表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/538

#91 三決戦


 長めの休憩を挟んだ後に、賭けの最終受付も終わる。

 観客席は変わらず満員御礼で、時間が空いてなおテンションはさらに高揚する。


『それでは三位決定戦です!! 新しい解説は"大賢(おおさか)しき"ゼノ!』

『あーーーどうも、不慣れかも知れんがよろしく』


 リーティアに引っ張り出されたゼノが、テンション低めに口を開く。


『どうでしょうゼノさん、準決勝まで見てきての率直な感想は?』

『そうだな……例えおれが千年生きられたとしても真似できんな』

『確かに、本当に学園生かって言いたくなります』

『まったくだ。あいつらおかしいんだよ、ほんっと』


 ゼノの言葉は心の底から真に迫っているようだった。


『さぁベイリル選手対ファンラン選手! 表彰台に上がるのはどっちだ!?』



 解説と実況を耳の端に、()は相対する人物へ俺は尋ねる。


「極東の"龍人"――なんですって? ファンラン先輩」

「フラウから聞いたんだね」

「見た目では……全然わからないもんですね」


「大陸の"竜人"と違って、表には出ないからねぇ。彼女もよくよく見抜いたもんだ」

「まぁフラウには一応口止めしときました」

「そうしてくれるとありがたい、他人様(ひとさま)に触れ回ることじゃないからね」


 過去にあまり良くない思い出でもあるのか、ファンランは自嘲するように肩を竦めた。



「ついでに言うと、"龍"ってのは竜種(ドラゴン)とは違って、極東のほうで違う進化を遂げたやつらしい」

「遠い祖先の血が発現したと?」


 それもまたシールフの神族大隔世のような、一種の隔世遺伝だろうか。

 

「いや、女系に生まれれば必ずさ。先代から代替わりしていく感じでね」

「なかなか興味深い話ですね」


 希少性というのはそれだけで、付加価値がついて回る。

 例えば今は亡き"女王屍"みたいなのに目をつけられれば、それこそ実験台にされかねない。


「こっちとしちゃありがたいけどね。寿命が長めだから思う存分、美食を探求できる」

「その気持ち……わかります」


 彼女はフリーマギエンス所属ではないが、より良い関係を築き恩恵を双方享受している。

 いずれ未来の調理具を使ってもらう日も来るだろう、と。



「それと話は変わりますが……うちのフラウが武器壊して申し訳ない」

「なぁに試合でのことさね。キミらんとこに改めて武器製作でも依頼するよ」

「どうぞご贔屓(ひいき)に……。それはそれとして提案なんですが、お互いに丁度いい按配(・・・・・・)じゃないかと」

「はっは、考えることは一緒ってことだね」


 それぞれがキャシーとの勝負を、レドとの勝負を見ていて……。

 薄々ながらも"確信に近いそれ"を(いだ)いていた今――こうして通じ合えた。



 ファンランは右足を前に、腕を曲げ右手を開いて顔の前方へ。

 左手を少し低めの位置に同じように置く。

 

 俺は肩幅に開いた右足を後ろに置き、(たい)を左半身に。

 両の腕は半ばほど脱力した構えを取る。


『これは……アレですかね? ゼノさん』

『アレだろうな。(うと)いおれでも……なんとなくわかる』

『――"素手喧嘩(ステゴロ)"』


 実況と解説の言葉が重なった。魔力を注ぐは己が五体にのみの、純粋な体術勝負。

 素手喧嘩(ステゴロ)こそ、己の全存在を懸けた原初にして至高の闘争。



空華(くうげ)夢想流・合戦礼法、憧敬拳(しょうけいけん)ベイリル――(おして)まいる


「東派永極拳(えいきょくけん)ファンラン――見参」


 彼女が武術を修めているのは明白で、徒手空拳でこれ以上の相応しきはない。

 フラウが俺と当たる以外で負けることは、全く想定していなかった。

 一回戦の闘争を見てより、ファンラン先輩が3位決定戦にくると踏んでいた。


 五体も魔力も十全な状態であったならばいざ知らず。

 今の消耗状態で決勝に上がっても、フラウに勝てないことはわかっていた。


 だからレドを相手に食い下がることもなく、後悔なくあっさりと降参できた。



『構えたと思ったら動かない! 両者動かないぞおおお!! ゼノさん!』

『おれにわかるわけねえ……けど、お互いの先読みの中で闘ってんのかもな』


 ゼノの言はピタリ的中ではないものの……そういった側面もなきにしもあらず。

 双方が集中し、観察し、牽制し、いかにして自分の間合いへ取り込むかを組み立てる。


 娯楽で見て、憧れ、敬い、使いたいと思ったモノを模倣しているゆえに散逸的。

 実体のない空華――夢想し、修練を積んだ種々雑多な動き。

 俺の使う術技には統一性がない、言うなれば無形ともとれる構え。

 


 曰く、敵を打ち倒すを可能にするは全て距離にかかっている。

 実際にその距離を体験したという経験。

 すべての距離を自分のモノにできれば――生殺与奪は思いのままとなる。


 曰く、一歩目で崩し、二歩目で討ち、三歩目で残心(そなえる)

 即ち"三歩破軍(ひっさつ)"。

 

