十三:聖女とドミーナ王国
「ティア、足元に気を付けてね」
高台から降りるときにも、ユフィはそう声をかけてくれた。
「ありがとう」
登りの時よりも、下りの時の方がその高さをより実感できるためか少し怖かった。
しかし、一度ここまで登ってきたということもあり、階段の耐久性に問題がないことは知っている。
なるべく下を見ないように、階段だけを凝視しながらゆっくりと一段一段踏み外さないように歩みを進め、ようやく高台から降りることができた。
(ふぅ、ドキドキした……)
どうやら私は高い所が苦手なようだ。元の世界ではこんな高いところまで登ったことが無いので、今初めて知ったことだ。
(……それにしてもよく崩れないなぁ)
高台だけでなく、このボロボロになった聖殿を見てふとそう思った。
建築技術がとっても進んでいるのかな?
そんなことを考えながら、キョロキョロと聖殿を見回していると。
「……っ!?」
見てしまった。
黒い甲冑を着た男の人が仰向けで、無造作に転がっているのを。
瞳孔は完全に開き切っていて、お腹のあたりには白い槍が深々と突き刺さっている。
それはそれは壮絶な死に顔だった。つい目を覆いたくなるほどに。
「ゆ、ユフィ……っ」
震える手で彼女の服の袖を握ると。
「どうしまし……っ!? み、見てはいけません、ティアッ!」
私と同じように死体を発見したユフィは、いち早く私と死体の間に立った。
同時にこの騒動に気付いた髭モジャは、すぐさま動き出した。
「こ、これは、大変失礼いたしましたっ! 何をやっている! 昨日のうちに徹底的に掃除をしておけと言っただろう!」
「も、申し訳ございませんっ!」
髭モジャの大きな声が響き、背後に控えていた白い甲冑が慌ただしく動き始めた。彼らのうち数名は素早く死体を外へ運び出し――聖殿内には何とも言えない空気が流れた。
そんな中、
「その……よろしければ、黒い甲冑の人たちのことを教えてもらえませんか……?」
私は勇気を出してそう問いかけた。
昨日の晩。ちょうどこの場所で、白い甲冑と黒い甲冑は戦っていた。それも喧嘩なんてちっちゃな規模ではない。本気も本気の――殺し合いをしていた。
(多分だけど、あれもきっと聖女大戦なんだろう)
だから私はお城に帰ってゆっくりとではなく、今知りたかった。
あの人の壮絶な死に顔が脳裏に刻まれている、今聞いておきたかった。私がこれから踏み入れる戦いの怖さを。
「うぅむ……っ」
髭モジャは小さな唸り声をあげた。
どうやらこの場で話すべきかどうか悩んでいるようだった。彼の視線は許可を求めるようにユフィの方まで泳ぎ、彼女はしばし迷った後にコクリと頷いた。
「……先の黒い甲冑を着た兵は、ドミーナ王国の兵でございます」
髭モジャの口から出た国の名前は、全く聞いたことの無いものだった。
「ドミーナ王国……?」
「はい。ここロンドミリアからひたすら南方へ進んだところにある小国でございまして……。うちとは昔から非常に険悪な仲となっております。ふむ……そうですな、まずは昨日の小競り合いのことからお話いたしましょうか……」
そうして髭モジャはゆっくりと話を進めてくれた。
「昨日、我らは聖女召喚の儀を執り行うために聖殿へ集まっておりました。聖女召喚の儀は、世界で最も難易度の高い儀式魔法。その国一番の召喚士が、全神経を集中させ成功できるかどうかというレベルのものでございます。大変繊細かつ集中力を要する魔法故に、不意の襲撃を受けぬよう日程も時間も全て機密情報扱いだったのですが……」
彼は大きくため息をついた。
「どこかから情報が漏れていたのでしょうな……。奴等は時空間魔法を使用し、突如ここへ乗り込んできました。目的は我々の聖女召喚の儀を妨害することで間違いないでしょう」
お腹の底から怒りが込み上げてきているのか、髭モジャは強くコブシを握っていた。
「本来ならば開戦前の攻撃は、大きなルール違反! ……ではありますが、残念なことに明文化された規則ではないのです。所詮は遥か昔に取り決められた紳士協定。罰則も無ければ、強制力もない。それに他陣営がお互いに潰し合ってくれるものを止める陣営などおりません……」
無念そうに髭モジャは首を横に振り、ユフィさんはそこに補足説明を加えた。
「それに何より向こうは聖女を動かしてはいませんからね……。聖女大戦とは何の関係もない――ただの戦争行為だと開き直ってくるでしょう」
せ、戦争行為も十分大きな問題だと思うけど……。
そのあたりの国同士の建前や政治のことについてはよくわからない。
しかし、一つ気になることがあった。
「どうしてそんなに仲が悪いんですか?」
冒頭で髭モジャは、ロンドミリア皇国とドミーナ王国は非常に険悪だと言っていた。そして実際、聖女大戦が始まる前からドミーナ王国はこちらに先制攻撃を仕掛けてきている。よほど強い恨みを買っていないと、こんなことはしないはずだ。
するとその質問に答えてくれたのはユフィだった。
「向こうの言い分は、本当にただの言いがかりのようなものです……。あれは第四回の聖女大戦のことです。我がロンドミリアは歴史上確認されていないクラス『剣神』を引き当て、聖女大戦を制することができました。そのとき――最後に一騎打ちとなった相手がドミーナ王国の創造神だったのです」
剣神に創造神……どちらも強そうな名前だ。
そんなことを思いながら私はコクリと頷き、話の続きを促す。
「歴史書によれば、一騎打ちによる正々堂々とした決着。遺恨が残るようなものではなかったと記されております。これはロンドミリアの歴史書のみならず、他国のものでも確認されておりますから間違いありません。つまり――完全なる逆恨みを買ってしまっただけなのです」
「な、なるほど……」
私が今聞いた話を脳内で整理しようとしたところで。
ウ゛ーウ゛ーウ゛ーッ
突如、けたたましい警告音が鳴り響いた。まるで聖殿が鳴いているかのような大きな音だ。
同時に髭モジャが叫んだ。
「こ、これは時空間魔法っ!? て、敵襲、敵襲ですぞっ!」
その直後、聖殿のちょうど真ん中あたりにぽっかりと大きな黒い穴が空き、そこからゾロゾロと昨日の黒い甲冑が現れた。前回よりも遥かに数が多い。
「百……いや、二百か……っ。これほどの数を一度に転移させるとは……聖女の魔力を使いおったな……っ」
髭モジャの額にタラリと大粒の汗が流れた。
黒い甲冑は隊列を組むと襲ってくるでもなく、そのまま静かにこちらを睨み付けていた。
するとユフィは私の耳元でボソリとつぶやいた。
「まだ聖女大戦の説明も終わっていない中、大変申し訳ないのですが……。ティア、お願いできますか?」
「え、えぇっ!?」
突然の事態に私が目を白黒させていると――大きな黒い穴の前に、小さな黒い穴が出現した。
そこからトテトテと、私と同じぐらいの背丈の女の子が現れた。
「あーあー……ぼっろい聖殿だなー、こりゃ」
その子はお人形みたいに精巧な顔をしており、
「ほらほらぁ、邪神リリ=ローゼンベルグ様がお前らの国を潰しにきたぞぉ?」
ニンマリと笑いながら、信じられないことを口にした。




