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九:聖女と入学


 制服に着替えた私とユフィが楽しくお喋りをしていると、私室の扉がコンコンとノックされた。


「陛下。そろそろお時間でございます。準備のほどよろしいでしょうか?」


 扉の外から髭モジャの声が聞こえてきた。


「はい。――それではティア、行きましょうか?」


「うん!」


 きっと学院には同年代の女の子がたくさんいて、少し難しいけどためになる授業があって――とにかくとても楽しい毎日が待っている。

 そう思うと私の胸は、ドクドクと大きな鼓動を打った。


 ユフィが私室の扉を開けると、髭モジャが複数の衛兵を率いて待機していた。


 彼らは私たちの姿を見て感嘆の息が漏らす。 


「お、おぉ、お二人とも大変お似合いでございます!」


「ふふっ。ありがとうございます、爺や」


「ど、どうも……っ」


 面と向かって褒められると、何だかこそばゆい気持ちになる。


「正門に馬車を用意しております。さっ、どうぞこちらへ」


 そうして髭モジャとその他大勢の衛兵に連れられて、私たちは正門へと向かった。


「うわぁ……すっごい……」


 そこには立派な体躯の馬が二頭と、これまた豪奢な客車があった。


 馬は二頭ともに白銀の毛並みがとても美しい白馬だった。やや筋肉質でキリッとした瞳が凛々しい。

 後ろの客車は白を基調とした上品な意匠で、ロンドミリアの国旗が掲揚されていた。


 そのあまりにもゴージャスな馬車に息を呑んでいると、ユフィはそっと私の手を取った。


「ティア、足元に気を付けてくださいね」


 そう言って彼女は真っ黒な足台に乗った。

「あ、ありがとう」


 そうして私たちは、大きくて立派な馬車に乗って聖サンタクルス学院へと向かった。


 その道中、髭モジャは学院内での私の立ち位置というものを教えてくれた。


 なんでも私は、入学試験免除の特別合格という扱いらしい。

 もしかすると数日前に受けたテストの点がよほどよかったのかもしれない。

 そして私が聖女だということは、一部の教師のみが知っていて、他の生徒には秘密になっているそうだ。


 他にも髭モジャは熱心に何かの作戦……? あれ、戦略……? ――とにかく難しい話をしていたけど、あんまり覚えていない。また今度、髭が暇そうなときにでも聞いてみようと思う。


