#89 準決勝 I
昼休憩を挟んで後に、賭けも締め切り――闘技祭は後半戦を迎える。
『二回戦からの解説はこの方、"静謐の狩人"クロアーネ!』
クロアーネは黙したまま、オックスはさらに続ける。
『準決勝に二人も上がった調理科の同輩であり、ベイリル選手とも交流があります!』
今なおリアクションを見せぬクロアーネに、オックスは恐る恐る声を掛けた。
『あの……解説を――』
『今は必要性を感じませんので』
『そっそうですね、まだ試合始まってませんしね!!』
「クロアーネを呼んだのは人選ミスだろオックス……職権濫用するから」
「あっははは、ひどいねあれ!」
俺は解説席をチラリを横目にして、レドは同輩相手に笑う。
「ところでさ、出場選手で一番強いのってベイリル? ボクを除いてだけど」
「さてどうかな……優勝はするつもりだが」
とりあえずなんか可哀想になってきた実況は無視し、レドと雑談に興じる。
「そいえば一回戦の怪我は? 負けの言い訳にしてもいいよ」
「一試合目だったしもう万全だよ、なにせ医療担当の腕が良い」
ハルミアは通常の治癒魔術ではなく、外科手術を織り交ぜて行う。
単なる回復のイメージをもって傷を癒やすのではなく……。
実際に患部を見極め、治りやすい形に施術した上で、治癒魔術を掛ける。
本人の努力と才能もあり、"商会"も色々と支援している。
そのおかげか非常に高度な治療を、単独でこなしてしまうほどに至っていた。
「しかしまっ、グナーシャ先輩を歯牙にかけないとは……ここまで強いとは思ってなかったよ」
「ふっふっふ……やる時はやるんだよね~ボクは」
「――どんな魔術だ?」
「教えると思うかい?」
「新レシピを一つ」
「十個!」
「欲張り過ぎだ……二つ」
「おおまけにまけて五個!」
「じゃあ三つ」
「乗った!!」
扱いやすいと思いつつも、俺はさらに一言付け加える。
「交渉成立だ、ただし俺が勝った後でな」
全力で雌雄を決する試合において、先に知るのは公平ではない。
「いいよ、キミが負けたあとにね」
「ふゥー……じゃっ闘るか」
俺は息吹と共に"風皮膜"を纏い、体内魔力を加速させていく。
「さァこい!」
レドは頭より高く両手を広げ、迎え撃つような体勢をとった。
一方で俺は腰元ほどに両手を広げ、手を握り開くを繰り返す。
『さ……さぁ、両者構えて試合開始だあ!!』
『……』
左右それぞれでパチンッという指を鳴らす音が重なった。
"素晴らしき風の刃"が、レドまで真っ直ぐ最短距離を飛んでいく。
しかしレドは回避する様子を見せることなく、両手でそれぞれ受け弾いてしまった。
「……はっ?」
「小手調べとは余裕だね」
『まずは挨拶変わりの"風刃"かあ!? しかしダメージはないィ!』
(いやいやいやいや――)
俺は腑の落ちなさに、ありのまま起こったことを心中で否定しようとした。
試合である以上は、真っ二つにするほどの鋭さを持たせていたわけではない。
しかし手の平で止めたのに、血の一滴も流すことがないなど――
俺の"風皮膜"のようなものでも、ジェーンやフラウの"それ"とも違う。
ただ純粋に皮膚で止めていた……理解不能であった。
「次はこっちの番だ――ね!」
意識を外したつもりはない……しかしいつの間にか、眼前へと迫っていた速度。
「しゃあっ」
俺は弾丸のようなレドの左拳を、"風皮膜"の流れに巻き込んで滑らし流す。
一旦間合いを空けようとするが、しかして瞬時に反応され回り込まれてしまっていた。
「"知らなかったのか、大魔王からは逃げられない"……だっけ?」
「まだ魔王ですらないだろう――がッ!!」
俺は両の掌中に"無量空月"を作り出し、二刀流の風太刀でもって十字を斬った。
先の "素晴らしき風の刃"より鋭利にしても、やはり皮膚は斬り裂けなかった。
『攻勢そして攻勢! しかしレド選手には通じなぃいいい!!』
「どんな原理だか……」
「ベイリルが負けたら教えるってぇ」
そんなレドの反応を見るに、何かしらのカラクリがあることは確かであった。
大きく振りかぶるように、レドは左腕を縦方向に回転させる。
『レド選手の打ち下ろしの左ォ!! しかしベイリル選手後ろに跳んで避けるゥ!!』
レドは豪快に地面にクレーターを作りつつ、浮かぶ岩礫を意に介さず突っ込んできた。
こうなったらもはや、己にやれるだけのことをやってみることにする。
「"烈風呼法"!」
俺は闘気込めるように左足を地面へと擦るように叩き付け、地を這う"圧縮風塊"を射出する。