 曰く、柔()く剛を制す。剛()く柔を断つ。否、剛柔一体こそが理想の形。


 曰く、同時に四方の敵を倒せれば、全世界の人間と喧嘩したって倒されない。


 武における多様な理合をも柔軟に取り入れ、咀嚼(そしゃく)し昇華する。

 それが俺だけの我流武術。異世界における俺のやりたい最適解。



「最後にこんな闘いができることに感謝します、ファンラン先輩」

「わたしもさ、あの子に負けたのも結果的に悪くなかった」


 魔術を使わない、当然"風皮膜"も使わない。

 "風皮膜"は言うなれば攻防両輪に長じた、バランス重視の基本型。

 ヘリオを相手にした時の"決戦流法(モード)・烈"は、完全な攻撃特化の戦型。


 そして……風を纏わない(・・・・・・)ことで、初めて使える技術も存在する。


 ハーフエルフの感覚器官を、魔力によって極限まで鋭敏化する。

 肌を空気へ(さら)し、ありとあらゆる感覚を余すこと無く使用し得られる境地。



 お互いが――"制空圏"とも言うべき領域を感じ取り把握する。


(シィ)ッ――」


 俺はノーモーションから、残影を重ねるように一歩で間合いを詰める。

 そして基本戦術である、膝の狙撃(スナイプ)を目的とした蹴りを放った。

 しかし相手の領域に入った俺の左足は当然のように外され、最短距離で右拳が飛んでくる。



("空視"――)


 俺は空気(エア)()た。

 自身と、相手と、空間全てのそれを、五感を通じて感じ読み取る。

 極まれば、"因果を受け入れ、呑み込む"。あらゆる流れを掌握し、支配下に置く高々度技法。


 ファンランの一撃を左手で(まわ)し受ける。

 そのまま流れるように、右掌底をやや掬い上げ気味に顎へと打ち放った。

 しかしあまりにも自然と差し挟まれたファンランの左手によって、あっさりと弾かれる。



 そこからは緊湊(きんそう)に至る、さながら功夫(カンフー)映画のような打撃の超応酬。

 相手の陣地を踏み出す足で上書きしながら、支配領域を染めるように両の手を交換し続ける。


 打ち、(かわ)し、切り、流し、投げ、受け、突き、止め、()め、外し、払い、弾く。


 (ねじ)り、戻し、固め、(たわ)み、握り、(きし)み、緩め、振り、転じ、曲げ、回し、引き、伸ばし、滑らせ、掛ける。


 速く、鋭く、重い――打突に払打に、掴みや足技も織り交ざるやり取り。

 崩せない……崩れない。読んでいるのに、読み切れない。



 決定打に繋げる為の一撃一撃が、両者共にことごとく(くう)を切る。

 

 脳と反射を焼き切るような削り合いが、楽しく……愛おしい。

 ヘリオと()ったそれとはまた方向性(ベクトル)の違う、高密度で高次元の攻防。


『速いぃィィィイイイ!! まるで演舞のような超闘争ッ!!』

『派手な魔術だけが戦いじゃないってことか――』



 あの型(・・・)を夢想し修練をしていなかったら……。

 たちまち押し切られていたに違いなかった。


 事ここに至ってしまえば、術技を出す隙すらない。

 ひとたび崩されれば、そこから波状して必倒となりかねない。


 ファンランの拳技は、精緻・精密な手技だけではない。

 頑丈(タフ)なキャシーを、カウンターとはいえ一撃で屠った"剛の技"も持ち併せている。


 

 ――徐々にだが、押し切られていく。

 やはり純粋な技においては、ファンランのほうが研ぎ澄まされていることに疑いなし。

 そもそも俺はセイマールから最低限の基本を習った程度で、残りは見様見真似の我流である。

 

 意識感覚が宙に浮かぶような感覚と共に、俺は敢えて一歩引くように空間を作る。

 すると途端にファンランの左足が、地面を響いてくるほどに揺らした。


 強靭な足腰の土台から、重心を据えて。中上段に置かれた左拳が撃ち出されていた。



 ファンランの崩拳(ぽんけん)のような一撃。

 それを空気の流れからリアルタイムで感じ取る。


 意識感覚を肉体へと直結させて、"完璧な俺"を想像する――最適にして最高の自分を。

 その虚影(ヴィジョン)へ追い求め、追いつく。映る姿に自身を重ね、己の(からだ)を先に置いておく。


 半ば賭けな部分もあることは確か――しかしそれでも、未来を視る(・・・・・)かのように肉体は瞬動する。

 イメージとして視覚化された拳打の軌道を捉えつつ、俺は身を躱しながら跳んでいた。


 ファンランの伸ばされる左腕に飛びつき、右足を首の裏まで掛ける。

 それはさながら噛み砕く虎の顎門(アギト)になぞらえるように――


 残った左膝が勢いよく閉じると同時に、衝撃を彼女の脳にまで届ける

 さらにそのまま地面へと(ひね)り倒し、腕を掴んだまま肩を()めた。


「――完了」



『決ィまっったああああのか!?』

『その道の達人じゃねえと、判断も解説もできねえよこんな試合――』


「うっく……手心、加えられるとはねえ」


 極め伏せられた体勢のままに、ファンランは悔しさの混じった声を出す。

 (あご)を砕けたであろう膝蹴りは……脳震盪に留まった。

 さらには極められた腕や肩にも、脱臼や骨折はない。


「治癒魔術があるとはいえ、口内や手腕(てうで)に万が一にも後遺症が残ったら……多大な損失です」

「にしてはレドには容赦なかったような?」


「まぁあいつは恩に着る奴じゃないんで」


 俺は掴み抑えていたのを解いて立ち上がり、ファンランも続いて汚れた服をはたく。


「はっはは、言えてるね。仕方ない、好きなもん作ってあげるかね」



 お互いの健闘を称えるように、両の拳を突き合わせる。


「それじゃ仲良く観戦しましょうか、俺たちをくだしたお互いの相棒の闘いを」

「わたしらはみんな調理分野(ジャンル)違うから、レドは別に相棒ってガラじゃないけどねえ」


 お互いに晴れ晴れとした表情で闘争を終える。

 

 そうして長い一日の――最後の闘いの火蓋が、いざ切られようとしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