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イセカイテンイ村へようこそ

作者: K.T

やあ (´・ω・`)

ようこそ、イセカイテンセー村へ。

この水はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。


うん? ぬるい?

しょうがないだろ、嫌なら飲まなくて良いよ。

それ末期の水だけどね。


え、なんでそんな不吉なことを言うんだ?

事実を言ったまでなんだけどな。

9割の奴にはそれが最後の水になるんだ。


…ああ、ここはそう、異世界って奴だね。

んで君も転生してきたって言うんだろ。知ってる知ってる。

何で分かったって?

そりゃあ月に4,50人は君みたいな奴が村の前に転がってるからさ。

ここは王都の前に作られた、君のような異世界人を塞き止める門前町みたいなもんでね。

十年前くらいから段々増えてきて、みんな決まって言うんだ。

「俺は現代日本からやってきた」って。最近は落ち着いてきたけど、一時期は月数百人を越えるときもあったよ。

…はあ、うん、そんなにうれしいかい。よかったねえ。

思い切ってトラックに飛び込んだかいがあった? その運転手も気の毒に。きっと今後大変だろうな。


……まあ君のほうもそうも喜んでいらんないと思うけどね。


なんでって、君お金ある?

どこでだろうと生きていくのにお金はいるんだよ。税金ももちろんある。王都よりは安いけどね。


ああ、日本円だね。生憎ここではその100分の1しか価値が無いんだよ、紙幣は。

貨幣ならまだ10分の1で引き取ってあげられたんだけどね。


おいおい、詐欺とかやめてくれよ人聞きの悪い。

ここは君も知ってのとおり異世界って奴だ。貨幣基準が違うのは分かるだろ?

世の中には鑑定しないと買い取らないけど鑑定費用と販売額が同額の商会もあるんだ。それに比べたらなんの価値も無いモノを買い取ってやるだけよっぽど良心的だと思うけどな。


透かしが入ってるから芸術的な価値があるはずだ?

妙なところ目ざといね君。それに免じて教えてあげるけど、確かに最初のうちは価値があったよ。

けど、毎月黙ってても同じもんが何枚もくるんだ。希少価値なんてもう無いのさ。

貨幣は鋳潰せばまだ使い道あるけどね。紙幣は絵が入ってるからメモにも使えないし、火をつけるときくらいにしか使われないんだよ。ちなみにもっと柔らかい草がそこらに山ほど生えてるから尻を拭く足しにもならないよ。

最近はカードしか持ってない奴もいるけど…それに比べてマシだったと思うしかないね。


…小銭は、ふむふむ。10円玉が五枚、1円玉7枚、か。1円玉は買い取れないから、5Gね。


なんで1円は駄目かって?

アルミは用途がある…ははあ、君もライトノベル小説かなんかで齧った口かい。


そりゃあまあ確かに加工しやすい優れた金属だ、知られていればね。この世界ではボーキサイトの鉱床がまだ見つかってないから採掘できない。生成・加工技術が存在しないんだ。どっかにはあるだろうけどそれを探すのは俺の仕事じゃないね。

んで、世間に知られていないから需要も無い。

数千枚くらいまとめて持ってくる人がいればまだ変わったかも知れないけど、当たり前の話リュックいっぱいの一円玉担いでトラックに突っ込もうなんて奇特な奴はいないからね。

2、3枚程度じゃ何にも使えないから、需要が広められないんだよ。


…うん、大切に持っておくといいんじゃないかな。今後出番があるか分からないけどね。


おっとっと、大切なこと忘れていたよ。

うちは宿屋もやってるけど一泊するなら3G、前払いでお願いね。5G出せば食事も2食つけるよ。

…当たり前じゃないか、こっちだって慈善事業でやってる訳じゃないからね。

言っておくけど馬小屋で泊まるのも駄目だよ。一時期馬より人が多かったからね、そうなると馬の居場所がなくなるんだよ。宿屋としても商売上がったりさ。


ああ、そこいらで寝ようなんて思わないようにね。町の治安が悪くなるからさ、法律で無宿人は強制的に捕縛されて鉱山に送られることになってるんだ。犯罪奴隷と同じ扱いで強制労働。多少はお給料出るけど、すずめの涙だよ。


うーん…村の外での野宿は…そりゃあまあ、捕まりはしないけど、ほぼ確実に死ぬよ?

