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ナウアノル戦記  作者: 真倉流留
第3部 雷の少女、猛々しく
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エピローグ

 夜風が、どこからか潮の匂いを運んでくる。

 中央区にある軍本部には、他国からの来賓をもてなすために大小いくつかの宴会場もある。政治と軍事が密接に関係していればこその構造だ。

 その中の最も小さい部屋のベランダに、一人の男が立っていた。

 超特急で整髪と入浴を済ませた黒髪に闇夜に煌々と輝く黄金の瞳。ヒュウガだった。今はもうあの襤褸切れのような服から借り物の礼服に着替えている。流石にあの浮浪者同然の姿で軍本部に入るわけにはいかなかったのだ。

 ちらと、首を傾けて室内の様子を見る。

 中では、ささやかながら宴会が開かれていた。

 面子は三伯の権限を活用(……?)してこの部屋を押さえたエルネストと、その娘であるイオナ。そのイオナの部下であるジェイク、ベンヤミン、クロエ、ペトラに、さらには上司のルーカスとアメリア。

 そして、主賓のヒュウガ自身だ。

 そう、今回のパーティーは彼の帰還祝いだった。ルーカスとアメリアの結婚が今回の事件で延期になった影響で、披露宴に使う手はずだった部屋を彼の帰還パーティーに流用したのだ。最も、本来この時間に主賓席に座るはずだったルーカスは唇を尖らせながらそっぽを向いていたが。

 とは言え、元々こういう場には慣れていないこともあって、今は酔い覚ましも兼ねてこうして外の空気を吸いに出ている。主賓が席を外すのはどうかとも思ったが、こればっかりはどうしようもない。

 しかし……こう改めてふれあうと三年という月日の重みを実感するようだった。

 ジェイクは一緒に馬鹿やっていた頃に比べると少し大人びた顔つきをするようになった。ベンヤミンは幾分高慢ちきなのが大人しくなったし、クロエも自己主張がわずかではあるが控えめになったように感じる。というか、二人に関して言えばこちらが素なのかも知れない。

 ルーカスとアメリアはそもそも関わってた期間が絶対的に短いのでなんとも言えないが……相も変わらずアメリアはちっこい。手にしているシャンパンのグラスが妙にアンバランスだ。

 あと知らぬ間に一人、新しいのが加わっていた。あの路地裏で説教を噛ましてきた女の子。後から聞いたことだが、幼少期にお世話になっていた孤児院の経営者・ガブリエラの孫娘だという。とは言え、彼女の両親が運営しているツィマーマン商会は東区を拠点としているので、余り接点はないのだが……。

「あ、こんな所にいたんだ」

 不意に背中に投げかけられる声。

 振り向けば、イオナがいた。

「パーティー、もっと楽しまないの?」

「ん。いや、ありがたいし堪能させて貰ってるけど、今はちょっと休憩。慣れてなくってさ」

 言いながら、視線をバルコニーの下に広がる中央区の街並みへ移す。照れくさいのと申し訳ないのとで、どう接して良いかよく分からない。

「……ッ」

 ぴと、と頬に肌が触れる感覚。

 イオナが、ヒュウガの顔に残る火傷痕にそっと指を当てたのだ。

「もう、こんなに無理して」

「……すまん」

「ううん、こっちこそゴメン。私たちが力不足だから、ここまでさせちゃった」

「いや、遅かれ早かれ起きてたことさ。誰かがやらなくちゃいけなかった。それが俺だっただけだ」

 それに、と心の中で付け加える。

 謝らなくてはいけないのは、こちらの方だ。

 こうしてパーティーの会場を見てみると、かつての関係性が大なり小なり変化していることに気づかされる。

 逆に言えば、それは変化するに十分なだけの時間をこの人たちに使わせてしまったということだ。

 ペトラが怒るのも無理はない。なにより、あそこで叱りつけられなければ、またグズグズと先延ばしにしてしまっていたかもしれない。

「ね。こっち向いて」

「あん? ――っと」

 求めに応じてイオナの方を向くと、もう片方の頬も手で押さえられた。

「……本当に、本当に帰ってきてくれたんだよね」

「……おう。ちゃんと、ここにいる」

「じゃあ――今度は、もうどこにも置いて行かないで」

 絶対に約束だからね、と少し濡れたエメラルド色の瞳が訴えてくる。

 何も答えられない。

 そのまま、イオナがゆっくりとつま先立ちになって、それに応えるようにヒュウガも腰を落とし。

 そして。




「おーおー、いちゃついてらぁ」

 バルコニーの二人の様子を、室内から盗み見ていたジェイクが囃し立てるような声を上げた。

「あー……もう『二人だけの世界~』って感じね。良く熱くなれるわ……大して接していた期間は長くないでしょうに」

「正直ブランジャールが結構重いからな……三年ほったらかされてよくもまあ、という感想だが」

 呆れたようにげんなりとした声を上げるのはクロエとベンヤミンだ。なお、目の前で娘を重いと評価されたエルネストはといえば、彼もそれは薄々感じていたのか「はっはっは」と笑ってお茶を濁していた。

「……」

 ペトラはただ静かに口を噤んで見守っていた。

 ポンと、頭に軽い衝撃。

 見上げれば、ジェイクが右手を頭に乗せてきている。

「ん。良いのか?」

「良いんですよ」

 その手を払いのけながら、ペトラは真っ直ぐ視線の先のイオナとヒュウガを見つめ直した。

「そりゃ、確かにイオナ先輩ともっとたくさんおしゃべりしたいし、その機会がこれからちょっとずつ減っていくのかなーと思うと寂しいし、本当なら私が先輩の一番になりたいのは山々。でも」

