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ナウアノル戦記  作者: 真倉流留
第1部 鉄騎駆る氷槍
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エピローグ

「――さて」

 部屋の中に、男の低い声が響いた。

 三つ用意された机の、その中央に座る男だった。ルーカスから見ればちょうど真正面。一目で大層地位の高い人物なのだろうとわかる瀟洒な貴族服に身を包み、白くなった髪や髭まで整髪料で整えている初老の男性。

「これより、ルーカス・ウォルターの処分決定のための、『三伯会議』を執り行いたいと思う」

 ……ナウアノルには貴族制が存在し、当然ながら伯爵という身分も置かれていた。

 しかし、『三伯』と言えば、それは通常の伯とは明確に異なる、特別な三人のことを指す。


剣王(アーサー)』。

剣聖(ローラン)』。

剣豪(シグルド)』。


 ルーカス達の一世代前に大きな功を上げた大英雄達。

 地位の上でこそ第三の伯爵だが、実態は軍勢力の正しく頂点であり、防衛都市と化したナウアノルにおいては、公爵と双璧を成す事実上の最高意思決定者とも言えた。こんな形でなければ、対面するだけでも極大の名誉だ。

 スッと、今度は視界の右側で手が上がった。

「――吾輩は、断固除名の処分を求めるものである」

「……」

 覚悟はしていたと言え、さしものルーカスも喉の奥が干上がる。

 言葉を発したのは、巌のような男だった。

 まず目に付くのは恐ろしいまでの巨体。ルーカスの倍近い長身に、大きくがっしりとした肉体を物々しい鎧で覆っている。

 飾り気もなく、ただ純粋に武を極め続けた武人。彼は鎧の下の鎖帷子をじゃらりと鳴らし、腕を組んだ。

「いかな大義有れど、いかな武勲有れど、兵士にとって命令とは絶対である。叛くこと、是即ち言語道断。この者に兵士たる資格は無しと、吾輩は断ずる」

「ダリウス、それは性急というものだ」

 助け舟を出したのは先に発言した老人だった。

 彼はどうやら拘っているらしいカイゼル髭を指で弄びながら、

「報告によれば、実に百に超えると目された《深き者》の群れを、彼は単騎で殲滅したそうじゃあないか。翻って、今のこの国(われわれ)の状況を考えてみたまえ。彼のような優秀な戦力を失うのは大いに痛手だ……」

 それに、と、最後にこちらを一瞥して付け加える。

「彼は貴族だ」

「だから何だというのだ、ザカリー。違反は違反だ。ここで厳しく処罰しなければ、兵に示しがつかぬ」

 ダリウスと呼ばれた大男は、しかし毅然と応じた。

 言葉に詰まるザカリーへの追い風は、意外なところから吹いてきた。

「――今回ばかりは、ザカリーの意見に賛成だよ、私は」

 新たな声が上がった。今度は左手の椅子に座る男性。

 そこにいたのは、白髪交じりの金髪に立派な顎髭を持つ男だ。服の上からでもわかる程度には逞しい肉体は高級そうな臙脂色のスーツで飾られ、各所についたアクセサリー類も過剰ではなく、むしろ内から滲み出る品の良さを引き立てている。

 何より、持つ雰囲気が今までの二人と大きく異なる。ザカリーもダリウスも、それぞれ別の方向性で“キツい”一面を持ち合わせていそうな輩であったが、彼にはそう言った尖ったものを感じない。

「エルネスト……」

 顰め面のダリウスが呟いたその名は、ルーカスも知っていた。

 エルネスト・ブランジャール。

 三伯の中で最も国民に知られている人物でもある彼は、ただただ穏やかに言葉を連ねていく。

「これまで彼が積み上げてきた功績を鑑みれば、ルーカス君は今後、この国の守りの中核を担う存在に育つ素質を十分に備えていると言って良い。それこそ、我々に比肩するような……ね?」

