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幕間:邪神クラスの聖女


 ロンドミリアへの聖殿へ奇襲を仕掛けた黒い甲冑を着た兵は、自国であるドミーナ王国の聖殿へと帰還した。


「……畜生っ」

「なんでなんだよ……っ」

「ロンドミリアのくそったれどもがっ!」


 どこかしこからそんな声がいくつも漏れた。

 彼らの顔に浮かんでいたのは悔しさ。

 計画が最悪の形で終わりを迎えたことによる絶望。

 負のオーラが彼らを包み込んでいた。


 ドミーナ王国の計画は順調だった。

 独自の情報網からロンドミリア皇国が今晩に聖女召喚の儀を執り行うということを掴み、この日のために万全の準備をしてきた。あのわがままな邪神に何度も何度も頭を下げ、剣や甲冑に旗印を刻んでもらった。これにより装備の質は遥かに向上し、実際ロンドミリアへの奇襲は途中まで成功していた。


 そしてそのあまりの兵力差に耐えられず、ロンドミリアは苦肉の策に打って出た。

 聖女の召喚を定刻の零時よりかなり前倒しにしたのだ。


 ドミーナ王国の理想は聖女を召喚させないことだが、召喚を早めただけでもこの奇襲は大成功だった。

 聖殿の機能が最高に発揮されるのは深夜の零時ちょうど。

 それ以前に召喚を行った場合、碌な聖女が召喚されたためしがない。これは長い歴史上を見ても明らかだった。


 結果として召喚された聖女は、ハズレもハズレの大ハズレ――闘神だった。


 ドミーナ王国の兵は湧いた。

 長い歴史を持つ聖女大戦において、過去一度として闘神が勝利した例はない。

 憎きロンドミリアめ! ざまぁみやがれっ! 誰もが心中でそう叫んでいた。


 ここまではよかった。計画は順調に進んでいたのだ。


 ただ一点――その聖女が異物(イレギュラー)だったという点を除けば。


 その聖女の知能は高かった。

 闘神クラスで召喚されたにもかかわらず、意思疎通ができた。

 流暢に喋るどころか、論理的な思考さえも持っているようだった。


 何より、馬鹿げた腕力を持っていた。

 闘神クラスは知能にマイナス補正がかかる代わりに、腕力に大きくプラス補正がかかる。それを考慮したとしても異常な腕力だった。


 十重二十重と結界が施された聖殿が、ただのバケツの一振りで破壊された。

 ただのバケツに、だ。


「くそがっ! ロンドミリアのゴミどもめっ!」


 この作戦の総指揮を任されていた男は、自らの黒兜を投げ捨て口汚くののしった。

 すると。


「ねぇー。反省会はもう終わり?」


 聖殿内の高台から、冷たい声が聞こえた。


「せ、聖女様ッ!?」


 その姿を視認した瞬間、彼らは慌てて平伏した。


 ドミーナ王国が召喚した聖女。リリ=ローゼンベルグ。

 身長150センチメートルほどの、外見は十代前半の少女。

 胸がかなり控え目であり、よく言えばスレンダーな体型をしている。

 うっすらとピンクがかった銀髪は、後ろで結ったハーフアップ。

 白と黒の露出の多い拘束衣のような服を着ており、褐色の肌に月光が綺麗に差していた。

 そのクラスは『邪神』と非常に優秀なクラスである。


 彼女は心底呆れた様子で、大きなため息をついた。


「どうした? その無様ななりはよぉ? まさか……失敗した、何て言わねぇよな?」


「……っ。も、申し訳……ございません……っ」


 指揮官の男は強く歯を噛み締めながらそう言った。


「はぁ……。ったく、あたしの旗印もあって撤退してくるったぁ、どういう了見だ? あ゛ぁ?」


 リリの苛立った怒声が静かな聖殿に響きわたった。

 彼らの剣や甲冑には旗印が刻まれている。

 これによって彼らはリリの加護【邪神の旗印】の効果を受け、身体能力が大きく向上していた。

 それにもかかわらず、無様に逃げ帰ってきたため彼女の機嫌はすこぶる悪かった。


「も、申し訳ございません……っ。で、ですがこれには深い理由がありましてっ!」


 そうして彼らはあの場で何が起きたのかを必死に説明した。

 計画は順調に進んでいたこと。

 ロンドミリアが召喚を前倒しにしたこと。

 召喚された聖女が聖殿を破壊したこと。


 そこまで喋ったところで――。


「聖殿をぶっ壊したぁ?」


 突如、リリが大きく噴き出した。


「あっはっはっはっはっはっ! 自滅かよ、おい! もしかして奴等、闘神でも引いちまったのかぁ?」


「はい……どうやらそのようでした」


「お、おいおいおい、それじゃあたしが手を出すまでもないじゃねぇか……」


 リリはがっくりと肩を落とし、ため息をついた。


 闘神クラスがハズレ枠とされる理由の一つとして『暴走』があげられる。

 あまりに知能が低いゆえに、闘神クラスの聖女は召喚士とさえ対話できないことがままあった。その場合、闘神は誰が敵で誰が味方かもわからずに力の限り暴れ回る。そうして何もかもを破壊し尽くした後に、魔力切れにより消滅するのだ。


 そんなリリに、指揮官の男は一つの事実を告げた。 


「ただその闘神は――異物(イレギュラー)でございました」


「っ!?」


 リリの眉がピクリと動いた。


「それは……間違いないのか?」


「は、はいっ」


「異物か……それは厄介だな」


 異物――それは通常のクラス特性には無い、不思議な力を操る聖女のことを指す。

 しかし、その数は少なく、これまでほんの数人しか確認されていない。


 黒い太陽を操る太陽神。

 これまでに確認されていない『剣神』クラスを持つ聖女。

 そして今回――異常に高い知能を持つ闘神。


 異物の能力は未知数だが、過去のどの聖女大戦においては――彼女たちは必ず波乱を巻き起こす存在であった。


「まぁ、いい。どのみちこの邪神様の相手じゃねぇよ。――ほらっ、さっさと準備しろ」


 高台から飛び降りた邪神は、目の前で平伏する兵たちに言葉足らずの命令を下した。


「な、なにを……でしょうか?」


「なにって……出撃の準備に決まってんだろうが。兵隊集めて武器持って、明日にはここを出るからな」


「か、かしこまりましたっ!」


 そうしてドミーナ王国の兵はすぐさま戦いの準備に取り掛かった。


 今度こそ、憎きロンドミリア皇国を打ち滅ぼすために。

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