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三:皇帝陛下の勅命


 その後、半壊状態となった建物を脱出した私は、ティアさんと髭モジャに連れられ、綺麗に舗装された大きな道を歩いていた。何でもこの国にあるお城へと招待するとのことだった。

 その場で誤解を解こうとしたのだけれど……。「詳しいお話は城の中で」という髭の押しにやられてしまった。


(それにしても、何でだろう……真っ暗だ……)


 朝起きてからそれほど時間は経っていないというのに、外はもう真っ暗で虫の鳴き声がやけに大きく聞こえた。


 何度か隙を見て逃げようかとも考えたけど……。私の横にはユフィさんが、後ろには大勢の白い甲冑がいる。逃げ道なんてどこにも無かった。


 そうこうしているうちに目的地であるこの国のお城へと到着した。


(うわぁ、本物のお城だ……!)


 それはまるでおとぎ話に出てくるような、大きくて立派なお城だった。外壁は品のある白で統一され、屋根の部分は青の煉瓦が敷き詰められている。一番高い塔のてっぺんには、見たこともない旗が差されており、観音開きの大きな門の左右には、白い甲冑を着たたくさんの衛兵がいた。


「ささっ、聖女様。どうぞ中へお入りください」


 髭モジャは優しい声でそう言ったものの……。


(この中に入ったら、もう出て来られないんじゃないだろうか……)


 そんな漠然とした不安がさざ波となって押し寄せていた。

 しかし、ここまで来ておいて「やっぱり外で話しませんか?」といえるわけもない。


「お、お邪魔します……っ」


 私は恐る恐るといった感じでお城の中へと踏み入った。



 お城の中には、白い甲冑を着た人や綺麗な服を着た品のある女性。ピシっとした黒いジャケットを着た男の人など、とにかくたくさんの人がいた。小さい頃からずっと田舎の村で育った私にとって、こんな大勢の人に囲まれた環境というのは……何だかとても落ち着かなかった。


 そうして私がせわしなく周囲を見ていると、ユフィさんとばっちり目が合った。


「ティア様、どうかなされましたか?」


 彼女は小首を傾げながら、挙動不審な私に対して優しく声をかけてくれた。


「い、いえっ、何でもありません!」


「そうですか。それは良かったです」


 ユフィさんはニッコリと笑うと、再び前を向いて歩き始めた


(……綺麗な人だなぁ)


 本当に絵本の中から飛び出してきたような、お姫様のような人だ。

 そんなことを思いながら、広いお城の廊下を歩いていると。


「さささっ、聖女様。どうぞこちらの部屋でございます!」


 あれよあれよという間に、大きなお部屋に通されてしまった。

 さっきからやけにテンションの高い髭モジャが怖い。

 ほんの少し前にダラダラと頭から血を流していたのに、休まなくても平気なのだろうか……。


 そうして見回せるほどに広く大きな部屋に一歩踏み入れた私は――圧倒された。


(……ば、場違い感がすごい)


 悪目立ちしないよう、落ち着き払った様子で部屋の内装に目をやる。

 豪勢な金ぴかのシャンデリア。

 美しい斑紋のある大理石の机。

 名画の雰囲気を放つ抽象画。

 何だか凄く高そうな透明な花瓶。そこに活けられている花は、どれも見たことのない種類だった。


 私の家は貧しいとまでは言わないものの、それほど裕福ではない――ごく普通の一般家庭だ。こんな貴族や王族のお部屋を見せつけられたら、もうどんな反応をしたらいいのかわからない。


 そうして呆然と部屋の入り口で立ち竦んでいると。


「聖女様? いかがされましたか? も、もしや体調が優れないのでしょうか!?」


「ティア様、やはり魔力が(・・・・・・)……!?」


 髭モジャとユフィさんが心配して声をかけてくれた。


「い、いえ! すみません、何でもないですっ!」


「さ、左様でございますか……?」


「もし何かありましたら、どうぞお気軽に仰ってくださいね?」


「あ、ありがとうございます」


 ユフィさんは、ともかくとして――どうやらこの髭モジャも悪い人では無さそうだ。……危ない人ではあるけれど。


「さて立ち話もなんですから、どうぞこちらの椅子におかけください」


 そう言って髭モジャは、机に備え付けられている椅子を引いた。


「ど、どうも……」


 意外と紳士的である彼にお礼を言い、私は出来る限りお上品に座った。

 それから私の対面にはユフィさんが座り、彼女の横には髭モジャが立ったままでいた。彼はゴホンと咳払いをすると、自己紹介を始めた。


「申し遅れました。私はカロン=エステバイン。ロンドミリア皇国の宮廷魔法師でございます。以後、お見知りおきを」


 そう言って髭モジャことカロンさんはペコリとお辞儀をした。


「わ、私はティア=ゴールドレイスです。よろしくお願いします」


 私は挨拶を返しながらも、髭モジャの発した『ある言葉』に引っ掛かっていた。


(……ロンドミリア皇国?)


