一:聖女と新たな一日
カーテンからこぼれた温かく優しい日差しで、私は目を覚ました。
「ん、んー……っ」
大きく伸びをしてベッドの隣を見ると、そこにはもうユフィの姿が無かった。
代わりに洋室の方から、寝間着から普段着に着替え終わった彼女が顔をのぞかせる。
「あっ、おはようございます、ティア」
「ふわぁ……っ。うん……おはよう、ユフィ」
大きく欠伸をした私を見て、彼女はクスリと笑った。
「ふふっ、あまり朝は強くないんですか?」
「うーん……ちょっとだけ苦手かも……」
それから顔を洗って歯を磨き、くしゃくしゃになった髪の毛を整えた。
朝食はユフィとリリの三人で一緒に食べた。髭モジャは既に朝食を済ませていたらしく、ユフィ背後に立ったまま時折会話に相槌を挟んでいる。
メニューは朝食ということもあって、食パンにスクランブルエッグという軽めのものだった。飲み物はとってもいいかおりのする紅茶で、一口飲んだだけでパッと目が覚めたような気がした。
「いんやそれにしても、ロンドミリアのお城は立派だねぇー。部屋もいい感じだし、聖女的には大当たりの陣営だ」
リリは食パンにマーマレードを塗りながら、鼻歌交じりにそう言った。
「あ、あはは、それはどうもありがとうございます」
「ぐ、ぐぬぬ……っ」
ユフィは笑顔で対応した一方で、髭モジャはしかめ面のままリリを睨み付けていた。
私が起きてすぐ髪をとかしているときに、ユフィから聞いた話だけれど……。どうやらリリは、国賓を招くための最高級の客室に泊まっているらしい。
最初は普通の空き部屋をあてがわれたけど、それを不満に思った彼女は昨晩髭モジャと激しく言い争った。
最終的にはリリが髭を鷲掴みにしたところで、髭モジャが白旗をあげたらしい。やはりあそこは弱点のようだ。……覚えておこう。
「それでは陛下。私は邪神様にこの国の法律などなど、必要最低限のことをレクチャーして参ります」
いろいろとあったけれど、一応髭モジャはリリに対して敬称をつけるようにしたみたいだ。やっぱり聖女という存在はこの世界では、とてもとても偉いらしい。
「えー……。ヒゲと一緒とか嫌なんだけどー……」
リリは露骨に顔をしかめながら、両手でペケマークを作った。
「私とてこのようなこと、別にやりたくてやっているわけではありませんっ! 他の陣営の偵察に! 今後の作戦の策定! することはまだまだ山積みだというのに……っ!」
髭モジャは突然の予定の変更に少し苛立っているようだった。
「はーいはいはい、わかったわかった。ヒゲが頑張ってることはわかったから、そんなに顔を近付けないでね、無駄に迫力あるから」
それから二人は適度にじゃれ合った後に、
「はぁはぁ……っ。そ、それでは陛下、聖女様。私はこれにて失礼いたします――邪神様! 図書館に行きますよっ!」
「へいへーい……っ」
この部屋を後にした。
喧嘩するほど仲がいいとも言うし、ああ見えて意外と息が合っているのかもしれない。
そうしてリリと髭モジャと別れた私たちは、またユフィの部屋に戻ってきていた。
部屋に戻ってすぐに、
「今日は私の政務がお休みなので……こっそりお外に行きましょう!」
「うん、いいよ……って、『こっそり』!?」
ユフィはとんでもないことを口にした。
「はい! こっそりとお忍びで、です!」
皇帝陛下が護衛も連れずにお城の外を歩き回る。
これが危険なことぐらい、私でもすぐにわかる。
「そ、それ大丈夫なの!?」
「これまでこっそりと何回も抜け出しているので大丈夫ですよ。それに……」
「それに……?」
「今日はティアが一緒にいてくれるから、もし何かあっても絶対に大丈夫です」
嬉しそうにニッコリと笑うユフィを前に、
「……っ」
私は思わず言葉を失ってしまった。
(こ、こんなの……ズルい……っ)
こんな風に言われたら、反対することなんてできない。
「だめ……でしょうか?」
「し、仕方ないなぁ……」
「やった! ありがとうございます、ティア!」
こうして私たちは、誰にも気付かれないようにこっそりとお城を抜け出すことにした。