隣の宇宙人
こんなことがもしかしたらあるかもしれないと、想像しながら書いた短編。
実際、あるかもね。
隣人は宇宙人だ。
人間のふりをして生きている宇宙人。
浅間はそれを知りながら、普段の生活を送っていた。それは普段、その宇宙人が一般的で常識のある人間として暮らしていて特に害がないからだ。食べるものは人間と大きく変わらない。なんならそこらへんの人よりも健康的だ。朝は納豆とシャケと味噌汁とご飯。昼は簡易的にトースト。夜は日によって違うが、緑黄色野菜が必ず一番多く入ってくる。
どうしてこんなことを浅間が知っているのか。それは浅間は毎日、この宇宙人と共に食事をとるからだ。しばらく前に隣の部屋に引っ越してきたこの宇宙人は、浅間とそれから反対側の隣である沖田と親交を深め、毎食毎食、一緒に食事を摂らないかと誘っていた。何度も誘われるうちに、浅間はいつしか夜だけは必ず宇宙人の部屋で食事をするようになっていた。朝や昼もたまに一緒にしている。沖田は週に2.3度来る程度だ。最後に来たのは4日前だったと、浅間は記憶している。
今日も今日とて、キッチンから包丁の音が小気味良く聞こえる。夕食の前の時間だ。浅間はちゃぶ台の前であぐらをかきながら待つ。
「しかし、君、いつもこの部屋にいるみたいだけど、家賃とかはどうしているんだい?」
浅間はある日宇宙人に聞いた。そう、この宇宙人は必ず家で食事を摂るために朝、昼、晩と、必ず食事の時間には帰ってくる。そんなのでは仕事はできないだろうと、浅間は考えたのだ。
「僕は宇宙人ですからね。基本的に、まあバレることはないですけど、バレたら厄介なこともありますから、リモートワークってやつで食っているんです」
「へえ、リモートワークね。どんなことをやるんだい?」
「アフィです」
「へ?」
「アフィです」
「宇宙人が?」
「そうです。宇宙人の書くブログって人気出やすいんですよ。一般的な地球人よりも、地球に馴染む努力をしているので、視野が結構違うんですよ。だから僕らが当たり前のように考えていることを書くだけで、だいぶ面白いようです」
浅間は感心した。こいつらはただ単に、宇宙人的ななにがしかの能力によって簡単に地球に居座れるものだと思っていたのだが、そうではなかった。きっと大家さんを洗脳したり、スーパーの店員を洗脳したり、隣人を洗脳したりしているものだと思っていた。洗脳しかないな。
「有名ブロガーは大体宇宙人ですよ。例えばこれ、『日々生き抜く日記』略称日々抜く日記」
「なんか嫌な略称だな」
「これなんか僕の友達です。宇宙にいた頃は同じ小学校に通っていたものです」
「小学校?宇宙にも小学校があるのか?」
宇宙人は首を振る。
「すみません。浅間さんにも分かる通り、小学校という言葉を使いました。まあやることは小学校のようなものです。ただもっと規模が大きくて、今存在する星の中で、どこの星に行きたいかみたいなことを学んでいく場所です」
それで、話は戻るのですが、と言って宇宙人はパソコンのページを浅間に見せる。そこには「生き抜くために必要な要素No.13374」と書かれていた。
「すごいな」
「実はこれ、地球人も喜んで読むんですけど、僕ら宇宙人も教科書代わりに読む人多いんですよ」
「君はどんなブログを書いているんだ?」
「僕ですか。僕は美味しい料理の作り方です」
あー、と浅間は納得する。確かに宇宙人の料理は美味しい。それが浅間がここに通い続ける理由でもある。
「毎日毎日、今日の料理の献立を書いているんですよ」
「へえ、そいつはすごい。てか俺、今までここに通ってたのに、そのこと知らなかったのか」
しかしまあ、ここでうまい料理が食べられるんだから、そのブログを俺が見る必要は全くないな、と浅間は思う。
「ええ、今日も後で、あげときますよ。浅間さんも、クリックしておいてくださいね。アフィ的に嬉しいので」
「ああ、わかったわかった。それで今日は何なんだ?」
「今日ですか?今日は、ロースを使っています。まあ食べてみればわかりますよ」
「昨日はハツだったよな。一昨日のが腿で、その前が肝だったっけ?まだまだ牛の部位が続くのかな、これは楽しみだ」
できましたよ、と宇宙人はちゃぶ台に皿を並べる。肉汁の匂いが鼻をくすぐり、できたてのじゅうじゅうばちばちとした音がまだ続いている。さらに盛り付けが素晴らしい。切れ目の入ったロースにブロッコリーや人参などで彩りが施され、まさにあるべき場所に収まった料理という風態だ。視覚、聴覚、嗅覚を刺激され、食欲が最大値に高まる。そして口に運ばれた肉の塊は歯ごたえが良く、しかし硬いと感じさせることなくスッと喉を通る。触覚、味覚までバッチリだ。ああ、こんな良い宇宙人が隣人だなんて、俺は幸せだなあと浅間は思う。
「しっかし、いつもこんなうまいものを食わせてもらってなんか悪いな。材料費、半分だけでも出させてくれないか?」
「ああいえいえ、材料費はほとんどかかっていないんです。基本、自分で収穫しているので」
どういうことだろう。宇宙人専用の農園とか牧場でもあるのだろうか。
しかし、あまり深入りはしないでおこうと浅間は思う。あくまで相手は宇宙人なのだ。
「それに私は浅間さんが好きなので、こうやって料理を振る舞えることが嬉しいんです」
「はっは、沖田も毎日来ればいいのにな。って毎日3人分の食事は大変か」
「そうですねえ」
はははと宇宙人と一緒になって笑う。
「それじゃあ、ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
と、浅間は自分の部屋に戻っていった。
「どれどれ、宇宙人のブログは」
カタカタとパソコンを打つ。
「あったあった。えーと、美味しい料理の作り方。こんなタイトルで本当に見てくれるのかよ。相当美味しいんだなこれ。今日の献立は、もう上がってる。はえーな。クリック、と」
〈美味しい料理の作り方。
今日の部位はロースです。肩は結構筋肉が多くて切るのが大変なので、のこぎりを用意しましょう。特に男性の場合は大変ですね。これからは女性を多めに使っていくことにしようと思いました。〉
「男性女性って。人間じゃないんだから。そういうところはやっぱ宇宙人っぽさ出てるな」
と言いながら、浅間は読み進める。なるほど、こんな調理法があるのか、など新発見があって思いの外楽しいブログだ。
〈あ、ちなみに3日前から同じ食材を使っているのですが、防腐処理が結構大変で・・・。沖田さんはそんなに運動をしっかりしていなかったみたいなので、腐りやすいみたいです。あなたも肉を選ぶときは、しっかりと普段から運動をなされている方にしましょうね。でも筋肉つきすぎはNGです。筋肉が多すぎると味は格段に落ちますからね。〉
「は?」
まあ、ないけどね。