同時に沈み込ませた左半身から右足で弧を描き、風刃を纏って蹴り上げた。
「アトウィィィンド――カッタッ」
大地を踏み抜いた左蹴りを続けてぶち込みながら、レドの体躯と共に空中へ追従する。
『ベイリルがぁ! 捕まえてェ!』
オックスのうるさい実況が耳に入るが、構わず追撃を続ける。
風皮膜を利用してその場で回転し、踵落としを見舞いレドを地面へ叩き落とす。
「ブゥゥゥストッふぅうせぇええキィィイック!」
間断なく空中で圧縮固化空気の足場を蹴って、斜め下方向にキックを放った。
『さらに追い討ちィ!』
足裏をまともにぶつけたものの、レドにダメージを与えている手応えがなかった。
反応しきれていないようだが、それでも防御しようとは動いている。
蹴りの衝撃でバウンドしたところに、先んじて放出していた地面を削り這う"圧縮風塊"が直撃する。
一瞬拘束されたレドに向かって、俺はキック後の着地から体ごと突貫をかけた。
「ライッディィイーーーン!!」
短い距離でも風速全開にし、真っ直ぐ加速して結界の壁に運送するように叩き付ける。
『ベイリルがぁ! 結界端ィ!』
「そおぅらららラララララララ――ッ」
衝突から息継ぎの間もなく、全開風速を腕に流して超高回転の拳を放つ。
壁に挟まれつつの巨大な拳がごとき乱撃を、数瞬にして殴り込んだ。
『反撃許さず! まだ入るゥ!』
「ラァイジィングストォーゥムッ!」
隙は全く与えない、怒涛のフルコース。
両腕を交差する形で掲げ、足下までしゃがみながら円を描いて再交差する。
発生した風の奔流は、攻防備えた渦巻くような波の柱となりてレドを打ち上げた。
『さらに浮かしぃーの!?』
「ひゅるっるるるる――」
俺は吸息しつつ、前方に真空に近い空間を作り出す。
大気の移動と共にレドは吸い寄せられ、俺は右手でレドの頭をがっちり掴む。
『ベイリルがぁ! っ――近付いてぇ!』
「お別れだ……」
そのまま全身に纏った風流を、全て竜巻へと変えてレドへと巻き込んだ。
さらに結界壁側とは逆の方向へと、半円軌道を描く投げへと繋げる。
指向性竜巻によって運ばれたレドの肉体は、地べたへと思い切り打ち墜とす――
「真気――発勝」
――その一瞬に割り込んで、"無量空月"による太刀風居合を抜き放った。
律儀に鞘に納める動作まで含めて、連係させた俺のコンボ技。
"烈風呼法"、"刹那風刃脚"、"ブースト風勢キック"、"ライディーンプレッシャー"。
"颶風百烈拳"、"烈雷暴嵐"、"空投哭"、"発勝する真気也"。
どの術技も、レドを殺す気で放ったわけではないものの……。
それでも尋常者であれば、少なくとも八度以上は死んでいてもおかしくない連続攻勢。
『ベイリルがぁ! 決めっ――られないぃい!!』
「ぐあああああ!! っ効いたぁ~~~」
陥没した地面から立ち上がったレドは、首を何度かコキコキと鳴らす。
全身ボロボロになってはいるし、多少は出血も見られるが……それだけだ。
「なーベイリルって、ひょっとしてボクに恨みでもあんの?」
「お前が倒れないから、引くに引けなかったんだよ。つーか俺の心が折れそうだ」
同世代相手に負けるとしても……精々がフラウ相手くらいだろう、という自負はあった。
しかしそれは驕りであった。レドがここまでとは、全くの予想外としか言いようがない。
「ふっははっは、おそれおののけ。我が魔術、"存在の足し引き"――」
「ん? おいおい、まだ勝敗は決してないんだから秘密漏らすなよ」
「次期大魔王のありがた~い御高説に茶々を入れない!」
「あいはいマム」
俺は大人しく聞く姿勢を取ると、レドは得意げに語り始める。
「まー答えから言っちゃうと、ボクの筋力を視力に変えたり、魔力を頑丈さに変えたりできる」
「いきなりざっくりだな。しかしそれってつまるところ――"能力の割り振り"……?」
「そーいうこと、"テーブルトークあーるぴーじー"をやってて閃いた」
「そういえばなんか、一時期クロアーネが愚痴こぼしてたっけな……」
しばらく料理がそっちのけになってしまったこと。
俺が持ち込んだ娯楽玩具の所為だなんだと――
「引いて足したのは当然元に戻せる。だから魔力はさほど使わないし、魔力だって何かに足せる」
「魔術の域を超えかけてんな」
つまりは俺の連係技を耐えたのは、頑健さに全振りしていたということ。
レドの動きが比して鈍く感じたのも――反射神経などをマイナスし、全てを耐久力にプラスしていたのだ。
「いずれ寿命を伸ばすし、なんなら運に振っても面白そう」
――因果律さえ捻じ曲げ、運命も味方につける。