 そんな名前の国は聞いたことがない。

 もしかしたら私は、本当に遠いところに飛ばされてしまったのかもしれない……。

 何とも言えない不安感に胸がざわついていると、今度はユフィさんが口を開いた。


「念のため、もう一度自己紹介させていただきますね。私はユフィ=ロンドミリア。ここロンドミリア皇国の皇帝です」


「……皇、帝?」


 皇帝って……国の中で一番偉いあの皇帝陛下……?


「はい。亡き父の後、皇位を継承しました。今はこの爺や――ゴホン。失礼いたしました。――宮廷魔法師カロンの補佐の元、政務を執り行っています」


 さも当然のことのように言ってのけるユフィさん。


「ほ、ほんとのほんとに……皇帝陛下、なんですか?」


「はい。まだまだ若輩者ですが、何とかやらせていただいています」


 彼女が嘘や冗談を言っている様子はない。それは横にいる髭モジャの平然とした顔つきからしても間違いない。


(まさか同い年ぐらいだと思っていたユフィさんが、そんな雲の上の人だったなんて……)


 だんだんと頭が回ってきた私は、その場でバッと立ち上がる。


「す、すみません、陛下っ! 私なんかが慣れ慣れしくしてしまって!」


 知らなかったこととは言え、遥か目上の人に対して随分と失礼な態度を取ってしまった。

 私が慌てて謝罪をしようとすると。


「そ、そんな! 『陛下』だなんてやめてください、ティア様!」


「そうですぞ! 聖女様は人間を越えた天上の存在! いったい何をおっしゃりますか!」


 二人は慌ててこちらに駆け寄ってきた。


(……違う。そこ(・・)からしてもうおかしい)


 私は聖女様でも何でもない。どこにでもいる――ただの村娘だ。

 とにかくこれ以上話がややこしくなる前に、ちゃんと誤解を解いておかないと。


「――陛下、髭モジャさん。大事なお話があります」


 私は背筋をピンと伸ばし、二人の目を真っ直ぐに見つめた。


「は、はい……っ」


「ひ、髭モジャ……?」


 すると私の真剣さが伝わったのか、二人は息を呑んだまま口をつぐんだ。


「何か誤解をされてしまっているようですが……。私、聖女様じゃありま――」


 そこまで言いかけたところで――。



 ぐーっ。



 私のお腹が鳴った。

 こんなときに限って、これでもかというほどに大きな音が。


「……っ!」


 一瞬で顔が真っ赤になるのがわかった。体の内から熱がフツフツと湧き上がってくる。きっと耳まで赤くなっているだろう。


(こ、これじゃまるで、お腹が空いたことを声高に訴えたみたいじゃない……っ)


 いったいどうしてこんな最悪のタイミングで……。今日は本当に厄日だ……。

 恥ずかしさのあまり、私が俯いていると――。


「な、なるほどっ! これは失礼いたしましたっ!」


 髭モジャは何故か突然頭を下げ、すぐさま近くの衛兵を呼び寄せた。


「おい、聖女様は空腹であられるっ! 急ぎ料理を持て!」


 やはりそういう風に受け取られてしまっていたみたいだ。


(うぅ……違う、そうじゃないの……っ)


 否定はしたいものの、こんな真っ赤な顔で言っても説得力の欠片もない。それに実際、朝から何も食べていないのでお腹はとても空いている。

 私が仕方なくそのまま俯いていると、衛兵は敬礼をしたまま迅速に返答した。


「お、お言葉ですが、カロン様! 先の敵襲のため、城内の料理人は全て避難しております!」


「すぐに呼び戻せ! これは国家の存亡にかかわる事態だ! ――皇帝陛下!」


 髭モジャから呼ばれたユフィさ――皇帝陛下はコクリと頷いた。


「ロンドミリアの名を持って命じます――即座に一流の料理人を招集し、最高の料理を作らせなさい!」


「しょ、承知いたしました!」


 皇帝陛下からの勅命を受けた衛兵は、凄まじい勢いで部屋から飛び出して行った。


「聖女様。今食事の手配を致しましたので、もう少々お待ちいただけると幸いでございます」


「ティア様。せっかく召喚に応じていただけたというのに、心配りができず大変申し訳ございません……」


「いえ、その……ありがとう、ございます……っ」


 何だか大ごとになってしまっているけど……せっかくの親切心を蔑ろにするのもどうかと思われたので、素直にご厚意に甘えることにした。

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