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四:聖女の晩餐


 それから十分もしない内に、髭モジャの手によって最初の料理が運ばれてきた。


「まずは前菜をば――朝摘み野菜のサラダでございます。どうぞお召し上がりください」


 小さなお皿の上には、色とりどりの野菜が左右対称に位置していた。そこに白みがかったドレッシングがオシャレにかけられている。


(凄い……まるで芸術品みたい……っ)


 ふと顔をあげれば、皇帝陛下に髭モジャ、その他多くの衛兵たちがこちらに視線を送っていた。


(た、食べにくい……。)


 しかし、せっかく用意してもらったうえに、そんな注文をつけることなんてできない。

 居心地の悪さを感じながらも静かに両手を合わせた。


「い、いただきます」


 そうして目の前の机に目をやる。

 そこにはサラダの他に銀製のナイフにフォーク・スプーンが並べられていた。


(これは多分、フォークで食べるん……だよね?)


 家ではほとんどお箸ばかり使っていたので、こういう作法的なものには全く詳しくない。


「す、すみません……その、あまりテーブルマナーには詳しくなくて……」


 少し恥ずかしかったけど、どうせ隠してもすぐにバレてしまうことなので正直にそう伝えた。


「とんでもございません、聖女様。食事は楽しむことこそが一番でございますぞ」


「そうですよ。テーブルマナーのような堅苦しいものは気にせず、気楽にお食べになってください」


 皇帝陛下と髭モジャは優しくそう言ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


 少し気が楽になった私は、ぎこちないながらもフォークを使い、サラダを口へと運ぶ。


「はむはむ……んっ!」


 しゃきしゃきとした玉ねぎの甘味。トマトの柔らかい酸味。キャベツの心地よい歯ごたえ。ドレッシングはさっぱりとしていながらも、ほんのりとチーズの味がして野菜を存分に引き立てていた。

 ところどころに顔を出すボイルされたエビは、濃厚な旨味があって味のアクセントとして最高だった。


「お、おいしい……っ。こ、このサラダ、とってもおいしいですっ!」


「まぁ、それはよかったです!」


「聖女様からのお墨付き――料理人もさぞ鼻が高いでしょうな!」


 そうしてあっという間に前菜を平らげると、


「お次はコンソメスープでございます」


 髭モジャが白磁のカップに注がれたスープを持って来てくれた。


「っ! ……いいにおい」


 それはとてもシンプルだけど、引き込まれるような魔性のかおり放つ一品だった。澄んだ琥珀色が宝石みたいに綺麗だ。


 スプーンを使って音を立てないように口へと流し込む。


(ふわぁ……あったかい……)


 体の芯から温まる。

 よくわからないところに連れて来られ、不安でいっぱいだった心をほぐしてくれる。

 ホッと一息をついたところで、


「お次は貝料理でございますぞ」


 芳ばしい香りのする大きな巻貝を髭モジャが配膳してくれた。


(サザエ……じゃないみたい)


 形はよく似ているけど色が違う。

 サザエと違って、これは殻が真っ赤だった。


(……どうやって食べたらいいんだろう?)


 見たところフタがしっかりと閉まっている。フォークか何かでほじくればいいのだろうか……? いや、それだと少し品がないのかな……?


 一人で考えていても答えは出なさそうだったので、それとなく聞いてみることにした。


「こ、これは……?」


「『カッチン貝の壺焼き~焦がしバターソースを添えて~』でございます」


「そう、ですか……」


 いや、食べ方を教えてほしいんですけど……。


 残念ながら髭モジャに私の願いは届かなかったようだ。

 皇帝陛下もニッコリと笑顔のまま、特に動きを見せない。

 窮地に追いやられた私は、目の前の未確認物体の分析を開始する。


(む、むむむ……っ)


 これは貝だ。それは間違いない。

 何度か食べたことがあるし、実際髭モジャも貝だと言っている。


 ……問題は何故かしっかりと蓋が閉じられているということだ。


 当然ながら殻はとても固そうなので、攻められるところと言えばあの蓋の部分しか見当たらない。


(とにかく……このまま固まっているわけにはいかない……)


 意を決した私が、フォークを片手に大きな貝を鷲掴みにすると――。


「あっ」


 固そうだった殻は、まるで薄いお煎餅(せんべい)のようにパキンと割れた。

 どうやら火に炙られたことによって外側の殻が割れやすくなっているみたいだ。


(な、なるほど……っ!)