野生の動物も多いし、何より野宿って体力めちゃくちゃ消耗するんだ。今はまだ暖かいほうだけど、それでもそんな薄着だとまず三日ともたないね。


じゃあどうしたら…って言われてもなぁ。俺に怒られても困るよ。

え、スマホ?

いらないいらない。この世界に電気なんて通ってるように見える?

いや、使っても良いけどネットとかも無いから意味無いよ?

充電できなかったらすぐ使えなくなるしねぇ。そりゃあ見た目きれいだけどさ、それなりに数も出回ってるしよっぽど世間知らずな好事家でも無ければ買わないよ。

充電器と百科事典アプリがあればまあ多少は役に立つかも?

どっちもない? そりゃご愁傷様。ゲームばっかり入れてる人、多いよねぇ。何の役にも立たないけど。


他には、か…うーん、時計は?

デジタルかぁ。アナログなら良かったんだけどね。アナログ時計は再現可能なレベルの技術の結晶だけど、デジタルは復元や増産が難しいから人気が無いんだよ。


そうだなぁ…あとは服や靴を売るのがいいかもね。

絹やポリエチレンの服は貴族にも受けがいい。そこの古着屋で安い中古服と交換すれば少しは儲けが出る。

ただ、大抵は体臭が強く残ってるからそれは覚悟したほうがいい。中古服は金の無い下級市民が使いまわすもんだし、無縁仏から剥いだ奴も結構な頻度で混じってるからね。何、着てるうちに慣れるさ。

素っ裸は…その程度で捕まりはしないけど、奴隷商人に狙われるよ?

身よりも無い、なんの生活手段も無い無能とアピールしてるようなもんだからね。野宿で捕まってぶち込まれるのと何ら変わり無いね、あはは。


ほー、ジッポライターがあるんだ。運がいいね君は。親切で言っておくけど、それは大切にとっておいたほうが良いよ。

何でって、君火打石で火つけられる?


スキルツリー? ウィンドウの開き方?

そんなもん、無いよ?

え、君、元の世界でスキルツリーやらウィンドウって開けたの?

異世界だからできるはず?

無茶苦茶言うねぇ君。ゲームの世界じゃないんだからそんなもんあるわけ無いでしょ。現実見なよ。

技術を身につけたいなら地道に覚えていく。異世界だろうが異次元だろうがそれしかないんだよ、どこの世界でも。


詐欺じゃないかって…そんなことただの酒場の主である俺に言われても。

俺がこの世界を作ったわけでも君をここに呼び込んだわけでもないから知らないよ。


え、もうちょっと異世界らしさは無いのか? はぁ…君もそれを聞くんだねぇ。

うん、まったく無いわけじゃないよ。魔法はある。

大気中に漂う魔素をゴニョゴニョ~って奴。


でも喜んでるところ水を指すようで悪いんだけど、たぶん君、使えないはずだよ。


何でって…魔法を使うには、子供のころから専門の教師をつけて徹底的に魔法構文を覚えないとならないんだ。魔素の使い方に馴染むためにね。

大抵は金持ちか貴族でもないと縁が無いし、それでも使える人は非常に稀。だから魔法使う人はこの国ではエリートの中のエリートとして扱われてる。


……はぁ、俺は特別だから使えるはずだ? …みんなそういうんだよね。

しょうがない、ちょっと試してみようか。


ほい、これ。読んでみな。5歳児用の簡単な奴だ。

……なんだこのミミズののたくったようなのはって、失礼だなぁ。この世界の公用語だよ。多少は崩してあるけどね。

[ひのたま]って書いてある。初歩中の初歩だよ。

日本語で? そんなもんで発動させられたら誰も苦労しないよ。


…そう、魔法は諦めるんだね。うん、そのほうが時間を無駄にしなくて済む分賢明だと思うよ。


あ、でもだからって剣を買って狩りに出るとかはやめてよね。死ぬよ?