 そうこうしているうちに馬車がゆっくりと停車した。


「おっと、どうやら到着したようでございますな」


 髭モジャが腰を伸ばすと、御者が扉をスーッと開いた。


「さぁ、ティア。ここが聖サンタクルス女学院ですよ」


「う、うん!」


 開かれた扉の先には、白亜の大きな建物が目に入った。

 ユフィのお城よりは少し小さいけれど、それでもとても大きくて立派だ。

 ここで学生生活が送ると考えるだけで胸が高鳴った。


「それでは陛下、聖女様。私はまだ政務がございますので、このあたりで失礼させていただきます。――聖女様、陛下の守りをどうかお願いいたします」


「いつもありがとうございます、爺や」


「が、頑張ります……っ!」


「それでは、失礼させていただきます」


 そう言ってもう一度腰を深く折って、髭モジャは馬車に乗り込んだ。


「それじゃティア、行きましょうか」


「う、うんっ!」


 馬車を降りて周囲を見回すとそこには、私と同じ制服を着た女の子がいっぱいいた。


「……っ」


 私にとっては異様に見えるその光景を前に、思わず息を呑んだ。


「……ティア、どうかしましたか?」


「うぅん、何でもない。それよりほら、早く行こ!」


「あっ、ちょっと待ってくださいよ、ティア!」


 それから私たちは、聖サンタクルス女学院の門をくぐった。



 その後にあった厳かな入学式は、とてもとても長かった。


 特に校長先生のお話。


 それはもう本当に永遠に続くかと思われるほどだった。

 何とか私が起きていられたのは、校長先生に中々立派な髭が生えていたからだ。

 頭の中で髭モジャと校長先生の髭を競わせることで、何とか眠気と闘っていた。


 ちなみに長さ・色・威厳の三番勝負――結果は全て髭モジャの勝ち。

 さすがは元祖髭モジャ。

 新参者の髭とは格が違っていた。


 そうして長い長い入学式を終えた私たちは、それぞれのクラスへと移動を開始した。


「ふわぁ……」


 大きく伸びをしながら欠伸をすると、隣を歩くユフィがクスリと笑った。


「ふふっ、大きな欠伸ですね。まだ午前中ですよ?」


「校長先生のお話が長かったんだもん……。ユフィは眠くならなかったの?」


「私は仕事柄慣れていますから。でも、そうですね……。確かに、少しだけ長かったかもしれません」


「やっぱりそうだよね!」


 二人でそんな話をしながら埃一つない綺麗な廊下を歩いていると、ユフィの足がピタリと止まった。


「あっ、ここがA組のようですよ」


「ほ、ほんとだ」


 彼女の視線の先には『1-A』と記された室名札(しつめいふだ)があった。

 聖サンタクルス女学院は、一クラス二十人の少人数制度。そして私はユフィと同じ一年A組だった。これは偶然ではなく、召喚士と聖女という関係上ごく当然の処置らしい。


「入りましょうか」


「う、うん……っ」


 緊張のあまりお腹がキリキリしてきた私と違って、ユフィはいつものように落ち着き払っていた。


(さ、さすがは一国の長である皇帝陛下……っ)


 心の中でユフィに拍手を送っていると、彼女はガラリと教室の扉を開いた。

 そこには既に大勢の生徒が座っており、なんというか独特な緊張感に包まれていた。


 難しそうな分厚い本を読んでる人。

 どこか儚げな表情で窓の外を見つめている人。

 凛としたオーラを放ちながら、目を閉じている人。


(し、静かだ……っ)


 そう、とにかく静かだった。

 私がこれまで経験したことのない空気に圧倒されていると、


「座席は自由みたいですし、このあたりに座りましょうか」


 ユフィは一番後ろの列――その窓側の二つの席を指差した。

 私はそこでようやく、黒板に『座席自由』と書かれていることに気が付いた。


「う、うんっ」


 私たちが席に着くとほとんど同時にキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。

 それからほどなくしてガラガラと教室の扉が開き、男の人が入ってきた。


「あれ? ユフィ、ここって確か女の子だけの学校……だよね?」


「そうですよ。ですからあの人は生徒ではなく、先生になりますね」


 男の人は教壇に立つと、ゴホンと一つ咳払いをした。


「えー、まずはみなさん。聖サンタクルス女学院への御入学おめでとうございます。俺はこのクラスの担任を任されたノエル=ノートリウスだ。この春からここに赴任してきた新米教師。気軽にノエル先生って呼んでくれー」


 そう言ってノエル先生はニヘラと笑った。


「まぁちょっとだけ自己紹介すると、好きな食べ物はポッチン貝とキャロロットのムニエルだ。ピッチピチの二十一歳で、専攻は魔法学全般。今年一年よろしくなー」


 先生はオレンジ色のよれたコートに緑色の特徴的なネクタイをしていた。

 何というかかなり奇抜な格好で……少しだけだらしなさそうな感じがあった。

 そうして簡単な自己紹介を終えた先生は、ブンブンとこちらに手を振った。


「陛下――じゃなくて、ユフィとは何度か顔を合わせてるなー」


「えぇ、そうですね。今年一年、よろしくお願い致します」


「こちらこそよろしく頼むぞー」


 そんな二人のやり取りを聞いた私は、すぐに小さな声でユフィに話しかけた。


「ノエル先生のこと知っているの?」


「はい。爺や――カロンのお弟子さんの一人ですね。カロンにしては珍しく、魔法の腕を褒めていたのを覚えています」


「髭モジャが褒めていた……」


 それは……凄いのか凄くないのかよくわからない……。


(いや、でも髭モジャは確か宮廷魔法師とかいうとても偉い地位についていたし……)


 それに今の口振りだとあの髭には、他にも多くの弟子がいるみたいだ。


(この先生も実は凄い人なのかも……)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、先生がパチンと手を打った。


「よし、そろそろみんなも自己紹介をしてもうおうかな。それじゃ前列右端の君からお願いしようかな」


 こうして一年A組のみんなは、一人一人自己紹介を始めた。

次回更新予定は「明日2月1日」のお昼11時から12時の間!

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