十一:聖女とお昼ご飯
また後で……お城に帰ってから、ちゃんと正直に「わかりませんでした」と白状しよう。
そんなことを考えていると、
「――祖よ、大霊が囁きをここに示せ」
「わっ、凄い!」
「わ、私も――祖よ、大霊が囁きをここに示せ!」
周りのクラスメイトは、一人また一人と次々に魔法を成功させていった。
それはとても不思議な光景で、そんな風に火を操るみんなはおとぎ話に出てくる魔法使いみたいだった。
「わ、私にもできるかな……」
期待と不安が入り混じった心を落ち着かせるように、ポツリとそう呟くと。
「きっとできますよ。何といってもティアは聖女様、それに魔力はSランク! 魔法適性はこの世界でも最高クラスなんですよ!」
ユフィは周りに聞こえないよう、私の耳元でそう言ってくれた。
「そ、そっか……っ!」
ユフィの言う通りだ。
私は曲がりなりにも『聖女』としてこの世界に召喚されたんだ。
もうこれまでの――ただの村娘ではない。
聖女になったスーパー村娘なんだ!
「ありがとう、ユフィ! 今ならなんでもできそうな気がする!」
「えぇ、その意気ですよ、ティア!」
それから私は大きく何度か深呼吸をして、静かに精神を集中させた。
そして自分の中の『魔力的なもの』が高ぶりを見せたその瞬間――カッと目を見開く。
「――祖よ、大霊が囁きをここに示せ!」
詠唱は完璧。
手ごたえは十分。
だけど、
「……あれ?」
私の手のひらには、あるべきはずの『火』が無かった。
……おかしい。
「そ、祖よ、大霊が囁きをここに示せ!」
それから何度も同じ詠唱を繰り返したけれど、結果はすべて同じ。
私の大きな声だけが、教室中に虚しく響き渡った。
「ど、どうして……っ!?」
「な、何故でしょうか……?」
すると、
「んー、魔法理論の理解が少し欠けているようだな」
いつの間にか背後に立っていたノエル先生が、顎に手を添えながらそう言った。
「きゃっ!?」
「せ、先生!?」
いったいいつの間に!?
いや、その前に……っ。
(もしかして、さっきのユフィとの会話……聞かれちゃってた!?)
私が聖女だということは、一部の教師のみに知らされていると髭モジャが言っていた。
なんでも防衛上の観点から、あまり聖女の正体が広まり過ぎるのはよろしくないとか。
(ど、どうしよう……っ)
そうしてなんて誤魔化そうかと頭をグルグルと回していると、ノエル先生は小さな声で耳打ちをしてきた。
「大丈夫大丈夫、カロン様からティアのことは聞いているから。そんなに慌てなくても平気だよ」
「そ、そうなんですか……よかった」
ひとまず私はホッと胸を撫で下ろした。
(でも、今後はもう少し気を付けなきゃ……)
『聖女』という言葉を口にするときは、ちゃんと周りに誰もいないことを確認する必要がある。
「確か莫大な魔力を持っているんだって? それなら理論を体で覚えるのもありだぞ?」
そう言って先生は耳打ちをやめて、ニッコリと笑った。
「火属性の魔法を使うときに大事なのは一点集中! 自分の魔力――まぁ簡単に言うと内に眠る力をただ一点に集中させて『パッ!』と解放する感じだ。ほれ、やってみ」
「一点集中、パッと開放する……」
私は先生から教えてもらったコツを暗唱し――思うがままに呪文を口にした。
「――祖よ、大霊が囁きをここに示せ」
その瞬間、私の手のひらにポッと火が灯った。
それは他のみんなのものに比べると弱々しくて、不安定なものだった。
でも、確かに間違いなく――魔法だった。
「で、できた……っ!」
「凄い、さすがはティア!」
「うんうん、初めてにしては立派なもんだ」
手のひらの上で揺れる弱々しい火を見た先生は、満足そうに頷いた。
「なっ? 魔法なんて意外と簡単だろう?」
「は、はい……っ」
正直今も魔法理論は、あまり……というか全く理解していないけど……。
それでも、こうして魔法を成功させたことで「なんとかなるかも?」という気がしてきた。
「まぁ授業内容は少し難しいと思うが……。俺も頑張ってわかりやすく教えるつもりだから、今後も楽しくやっていこうな」
「あ、ありがとうございます!」
ノエル=ノートリウス先生。
変な服装で最初は、ちょっと胡散臭いと思ってしまったけど――とってもいい人だった。
「よっし、そんじゃ次は水魔法の基礎理論から行くぞー。まずは要点をガガッと板書してしまうから、それをノートに書き写すか、今ここで全部覚えてしまうように」
こうして再び、地獄の理論授業が始まったのだった。
■
キーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴り、ようやく二限の魔粒子理論の授業が終わった。
「おっと、もうこんな時間か……。よし、それじゃ午前の講義はここまで。午後からは兵学をやるから、昼ご飯を食べ終わった生徒は、パラパラっと教科書見とけよー」
そう言って先生は、教室を後にした。
「お、終わったぁ……」
地獄のような授業を乗り切った私は、机の上にへたり込んだ。
「ふふっ。お疲れ様です、ティア」
「うぅ、もう限界だよ……。こんなに頭を使ったのは生まれ始めてかも……」
「そ、それは少し大袈裟じゃないかしら……?」
「全然大袈裟じゃないよぉ……」
そう、これは言い過ぎでも何でもない。
今日は本当にこれまでで一番頭を使った一日だと断言できる。
二番目は……多分、お母さんに九九を教えてもらった日だと思う。
「ほら。元気を出して、ティア? 一緒にお弁当を食べましょう?」
そう言ってティアは、鞄からお弁当箱を取り出した。
「そ、そうだ! お弁当っ!」
辛く苦しい授業の先には、お弁当があるんだった!