大丈夫って、その根拠の無い自信はどっからくるの。

言っておくけど、小説の内容なんて創作もいいところだからね? 技術も体力も無い素人がいきなり鉄の塊振り回せるなんて思わないことだ。

いや、けなしてるわけじゃ無く前もって言っとかないとみんな外に行って獣に食い殺されるんだよ。君らが勝手に死ぬぶんには別にいいんだけどさ、野生動物が人間の味を覚えると行商人や農夫まで襲うようになるから大変迷惑するんだ。


この町にきた異世界人で今までに狩りに行って生きて帰ってきた人は、鉈で熊を追い払ったこともある元マタギの下塀兵衛(しもへいべぇ)さんだけだね。

あっちの世界の狩猟経験が生きたって言ってたよ。それくらいじゃないと無理だね。


飛び道具? 聞かれる前に答えておくけどもちろん鉄砲や爆弾なんて無いよ? あ、それは分かってるんだ。よかった、自作するとか言い出した馬鹿もいたからね。

そんな、素人が道具も知識も無いのに作れるもんじゃないよ。暴発なんてされたらたまったもんじゃない。

仮に作れたとしてもいきなり火薬を扱いたがる非常識な奴は危険人物として二十四時間徹底的に監視される。行動どころか発言の自由すら無くなるんだ。嫌だろそんなの。


弓矢は…うん、あるよ。うちでも扱ってるけど10G。矢はセットで5本おまけしておくよ。買えない? じゃ諦めるんだね。

そもそも弓は簡単そうに見えるけど、結構テクニカルな武器だからね。俺が言うのもなんだけど、たった5本の矢で使いこなせるようになるとは思わないほうがいい。矢が無くなったらツブシが効かないから素人は手を出さないほうが良いよ。


スリング? 君、妙に渋いのを知ってるね。TRPGで知った? そう。

まあ適当に服でも使ってやればいいんじゃない? ただ、敏捷で逞しい野生動物に素人が当てられるか謎だけどね。

知ってる? こっちのウサギは蹴りで君程度の胸板ぶち抜けるよ? そこまで近づける度胸があるならいいんじゃない?


パーティーを紹介してくれ?

あのさ、パーティーってのは、自分に無い技能を補うために組むものなの。

君、何を補えるの? 

遊び人? …現実に考えて、君がパーティーリーダーならいれるかい?

運…ねえ。それならせめて10回連続、ダイスを振って同じ目を出したら考えてあげるよ。

……二回目で失敗したね。運無いよ君。


ま、じっくり考えな。命に関わることだ、考え抜いて損は無いさ。

それくらいは付き合ってあげるよ。


でもまあ…これは余談だけど。君は勇者になるとか言わない分まだ分を弁えてるねえ。

うん、これまたたまーにいるんだ、選ばれし勇者を自称する奴が。言っておくが、袋叩きに会いたくなければ街中で言わないほうが良いぞ。この国じゃ、昔そいつら(自称勇者)が好き勝手したせいで今じゃ魔物より嫌われてるんだ。


なんでって、他人の家に入り込んで箪笥漁りする奴がちらほらいたからだよ。当たり前だけど普通に泥棒だから。

基本的に泥棒は見つかったらリンチされると思ったほうがいい。

警吏もいるが、助けてくれることはないぞ。彼らは国民のためにいるものであって、異邦人のためにいるものじゃないからね。


そうそう、勇者つながりでこれ言っておくが魔王討伐とかも宣言しないようにな?

