#92 決勝戦
『強さとは、生きる術である』
『そっすね』
『強さとは、我を通す力である』
『うんうん』
『強さとは、己を高める不屈たる意志の結晶である』
『なるほど』
『今ここに立つは……たかが学園、されど学園最強の二人』
『もうすぐ唯一の頂点になるんすねー』
『激戦に次ぐ熱戦続きな闘技祭は最終戦。レド選手とフラウ選手が入場します!!』
『どっちも消耗感じさせない』
『ゼノさんは、"おれには荷が重い"と決勝の解説を辞退しましたが……代わりに来てくれたのはこの人。
彼女の造るモノは、もはや学園でも入手困難。職人芸はどこまでいく!? "施巧者"ティータ!!』
『自分としてもあまり語れないと思うんすけど、どーぞよろしくっす』
それぞれ東と西より、闘技場の中央へと相対する二人。
出場者達の中で比較すれば、どちらも華奢と言える少女。
魔術戦闘において、体格差は絶対のものではないという証左でもあろう。
「やっほ~レドっち」
「おーっす、フラウ」
ベイリルと共に調理科によく顔を出すフラウ。
先輩であるファンランと違って、年の近いレドは気心知れる友人同士。
多くのボードゲームなども一緒にやった仲である。
「まさかレドっちと決勝で相見えるとは思わんかったよ」
「ボクの強さに驚いたか」
「まっねぇ~」
へらへらと闘争の空気もなく、マイペースな会話が展開される。
ともするとレドはパンッと手を叩き、ニヤリと笑って目を細めた。
「そうそう、ボクが勝ったらフラウは次期魔王軍の"軍将"にでもなってもらおうかな」
「えー……めんど」
「これまでの戦いっぷりを見て思ったんだ。確かに決勝進出も納得の強さだった。
ハーフヴァンパイアなら半分とはいえ、魔族に類するから体面も十分。うん、そうしよう」
「"ダンピール"ね」
「んあ?」
「ハーフヴァンパイアじゃなくて、ダンピール」
「なにそれ」
「ベイリルが言う、ハーフヴァンパイアの別名。だから名乗る時はそうしてる」
「ふーん、なんでもいいけど。ボクの配下として――」
レドの言葉を遮るように、フラウは忌憚ない事実を口にした。
「でもさ、レドっちじゃあーしには勝てんよ?」
「言ってくれるなあ?」
レドは筋肉と関節を鳴らすように、手をギチリと開いてから拳を握る。
「だってさぁ……」
そう言うとフラウは手を上方へと振り上げる――
『おっとぉ、レド選手が宙へ浮いたあ!!』
『あれは……フラウちゃんの術中っすね』
「おっ? えっ?」
――諧謔曲。相手へ直接的に重力を作用させる魔術。
さらに任意の方向に重力を発生させることで、縦横無尽に翻弄する。
「これまでの戦いっぷりを見て思った。たーしかに、次期魔王を自称するだけあって強いよ?
けどレドっちは空中移動も、遠隔攻撃もないっしょ? だから浮かされたら抗いようがない」
「……あっ――」
レドは言われてからはたと気付き、何かを察したかのような声を漏らす。
ヘリオであれば爆炎噴射、ベイリルは疑似飛行や圧縮固化空気足場。
ファンランは水場利用、ジェーンは氷結足場を作り、それぞれ空中で機動力を確保できる。
しかし現状素養を割り振るだけのレドには、それがないと見抜いていた。
「で、でもボクの"全振り耐久力"を抜けなければあれだ! 千日手だっけ? ってやつ!」
「それがあるんだよねー」
フラウは指を曲げた左手の平を、宙に浮かぶレドへと向けた。
そしてゆっくりと内側へ捻りながら、重力場を操作する。
「うっげぁ……」
レドの呻き声と共に、その右肩口が回転するように捩れていく。
――終序曲。指定領域の空間を歪曲させる魔術。
あとはそのまま掌握することで、完全に削り取ってしまう絶対攻撃。
空間座標をゆっくりと捻じ曲げる為に、通常の攻防では使いにくく範囲も狭い魔術。
しかし相手が動けず、為す術のない場合であれば……その限りではなかった。
「あーしとは相性が悪すぎるよ、ま~じで」
「うぐぐ……手も足も出ない。バーカ! バーカ!」