「でも?」

 聞き直してくるジェイクに、できる限り、精一杯の満足そうな表情を見せながら、今の素直な気持ちを言葉に紡ぐ

「でも、良いんです。私の憧れの人が、あんなに幸せそうなんだから」

 この感情が、恋慕なのかそれともただの憧憬なのかは分からない。

 けれども、少なくともその気持ちは胸を張って本当だと言えるから。

「……そうか」

「ちょっと、セットが崩れるじゃないですか」

 わしわしと再び頭を撫でてくるジェイクの手を撥ね除ける。その瞳の先では、とうとう憧れの先輩とその想い人が互いに顔を寄せ合っていて。

 そして。




「こ……ンの馬鹿ッ! 色魔!! 淫獣ヤリ○ン性犯罪者ーッ!!!! なに使命忘れて元カノといちゃついてんのよクズぅーーーッ!!!!」

 どこからか全く聞き覚えのない少女の声が響き渡る。

 すわ何者かと皆が周囲を見回す中で、唯一ヒュウガだけが青くなる。

 直後であった。

 すっこーん! と。

 上空から降ってきた何者かが、小気味のいい擬音が似合いそうなほど綺麗にヒュウガへドロップキックを決める。

 それは一人の少女だった。

 年の頃はイオナと同じか少し下か。

 解れを無理矢理継ぎ接ぎにしたような服を身に纏っているが、何よりも目を引くのはその耳の形状だ。木の葉のようにつんと尖ったそれは、絵本の中の妖精や――あるいは濁った紅色の瞳や不自然に伸びた八重歯と相まって、吸血鬼(ヴァンパイア)を思わせる。

「ん、っぐ、っほ!? クロフィ!? なんでここにいるんだよ!」

「あ~らごめんなさい? だってあなたがあまりにも仕事が遅いものでついつい」

「へっへっへ、悪いなぁヒュウガ」

 今度は中年の男の声。見上げれば、バルコニーの軒先の上でしゃがむ人影があった。こちらも着ているものはクロフィと呼ばれた少女と似たようなものだが、腕や耳には獣のような体毛が生えているのが最大の違いだ。

「ちょ……ひ、ヒュウガくん!? この人達は――」

「ああん?」

 慌てて駆け寄ると、クロフィがこちらへ威嚇するような鋭い視線を向けてくる。

 まるで端から敵対を宣言しているようなその行動に、思わず身構えてしまう。だが、思ったような攻撃は来ない。

 代わりに、クロフィの指がヒュウガの礼服の胸ぐらを掴み上げた。

 そしてそのまま。

「ばっ、クロフィお前――むぐッ」

「――んっ」

 イオナの目の前で、見せつけるように。

 あるいは、克明な宣戦布告であるかのように。

 少女の唇が、ヒュウガの唇を塞いだ。



(ナウアノル戦記 第三部 了)






【ぶ、ッばァ!? はぁ……はぁ……】

 ズリ……ズリ……と。

 何かを引きずるような音が、北区の裏路地の一角に響く。

 虚のような黒が凝縮した『何か』が、石畳の通路を這っていた。

 先の戦闘でかなりのダメージを受けたのだろう。もはや人型を保つこともできず、うぞうぞと藻掻きながら放り捨てられたゴミや汚泥のようにただ蠢いている。

【ク、ソ……! 裏切り者とデカいだけの能無し風情が……万王の分身たる僕を、このッ、僕を……!】

 今はもうここにいない、自分を此処まで追い込んだ二柱(ふたり)へただ怨嗟を吐く。核である多面体の宝石にもヒビが入っていた。このままでは長くは保たない。早く、可能な限り早くこの世界へと存在を結びつける楔となるような依り代を――

 その時だった。


「だぁれ?」

【ッ!?】


 誰もいないはずの裏路地に、幼くも深く澄んだ声。

 驚いたようにそちらへ視線(と呼んでいいのかも分からないが)を向ける。

 そこに立っていたのは、やっと齢が二桁に手を掛けたかという少女だった。

 膝のあたりまで伸びた宵の空の色に染まった髪は枝毛ばかり。触れずとも風が吹くだけで折れてしまいそうなほど細い肢体と、その栗のように浅黒く色づいた肌を包むのは、透けてしまいそうなほど薄く解れだらけの肌着。

 そして、全体的に暗色の中で唯一キラキラと輝く白銀の瞳。

【なん、だ……?】

 声が震えたのは、突然現れた少女の姿に動揺したからでも、儚げなその佇まいに魅入らされたからでもない。

『何か』には、分かる。

 ……先程戦った二柱を含めた三人の兵士。あれはどれも上質な依り代となる素質を秘めていた。

 だが。

 目の前のこの少女に比べれば、あの三人は全員まるで掃きだめに群がる烏だ。

 それだけの素養を、少女は秘めている。

 何人にも侵されない、そしてそれ自身もまた如何なる穢れをも抱かない精神。霊媒としては最上だが、人間としては異様の領域だ。

「私の名前はハリシャ」

 少女が、その薄桜色の唇を開く。

「あなたの名前は?」

【……ぅ、あ】

 単純な問いかけにすら、なにか強制力のようなものを感じる。

【僕の、名前は――】


 それが、混沌と無垢の出会いだった。 

神父に女の子を書くのは難しい。


というわけで、ナウアノル戦記第三部、これにて一応の完結となります。全体的に文字数が薄いのをなんとかしろ。

さて、一応ヒュウガの帰還とペトラが今回の主軸だったわけですが……他にも風呂敷を広げる役割を付け加えたら、なんだかひたすら新しい設定をちょこ出しする回になってしまったような気がするのは反省案件ですね。ペトラのキャラが終盤まで固まらなかったのも痛手だった……。

さて、この広げに広げた風呂敷を次の最終部で無事たためるのかが今から心配です。

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