騒乱罪に該当するからだよ。…だってこの国の王だもの魔王様。


いやいやいや、邪悪じゃないぞぜんぜん。

異世界人にはよく誤解されてるが、世襲制とかじゃないよ。魔王は5年に1度、魔法を使う者が国の代表として選挙で選任される。だから”魔”の”王”。


そこじゃない、王政は良くない、民衆が国の舵を取るべきだ…か。

それって前提に、国民が政治に強い関心をもっていること、国民が感情や扇動に左右されない一定以上の判断力を持つこと、そして代表者の決定に国民自身が責任を負うことが必要なんだよね。

国民が好き勝手要求するだけのモノじゃ成り立たない。


一方で王政ってのは、統率者が優れている限り実は優秀なシステムだ。

少なくともここの国の人たちは、王を選出することに責任と誇りを持っている。

誤った王を自らの手で殺すことも厭わないし、誤った道に進ませようとする者にも容赦はしない。けれど納得できることなら進んで恭順する。

魔王様はホント大変なんだよ。勇者(テロリスト)の標的にされることもまれによくあるし…だから民も尊敬を込めて王と呼んでいる、ただそれだけのことなのさ。


というのもね…前にね、いたんだよ。異世界転生人たちが数人、いきなり城門前や広場で民主制度を取り入れようとか改革しようとか言い出したんだ。

きっとここでの生活に耐えかねたんだろうね、みんなぼろっちい格好で小汚くやつれてたのが印象的だったよ。だから国のあり方を変えようとしたんだろう、自分じゃなくね。

だが、彼らは軽く見てたようだけどやってることは要するに国家転覆だからね。

その場で国民、そして兵士の手によって速やかに処断された。

だけじゃなく、それまで彼らの身の上を哀れんで雇ったりした人たちも軒並み処罰された。馬鹿を増長させたって理由でね。


言ってる事が正しいかどうかはこの際関係ないんだよ。正義なんて立場によって変わるものだからね。

大体君から見ても、先の異世界人たちは正しいことをしたと思えるかい?

自分たちの価値観を前提に、元から住んでいる人たちの社会をぶっ壊そうとすることがさ。


話は戻すが、そういう相互監視が成り立っているこの国こそ、君たちの言う民主主義を体現してると思うのだけどね。

俺かい?

うーん……俺は気に入ってるよ、それなりにね。



他の仕事。うん、その方が俺も良いと思うよ。

そこの板に依頼が張ってあるから見てみな。大丈夫、俺が日本語で書き写してるから君にも読めるはずだ。


…なんて書いてあるんだって、ドブさらいとごみ収集。

ああ、君にも同じように読めるんだ。よかった、書き間違えたかと思って焦っちゃったよ。

他? 無いよ。


薬草収集? 君、薬草分かる?

いやあ、さすがに教えるのはちょっと。そりゃあ知ってる人もいるけど、ただで教えてあげる人はいないよ。

言っておくけど知識ってのはイコール金だからね。商売敵になる相手にただで教えるお人よし(バカ)はいないさ。それに仮に毒持ってこられたらうちも困るから、素人にはさせられない。


キノコ収集も同じ。ちなみに毒持ちの危険もあるけど、それ以上の問題としてうろつく奴がいるからね。かなり危険なんだ。

素人は新しい苗床にされるのがオチだからキノコ狩りはやめておいたほうがいいよ。


…マヨネーズを作って儲ける?


はぁ……君ねえ、んなもんもうとっくに出回ってるよ。当たり前だろ、簡単手軽に作れるんだから。君は現地の人を料理も知らない猿かなんかだと思ってるのかい? ヨーグルトやチーズとかは異世界人が来る前から存在してるよ。

いるんだよねえ、何故か異世界=食糧事情が貧しい、みたいに見くびる人が。結構な数。

確かに農村の貧乏百姓とかはそうだけど、王都の中ではそれなりにおいしい料理店は多いよ。


食事にこだわるのは何も現代日本人だけじゃあない。確かに技術は劣っているかもしれないが、人間は創意工夫を行う生き物だ。

科学技術が発達して無い分魔法技術で対処しているから、そんなに目に見えて劣ることはないんだよ。むしろ魔法を使わないでやっていけるとは思わないことだ。ここはそんな甘い世界じゃない。


食材の管理なんてその最たるものさ。魔法を使わないと保存利かないし。

言葉が分からないのに食材を集められないだろうし、調理機材も君たちの世界とは違うものもある。


よしんばそれらが解決できたとしても、ここの世界の人たちが好む味付けも分からないだろう?

