六:聖女と獣人
「ティアとやら。今の言葉、儂の動きが見えたとでも言うのか?」
ドンゾさんは顔をこちらにズィと寄せて、同じ問いかけを繰り返した。
「え、えっと……。袈裟切り、左切り上げ、逆袈裟、右切り上げ、水平斬り、薙ぎ払い、唐竹、逆風そして最後に突き……ですよね?」
武神九連山――お母さんがお父さんと喧嘩するときによく使っている技だ。
まるで嵐のような九連撃を前に、お父さんはいつも悲鳴を挙げていた。
「……っ!」
私の回答を聞いたドンゾさんは、一瞬顔を強張らせ――その後、突然豪快に笑い始めた。
「ド、ドババババババッ! おもしろい、おもしろいぞ! ティアとやらっ!」
「ど、どう、も……?」
何がそんなに面白いのかわからなかった私は、困惑しながら首を傾げた。
「そうだ! ぜひ、やってみせてくれ!」
そう言って彼はガサゴソと荷物を漁り、その中から小ぶりの木刀を手に取ると、スッと私の方へ差し出した。
「え、い、いや……っ。私、剣なんてほとんど振ったことがないんですけど……!?」
剣聖であるお母さんに、護身術程度にいくつかの技を教えてもらったぐらいだ。
「ドバババッ! 謙遜はよせ! 儂の剣を見切るその目――ティアが只者ではないことぐらい、頭の悪い儂にとてわかるぞ!」
そう言って彼はズイィと木刀を差し出した。
(こ、こんな大きな人に詰め寄られると……正直とんでもなく怖い)
「わ、わかりました……っ」
私は仕方なく木刀を受け取ると、半ば破れかぶれになりながら大木の前に立った。
「……」
「ティア! 頑張ってくださいーっ!」
品定めをするようなドンゾさんの鋭い視線。
そして期待に満ちたユフィのキラキラとした視線。
(や、やるしかない……よね)
覚悟を決めて、私は木刀を正眼の位置に構えた。
「え、えーっと……武神九連斬」
袈裟切り、左切り上げ、逆袈裟、右切り上げ、水平斬り、薙ぎ払い――一歩踏み込んで唐竹、逆風そして最後に――突き。
そうして私の剣を受けた大木は、大きな音を立てて倒れた。
「こ、ここまでとは……っ」
「ティア、とってもかっこいいです!」
体が勝手に動いたというか、とにかく不思議な感覚だった。
「……で、できちゃった」
私がびっくりして、目を白黒させていると。
「わ、儂を弟子にしてくれ……っ!」
ドンゾさんは突然頭を下げてきた。
「え、えぇ……っ!?」
いろいろと混乱する私に構わず、彼はどんどん話を進めた。
「ティアよ、そなたの太刀筋には――かの剣神に通ずるものがあった!」
「け、剣神……ですか……?」
(剣神って確か……確か昼間に見たあのお面のモチーフになった人だよね……)
「うむ! よくよく見れば、顔立ちが――何よりもそのどこか抜けた雰囲気がそっくりだ!」
……それは、褒められているのかな?
「どうか、ぜひに……っ。儂を貴殿の弟子にしてはくれぬか……っ! この老いぼれの五百年越しの願い――どうか、どうか叶えてはくれまいか……っ!?」
そうしてドンゾさんは額に地面をこすり付けた。
「ご、五百年……!?」
いくらなんでもそれは大袈裟じゃないだろうか?
そんなことを思っていると、横からユフィが小さな声で説明してくれた。
「実はドンゾさんは獣人なんですよ。あのお面の下はとっても可愛い狐さんで……ではなく、とにかくとっても長生きなんです」
「そ、そうなんだ……っ」
五百年……想像すらできない、とんでもなく長い時間だ。
「で、では……お友達から……じゃ駄目でしょうか?」
いきなり弟子とか言われても困ってしまう。
ここは一つ、お友達で手を打って欲しいところだ。
すると、
「あ、ありがたき幸せ……っ」
ドンゾさんは嬉しそうに何度も何度も頭を下げた。
そんなに恐縮されるとこちらも畏まってしまう。
「い、いえいえっ! そんなそんな、こちらこそどうか一つお願いいたします……!」
そんなやり取りを見ていたユフィがクスリと笑った。
するとゴーンゴーンゴーンと街の方から大きな鐘の音が聞こえてきた。
「あっ、そろそろ帰らないと……。爺やに気付かれてしまいますね……」
そう言えば……すっかり忘れていたけど、今回のこれは完全なお忍び。
あの髭モジャやお城の人たちにバレたら、きっと大変な騒ぎになることは間違いない。
「は、早く帰らないとっ!」
「はい、少し急ぎましょう!」
「それじゃドンゾさん、またね」
「ドンゾさん、どうかお元気で」
「うむ。ティア殿も皇帝もまた会おう!」
そうして私とユフィはお城へと帰った。
■
それからお城の衛兵にバレないようにこっそりと移動し、何とか無事にユフィの私室へと戻ることができた。
「ふぅ……まだ心臓がドキドキしてるよ……」
気付かれないようにコソコソと城内を移動するのは……何というか精神的にとても疲れる。
「ふふっ、すぐに慣れますよ」
「そうかなぁ……」
「はい。私は二回目にはもう慣れましたよ?」
「あはは、それはユフィの心臓が強過ぎるよ」
「あれ、そうでしょうか?」
そんな会話を二人交わしていると、ハッと思い出したかのようにユフィがパンと手を打った。
「そう言えば……武神九連斬っ! すごくかっこよかったですよ、ティア!」
「あー……あはは、ありがとう。……でも、あんなのやったこと無かったんだけどな」
お母さんがやっているところは何度か見ていたけど、練習したことも無ければ教えてもらったことも無い。
するとユフィは顎に手を添え、少し考え込んだ。
「うーん……。もしかすると、加護のおかげかもしれませんね」
「えーっと確か……『剣聖の娘』だったっけ?」
「はい。――剣術を極めた剣聖の娘。全ての剣術を瞬時に会得可能。というとんでもない効果の加護です」
「うん……きっとそうかも」
記憶の中のお母さんの動きを瞬時に会得したということだ。
(でもそれって……とんでもなく凄い力じゃないのかな?)
ぼんやりそんなことを考えていると、コンコンコンと扉がノックされた。
「陛下、そろそろ夕食のお時間でございます」
髭モジャの声だ。
「ありがとうございます、今行きます」
短くそう答えたユフィは、スッと立ち上がる。
「それじゃ行きましょうか、ティア」
「うん」
今日のご飯は何だろうなぁ。
そんなことを思いながら、ユフィと一緒に夕食へ向かった。




