十:聖女と魔法
自己紹介は淡々と進んでいった。
自分の名前と簡単な一言を述べてから、お辞儀をして座る。
(え、えーっと……。さっきのがエリンさんで、茶色の綺麗な髪の子がオービスさんで……っ)
私はみんなの顔と名前を一致させようと必死だった。
そんな感じで一人また一人と自己紹介は終わっていき、気付けば私の番がやってきた。
「はい、それじゃ次よろしくー」
「は、はいっ!」
他のみんながやっていたように、できる限り音を立てないように静かに椅子を引いて、背筋をピンと立てて真っ直ぐ前を向いた。
「てぃ、ティア=ゴールドレイスです。よろしくお願いいたしひゃすっ!」
……噛んだ。
「浮かないように、優雅な振る舞いを!」――という意気込みが空回りした結果だ。
顔が徐々に赤くなっていくのがわかる。
体の真ん中あたりから熱がフツフツと湧きあがってくる。
(うぅ、絶対笑われちゃうよ……っ)
顔を伏せて、目を閉じていたけれど――私の予想とは違ってどこからも笑い声は聞こえてこなかった。
それどころか優しく温かい拍手が鳴った。
(み、みんなとってもいい人だ……っ)
このクラスならば、この先もきっと楽しく過ごせる。
確かな手ごたえを持ちながら、私がペコリと頭を下げる。
「よし、それじゃ最後に陛――じゃなくて、ユフィ。よろしく頼む」
ノエル先生からそう言われ、隣に座っていたユフィが立ち上がった。
「ユフィ=ロンドミリアです。みなさま、仲良くしていただけると嬉しいです」
私と違ってよどみなくスムーズに言い切ったユフィに、大きな拍手が送られた。
無事に全員の自己紹介が終わったところで、ノエル先生はパンと手を打った。
「んじゃ、早速授業やっていくぞー。一限は基礎魔法理論だ。今から教科書を配布していくから、一列に並んでくれ」
■
聖サンタクルス女学院は名門中の名門校であり、その授業レベルはとても高い……とユフィから聞いている。
そして現在……前情報の通り、とっっっても難しい授業に私は目を回していた。
今受けている授業は基礎魔法理論。
こんなに難しいのに『基礎』とはいったいどういう了見をしているのか。
(……うん、これは無理だ)
第一回目の授業から何を言っているのかわからない。
大きく伸びをして、クラスメイトの様子を窺う。
みんなは真剣な表情で教科書に目を落としながら、先生の話に耳を傾けていた。
(……みんな、理解しているっぽい)
私のように授業が始まって三分も経たないうちに白旗をあげている生徒は、一人もいなかった。
(とりあえず……帰ったらすぐにユフィと髭モジャに相談しよう)
これは緊急事態だ。早い内に手を打たないととんでもないことになってしまう。
(いや……もうこれは手遅れじゃないかな?)
今から勉強したってみんなに付いていけるとは到底思えない。
(……っ!? だ、ダメダメ! そんな弱気になってたらダメだよ!)
臆病風を何とか追い払って、再び先生の話に意識を傾ける……が、わからないものはわからない。
(と、とりあえず……お城に帰ったら自習できるように、ノートだけでもちゃんととろう!)
これは理解することから逃げたんじゃない……そう、戦略的撤退っ!
蛮勇と勇気は違うと、昔の偉い人が言っていたような気がするし、この判断はきっと正しい。
そうして私が必死に板書を写していると、先生がパンと手を打った。
「よし、それじゃ座学はここまでにして――次は火属性の初級魔法を実践していこうか。今教えた魔法を各自その場で発動させてくれ」
今教えた魔法……なんだっけ?
私は慌てて手元のノートに目を走らせる。
するとそこに火属性初級魔法<火球>と書かれていた。
「一応もう一度言っておくが、呪文は『祖よ、大霊が囁きをここに示せ』だ。手のひらで……そうだな、五秒も維持できればいいだろう。それじゃまずは俺がお手本を――『祖よ、大霊が囁きをここに示せ』」
すると次の瞬間、ノエル先生の手のひらにポッと握りこぶし台の火が灯った。
「す、凄い……っ」
手のひらで煌々と燃える火を見た私は、感動のあまり思わずポツリとそう呟いた。
「あれ……? ティアは魔法を見たことはありませんでしたっけ?」
隣の席でそれを聞いていたユフィが小首を傾げた。
「お父さんもお母さんも魔法なんて邪道だって言って、全く教えてくれなかったの」
お母さんは「魔法なんてなくとも、剣さえあれば万事問題ありません」と言い、お父さんは「健全な精神は健全な肉体にこそ宿る――魔法なんて必要ないぞ」と言っていた。
二人ともに魔法をあまり好ましく思っていないみたいだ。
「それじゃ今から十分の時間を取るから、各々やってみせてくれ。――俺はちょっとコーヒー買ってくる」
そう言って先生は教室を後にした。
その直後、教室は少しざわめきを見せた。
「な、中々レベルが高い授業でしたね……」
「恐ろしい授業スピード……少しびっくりしてしまいました……っ」
「少し奇抜な服装だったので、大丈夫かなと思いましたけれど……さすがは聖サンタクルス女学院。先生の質は確かですね……」
先生がいなくなった教室でクラスメイトがポツポツとお喋りを始めた。
それを聞いた私は、内心ホッとしていた。
(よ、よかった……難しかったのは私だけじゃなかったんだ……)
理解に差があることは間違いけど、それでも他のみんなも難しいと思っていた。これを聞けただけでも、少しだけ気が楽になった。
「ゆ、ユフィはどうだった……?」
隣で教科書を眺める彼女に話を振ってみた。
「爺やに教えてもらっていたところなので大丈夫でした。少し進むスピードが速いようには感じたのですけれど……ティアは大丈夫でしたか?」
「え、えっと……っ」
他のクラスメイトがいるここで正直に「全くわかりませんでした」というのは……さすがにどうかと思われた。私にだって少しぐらいのプライドはある。
「ま……まぁまぁかな?」
「さすがはティア! 難しい授業なのに凄いです!」
「ま、まぁ、ね?」
そうして私は小さな嘘をついてしまった罪悪感を胸に、ため息をこぼすのだった。
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