「口を出されても痛くないよ~」
フラウはそう返しながらも、あっさりと重力干渉を解いてしまう。
地に着地したレドは怪訝な眼で、フラウを睨むように見つめた。
「どういうつもり? ボクは降参など死んでもするつもりないんだけど」
「勝とうと思えば勝てる。でもこんなんで勝っても、"決勝戦"には相応しくないし」
「あーーーっ! さーてーはー、三決に影響されたな!!」
「そうかも。観客を興醒めさせるわけにはいかないもんね~」
レドは頭より高く両手を大きく広げて、明確な戦闘態勢を取る。
フラウは重心を下にするように腰を落とし、全身を脱力させる。
「まっなんにせよ本気だったら、既にレドっちの負けだから勧誘は諦めてね」
「てかさ、なんかずっこくない? ボクはフラウの魔術がよくわかんないんだけど!!」
「理解させるのもめっちゃ時間掛かりそうだし、対処できないんじゃどのみち意味ないってばさ」
「むぅ……でもいずれキミのほうから、次期魔王軍に入れてくれって言わせてやろう」
「レドっちのそういうトコ、好きだよ」
獰猛な笑顔を交わし合い、地を蹴ろうとするレドの出鼻をフラウが挫く。
スッとかざしたフラウの左手に――レドの体が吸い寄せられていた。
そのままフラウの左拳を顔面にもらって、さらには反発するようにぶっ飛ばされる。
「ぬあーーーぁあ!!」
凄まじい勢いで結界壁際に叩き付けられ、思わずレドは叫んでいた。
瞬間的に耐久力に全振りしている為に、ダメージはないものの衝撃は残る。
「ッあれェ――!?」
レドはすぐに見やるも既にフラウは視界内におらず、ゾクリと悪寒のようなものが首筋に走る。
導かれるように空を見上げれば――軽やかに浮かんでいる影……それが急激に拡大した。
落下と共にフラウの右手刀が、レドの肩口から抉るように振り下ろされる。
自重を瞬間的に倍増させ叩き込む、穢れを祓い落とし、清めるかのような一撃。
恐るべき速度と重さ、大地は砕け散り土礫が舞い上がる。
「レドっちとは違うけど、あーしもちょっとだけ似たようなことはできる」
――"重闘術"。重力魔術を全て自分に集約させる、白兵専用の戦型。
引力・斥力・重力を同時に使い分けるそれは、フラウだけの我流闘法。
瞬間的な判断と調節・切替により、攻撃と防御に転じ利用するサマ。
それはレドの"存在の足し引き"に近い部分があった。
『フラウ選手の左ストレートからの、右墜ち下ろし! まともに喰ったかあ!!』
『いや……それでも、まだっすね』
「クックク、カーハッハハハハッハハハァ!!」
レドは自らの肉体と衝撃でクレーターを作りながらも、フラウの左足首をドサクサで掴んでいた。
「うあっ――」
レドはボロ布を振り回すが如く、フラウの体を結界壁に叩き付ける。
さらに地面へと叩き付けたところで、握っていた部分が斥力によって弾かれた。
「っぶな……いまひとつ出力足りなかったら、握り潰されるとこだったなぁ」
ふよふよと浮かびながらフラウは距離を空けて着地し、左つま先でトントンと地面を叩く。
一方でレドはズチャズチャと足音を立てて、クレーターから地上へと上がってきていた。
「はぁーーーあっははははは!! もうなりふり構っちゃらんないなあ!!」
「なんか怖……驕りと過信や慢心、それに油断と余裕は強者の特権だよ?」
「どうせ最後だ、派手にやる。ボクに付き合わせやるからな!!」
「しょうがないにゃあ……いいよ」
既に間合いは詰まっている。言葉と同時にお互いの拳が飛び、眼前で交差した。
しかしフラウの拳は外れ、レドの拳だけが左頬に突き刺さる。
斥力場の膜をぶち抜きながら、なお勢いと威力を残すストレート。
フラウは殴られながら、足場が不安定にされていたことに気付く。
レドは踏み込みと同時に、地面を崩しながら打ち込んでいたのだった。
狂い開き直ったと見せ掛けてその実、ちゃっかりと冷静に接近戦を展開していた。