「……」

 黙りこくるダリウス。

 場は、エルネストが完全に掌握していた。

「そも国の危機であれば、この度の一件、我々が出て剣を振るっても良い事案だったはずだ。いくら議会からの締め付けがあったと言え、我らにも落ち度があろうというもの。その責を彼に求めるのは、些か以上に筋違いだとは思わないかね?」

「うむ」

 どこか上機嫌そうに声を上げたのはザカリーだった。

「概ね賛同だ。エルネスト、お前も話が分かる――」

「但し」

 馴れ馴れしく語り掛けてきた彼に釘を刺すように、老紳士は言葉を続ける。

「ダリウスの言うように、命令無視という重罪を前にお咎めなしでは、他の兵士に示しがつかないのもまた事実。勘違いをして、真似をする連中が出てこないとも限らない」

「……何?」

「……」

 ピクリ、と。

 ザカリーと、そしてダリウスの眉までもが動く。

「どういうつもりだ。貴様は何が言いたい、エルネスト?」

 あからさまに不機嫌な様子を垂れ流しながら、先程とは打って変わって目を怒らせるザカリーの言葉に、しかしエルネストは、穏やかな微笑を向ける。

「折衷案さ、ザカリー。つまり私が提案する彼への処断は――」




「――それで?」

 鈴の音のように愛らしい声で、ルーカスの意識は現実へと戻される。

 目の前にいるのは瀟洒な貴族服を着た男ではなく、見知った相棒ことアメリア。ついでに言えば、彼がいるのは狭い会議室などではなく、いつだったか二人で来た喫茶店のテラス席だった。天気は快晴。突き抜けるような青空に、燦々と照り輝く太陽が眩しい。