元の世界でおいしいと言っても、食べるのはここの人たちだからねぇ。

以前揚げ物でのし上がろうとした奴がいたけど、そいつは食用油を常備できなくなった上に周りにあっという間に真似されて、半年も経たずに破産したっけ。

まあやりたきゃ止めないけど、もう少しこの世界に慣れてからにした方が良いと思うよ。道具の持ち込めない現代日本人が魔法の普遍するこの世界に勝てるのは先人の開発した技術だけだからね、それを解析されたら追いつく手段は存在しないのさ。



なら経営コンサルタント? はぁ、またこじゃれたもん言い出したねぇ。

いやなに、今までにも似たようなこと行って来た人はちらほらいたんだよ。

…うん、分かってるじゃないか。みんな失敗したよ。

なんでって? あのね、世の中そうそう技術革新なんて受け入れられないんだよ。


新しいやり方が正しくても、それを受け入れられるかどうかは組織の体質によるとしか言えない。


君の年代じゃ実感できないかもしれないけど、人間って新しいことをホイホイ受け入れられる人ばかりじゃないんだよ。ううん、むしろ変えられないほうが大多数だ。

新しいことを覚えるのは年取れば年取るほど大変だし、システムの変化によって損する取引先だってあるだろう。権威となった人が新しい技術を受け入れるということで、それまでの利益を手放さないとならないこともある。

その人たちにだって生活や家庭、信条はあるんだよ。正論を吐くが現場を見ていないどこぞの馬の骨の意見と、それまでの日常に根ざした付き合いがある人との関係、君が代表者だったらどっちを重要視する? 働く立場ならどっちを優先する代表者の下で働きたい?

君らの世界でも、会社が新しいシステムに刷新するのには結構時間が掛かったもんでしょ。

新しい方が正しくて便利で儲けが出るにしても、変えることは望まれないなんてことはいくらでもある。理屈や正しいことだけで動かせるもんじゃないんだよ、人間ってのはさ。


よしんばシステムを変えられたとして、失敗したら責任取れるかい?

それでもやりたいなら止めないけどね、まっとうな商人はまず耳を貸さないと思うよ。



…コンサルタントはやめて鍛冶屋? あー、うん、いいね、だいぶ地に足がついてきた。

ところで君、そこの金槌を半日ずっと振り続けられる?

うん、日本刀を造るって人が多いんだ。…分かってきたみたいだね。


そう、その金槌は鍛冶屋で普通に使われてるものだよ。当然鍛冶屋で働くとそれを使うことになる。

…うん、君もだけどとても振りつづけるのは無理だよね。うちに相談にくるのは大抵女性みたいなひょろっとした人ばっかりだから、分かってもらうために借りてあるんだよ。


技術アドバイザー? …あのねえ、君本職の鍛冶屋じゃないでしょ?

多少うろ覚えの知識があっても現場じゃ役に立たないんだよ。

温度計なんて無い。鍛冶屋は火や鉄の見て温度を判断するけど、君同じ事できる? できないでしょ?


