八:聖女大戦
「え、えっと……。いきなりどうしたんですか?」
『望むものを何でも用意する』――急にそんなこと言われても困ってしまう。
「私の召喚士としての腕が未熟なばかりに、現状既に多大なご迷惑をお掛けしております……。その代償として、せめてこの身を捧げようと……っ」
「み、身を捧げると言われましても……」
そもそも私は女の子だし……。
(いやでもユフィさんぐらい綺麗な人となら――って、いやいや! 今はそういう話じゃなくてっ!)
一瞬浮かんだ邪な考えを吹き飛ばすように、私はブンブンと頭を振った。やっぱり精神的にかなり疲れているみたいだ。
「と、とにかく、急にそんなわけのわからないこと言われても困っちゃいますよっ。それに……か、体を捧げるって、いったい何をするつもりなんですかっ!」
女の子は自分の体を大事にしなければならない。
これはお母さんが何度も何度も口が酸っぱくなるくらい言い聞かせてくれたことだ。
「聖女様は召喚士の生命エネルギーを魔力に変換することができます。ですからティアさんが保有魔力の減少を感じたときは、どうぞいつでもお声掛けください」
……どうやら、私の想像していたこととは、少しだけ内容が違っていたみたいだ。それでもユフィさんが、とんでもないことを言っていることに変わりはない。
「せ、生命エネルギーって……っ。そんなことをしたらユフィさんは、どうなってしまうんですか!?」
「……聖女様を実体化し続けるほどの魔力を生命エネルギーから抽出し続けるとなると。……おそらくもって三か月ぐらいでしょうか」
もって三か月――それってまだこんなに若いのに、余命が三か月しかないってこと……?
そんなの、絶対におかしい。何か他にいい方法がきっとあるはずだ。
「な、何か他に方法は無いんですか!? ……そ、そうだ! い、今からでもその聖女の契約を結び直したりとか!」
ユフィさんがこんなとんでもないことを言い出したのは、聖女の契約に失敗したからだった。それならもう一度その契約を結び直せば、問題は全て解決されるはず。
しかし、彼女は静かに首を横に振った。
「申し訳ございません……。聖痕を用いて聖女様と契約が可能なのは……聖女召喚の儀が完了直後の一回きりのみ……。もうこの方法しか無いんです……」
「そ、そんな……っ」
あまりにも絶望的な展開に、私は言葉を失ってしまう。
このままユフィさんの生命エネルギーを吸わなければ、そう遠くない先に私は消えてしまう。でも、もしそうすればユフィさんは三か月後に死んでしまう。
(こんなの……あんまりだよ……)
もういっそどこかへ走って逃げ出したくなったけど……逃げたってどうにもならない。一度耳にしてしまったことは消えない。ずっと
それからしばらく無言で考えた。考えに考えて考え抜いた末に、ようやく結論が出た。
「やっぱり無理です……そんなことはできません」
ティアさんの寿命をもらって生きるなんて……そんなことできない。
「で、ですがその場合、ティアさんが……っ!」
「わ、私はきっと大丈夫ですよ! もしかしたら私にはとんでもない魔力があって、ずっと実体化し続けていても大丈夫……かもしれませんよ?」
「そ、そんなわけが……っ」
そこまで言いかけて、ユフィさんはその後の言葉を飲み込んだ。
私の意思が固いことを理解してくれたのだろう。
「で、では……っ。せめてティアさんの望みを教えてくださいっ。もちろん、いくつでも構いません。可能な限り全てを実現させていただきます」
「望み、ですか……」
私が今、どうしても叶えたい望みはたった一つだ。
「家に帰る……というのは難しいんですよね?」
「……はい……申し訳ございません。聖女様を召喚する魔法は存在するのですが……。元の世界にお帰しする魔法は……」
やっぱり無いみたいだった……。
完全な一方通行……ちょっとひどい話だ。
「そうですか……」
がっくりと肩を落としていると、ユフィさんが確認するように問いかけてきた。
「その……ティアさんの望みは、元の世界に帰るということでよろしいのでしょうか?」
「は、はい……。お父さんもお母さんも、今頃きっと心配して……」
心配して……るかなぁ?
ちょっとだけ過保護なお父さんは置いておくとして……。お母さんは少し放任主義的なところがある。
その時脳裏をよぎったのは、昔お父さんとお母さんが言い争っていたときの話だった。
「いいですか、お父さん? あなたがどれだけ反対しようと絶対に、ティアには一人旅をさせますからね」
「お、おいおい、馬鹿かお前はっ!? ティアはまだ自分がどれほどの化物なのかを自覚していない! そんな状態で旅に出してみろ……大混乱では済まないぞ!?」
「あの子は今よりもっと強くなれる、遥か高みへとたどり着くことができます……っ!」
「ねぇ、お母さん、俺の話を聞いてます!? そもそも、これ以上強くしてどうするつもりなんだ!? ただでさえ英雄と剣聖である俺らよりも強いんだぞ!? 第二の魔王でも育てるつもりかっ!?」
「ふふふっ、それはもう――女の子は誰よりも強くないといけませんからね」
私が今よりうんと小さい頃、二人が何か言い争っているのをトイレの中からこっそり聞いてしまった。壁越しだったから、全部の会話が聞き取れたわけじゃないけど……。
(確かお父さんは反対してたけど、お母さんは旅に出ろって言ってたっけ……)
そうしてぼんやりと昔の話を思い出していると、ユフィさんがとんでもないことを口にした。
「確実に元の世界へ帰る方法が……一つだけあります」
「ほ、ほんとですかっ!? お、教えてくださいっ!」
ユフィさんはコクリと頷き、静かに口を開いた。
「それは――聖女大戦に勝利することです」