窮まればその魔導――自己に対して、半全能に近い真価を発揮するかも知れない。
自称魔王、侮り難く……恐るべし。
「キミら人族はいずれ魔族の王たるこのボクに、利することをしてしまったのだ」
「俺個人としては、お前を敵だと思ったことはないがな」
それはある意味では喜ばしいことである。
フリーマギエンスに直接関わらなくとも、生み出されたモノに様々な影響を受ける。
そうやってより多くの国家・文化圏に、浸透させていくことも"文明回華"の意義。
「さて、まっ……そんなわけで。振っていた再生力を戻したから、戦闘再開といこうか?」
「自己治癒にも振れる――当然か。俺はまんまと話を聞いて、お前に回復されちまったと」
「ボクのカリスマと弁舌には抗えまい?」
「ふゥー……まぁそういうことでいいよ」
俺は"風皮膜"を改めて纏いながら、左足を踏みしめ半身に構えを重心を後ろに取った。
レドのカラクリはわかった。ならば試してみる価値のある技が一つ。
「まだ抗うかあ!!」
「空華夢想流・合戦礼法、奥伝――」
左手でパンッと叩いた直後に、広がるように負荷が右腕に掛かっていく。
増幅される"音圧振波動"を溜めながら、レドまでの距離をノーモーションで詰める。
"閃空"――構えたまま不動の姿勢を保ち一瞬にして接近する。
これに反応できる人間など、学園では片手で数えられる程度に違いない。
レドはその一人であろう。恐らくは今この瞬間も、感覚へと素養を振って反応していた。
レドは軸ごとズラすように体を右へ傾け、俺の右拳は虚しく空を切る。
紙一重で躱したレドは、交差ざまに白い歯を覗かせつつ宣告する。
「これで終わりだねえ!」
「その台詞はやめときな、大抵は"これで終わり"じゃない」
カウンターの形で差し込まれたレドの左膝が、俺の腹を打つ――
「ッがぁ――っ!?」
「っぐ……ッ!!」
俺の呻き声とほぼ同時だった。レドの肉体が一瞬だけ振れて声をあげる。
倒れるのだけは拒んだレドは、そのまま両足の膝をついてしまう。
同様に俺もパワーに極振りしたレドの膝によって、無様に両手ついてうずくまる。
『両者ダウン!! これは……どっちでしょう!?』
『さぁ……?』
クロアーネの解説にならない声を聞きつつ、俺は肉体のダメージを確認する。
狙いに合わせ"風皮膜"を絞り、"圏嵐層甲も重ねていてなおこの威力。
圧縮個体化した空気装甲も、衝撃に反応する局所爆嵐をもぶち抜いてきた。
カウンターの形で入ったとはいえ、まともに喰らっていたなら……。
(内臓破裂で死んでるっつの――)
しかし代償として得たものは小さくなかった。
奥伝、"音空波"――その実体は内部を震わせ砕く、振幅し浸透する音の波そのものである。
つまり直でぶち当てるよりは減衰するものの、避けても当たる術技。
耐久に振っていれば、ダメージなど大してなかっただろう。
しかしレドは感覚回避から筋力攻撃へと割り振り、肉体への防備を疎かにしていた。
彼女の性格も相まってか、割り振りの見極めと実際の調整が大味で甘い。だからこそ徹せた。
「うぐっく……」
「ふっはァ……」
回復もままならないまま、お互いに意地だけで強引に立ち上がる。
「前言撤回……今度こそ終わりにしてやる」
「そうだな、降参だ」
「――……はぁあ!?」
レドは間の抜けた顔を声を張り上げ、俺は淡々と語る。
「先んじて情報を得た上での奇襲紛いだ。なんというか本意じゃない」
「そんならボクだって話術で再生したんだからおあいこじゃん?」
「話術だとは言い張るんだな……」
「それに今のベイリルの技よくわかんないし、勝ち譲られたみたいで納得できないんだけどぉ?」
「気にするな、これ以上俺に打つ手はない。一試合目の消耗も思ったよりきついし、もう魔力も限界だ」
「ぬふぅ……」
レドは気が抜けたようでそれ以上の追及はなく、俺は降参の合図を出した。
そうして実況と歓声をバックに、退場しながら――心に思う。
(無節操に覚えた術技の数々、改めて"殺し技"が多すぎる……)
そう、試合において打つべき手はもうなかった。
残るは力加減がしにくい術技ばかりで、"死合"で使うようなものである。
それでも強者であるレドを相手だからこそ、使ったものもあったくらいだ。
使いたいやつをやりたいように修練した結果、我ながら無軌道となってしまった。
結果としては敗退してしまったが、さしたる後悔はない。
むしろ次の3位決定戦こそ、新たに楽しむべきがあるというものだった――
例の実況の部分は2Dで展開するイメージ