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七:聖女との契約


 ショックを受けるだろうか。

 悲しませてしまうだろうか。

 怒られるだろうか。


 そんな私の思いとは裏腹に――。


「いいえ、ティアさんは間違いなく聖女様ですよ」


 ユフィさんは落ち着き払った様子で、優しくそう言った。


「ど、どうして、そう言い切れるんですか……?」


「召喚士である私には、聖女様であるティアさんのステータスを見ることができます」


「ステー……タス……?」


「はい。聖女様には腕力・耐久・敏捷・知能・魔力・幸運――これら六つの固有ステータスが存在します。そして召喚士である私は、それをボンヤリとですが見ることができるんですよ」


「そ、そうなんですか!?」


 そんなことは初耳だ。


「はい。固有ステータスを持つ者は、この世界では聖女様以外にはいません。――つまりティアさんは、間違いなく聖女様です」


「な、なるほど……」


 確かにその話が本当だとすれば、ユフィさんが私のことを聖女様だと断定するのも頷ける。


(でも、私が聖女様って……いやいやないないないっ!)


 一瞬納得しかけてしまったけど、簡単に「はい、わかりました」と頷ける話ではない。


(うーん……どう考えても何かの間違いとしか思えないなぁ)


 でも、ユフィさんは私を聖女様だと信じて疑っていないみたいだし……。


(いったい、どうしたらいいんだろう……)


 そうして私が混乱の真っただ中にいると――。


「それと……つかぬことをお伺いするのですが……その、魔力の方は大丈夫なのでしょうか……?」


 ユフィさんは更なる質問を投げかけてきた。


「魔力……ですか?」


 魔力というと、魔法を使用するときのあの魔力のことだけど……。残念ながら私は、これまで魔法を習ったことは一度もない。そのため、自分の魔力何て意識したこともなかった。


「はい。本来聖女様は召喚士からの魔力供給を受けて、この世界に実体化しています。聖痕(スティグマ)の契約に失敗し、私からの魔力供給を受けていないティアさんは、そう長く実体化することができない……はずなんですが」


 ユフィさんはジッと私の体を見つめた。

 私もペタペタと自分の顔と体を触ってみる。


「え、えーっと……よくわかりませんが、大丈夫みたいですね……」


『実体化』というのが、どういう状態を指すのかあんまりよくわからないけど……。とにかく現状、私の体にこれといった問題は起きていない。

 すると彼女は「おそらくですが……」と前置きしたうえで推測を述べ始めた。


「今、ティアさんはご自身の魔力を大量に消費して、何とか実体化を維持されているはずです。しかし、それがいつまで続くかは……」


「え、えっと……それはつまり……?」


 生唾を飲み込みながら、恐る恐る続きを促す。

 するとユフィさんは、重たい口をゆっくりと開いた。


「……もし、ティアさんの保有魔力が尽きれば……ティアさんは消滅することになります」


「……え、えーっ!?」


 私は思わずその場で立ち上がってしまった。


(しょ、消滅って……。つまり、死んじゃうってこと……?)


 視界がぐにゃりと歪んだような奇妙な感覚に襲われる。


「も、申し訳ございません……っ。私の召喚士としての技量が未熟なばかりに……本当に申し訳ございません……っ」


 そう言ってユフィさんは何度も何度も頭を下げた。

 私は何度か大きく深呼吸をし、少し頭を冷やした。

 そして冷静になった状態で質問を投げかけた。


「そ、その『消滅する』というのは……具体的にどうなるんですか?」


「……この世界で聖女様が命を落とした場合どうなるかというのは……正直なところまだ解明されていません。無事に元の世界へと帰還するのか。はたまた、文字通り存在が消えてしまうのか。まさに神のみぞ知るといった状態なんです……」


「そ、そんな……」


 そんなこと急に言われても……。立て続けにいろんなことが起こり過ぎて、もう何が何だかわからない。

 混乱の極致に追いやられながらも、一つとても気になった言葉があった。 

 今のユフィさんの説明の中で、どうしても聞き逃せなかった言葉が。


「元の、世界……?」


「は、はい。ティアさんはご自身のいた元の世界に帰りたい……という話ではありませんでしたか?」


「え……っと……」


 予想だにしない発言に言葉を詰まらせてしまう。

 私がいた(・・)、元の世界……? それじゃあ、私が今いる(・・)この世界は……?


「てぃ、ティアさん? 顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


「す、すみません……。ちょっといろいろ混乱してしまいまして……っ」


 私はこれまで生きてきた中で一番頭を回転させ、何とか現状を理解しようと努めた。


「えっとつまり……私はどこか遠い世界から召喚された聖女で、今いるこの世界は異世界ということですか?」


「はい、その通りです。もう少し正確に言いますと、聖女様はこの世界から遠く離れた別の世界の神々の総称。そして聖女召喚の儀とは、天上の世界におわします神々をこの世界に降ろす儀式なのです」


 私が……神様?


「……い、いやいやいや! それはさすがにおかしいですよ! 私はどこにでもいる普通の――田舎の村娘ですよ!? そんな私が神様で聖女だなんて、そんなの絶対におかしいですよ!」


「いいえ、おかしくなんてありません。ティアさんは間違いなく、遠く離れた別世界で神と呼ばれた存在であり、この世界における聖女様です。この点については保証できます」


「そ、そうなん、ですか……」


 こうまではっきり断言されては、強く反論することもできない。

 信じたくない事実のような何かを突きつけられた私は――。


(…………うん、これは夢だな。とっても長い、変な夢だ)


 大きく考え方を変えてみることにした。

 そう考えると少し気が楽になってきた。

 頬っぺた落っこちるほどおいしい料理も食べれたし、シャワーという超高級品も体験できた。あぁ、なんて私は運がいいんだろう!


(でも、そろそろ目が覚めたいかなー……なんて)


 あんまり幸せな思いばかりしていると、夢から覚めた後の元の生活が少し物足りなく感じてしまうかもしれない。そうならないためにも、そろそろ夢から覚めて現実の世界に戻ろう。

 夢から目覚めるために、ぐにーっと頬っぺたを引っ張ると。


(……うん、痛い)


 わかってたけど、普通に痛かった。


(そうだよね……こんなリアリティのある夢なんて、あるわけないよね……)


 そんなことはわかっていたけど、もう現実逃避でもしないとやっていけない規模の話になっている。

 そうやって私が一人で頬っぺた引っ張り続けていると、ユフィさんはゆっくりと湯船から立ち上がり、両手を大きく横に開いた。ほんのりと上気した綺麗な体に水が滴り、何だかとても色っぽい。


「それでは先ほどのお約束通り――ティアさんのお望みするものならば、何でもご用意させていただきます。私の魔力でも体でも――何でも構いません」


 ユフィさんは頬を赤く染めながらそう言った。

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