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そこには、それほど大きな違いはなかった。少なくとも僕にはそう感じた。


車の中でどれほど眠っていたのだろう。周りの風景はあまり見慣れたものではなかったけれど、今まで過ごしてきた場所に比べればだいぶ居心地がいいものだと感じた。


「さとる、起きたの?」


僕のかすかな息使いの変化を感じたのか、後部座席から母がこちらを覗いてきた。全く母親とは無意識のうちに全神経を子に注いでしまうものなのかと、少し驚いて返事をするのが遅れてしまった。


「うん、なんかのど乾いた。」

「あらそう? でも水筒はもう空にになってしまったしさっき買ったペットボトルもみっちゃんが飲んじゃったのよねえ」

「そっか、ならいいよ。」


かすかな喉の渇きは否応なく襲ってくる眠気を妨げてくれるので好都合だった。むしろ車の外で流れ続けている小川の美しさを際立たせてくれた。太陽光が小川を照らす。その光は僕らの乗り物が激しく動けば動くほど魅力的に反射し、どれほど自らが美しいのか主張しているように感じた。小川の声に呼応するように山々の緑たちが風に揺られ大きくその身を震わせている。そんな風景に見とれながらかつてないほどの高揚感を感じていた。昨日まで僕が住んでいた都会の住宅地の隅に生える草たちのような力強さとはまた違った自然の自由をそこには感じた。


「ねえ、にぃ。」

「ねえったらさ、今度行くその街には何がいるんやろな?めっちゃ楽しみや。」

「そだな、お前の好きなもんがいるといいなぁ。」


妹はテレビの影響で変な関西弁を使うようになってしまった。家ではもちろんのこと、学校でもしょっちゅう使っているらしい。妹のクラスでは関西弁が流行っているのだろうか。


「いたらいいなあ、さっきから聞こえる鳥の声はにぃは聞いたことある?」

「ないかな。」


昔からどこに住んでいても鳥の声なんて気にしたことはなかった。それは今現在に関してもだ。僕にとって鳥の声とやらは合唱団の一員に過ぎず、ひとりでは意味をなさないものなのだ。今この瞬間、皆で一斉に奏でるハーモニーが僕にとって感じることのできるすべてであって、二度と会うことのない大事な時間なのだ。美しい音と自由な景色、初夏を感じさせる空気、かすかなのどの渇き、程よい眠気。すべてがこの時間を構成するピースであり記憶として刻まれる。美菜には決して理解されることはないだろうが、車のタイヤが石を蹴り飛ばすその鈍い音までもが僕にとってかけがいのないものとなりうるのだ。


「絶対に見たことない鳥がいるわよ。だってさっき見たことのないトンボがたくさんとんでたじゃない?」

「飛んでた飛んでた。めっちゃ飛んでたよなあ。」


僕と妹の会話が詰まると毎回と言っていいほど母が間を繋いでくれる。昔から女同士よく気があうようで、間を繋いでくれたと思いきやそのまま二人で会話を続けてしまい僕の入る隙なんてない。まぁいいのだけれど。僕がそのハーモニーに身を投じているのとは逆に、妹は合唱団のひとりひとり、特段目立つ団員たちにしか興味がないようなのだから。


妹が動物が好きなことは兄として保証できる。なぜなら僕の家は夕飯時に必ずと言っていいほど動物番組が流れていたし、実際にペットもよく飼っていた。妹は母と一緒に愛情込めて動物の世話していたしうちに来たペットはそれなりに幸せだったのだろうと思う。寿命を全うしているペットがほとんどだったし、8か月ほどで死んでしまったハムスターに関しては、父親がこっそり酒のつまみを食わせたりちょっと酒を飲ませていたことを白状していて原因はあきらかだった。美菜の本気で涙する姿を見て父はそれで懲りたようだった。

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