「えーっと……あった!」
鞄の一番奥から真っ白な薄布に包まれた、いかにも高級そうな空気を放つお弁当箱を取り出した。
なんでもこれはお城の料理人が、私たちの健康に配慮して作ってくれた特製のお弁当とのことだ。
「も、もう開けてもいいんだよね? お昼休みだもんね!?」
「えぇ大丈夫ですよ。それに……ふふっ。そんなに慌てなくてもお弁当は逃げませんよ」
ユフィはクスリと笑いながら机同士をコツンと合わせて、一緒にご飯を食べる態勢を整えた。
「じゃあ、開けるね!」
うっかり中身をひっくり返さないように薄布を取り外し、高級感あふれる黒いお弁当を開けた。
すると、
「こ、これは……っ!」
艶と光沢のある真っ白なお米。
見るからに柔らかそうな玉子焼き。
丁寧に二つ折りにされたお肉。
見るからに新鮮な色とりどりの野菜。
「お、おいしそう!」
まるで芸術品のような――見ているだけで楽しめる凄いお弁当だった。
「そうですね。栄養のバランスもとてもいい具合です」
ユフィのお弁当も全く同じものが入っていて、とてもおいしそうだった。
「いただきます!」
「いただきます」
まずは焦げ目の全くついていない綺麗な玉子焼きから。
食べるのがもったいないような気もするけれど、こればっかりは仕方がない。
(まずは小さくして……っと)
一口サイズにしようとすると――まるでお豆腐のようにスッお箸が入っていった。
そうして小さくなった玉子焼きを口に含んだその瞬間。
「はむ……んんっ!」
濃厚な卵の風味がお口いっぱいに広がり、ダシの風味がサッと鼻を抜けた。
「お、おいしいっ! これ、とってもおいしいよユフィ! ユフィも食べてみて!」
こんなにおいしい玉子焼きを食べたのは生まれて初めてだ。
「ふふっ、わかりました。はむ……うん、とってもおいしいです」
「だよね!」
それからお肉にご飯、野菜にと三角食べをしたところで――少し『おかしなこと』に気が付いた。
(……あれ?)
よくよく見れば、私たちの机の周りには誰一人として近寄ろうとしないのだ。
みんな四人五人と集まってお昼ご飯を食べている中、私たちだけが二人ぼっちだった。
「ね、ねぇねぇユフィ……。もしかして私たち、避けられちゃってないかな?」
すると彼女はソーッと周りを見回して、小さくため息をついた。
「ティアの言う通りですね。……ごめんなさい。多分、私のせいだと思います……」
「……? どういうこと?」
どうしてユフィのせいで避けられるのだろうか?
彼女は賢くておしとやかで気遣いのできる凄く優しい人だ。間違っても人に避けられたり、嫌われたりするタイプではない。
するとユフィは、周りに聞こえないよう小さな声で口を開いた。
「こう見えても私はこの国の皇帝ですから……。おそらく話しかけづらいのだと思います……」
「な、なるほど……」
確かにそれはあるかもしれない。
実際、私もユフィが皇帝陛下だって聞いたときは、恐れ多くてどう接していいかわからなかった。
今日は聖サンタクルス女学院での最初のお昼休み。
いきなり皇帝であるユフィと仲良くしろというのは……常識的に考えて難しい。
「だ、大丈夫! 今はみんなどう接していいのかわからないだけで、きっとすぐに仲良くなれるよ!」
「……そうですよね。ありがとうございます、ティア」
「えへへ、どういたしまして」
その後、私たちはおいしくお弁当を食べて、午後の授業に備えたのだった。
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