 ここに勝機を見出した私は、素手でパキパキと殻を割っていく。

 プリップリの大きな身が剥き出しとなり、焦がしバターの甘い香りが部屋中に広がる。


(す、すごい……っ。こんなに大きいんだ……っ)


 一口では食べられそうもないほどの肉厚と大きさ。

 白い湯気を放つそれを思わずうっとりと眺めていると――。

 先ほどから固唾を飲んでこちらを見守っている衛兵が、コソコソ話を始めた。


「ば、馬鹿なっ!? あの強固なカッチン貝の外殻を素手で!?」


「さすがは闘神……凄まじい腕力だ……っ」


「しかし、カッチン貝の食べ方すら知らんとはな……。あまり言いたくはないが、頭はかなり残念なようだ……」


「いやいや、彼女はあの(・・)闘神だぞ? 言葉を操るだけでも十分驚嘆に値する」


 どうやら彼らもこの大きな身を見て、食欲を掻き立てられてしまったらしい。


(そりゃそうだよね、みんなも食べたいよね……)


 彼らが職務に励んでいる中、自分一人だけがこんなにおいしいものを食べている。そんな不平等さに罪悪感を抱いていると――。


「ど、どうかされましたか、聖女様? もしや貝類は苦手でございますか!?」


 私のちょっとした異変を敏感に察知した髭モジャが、不安気な顔つきで詰め寄ってきた。


「い、いえ、大好物です! あまりにおいしそうだったので、ちょっと見惚れてしまっていただけです!」


「おぉ、左様でございましたか。無用な口出しをした愚かな私をお許しください」


 申し訳なさそうに頭を下げる髭モジャに「気にしないでください」と伝えた私は、視線を目の前の貝に向ける。


「い、いただきます」


 少しだけ申し訳ない思いを抱きつつも、一思いに貝の身を口に含んだ次の瞬間。


「……っ!」


 貝特有の濃厚な甘味が口いっぱいに広がる。焦がしバターの風味が鼻腔をくすぐり、さっぱりとした醤油が後味を締めくくる。

 わずかなクサミも、過剰な焦げ臭さもない――まさに完璧な一品だった。


「お、おいしいっ!」


「もったいなきお言葉です」


 それからもお肉料理にデザートなどなど、どれも頬っぺたが落っこちてしまうほどおいしくて、あっという間に平らげしまった。


「――ほんっとうにおいしかったです! ごちそうさまでした!」


「それは何よりでございます」


 ニッコリと笑った髭モジャが衛兵たちに視線を送ると、彼らは素早い手付きで皿を片付けた。

 そうして食事がひと段落したところで――いよいよ例の話(・・・)を切り出す。私が聖女ではないという、あの話だ。


「えっと……それでですね……。先ほどのお話しの続――」


 私がボソボソと口を切り始めたそのとき。

 コンコンコンっと扉がノックされた。

 誰かがこの部屋にやってきたようだ。


「どうぞ」


 陛下が凛とした通りのいい声で入室を許可すると、メイド服を着た黒髪の若い女性が丁寧な所作で扉を開けて入ってきた。


「失礼いたします。湯浴みの準備が整いましたので、そのご連絡にと参りました」


「そうですか、ありがとうございます」


 すると陛下はこちらを振り返り、問いかけてきた。


「ティア様。湯浴みの準備ができたようですが、いかがいたしましょうか?」


「そう、ですね……」


 ご飯を食べた後すぐの入浴は、あまり消化によくないと聞いたことがあるけれど……。


(ううん、これはちょうどいいかも……)


 お風呂は考えをまとめるのに最適な場だ。温かい湯船につかりながら、一人でゆっくりと体を伸ばせば、きっといい考えも浮かんでくるはず。


「では、お先にいただいちゃってもいいでしょうか?」


「もちろんでございます。それではご案内いたしますね。――どうぞこちらへ」


 そうして私は皇帝陛下に案内されてお風呂へと向かった。

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