それに、そもそも日本刀なんて需要が無いの。


まず、使う技術を持つ人がいない。たまに自分で使いたいってのもいるけど…

憧れだから分かる? まあいいんじゃない、それは人それぞれだし。

ただ、日本刀って、梃子の原理を応用して引き切る武器だからそれなりに技術がいるはずなんだけど、聞けば大半は竹刀や木刀、ひどいのになるとそれらすら振ったことが無いって人が多いのがね…素人が使いこなせるもんじゃないでしょ。

ま、俺が使うわけじゃないからどうでもいいんだけどさ。

生死に直結するんだし、憧れは憧れとしてみておくのがいいと俺は思うけどね。高い金払って敵の前で自分の足切り落としました、とか笑い話にもならないよ。


次に、武器は武器だけで生まれるわけじゃない。

防具とセットで変化していくもんなんだよ。

その防具も、環境や風俗、軍の様式の変化などによっていろいろ変わっていく。

この付近は基本的に内陸だからね。広い草原での戦闘を前提にした、頑丈な防具や馬上槍、幅広の剣を身につける兵士が大半だ。

一方で日本刀は、肉を斬ることには優れているけど根元から薄く叩き延ばしてるから頑丈な盾や鎧、重量のある武器を相手にするには向かないんだよ。つまり、ここいらの主要な武器防具とは相性が悪いんだ。

すぐ折れる武器をわざわざ高い金を出して買う奴はいない。棍棒のほうがよっぽど安上がりで役に立つよ。

…かっこ悪い? かっこつけて無駄に死ぬよりはよっぽど良いと思うがね。ま、自分の命だ、好きにするがいいさ。


最後に、鍛冶屋も生活が掛かってる。

王家御用達のような大手ならともかく、採算が取れないものを造り続ける余裕は一般の鍛冶屋には無いんだよ。

一番のお得意様となる貴族だって、単にきれいなだけじゃ買わない。彼らはいわば王の要請によって動く職業軍人のようなものだから、命を預けるに足る信頼性を重視することがほとんどだ。

一、二本程度なら物珍しさから買ってくれるかも知れないけど…それだけを生活基盤にするのは無理だろうね。


じゃあ普段は何造ってんだって、鍬とか鎌とかだね。ああ、後は鏃とか。

雑兵の剣や槍なんて、戦争が起きる前に鋳造で大量生産するもんだよ。

だから戦争になったら鍛冶屋やるよりも傭兵になるほうが確実に稼げるね。


え、傭兵は嫌? 命の危険があるから?

さっきは狩りに行くって言ってたくせに…弱いモンスターを狩るから平気?


はぁ…これも前持って行っておくけど、モンスター狩りなんて素人がするのはもっての他だ。論外。

最近は減ったけどさ、ゴブリンやスライムを倒してくるとか言う奴もいたんだよ。命知らずにもほどがある。

何でかって? どっちも半端無く危険なんだよ。


スライムは洞窟にいるけど、天井に潜んでいて獲物を待ち構えている。音も立てずに襲いかかり、ターゲットに張り付いたらそこから消化吸収してきやがる。粘体だから焼き払うしかないけど、魔法でも使わない限り細かい調節は聞かないから被害者諸共に焼き殺すしかないんだ。

ゴブリンは体こそ小さいがすばしっこく獰猛で残忍、そして恐ろしく悪辣だ。罠に誘い込んだ死んだ振り夜討ち朝駆け味方を捨て駒なんてしょっちゅうだし、毒なんかも使う。何よりすぐ繁殖するから、数が増えるとそれなりに優れた傭兵が返り討ちにあうなんてこともざらに起こる。


これを聞いても退治しに行く奴はたまにいるが、まずそいつは間違い無く帰ってこない。

…あと、たまーにいるけど女性がどうとかはあんまり期待すんな。

モンスターからは人間なんざ男女関係無くただの餌としか認識されない。知り合いが退治に向かったと聞いてもすぐ助けに行こうなんて思わないほうが良い。十中八九間に合わん。

テイミング? 成功した奴は今までただの一人もいねぇよ。まあ仮にいたとしても町に連れ込んだ時点でめでたくテロリスト認定だ。

当たり前のことだが、モンスターは獣より圧倒的に危険な存在なんだ。雷みたいなもん。

だからモンスター討伐には害獣駆除とは比較にならない高額が支払われるんだよ。


…なら絵を描く、ねぇ……

まあ、うん……それならまだ、か?

