五:聖女の湯浴み
「こちらが脱衣所になります」
「ひ、広い……」
さすがはお城の脱衣所というべきか。家のものとは比べ物にならないほど大きかった。そのうえ掃除も行き届いているようで、髪の毛の一本はおろか、わずかな埃も見当たらない。
「脱いだ服はこちらの籠に入れておいてください。それと大浴場はあちらの扉の先になります」
「ありがとうございます」
陛下はそうして説明を終えると――。
「そ、それでは……っ」
その長い髪をたくし上げ、上の服を脱ぎ始めた。
「えっ、ちょ、へ、陛下っ!?」
白を基調とした修道服の下は、これまた純白の下着であり、陛下の白い肌と相まってとてもよく似合っていた。
「お、お風呂って……陛下も一緒に入られるのですか!?」
上半身が下着のみとなった陛下へそう問いかける。
「は、はい。こうして聖女様との親睦を深めることは、我が国の伝統でございますので」
「そ、そうなんですか……」
伝統と言われてしまえば、無下にそれを否定することは難しくなる。
続いて陛下はレース付きの黒いニーハイソックスを脱ぎ、瑞々しい生足が露になる。そうして彼女が黒のショートパンツに手をかけたところで――。
「てぃ、ティア様もお着替えになってくださいね……?」
少し顔を赤くした陛下にジト目で見られてしまった。
「は、はいっ」
私は慌てて自分の服に手を伸ばす。
(や、やっぱり、ちょっと恥ずかしいなぁ……)
お母さん以外の前で服を脱いだことのない私は、妙な緊張感を持ちながら一枚一枚服を脱いでいく。
そして服と下着を脱ぎ終えた私が振り返るとそこには――一糸まとわぬ姿となった陛下が恥じらいの色を見せながら立っていた。
雪のように白く透明感のある柔肌。張りがあって形のいい胸。スラリと伸びた手足――女である私でもドキドキしてしまうほどに綺麗な体だった。
「てぃ、ティア様……。そんなにジロジロと見られては……少し、恥ずかしいです」
そう言いながら体をねじり、何とか小さく見せようとする陛下は……言いようもなく可愛らしかった。
「す、すみません……っ」
慌てて陛下の体から視線をそらす。
「……」
「……」
それから何とも言えない沈黙が降り――。
「さ、さぁ、ティア様! 温泉に入りましょうか!」
「は、はいっ! とても楽しみですっ!」
妙に高いテンションのまま、私と陛下はお風呂場へと向かった。
■
「うわぁ、大きい!」
そこには家のお風呂場の何十倍も広く、そしていろいろな種類の温泉があった。それぞれの湯船の前には木の立て看板があり、様々な効能が記されている。
(肩凝り・冷え性・疲労回復に……。むむっ、美肌効果まで……っ)
女の子としては見過ごせない、いくつもの素晴らしい効能が並んでいた。
「さて、まずはお体をきれいにしましょうか」
「はい!」
陛下に連れられた私は、洗い場へと到着する。
「こちらが洗い場になります。どうぞお好きなところへお座りください」
温泉から少し離れたところに、いくつもの洗い場があった。
風呂椅子と鏡がついたそこには――一際私の目を引く、とんでもないものがあった。
「こ、これは……っ!?」
「ど、どうかいたしましたか……?」
驚いた様子でこちらを見やる陛下に、私は震える声で問いかけた。
「こ、これは……。『シャワー』という奴ではありませんか……っ!?」
「は、はい。そうですが……?」
シャワー――都の、それもごく一部の大貴族の間でまことしやかに存在が噂される、綺麗な水が出る装置。まさか実在したとは……。
「さ、さすがは陛下のお城……シャワーもあるんですね……。それもこんなにたくさん……」
恐ろしいことに全ての洗い場に一つずつシャワーが取り付けられていた。総数にして十や二十はくだらないだろう。
すると陛下は苦笑気味に応えた。
「い、いえ……シャワーぐらいであれば、我が国の一般的な住居であればほぼ全ての家に常設されていると思うのですが……」
「そ、そうなんですか!?」
「は、はい」
恐るべし、ロンドミリア皇国……。
まさかそれほどまでに栄えた国であったとは……。
そうしてジッと洗い場を見つめていると、とあるものが欠けていることに気付いた。
「あっ、でも陛下。石鹸がないですよ?」
石鹸がない代わりに、いろいろな種類のカラフルなボトルが並んでいる。
「これは失礼いたしました。石鹸がお好みでしたか」
「……? 石鹸以外に何かあるんですか……?」
体と頭を洗うのに、石鹸以外のものがあるのだろうか?
「はい。我が国ではこういったシャンプーとボディソープがございます」
そう言って陛下が変な形をしたボトルの頭を押すと、透明な液体がビュッと飛び出た。
その瞬間、ふんわりとした優しいにおいが鼻腔をくすぐる。どこかで嗅いだことのある花のにおいだ。
「……っ! いいにおいです!」
「ふふっ、髪の毛にもとってもいいんですよ? 試しにこちらを使ってみてはいかがでしょうか?」
「はい!」
「かしこまりました」
陛下がシャンプーをクシャクシャとこね始めると、みるみるうちに泡立っていき、あっという間に陛下の手はモコモコの泡に包まれた。
「お、おぉ……っ」
石鹸と同じ……いや、それ以上の泡立ちであった。
「さっ、それではティア様、どうぞこちらへお座りください」
陛下はニッコリと笑顔のまま、目の前の風呂椅子に視線を落とした。
「……ふぇ?」
一瞬遅れて、陛下の発言の意味を理解した。
「い、いやいやいやっ! 自分の頭ぐらい自分で洗いますよ!? それに陛下に洗ってもらうなんて恐れ多いこと――」
「いえいえ、召喚士が聖女様のお体を綺麗にするのも我が国の伝統ですから。お気になさらないでください」
「こ、これも伝統なんですか……?」
「はい」
即答だった。
「そう、ですか……。そ、それではよろしくお願いします」
「かしこまりました」
私は少し、おずおずとした調子で風呂椅子に座る。
「それでは――失礼いたしますね」
「……あっ」
陛下のか細い指が私の頭皮を刺激する。程よい力加減が何とも心地よい。
「痒い所はございませんか?」
「はい、とっても気持ちいいです」
実際、陛下の指使いと力加減は本当に絶妙で、天にも昇る気持ちだった。