十四:聖女と聖女
ティアがカロンの髭をむしり取ったその頃。
アーロンド神国アリオストロ城にて、聖女同士による激しい戦いが行われていた。
片や全身純白の鎧に包まれた、凶悪な顔をした創造神。
片や煌びやかな黄金と白のドレスを身に纏った地母神。
だが、それはおよそ戦いと呼べる代物ではなかった。
「ふははっ、どうした地母神よ? 貴様の力たるやその程度のものか?」
満身創痍となって地に倒れ伏した地母神の腹部を、創造神は情け容赦なく踏みつけた。
「か、はぁ……っ」
ミシミシと肋骨が悲鳴をあげ、彼女の口から苦悶に満ちた声が漏れた。
地母神イシュナ=スルシャーラ。
アーロンド神国の召喚士、クリア=アーロンドが召喚した聖女だ。
スラリと伸びた肢体に豊かな胸。
やや濃い目の茶髪は、背中まで伸びている。
その身に纏った煌びやかな黄金と白のドレスは、今や血と泥に汚れて見る影もない。
「い、イシュナ……っ!」
彼女を召喚したクリア=アーロンドは、ここアーロンド神国の女王。
透明感のある赤髪を短く切った清涼感のある髪型。
身に纏った赤と白を基調とした高貴な衣服は、既にボロボロだった。
(このままでは、イシュナが殺される……っ)
創造神を相手に魔法が通じないことは、既に嫌というほど思い知らされている。
(何か、何か手段はないか……っ)
彼女がその明晰な頭脳をフル回転させていると、
「ふははっ、いい悲鳴だぞ。地母神よ? もっと聞かせてく――あぁ?」
「「「ぬぅおおおおおおおっ!」」」
アーロンド神国の屈強な兵士たちが決死の突撃を仕掛けた。
「ふん……汚らわしい」
たとえ鍛え抜かれた屈強な兵士といえども――所詮は『人間』。
天上の存在である『聖女』に敵う道理はない。
創造神の持つ、純白の剣により住人の兵士たちは一瞬にして物言わぬ肉塊となった。
だが十人の勇敢な戦士の命と引き換えに、イシュナは自力での離脱に成功した。
「申し訳ございません……クリア様……っ」
「喋るな、今治療してやる……っ!」
クリアが魔力を供給すると、土色となったイシュナの顔に健康的な赤みが戻っていった。
そうしている間にも、彼女は次の一手を思案する。
(今回の創造神は桁が違う……っ。悔しいがイシュナ単騎では勝ちの目は無い……っ)
この場は撤退するのが最善。
後はその手段をどうするかであった。
正攻法で逃げられる相手ではないことは、嫌というほど思い知らされた。
すると、
「姫様っ! 我らが時間を稼ぎます! その間に時空間魔法の準備をっ!」
「我ら一同、既にこの命を姫様に捧げております!」
「この化物を相手に単騎で勝てる聖女などおりませぬ……。なんとか協力者を――心の清い聖女を見つけてくだされ!」
そう言って衛兵たちは――次々に決死の突撃を仕掛けた。
「……すまない」
彼らが文字通り命を懸けて作り出した時間を無駄にしないよう、クリアはすぐさま魔力を集中させ時空間魔法の準備に入った。
目を閉じて呼吸すら忘れるほどの集中力で、魔法の構築に全神経を集中させる。
「ふははははっ! 貴様たちも哀れだなぁ! 無能な王を担ぎ上げたがために、何の意味も無い無駄な死を遂げるとは!」
「黙れぇええええええっ!」
「貴様のような若造に何がわかる!」
「我らの忠義をとくと見よぉおおおおおお!」
その後――衛兵たちの耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫びが響いた。
「すまない……っ。こんな不甲斐ない王で本当にすまない……っ」
大粒の涙を流しながら、クリアはひたすらに謝罪の弁を述べた。
人並外れた魔法の才を持つ彼女は、生まれて始めた自らの無力を呪った。
(三分、いや二分でやり切る……っ!)
通常ならば優秀な魔法使い複数人、それも一時間以上の時間を掛けて練り上げる時空間魔法。
それをクリアは自分とイシュナの二人分を、
(あと、もう少し……っ)
魔法構築が半ばまで進んだところで、彼女は異変に気付いた。
静かだった。
まるでこの世界に自分一人かと思うほどに。
そこへ、
「どうだ、尻尾を巻いて逃げる準備はできたか?」
背筋の凍るような創造神の声が響いた。
恐る恐る目を開けた彼女は、驚愕のあまり眩暈を覚えた。
「なっ!?」
周囲は死屍累々の地獄だった。
数千人以上いた衛兵は、わずか一分で物言わぬ肉塊となった。
苦楽を共にし、忠義を尽くしてくれた部下はもういない。
「そん、な……っ」
早過ぎる。
あまりに早過ぎる。
「クリア様っ! お逃げください! ここは私が……っ!」
「ダメだっ! お前を失えば、反撃する術が無くなる!」
そんなやり取りを余裕綽々とした表情で見ていた創造神は、クククと小馬鹿にするように笑った。
「これはまた異なことを言う奴だな。この聖女大戦はもう終わっておる。この我が召喚された時点でなっ!」
そう言って創造神は、純白の剣を凄まじい勢いで投擲した。
「くそ……っ。頼む、せめてどこか遠くへ……っ!」
そうしてクリアは咄嗟の判断で、まだ未完成の時空間魔法を強引に発動させた。
どこへ行くかもわからない。
まともに飛べるかどうかもわからない。
まさに一か八かの賭けだった。
「ふん……逃げたか。まぁいい、これでアーロンド神国は落ちた。しばらくはここを我が城としてやろう」
こうして一夜にしてアーロンド神国は陥落し、血のような紅い夕暮れに創造神の笑い声が響き渡った。




