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五:聖女と失言


「ゆ、ユフィ……な、何か変な人がいるんだけど……?」


 街中が楽しいお祭りムードの中、上半身裸で一人黙々と木刀を振り続ける。


 ――控えめに言って、とっても変な人だった。


 間違っても、おいそれと声を掛けていい人じゃない。


「あぁ、それなら大丈夫ですよ」


 ユフィはクスリと笑うと軽やかな足取りで、河原の階段を降りていった。


「あっ、ちょ、ちょっと待ってよ! 危ないよ、ユフィ!」


 私の制止の声も聞こえていないのか、彼女は鼻歌まじりで進んでいく。

 この国の皇帝陛下であり、何より――大事な友達であるユフィをあんな変な人のところに一人で行かせるわけにはいかない。


「も、もう! ちょっと待ってよ!」


 私は急いでユフィの後を追って階段を駆け下りた。

 すると信じられないことに、彼女はまるでお天気の話題を振るかのような気軽さで、あの変な人に話しかけた。


「今日もお稽古ですか?」


「ぬっ? 皇女……いや今は皇帝か。久しいな」


 その人は一目でユフィの正体を見破った。

 変な人なのに、信じられない目を持っていた。


「ば、ばれてるよ、ユフィ!?」


 皇帝陛下がろくな護衛も付けずにこんな河原をうろついている。

 この情報が広まってしまっては、ユフィの身に危険が降りかかることぐらい、私でもわかる。


「今すぐ逃げよう」――そう言おうとしたそのとき。


「この人はドンゾさん。私のお知り合いの方ですよ」


 彼女はそんなとんでも情報を口にした。


「……え? そうなの?」


 変な人――じゃなくて、ドンゾさんの方に視線を向けると彼はコクリと頷いた。


「そ、それならもう少し早く言ってよぉ……っ」


 一人てんてこ舞いになっていた私は、何だったのだろうか……。

 そうしてがっくりと肩を落としていると、ユフィが申し訳なさそうに謝ってきた。


「ご、ごめんなさい……っ。久しぶりにドンゾさんの姿が見えたものでしたから、つい……っ」


「もう……ユフィが大丈夫ならそれでいいよ」


「ごめんなさい……でも、ありがとう、ティア」


 そうして二人で仲良くお話ししていると、一人置いてけぼりとなっていたドンゾさんがゴホンと咳払いをした。


「ゴホン……ところで皇帝よ。その娘はどうした? ずいぶんと仲睦ましげだったが?」


「あっ、紹介が遅れましたね。こちらは私のお友達のティア。仲良くしてね、ドンゾさん」


「ティアか……よし、心得た」


 続けてユフィは、ドンゾさんのことを紹介してくれた。


「この人はドンゾさん。昔私が怖い人に絡まれてしまったときに助けてくれたんですよ」


「つまらぬ虫が目に入ったのでな、追い払ったまでだ」


「よ、よろしくお願いします」


 そうして私がペコリと頭を下げると、彼は一歩ずいっと近寄ってきた。


「我が名はドンゾ。よろしく頼む」


 そうして彼は礼儀正しくペコリと頭を下げた後、スッと右手を差し出してきた。


「ティ、ティア=ゴールドレイスです……っ。よ、よろしくお願いします」


 多分私の三倍近くはある大きな手と握手した。


 ……内心、握りつぶされそうでちょっと怖かったけど、全然そんなことはなかった。


 むしろ私を気遣ってか、包み込むように優しい握手だった。


(さっきユフィが「助けてくれた」って言っていたし……)


 もしかすると見た目に反して、とても優しい人なのかもしれない。

 そうして私とドンゾさんの握手が終わったところで、ユフィが「そういえば」と話を切り出した。


「ドンゾさん、あれから調子はどうですか?」


 彼女がそう問いかけると、ドンゾさんはコクリと頷き、河原に生えている大きな木の前に立った。

 それから木刀を上段に構え、大きく息を吸い込み――カッと目を見開いた。


「――武神九連斬っ!」


 次の瞬間、凄まじい速度で大木に切りかかった。


「ぬぅううううらぁあああああっ!」


 その数秒後。

 一連の技を終えたドンゾさんは、大きくため息をついた。


「……足りぬ。数百年前に見たあの剣神の絶技には……遠く及ばぬ……っ」


 彼は悔しそうにそう呟くと、また一人素振りを始めた。


「私には十分凄い技に見えるんですけどね……」


 ユフィは困惑げにそういった。


「うーん……。あと一歩、踏み込めばいいのに……」


 それにつられて私がそんなことをポツリとつぶやくと、


「ぬ……っ? ティアよ、お主……見えたのか? 我が最速の剣が」


「てぃ、ティア?」


 二人は目を丸くしてこちらを見た。


「……あ」


 どうやら私は、言わなくてもいいようなことを言ってしまったみたいだった……。

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