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六:聖女の告白


 そうしてモコモコと泡だらけになっていく頭をボンヤリと見ながら、されるがままになっていると。


「……美しい髪ですね」


 私の髪をスーッと撫でながら、陛下がそんなことを呟いた。


「あ、ありがとうございます。でも、陛下の髪の方がとっても綺麗ですよ?」


「ふふっ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」


「全然、お世辞なんかじゃないですよ」


 そんな会話をしていると、鏡に映る陛下がちょっとだけ困った表情を浮かべていることに気が付いた。


「どうかされましたか?」


「……ティア様。一つ……お願いをしてもよろしいでしょうか?」


「は、はいっ」


 改まった様子でそう問われたものだから、思わず少し固い返事をしてしまう。

 いったいどんなお願いをされるのだろうか。

 私は少しの緊張を感じながら、陛下の言葉を待った。


「その……陛下という呼び方はやめていただけないでしょうか……?」


 しかし、陛下のお願いは予想外のものだった。


「え、えっと……。駄目、でしょうか……?」


「ティア様とは今後も末永くお付き合いする仲になります。さすがに役職名で呼ばれるのは、少し……さびしいです。いえ、もちろんティア様が嫌だというならば、仕方ないことなのですが……」


 陛下は捨てられた子犬のような、庇護欲を誘う表情でそう言った。

 ここで断ったら、何だかとても悪いことをしたような気になってしまう。……その顔は卑怯だ。


「うー……。それではユフィ……さんで」


 ユフィさんの言い分にも確かに納得できるところがあったので、私は渋々その申し出を了承した。


「ありがとうございます、ティア様!」


 するとユフィさんは、さっきまでのしょぼくれた顔はどこへやら。大輪が咲いたような温かな笑顔を浮かべた。


「むぅっ……。それならユフィさんも『ティア様』じゃなくて、ティアって呼んでほしいです」


 こちらだけが一方的にフランクに接するのは……何だか違うような気がする。

 何より私はどこにでもいる田舎の村娘――『ティア様』なんて呼ばれるほど偉くも何ともない。

 すると。


「いえ、そういうわけにはいきません。天上の存在である聖女様に対して、そのような不敬な態度は許されませんので」


 なんと彼女は首を横に振り、きっぱり断ってきた。


 ……何かちょっとズルい。


 そっちがその気なら仕方がない。私にだって考えがある。


「……わかりました。それでは陛下(・・)、今後とも末永くよろしくお願いしますね」


 あえて「陛下」という部分を強調して、少し意地悪をしてみると。


「うっ……。わ、わかりました……」


 渋々といった様子で、ユフィさんは頷いてくれた。


「それでは……『ティアさん』、とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」


「ありがとうございます、ユフィさん!」


 何だかちょっとずつだけど、ユフィさんと仲良くなれていっている気がする。

 私の住む村はとても田舎で、同年代の女の子なんて一人もいなかったから……何だかとてもうれしかった。


「もぅ……それではシャンプーを流しますので、少し目をつむってくださいね」


「はーい」


 それからゆっくりと丁寧に頭の泡を流してもらった。

 髪の毛からはシャンプーのいいにおいがし、心なしか髪に艶が出たような気がする。


「さてお次は、背中をお流しいたしますね」


「はい、お願いしま……っ!? い、ぃいいえっ!? 大丈夫です!」


 あまりに自然に言うものだから、ついうっかり頷いてしまいそうになった。


「さ、左様でございますか?」


「は、はいっ! 自分でできますので、大丈夫ですっ!」


 相手が同じ女の子とはいえ、さすがに体を洗ってもらうのは恥ずかし過ぎる。

 髪を洗ってもらうのがギリギリ限界のラインだ。


「ですが、これも我が国の伝統で――」


「で、伝統だったとしてもここは譲れません!」


 いくら伝統と言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 私は手と首をブンブンと横に振って必死に断った。


「そうですか……。残念ですが、仕方ありませんね……」


 少し残念そうな様子で、ユフィさんは引き下がってくれた。せっかくの好意に対し少し申し訳ない気持ちにもなるが……こればっかりはしょうがない。

 その後、お互いに体を綺麗にしたところでいよいよ温泉につかる。


「ふわぁー……いい気持ちぃー……」


 肩までしっかりとつかると、自然と全身の力が抜けていくのがわかった。

 程よい湯加減。お湯になって溶けてしまいそうだった。


「ごくらくごくらく……ですねぇ……」


 横で一緒に温泉につかっているユフィさんも、完全にリラックスしきった顔をしている。いつもの凛とした彼女は美しいけれど、今の少し気の抜けた彼女はとても可愛らしかった。


「こんな気持ちのいいお風呂は初めてです。何だかお肌がスベスベになった気がします」


「あはは。それはちょっと早過ぎですよ」


 そうして二人で温泉を満喫していると、ユフィさんの方から話を振ってきてくれた。


「ところでティアさ……ん」


『ティア様』と言いかけたのを何とか飲み込んで、『ティアさん』と言い直してくれたようだ。


「何ですか?」


「先ほどから――お食事のときから何か言いたげな様子だったのですが……もしかしてお話になりたいことがあるのではないでしょうか?」


「……っ」


 さすがはユフィさん。若くして皇帝の座についたのは伊達ではない。びっくりするほどの洞察力だ。

 私は意を決して、ここで全てを打ち明けることにした。


「ユフィさん、その……。落ち着いて聞いてもらえますか……?」


「はい、何なりと」


 彼女は急かすこともなく、優しい笑みを浮かべたまま待っていてくれた。

 二、三度深呼吸をし、決心がついたところで、


「私は……聖女様ではありません……」


 やっと本当のことを口にできた。

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