そうだな…どんな絵を描くんだ? とりあえず、この炭を使ってそこの板にでも描いてみな。


紙? 言っておくけど一枚50Gするよ。羊皮紙でも2G。高いって、そりゃあ加工の手間がおっそろしく掛かるからなぁ。仕事にするなら大抵板か布に描くことも多いな。

…ふむ、ふむ。あー…


そこそこ上手い、とは思うが…仕事にするのは諦めたほうがいいね。

何でかって、目がでかいからさ。


そういう強調した描き方をする奴結構多いんだが、実はゴブリンやオークの造作に近くなるんだよそれだと。おそらく夜行性だから暗夜でも良く見えるように大きくなったんじゃないかと俺は思ってるが、そんな理屈はともかくとして自分や家族の顔をモンスター風に描かれて喜ぶ客がいると思うかい?


あと、画家を名乗るなら色をつける必要があるけど絵の具は当然自分で作らないとだめだ。生憎うちじゃ扱ってないね。


どうやって造るかって、大抵は自分で岩などを取ってきてそれをすり潰し、油や卵白などで伸ばしてつくるらしいね。俺も聞きかじったくらいでしか知らないからこれ以上は知らん。何しろ画家の人にとっては飯の種だからな、自分で研究開発するしかないだろうね。


貴族や皇族がお忍びで乗る馬車?

…なんだ突然。君、暗殺でもたくらんでるの? なら衛兵に通報しないとならないんだけど。

そうじゃなくて護衛として活躍したい?

ここまでの話聞いてなかったの? それは到底素人に勤まる仕事じゃないってば。

ちゃんと護衛はいるよ。御者なんて大半は一般人なら束になっても勝てないような猛者が勤めるもんだしね。

何より乗っている貴族や皇族自体、護衛すら比べ物にならないほど強いことが多いよ。何せ一般人が働く時間の大半を武術や魔術の部研鑽に費やせるんだからね。

領地を治めるから知識もあるし、戦争に出たら前線に立たないとならないから無能じゃやっていけないんだ。

だから豪奢な馬車を襲おうなんて考える馬鹿な山賊は、いまどき御伽噺の中にしかいないよ。

そりゃあ無能が皆無だとは言わないけど、そんな奴がまともだと思うかい?

信頼の置ける強い武芸者なんてきちんと金払って雇えば済む話だし、一方でいくらでも沸いて出る身元不明の流れ者なんて奴隷にはうってつけだよね。余談だけどそういう手合いは山賊を狙う、山賊狩りもしていたそうだよ。どっちが山賊かっての、面白い話だよね。


飛行機の知識を売りたい?

いやぁ、と言ってもなあ。空を飛ぶ種族がいるし、魔法だってあるからね。ただ飛べるだけじゃ需要は無いよ。

輸送に使えるって言っても、手作りで作るものにそこまでの機能は期待できないでしょ。

精密な素材を造れる機械が持ち込まれるまではたぶん役に立たないよ。

それも鋼材の精製、切断、加工といろいろいるだろうね。

気球なら?

はぁ~~~…前もって言っておく、造るどころか知識があることすら吹聴するのは絶対止めてくれ。

これはお願いじゃなく、命令だ。

…あのなぁ、高所から見れるってのは、城や町の情報が丸分かりになるなることなんだよ。戦時において仮に相手のそんな情報があれば非常に優位になれる。

一般人にそんなもの持たせておくことを許す暢気な国があると思うかい? だから空を飛ぶには身元確認をはじめとした非常に厳正な審査が行われるし、飛ぶ時間の厳密な申告が必要だよ。身元が不明な異世界人にはまず免許が出ない。

何せ異世界人は良いか悪いかの判断もつかない。そのくせそこそこに知恵が回るし、何より端金ですぐ雇えるのにいくらでも使い捨てできる。スパイにはうってつけなんだよ。

そうなると俺も放置した責任を問われるんでな、ここでお前さんを殺さないとならなくなる。罰則は重いが俺が殺されるよりは断然ましだ。

…物分りが良くて俺もほっとしたよ。



ま、そういうわけだからそこにあることくらいしか仕事が無いって訳だ。納得したな?


