、色々な道筋を決めあぐねていた。
「ライブ活動もよろしくな――歌ほど大衆に浸透しやすい文化はない」
「頼まれんでもオレの歌を聴かせてやるさ。カドマイアはいないが……みんな染めてやンよ」
カドマイアは一昨日より音・曲合わせにきて、昨日は共にライブを共に演っていた。
しかし闘技祭当日の朝にはもう、戻るべく出立してしまった。
パラスは来られなかったし、祭りにも顔を出せぬほど多忙のようであった。
「その意気だ。アイドル業も世界に広められれば良かったんだが……」
俺はスッとジェーンへと視線を流す。
「ダメ、恥ずかしいもん。リンもしばらくは自領に帰るし、学園と一緒にアイドル活動は卒業!」
「えーーーじゃっこの前ので見納め~?」
「オレらみたいにラストライブくらいすんだろ、まっこっちは腕が完治してからだが――」
「試合でのことだから謝罪はせんぞヘリオ」
「はっわかってら。後遺症もないって言われたし、てめぇに手加減させないくらいには追いついたってこったベイリル」
「まぁ俺は……殺す前提の隠し技がまだいっぱい温存してたけどな」
「抜かしてろ、オレにだっていくつかある」
「それを言うなら私だって――」
「あーもう、戦闘狂の姉兄は困ったちゃんだねぇ~。意地の張り合いはほどほどに」
リーティアに諌められながら、俺達は沈黙を共有してから一度落ち着く。
「んっごほん……とりあえず私たちも、ヘリオたちと被らない日にでもやるつもり」
「世界を越えて銀河に、その名と歌を響かせるアイドルはしばらくお預けか――」
「一体何歳までアイドルをやらなくちゃいけなくなるの、私それ……」
苦笑するジェーンにヘリオが当てつけるように言う。
「んでジェーンは、歌ァ放っぽりだしてどこ行くんだ?」
「歌と踊りは趣味で続けるつもりだけど……私は一度、"皇国"へ行こうかなって思う」
「皇国かー、遠いねぇ」
「元々いたっていう孤児院か――」
カルト教団で出会う前、ジェーンは皇国の孤児院で暮らしていた。
経営難から彼女は自分自身を売るという、子供らしからぬ決断をする。
「うん、まだ残ってるらしいから……」
自身を立ち返るという意味で、出自を辿るというのは基本である。
俺もいずれはかつての亜人特区街へ、フラウと一緒に赴くこともあるだろう。
「商会も軌道に乗ってきたし、なんなら孤児みんな連れてきてもらっても構わんぞ」
商会直下の教育機関も、まだ規模が小さいながら設立されている。
定員はあるものの、そこらへんの融通は多少なりと利かせられるだろうと。
「諸々の手筈はカプランさんに言っておけば、そう時間掛からず整えてくれるさ」
「ありがとう。うん、そっか……そういうこともやれるんだね」
ジェーンは何か考えるような、真剣な眼差しを見せる。
やりたいことの指針が見つかったのか、その瞳に充実さが見える気がした。
「あー……皇国なら、カドマイアとパラスに会ったらよろしくな」
「えぇ、もし私で力になれることがあれば貸すつもり」
「なんかあったら遠慮なくオレらに連絡とってくれ、アイツら意地っ張りなとこあっから」
「ヘリオも他人のこと言えないよねー」
「んっぐ……」
リーティアの突っ込みに思わず次の言葉にヘリオは詰まる。
「お互いに言えることだな――フリーマギエンスとシップスクラーク商会は思う存分使ってけ。
ささやかなことも何かしらに繋がっていく。あらゆるものを取り込み利用し発展させる為の組織だ」
「ウチはもういっぱい、わがまま言って使ってるかんね~」
「まぁリーティアはそれ以上に貢献度のほうが大きいがな」
「自慢の妹だね」
末妹は俺とジェーンに頭を撫でられつつ、にへらと笑って身を委ねる。
「リーティアはどうするの?」
「んーと、"連邦東西"ぜんぶ回ろっかなーくらい?」
「ザックリとしてんなァ」
「ゼノとティータもついていくんだろ?」
「多分ね~。とりあえず西部の"壁街"と、東部の"大魔技師が生まれた街"は行くかも」
「どちらも魔術具が発達しているところだな」
俺は異世界の地図を浮かべながら、特徴的な都市を思い出す。
いずれは正確・精緻な世界地図も、金と人とを注ぎ込んで作る必要が出てくる。
「ベイリル兄ぃは? 商会の運営?」
「いや……しばらくは俺が関わらんでも大丈夫だから、放浪の旅に出ようと思ってる」
異世界へ来たのだから、世界を放浪し、堪能せずしてなんとする。
"文明回華"の土台と撒いた種が咲くまで、数多くの新鮮さを与えてくれるに違いない。
「まっ風の吹くまま気の向くまま、世界を順繰り巡って行くつもりだ」
世界旅行をしながら、在野より人材を見つけ引き抜き、資源類も確保する。
今しばらくはそうやって暇を潰していくのが、一番具合が良い。
「さっすが長命種様は言うなァ?」
「はっはっは、時間はたっぷりとある――と言いたいが、思ったより進行度が早い」
「どーゆー意味?」
「魔導と科学の両輪がもたらす恩恵は大きく、非常に頼りになる大人たちも揃っている。
俺が想定していたよりも遥かに早く、諸々の計画が動き出すかも知れないってことだ」
初期に得られたゲイルの後ろ盾に依ることが、やはりことのほか大きい。
シールフの"読心の魔導"で俺の記憶の底に眠った現代知識を、精細に引き出し起爆剤とした。
さらにはカプランが広範に渡った運営において、あらゆる補佐をしてくれている。
リーティア、ゼノ、ティータの功績は言うに及ばず。
他に設立・援助している、各所種々の研究機関も順調である。
「オレらがジジババになるよりか?」
「あぁ――だから結構駆け足で、世界中を巡っていくかも知れんな」
「そっか、じゃあ私たちとも何かの機会でかち合ったりするかもね」
たっぷり寿命500年掛けるつもりだった。
しかし良かれ悪しかれ、何事も予定通りとはいかない。
発展前の異世界を、飽きるまで見て回ってから……という気持ちもある。
嬉しい悲鳴という側面も否めないが、それでもなるようになっていく。
今更停滞させるわけにもいかないし、それならそれで構わないと割り切る。
遠い"未知なる未来"を見る筈だったのが、より遠い"未知なる未来"へと繋がるだけだ。
それにただの科学には無理でも、もしかしたら魔導科学なら――
限定的なタイムマシンや多元世界移動なども、可能になるかも知れないとも思っている。
「次にみんなで集まる時は~……――」
リーティアはグッと握った手を前へと突き出す。
「ウチはなんかこう、史上最高の魔術具を作ってる!」
「オレぁ世界中の奴らの心を震わせて名を知らしめる、その手始めだ」
「私はこれといったものはないから、まだ探す途中ってことで――」
「俺は逆に山積みだから、自身のやれる範囲での消化だな」
4人で拳を突き合わせ……希望にして志、願いにして夢を語る。
出会いと別れを繰り返し、人の歴史は流れゆく――
第二部の学園編はこれにて終了です。
時系列的には端折りつつですが、それでも自由に書いてたら長くなってしまいました。
次からはいよいよ第三部、学園という箱庭から世界へと話が広がっていきます。
ここまで通しで読んでくれた方、長らく付き合って頂いて本当に感謝と感激です。
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