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十二:聖女とサプライズ


 カロン=エステバイン。

 ロンドミリア皇国の現皇帝ユフィ=ロンドミリアの懐刀であり、宮廷魔法師という大任も兼ねる。

 日々多忙を極める彼は、今日も執務室に籠って部下からあげられた大量の報告書に目を通していた。


(ふむ……治水事業は順調。邪神を失ったドミーナ王国は内乱が発生……。むむ……ロベリア神国にて不穏な動きあり、か。)


 彼は机に置いたコーヒーを一杯口に含み、少し思考を巡らせた。


(……ロベリア神国は近年不作が続いているうえに、大貴族のお家騒動が起きたばかりだったはず。……まぁ、放っておいても大きな問題ないだろう)


 そう結論付けた彼は自慢の髭を揉みながら、自国の明るい将来に思いを巡らせる。


(我らが陛下の治世は順風満帆。後はこの聖女大戦をどう勝ち進むか……ですな)


 ここ十年の間、カロンはひたすらに国政の安定に努めてきた。

 それもこれも全ては、この聖女大戦を見据えてのことだ。

 毎日毎日、寝る間も惜しんで様々な案件に取り組み、ロンドミリア皇国の発展の礎を築き上げた。


 途中に先代皇帝の急死という大き過ぎるイレギュラーも発生したが、すぐさま皇女であったユフィ=ロンドミリアを擁立し、なんとか軌道修正を果たした。


 聖女大戦には多額の費用がかかる。

 当然その資金源は国民からの血税だ。

 内乱が起こらないようにするために――腰を落ち着けて戦いに臨むためには、国の安定は必要不可欠なのだ。


 実際ロベリア神国やランドスター王国などは国が乱れ、聖女大戦どころの騒ぎではないともっぱらの噂だ。


(我ながら、よくもまぁ働いたものですなぁ……)


 彼にしては珍しく、自らの仕事を回顧していた。

 無事に聖女――ティア=ゴールドレイスの召喚に成功したことで少しだけ気が緩んでいるのだ。


(最悪のクラスである闘神を引いたときは、もう全て終わりかと思いましたが……。それがよもや異物(イレギュラー)とは、本当に運がいい……)


 彼は再びコーヒーを口に含み、大きく伸びをした。


「さてと……残る書類も後わずか。早いところ終わらせてしまいますかな」


 そうして彼が次の報告書に目を移したそのとき。


「なぁ髭」


 最近カロンの仕事部屋に居着くようになった邪神――リリ=ローゼンベルグから声がかかった。

 彼女は大きな本革のソファにだらしなくうつ伏せになりながら、パタパタと膝より先を振っている。


 聖女として――年頃の少女としてあるまじきだらしなさにカロンは頭痛を覚えた。


 しかし、彼がいくら注意したところで、リリが絶対に言うこと聞かないことは承知している。

 時間の無駄を避けるという意味もあり、カロンはひとまず話を進めることにした。


「……何でしょうか、聖女様?」


「暇なんだけど」


「……左様でございますか」


 そうしてカロンは口を閉ざし、仕事に戻った。


「なぁ、髭」


「……何でしょうか?」


 どうせ大した用事ではないことはわかっているが、無視をすると後が怖い。

 彼は書類に目を落としたまま返事だけを返した。


「ティアは何してるの?」


「聖女様は現在、聖サンタクルス学院にて勉学に励んでおられることでしょう」


「ふーん……。それじゃユフィは?」


「陛下も同じでございます。お二人は同じ学校に通っておりますゆえ」


「そっか……」


「はい」


「……」


「……」


 リリが黙ったことにより、カロンが報告書のページをめくる音だけが、静かな部屋に響いた。


「……なぁ、髭」


「何でございましょうか?」


「あたしも学校行く」


「左様でござぃ……はっ!?」


 予想外の発言にカロンは口をポカンと開けた。


「だから、そのなんたら女学院にあたしも行く」


「で、ですが聖サンタクルス女学院は貞淑な(・・・)女学生が通う場でして……」


「それなら問題ないじゃん」


 食べ終わった棒アイスの棒を咥え、だらしなくソファに寝転がるリリィ。

 靴下は半分脱げかかっており、服もズレており肩が大きく露出している。


「……問題しかありませんが」


「……はぁ?」


 リリィは眉尻を上げながら、カロンを睨み付けた。同時に右手をグッと握り、何かを引き抜くような動作を見せた。これは「また髭を抜くぞ」という無言の圧力だ。


「……っ」


 その意味を正確に理解したカロンは顔を青く染めた。


(つい先日、ひとむしりされたところなのに……っ)


 また大事な髭をむしられても困る。

 この髭は彼が十年もの長い年月をかけて育て上げたものだ。


「……かしこまりました。それでは至急手配を致します」


「うん、それじゃ明日からよろしくー」


「あ、明日っ!?」


「できるできないじゃないの。――やれ」


「ぐぅ……かしこまりました」


 カロンはいつかの復讐を心に誓いながら、静かに頭を下げたのだった。



「あっ、それとあたしが入学することは二人には秘密にしといてね」


「それは別に構いませんが……理由をお聞きしてもよろしいですかな?」


「ばぁか。サプライズって奴だよ、サプライズ! 相変わらず、髭は遊び心がねぇなー」


「サプライズでございますか……。はぁ……かしこまりました」


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