『サービスエリア』
最近名物になりつつある、そのサービスエリア内にある売店で、中華まんを二人して買い求め、展望台へと続く遊歩道を、街路樹として植えられたケヤキに沿って、頂上にあるウッドデッキのテラス席へ向かっていく。
ケヤキの葉は緑から赤へのグラデーションをつくり、成熟した果実は枝ごと芝生の上に落ち散らばっている。芝質は悪く、日照の強かったここ一ヶ月は一度も雨もなかったので、緑が抜けた灰色に近い色、枯れ草のような色をしていた。
展望台から駐車場を見下ろしながら座り食べようとした時、ベンチの汚れがあまりにも目立つので、一度手で触ってみたら案の定、乾燥し濁った砂埃のようなものがついてきた。
それを見ていた高野先輩が、やっぱり車内に行こうか、というのを、せっかく来たんだから車の中でなんてもったいないし、いまから引き返したのでは中華まんが冷めてしまう。
そういってハンカチ越しに、注意深く慎重にベンチ椅子へ腰かけた。
先輩がわたしの誘いを受けてくれたのは今日が初めてだった。職場の内外で挑戦してはさりげなく断わられを繰り返し、ようやくこうして二人だけの“おでかけ”に成功した。
高速を使い大型のアウトレットモールまで出かけたのはよかったが、購買意欲をそそられるようなものも見当たらず、記念にと靴下だけ買って、スニーカーを眺めている先輩のもとへ行き、同じように買い渋る先輩は手ぶらで店を出ることになったけど、店内の広さには感動し、うちの近所にもあんなのできないかな、とサービスエリアに着くまでの車内で繰り返していた。
あれは郊外の土地だからできるんですよ。土地代だってうちのと比べたらかなり安いはずだし、と現実感溢れる受け答えをしてしまい、話の腰を折ってしまったことに他意はないのだと先輩に訴えたかった。
展望台はテラスの屋根で日差しはだいぶ抑えられてはいたが、坂道を上ってきたこともあって、秋晴れというには気温は高すぎると感じた。わたしのスカートに毛くずがついていた。指先で優しく掴んで、風の流れに合せ手を離す。大きな波打つように揺らめきながら山の景色に同化し見えなくなっていった。
チェックのミニスカートは今年の流行で、もともとチェック柄の好きなわたしは迷わず流行りに飛びつき、真っ先にそれを先輩に披露したいと考えていたから、今日まで大事に穿かないでおいた。
先輩がどういう心境の変化でわたしの誘いに乗ったのかは分からないが、これはいい機会だから、普段訊けない美代子先輩との仲についていろいろ探りをいれてみようと考えてもいた。
「ちょっと温かいな、今日は」
「わたしはこれくらいがちょうどいいですけどね。暑すぎもせず、寒すぎもしない。秋って雰囲気が」
サービスエリアには大型トラックが駐車場の大半を占めていて、ほかに観光バスが数台見受けられた。レストランに目を配ると、おそらくそのバスの乗客であろう中年の団体客がテーブルを占め、子供連れの若い夫婦が狭苦しそうに食事をしている様子が、その辺を駆け出そうとする子供を母親が必死に制している姿で理解できた。レストランの窓ガラス越しにこちらを見上げている人もあった。その人と目が合ったような気がして視線を逸らす。
皆、白系から暖色系への服装へ移行している姿が多く、ようやく秋らしくなってきたなと周りの風景も伴って今は秋、そうわたしに実感を持たせた。
中華まんは一つ四百円もするもので、食べ進むと肉汁の溢れんばかりの濃厚な味わいが舌に広がり、値段の分はあると思ったが、脂っこさがしつこいような食後感もあった。
少しお腹の具合が良くない。先輩は美味いといって二個食べてから、さすが人気があるだけはあると納得の様子で、わたしにも同意を求める。
「味がしっかりしていて冷凍のとはさすがに違いますね。出来たてのあつあつが一番ですね。ほふほふいいながら食べるのもわたし好きですよ」
先輩はまだ食べ足りないようで、展望台から戻ってきてからまた売店に向かっていった。その間にわたしはトイレに駆け込む。
手洗い場の鏡におばさんの団体が陣取っていて、気後れしつつも、個室に入っていく。
わたしの一過性の腹痛は一時的に治まり、疲労感の中、すっきりとした気持ちでまた先輩の方へ近づいていく。
先輩は中華まんに焼き鳥の詰め合わせまで買っていて、わたしにも勧めてくるが、わたしはもうお腹が一杯だといって遠慮した。
「食がほそいんだな、樫山は」
樫山、と苗字で呼ばれ、決して名前では呼んでくれないのは先輩のわたしの想いに対する防壁だと承知していた。
美代子先輩はわたしと先輩が二人きりで出かけていることをどう思っているのだろうか。
よほど先輩に信頼を置いているのか、妹のように可愛がってくれる先輩は心の底からお人よしで、わたしのしたたかさを微塵も気づいていなくて、簡単に二人だけの外出を許可したのだろうか。
そう考えると、先輩も充分裏の顔が窺えるようだとわたしは、きっと二人してわたしの報われぬ恋の奔走を嘲笑っているような気がして、僻み混じりの感情も湧いてくる。
わたしには美代子先輩の寛容さは到底真似ができない。彼女が本当にわたしのことを大事な妹代わりだと思っているのなら、なぜ先輩とのデートに寛容だったのだろうか。