 あの後のことを彼女に問われ、それを思い出しているうちに回想に浸ってしまったようだ。

「結局、どうなったの?」

「……どうもこうもないさ」

 小首を傾げながら問うてくる少女に、ルーカスは渋い顔で答えた。

「今回の事件までの功績、その全てを剥奪。また一から励めということだ」

 イライラとそっぽを向き、指でテーブルを何度も小突く。

 人相の悪い男の、さらにガラの悪い仕草に、通行人の中には一瞬ビクリと体を震わせる者すらいたが、そんなことには気づいてもいないようだ。

 そこではたと気が付いた。

「……そういうお前はどうなったんだ?」

「私は……その、エルネスト卿が口添えしてくれたらしくて、密々のうちに処理してくれた、と……」

「――――」

 一瞬、比喩ではなくルーカスの意識が遠のいた。

 あの狸オヤジ、示しがつかない云々のたまっておきながら、ちゃっかり揉み消しを行っていたらしい。

「一応『ザカリー卿は貴族以外への当たりは厳しい。会議にかけられてしまえば、庇いきれないから』って言っていたけれども」

「……私にももう少しいい顔をしてくれても良かったのではないか……?」

 肩を震わせながら突っ伏すルーカス。現行犯で捕まえられたのがいけなかったのだろうか。

 もはや腹立たしさを通り越して悲しい。思わずいじける彼だったが、アメリアはと言えばそんなことなどお構いもせずに自分の紅茶のカップに口をつける。

 大分冷めてしまったそれを一息に飲み干すと、「さて」と腰を上げる。

「そろそろ帰ろう」

「……ああ」

 まだ些かブルーな気持ちながらも頷き、ルーカスも彼女に続く。

 と、会計の場所で意外なことが起きた。

「ここは私が払うから」

 などと言ったかと思うと、アメリアが自ら財布を取り出して会計を済ませてしまったのだ。

「たかっているようで心苦しいのだが……」

 そう訴える。半分くらいは本当だ。もう半分はなけなしプライドの問題ではあるが。

 だが、彼女は不敵に微笑んだ。

「――お父さんから、今日のお金は貰っているの」

 何故だろう。微笑みのはずなのに。

 ルーカスには、確かに、満面の笑みのように見えて。

「……そうか。では、ありがたくご馳走に与るとしよう」

 こちらも意地悪な笑みを返しながら、そう答える。




 改めて街路に出る。

 店を出る時、新たなペアと入れ違いになった。とは言っても、あちらは両方男だ。

 制服は馴染みのある黒の詰襟。少し歳は下のように見える。


「――約束破んなよジェイク。ここのクラブハウスサンド、奢りだかんな」

「マジかよクソ……今月はもうピンチだってのに……! なあヒュウガ、やっぱ今度にしねぇ……?」

「イヤだ。つか、お前はもう少し経済的な生活というものをだな――」


 どうも友人同士らしい。その二人の少年は、そんな極めてくだらない会話とともに、ルーカスの隣をすり抜けていく。

 取るに足らない、ただの日常風景だ。あんな事件があった後だというのに、街は既に常の活気を取り戻し始めている。あるいは建物への被害が少なかったのが理由かもしれない。

 気がつけば、己の相方はもう道の反対側まで行ってこちらを見ている。

 眩しい日の光を浴びながら、アメリアはこちらへ手を差し出した。

 彼女の小さな掌を、自分の掌で覆いながら、ルーカスは思う。

 平和だ。

 実に、平和な一時だ。


「行こう、ルーカス」

「言われなくてもだ、アメリア」


 ――願わくば、この一時がもう少しだけ続きますように。

 穏やかな午後の街道を、少年と少女は、手を取り合って歩き始めた。




(ナウアノル戦記 第一部 了)

 上手く大団円っぽくまとまった気がする……。


 一ヶ月半近く(※)かけました『ナウアノル戦記 第一部』、これにて終了です。お付き合いいただき、ありがとうございます。なんとか一区切りつけることができました。

 何分、オリジナル長編(言う程長くない)の作品を書き上げるのは殆どの初めてのことなので、色々と粗が目立ったかと存じます。

 特に、説明不足なところがてんてこ舞いで、読者の皆様には大変なご心労を求めてしまったかと思いますが……いかがでしょう? そこそこでも楽しんで頂けたのなら幸いなのですが。


 一応、今回のテーマといたしましては「男女のバディ」「普通に強い主人公」「水属性」の三つでした。上手く描けてただろうか……?

 クライマックスの場面は結構勢いのまま書いてしまった側面もあって、伏線張るのも場面設定も甘々だったというのが個人的な反省点ですね。今後上達していきたい。

 え、アメリア? 彼女は僕の趣味です、はい。


 ちょっとした零れ話を。

 第1部終了ということで、今後は第2部に移っていくわけなのですが……実はこのシリーズ、第2部の方が先に生まれていたりします。

 その第2部の作中の中でもキーパーソンとだったのが今回の主役の二人なわけですが、そこの掘り下げをするためにこの第1部が生まれたのですね。

 第1部の中にも少しばかり次へと繋がるキーワード――というか、人名というか――が盛り込まれていたりするので、もしも拙作を気に入ってくださったのなら、是非探してみて下さいませ。答え合わせは第2部公開以後ということで。

「最終話でも新しい設定とかキャラとかが出たぞ神父オラァァァンッ!?」という感じですが、こちらも第2部以降で掘り下げていきます。……いや、第3部になるかな……?


 少し長くなってしまいましたが、一先ず今回はここでお別れです。最後に改めてお礼を。

『ナウアノル戦記 第1部』に付き合ってくださいましてありがとうございました。

 思えば、ここ最近は暇あればアクセス数を見て一喜一憂する日々でした。読んでくださる方がいると分かることが、ここまで支えてくれました。感謝してもしたりません。

 次もまた、第二部でお会いできることを願いつつ、今回のところはお別れとさせていただきます。


 さて、主人公交代のお時間です。




※マルチ投稿先の他サイトで執筆していた際の所要時間です。なろう様では初回の投稿でこの話まで投稿しております。

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