重力を操作し踏ん張りながら、今度はフラウがレドの水月へと殴り込む。
瞬時に耐久力へ振っていても、なお深く突き刺さる一撃。
呼吸に喘ぐのを堪えながら、レドは左腕を大きく振りかぶっていた。
『決勝も壮絶な殴り合い!!』
『みんな素手喧嘩が好きっすねえ』
ただただ持てるものを出し切る。
ベイリルとファンランのような、高次元のやり取りはどのみち無理である。
双方――己を顧みない、単純極まる打撃の交換……上等であった。
レドの左打ち下ろしをもらいながら、フラウは右アッパーを返す。
顎を打ち抜かれながらも、レドは強引に右フックを放つ。
喰らう勢いを利用し体ごと廻すように、フラウは後ろ回し蹴りを見舞った。
返しの肝臓打ちで浮かされながら、左飛び膝がレドの顔面を捉える。
フラウは両手握り打ちの殴打を耐えて、中間軌道の右拳を叩き込む。
『一歩も引かない泥臭い応酬! そして応酬!!』
『豪快な意地の張り合いっすねえ、返して返されての繰り返し――』
「ぐはぁ……」
「っむむむぅ――」
一撃ごとにレドもフラウも、防御より攻撃へと偏らせていった。
それゆえに均衡は崩れ、遂にはそれ以上の攻勢が同時に止まってしまう。
「っはぁ――次で終わりかな? レドっち」
「ぜェ……ふぅ、ボクじゃなくフラウがね」
肩で息をしながらもゆっくりと呼吸と魔力を整え、レドは万感込めるように口を開く。
「せっかくだから披露してしんぜよう、フラウ。ボクには理想とする究極攻撃がある」
「へぇ~どんなん?」
「足の指の先から拳まで、一動作の流れを完璧に割り振ったならどうなるか」
「……なんかすごそう」
「高まった今のボクなら、やれるという確信がある」
「じゃっ、あーしも次の一撃に全てを込めよう」
レドとフラウはそれぞれ左足を前に、右腕を引き、腰を落として力を溜める。
図らずも同じ構えであり、互いにその状態から出せるのは、中段右突きのみ。
『これは……最後ですかね?』
『――っすね』
一息。聞こえるか聞こえないかの呼吸と共に、レドとフラウは同時に動く。
「"超魔王パンチ"!!」
「"反発勁"」
レドの右拳をフラウの右掌底が包み止めるように衝突し――ついに勝負は決した。
「……正しい打撃とは、たゆまぬ反復によって染み込ませるものだよ~レドっち」
そんなフラウの言葉と共に、レドの右腕はダランと垂れ下がる。
右拳から肩までとおされた斥力衝撃によって、苦痛に顔を歪めた。
「できる、と思ったんだけどなあ……」
レド曰く究極の攻撃は、不発に終わってしまっていた。
再生力に振って食い下がれば、まだまだ戦えても……地力の差を思い知らされた。
フラウにもまだ余裕を感じるし、そもそも本気なら浮かされた時点で負けている。
であれば……これ以上は足掻かない。そこまで尊厳を捨てることはできなかった。
「まぁほらあれだレドっち、"敗北の味がいつか大きな財産になる"ってやつだよ」
「ちぇっ……課題はまだまだ多いってことか」
「そいじゃ一応、決勝らしく派手に終わりにするね~」
「っしゃー、こい!」
言うやいなやフラウは、踵を返すように背を向けながら――左拳を振り上げた。
レドの顎を殴り付けるように、しかして実際は殴らず、斥力で体ごと上空へと押し出す。
勢いよく、華々しく、これ以上ないほど高く……高く。
オーバーリアクションにも見えるほど打ち上げられ、吹き飛んでいくレドの体躯。
結界で囲われた吹き抜けを超えて壁の外へ――そのまま地面まで落ちて、レドは大の字に倒れた。
フラウは振り上げた左拳はそのままに、己の勝利を観ている者全てに示す。
『優勝ぉおぉオオ決定ぇぇェェええい!! 頂点を制し輝いたのはフラウ選手ぅぅゥうう!!』
『決勝もさることながら、出場選手みんな美事っしたねー』
歓声と拍手は止む気配を見せず、いつまでも喝采に包まれていたい――
ガラではないのにそんなことを胸裏でほんの少しだけ思いつつ……。
フラウはその余韻に身を任せ続けた。