先輩は売店で買った食べ物を順調に減らしていき、
「そんなに食べて運転大丈夫ですか、途中で吐き出したくなっても知りませんよ」
そう心配するわたしにも、普段これくらいは余裕で食べてるから問題ないと軽く流す。
「そろそろ寒くなってきますね。いつもこの時期のファッションに頭を悩ませるんですよ。どういう格好がわたしには似合うと思いますか? 」
先輩はあくまで他人の気遣いを忘れないお人好しだったから、わたしのその場限りの他意のない質問にも生真面目な意見を述べてくれる。
「暖色、というか樫山には濁食が似合うと思うんだけど、なんていうかシックな樫山も捨てたもんじゃないよ」
秋に白系はあわないですよ。だから暖色系は基本です。濁色も秋のおしゃれのポイントですから。そういうと、先輩はわたしに、
「あいつは冬でも青系とか着てるけどなぁ」
と言っておおげさに悩むよう腕組みをしてみせた。
あいつという言葉がわたしの澱んだ心を浚ってはくれず、この話題は捨ててしまいたくなり、また、展望台の辺りを散歩しましょうと先輩を誘う。
二人並んでサービスエリア内を探索でもするように、目に入るもの全てが会話のきっかけになり、秋の日和もきまずい間を埋めてくれる材料になってくれた。
生い茂るイチョウの木を見つけ、日光を充分浴び育ちの盛りを越え、黄葉したものから順番に落ちていき、これから急速に散り枯れていくその落葉する姿を思うと、やはり薄い茶色が脳内に展開され始める。
「高齢者マークって、どうして赤茶色に黄色なんでしょうね……」
先輩が突然の話題転換についてこれないで、黙ったままわたしの方を振り返る。
「枯れてるってイメージがあるからじゃないか? 」
「でも落ち着きを連想させる色でもありますよ」
「初心者マークは黄色と緑か……」
「あんまり初々しさは感じられませんね」
「でも黄色はどちらも配色にあるんだよな」
会話はそこで打ち切られ、しばらく木のざわめく音だけを聴き歩いていく。
先輩の携帯が鳴り、先輩はしばらく着信音を鳴らし続けたままでいる。
「でなくていいんですか? 美代子先輩からじゃ……」
メールだよ。先輩の言うとおりすぐに音は止まり、これは登録しているスポーツ関連のメールマガジン用の着信音だと説明する。
「そんなのやってるんですか。先輩ってスポーツ得意そうですよね」
さっきから質問系ばかりだ、と焦りすぎている自分を冷静になるようにと諭す。
「樫山は学生時代なんかやってたのか? あんまりスポーツ得意そうには見えないから、文系か帰宅部だろ? 」
「こう見えてバレー部ですよ。セッターだったけど」
先輩は微笑み、だよな、背高くないもんな。
「165はありますよ」
「おれからしてみれば低い方だけどな」
先輩の肩がわたしの頭くらいにある。美代子先輩はわたしより低いから、もっと見上げる格好になるのだろう。わたしの見ている角度からの先輩はわたしだけのもの、と脳内で呟いてみて、それよりもっと深く先輩を知っているのは彼女の方に決まっている、と惨めな気持ちになる。
いったいどうしたいのだろうか。わたしは先輩を好きだけど、美代子先輩のことを考えると傾きかけた感情が行き止まりになる。浮気なんてするつもりは毛頭ないとも言い切れない。現にこうしているのだから。先輩がわたしにせまってきたらわたしは戸惑うふりをしてそれを受け入れるに違いない。ただこうやって二人でいるだけで充分だとも断言できない。なんのためにここへ来たのだろう。それを考えると頭の働きは鈍くなる一方で、ほつれた思考を解く方法も分からない。ただ不安で物悲しくて、無性に焦がれる心がどうしても振り切れない。恋煩いに悩まされるなんて初めてだったから、もしかしたらこれがわたしの初恋なのかもしれない。
今まで付き合ってきた彼らを無き者にしてしまいたかった。そうして先輩と初恋のやり直しができれば――
頬がほてり、顔を見ずとも肌に赤みがさしていると分かるくらい、体が熱く血潮を巡らせていた。片想いなら、いっそそれを貫く覚悟で先輩と不貞の道を進んでやるくらいの割り切った関係になってやろうか。それがどれほど虚しい関係かも重々承知の上で。
彼女持ちの、体力と誠実さだけがとりえの男なんて退屈なだけじゃないか、そんな男に未練がましく付きまとうなんてわたしのガラじゃない。こんな男さっさと彼女の元へ帰してやろう。二人で仲良く生真面目な交際でもすればいい。わたしならもう次の目処が立ちそうな人もいるのだから。
枯れてしまえばいいのにこんな草木なんて。
青臭い匂いがやけにしつこく鼻を刺す。バッグから香水の小瓶を出して手首に軽く振りかける。先輩の車に戻った時に、助手席のシートに擦りつけてやろうと目論んだ。はっきりと美代子先輩に分かるよう。
観光バスが一台出て行くと、そこに隠れていた普通車の後部に聴覚障害者マークが付けてあるのが見えた。その蝶の模様を見ているうちに――ラッフルズセセリ――と無意識に呟いていた。
「なんか言ったか? 」
何も、とだけ答える。