教会? ああ、そっちの角を曲がった先にある。

だがなんで突然?

死ぬ可能性のことを考えて? うん、それはいいことだ。

…セーブ。復活。

あのねぇ、君ねえ、そんなもんあるわけないでしょ。

なんでって…人間、命はひとつなの。死んだらそれまでなの。

まさかでかい図体しているのにそんな常識から教えないとならないとは思わなかったよ…


ああ、知ってる? そう。元の世界はそうだった?

ならなんでこっちの世界は違うと思ったの。異世界だろうと君は君でしょ。

もう十分すぎるくらい分かったと思うけど、チートとかそんな都合のいいもん、無いよ。

当たり前でしょ、君自分が特別な存在とかいい年して恥ずかしくないの? そういうのは中学生までにしておきなさいよ。


…はあ、夢も希望も無い?

夢も希望も持ちようだと思うけど…まあ、そう思うなら仕方ないねえ。


元の世界へ帰りたい?

ああ、なら店の裏に回るといい。そこに元の世界に帰してくれる施設があるよ。

一回1000G。

え、高い?


あのねえ、施設の運営はただじゃないんだよ。整備点検も必要だし、君たちみたいなのは変則的に訪れる。そんな人たちのためにずっと維持しているのがどれだけ大変かくらい分かるでしょ?

しかもいちいち君たちのことをチェックして、レア魔法である時空魔法使いを連れてきて、手間掛けて儀式を行わないとならない。それがどれだけ大変かくらいは想像できるよね?


まあ君にとっては高いと感じるのも分かるけど…帰れるならがんばってお金貯めて帰ったほうが俺はいいと思うよ。だって元の世界ではそうそう死なないでしょ?

金さえあればだけど水や食べ物を自分の手を汚さないでいつでも好きなだけ入手できるし、常識を知らないことが死に直結しない。支援もある程度してもらえる。好きなことをしゃべってもとがめられることも無い。

ここで生きていくよりは断然過ごしやすくていいと思うけどねえ。

ま、すぐ稼げる額でもないしおいおい考えるといいんじゃないかな。

さし当たっては今日明日を行きぬくことを考えようよ。


で、どうするんだい?




住み込みで働かせてくれ、か。



……うん、その言葉が出るだけ君はまだ有望だ。懇切丁寧に説明して本当によかった。

異世界にきて喜んだってことは、元の世界から逃げ出したってことだろ。何があったかは知らないし知りたいとも思えないけどさ、逃げ出した先でもつらい思いをして無駄死にってのは幾らなんでも哀し過ぎるからね…。馬鹿な真似をしないでくれて、本当によかった。

あんまり給金は出せないし忙しいけどね、まずは頑張って言葉を覚えよう。

そうすれば、仮に帰れなくてもいつかは俺や、周りの人たちみたいに店をもつこともできるさ。


そうなんだ、この村はね。

君みたいに異世界からやってきて、やけにならずに現実と向き合ってきた人たちが作った「はじまりの村」なんだよ。

さっそくだ、また新しいお客さんが来た。これを持っていってあげな。



やあ (´・ω・`)

ようこそ、イセカイテンセー村へ。

この水はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

最近思うところがあって人気の異世界転生物を読み漁ったのですが、大半に同じような行動パターンが見受けられました。

現代日本の料理を流布したり、社会構造をあっさり改革したり、鉄道などを敷設したり…

主人公無双は確かに爽快感があるんですが、本来ならそこに住んでいる人たちにも、それまで構築してきた社会や文化、風俗があるはず。

それを、良い物だからという面だけでそう簡単に受け入れさせられることに常々不満を感じていました。

そういうところから生まれたSSです。

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[良い点] 連載で読んでみたい良作ですね(●´ω`●)
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