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ナウアノル戦記  作者: 真倉流留
第2部 月の下のアイリス
14/27

7話:《花炎一輪 後編》

「もっと速度を出すことはできないのかね!?」

 荒い運転にガタガタと揺れる車内で、エルネスト・ブランジャールは苛立たし気な声を上げた。

 今彼が乗っているのはナウアノルで最も普及している馬車――ではない。

 余程有事の際以外には使用もされないトップシークレット……即ち、二年前に開発されたばかりの機関を搭載した、新型移動手段。

 便宜上“自走車”と名付けられたそれは、四つの車輪をフルで動かして石畳の道路を踏み荒らしていく。

「試験段階中の機械に無理を仰ってくれますな、卿。これでも馬車の数倍の速度は出しているのですッ!」

 エルネストの問いに対して、運転席でハンドルを握る男は上辺だけは冷静に、しかし内心の焦燥を隠し切れぬ調子で返す。

 銀色に輝く長髪と、ごつごつとした厳つい顔が特徴的な男だ。名はルーカス・ウォルター。現状、この自走車を最も上手く扱うことができる人間である。

 その隣では、黄金に輝く杖の《神具(アストラ)》を握った、小柄な少女――彼女の実年齢を考えると女性というのが正しいのだろうが――もボソボソと呟く。

「……やっぱり車輪周りの耐久性能が貧弱。速度を出しすぎると擦り減って使い物にならなくなってしまう」

「えぇい……ザカリーめ、アイツは何をしているんだ。我らの中では最も早く事態に対処できるのはヤツの《神具(アストラ)》だろうに……!」

 しかめっ面で吐き捨てるエルネスト。他の三伯はそれぞれ別のルートで現場に向かっている。寄りにもよって別行動中に事が起きたのが最悪だった。

 視野の確保のためか、あるいは予算をケチったのか。自走車の天井板は取り付けられていないが、そのおかげで、まだ中央区だというのに標的の姿は遠くに小さく確認することができた。ここからではまるでミミズのように見えるが、距離を考えれば相当巨大な存在であると推測するのは余りに容易だ。

「クッ……!」

 歯噛みする。

 エルネストの《神具(アストラ)》は完全に近接戦向けだ。間合いに入れば無敵とも言われるが、逆に言えば離れていれば掠り傷一つつけられない。

 敵は見えているというのに、何もできない。これほど歯痒い事があろうか。

(いや、それだけじゃない……)

 伝令より受け取った報告によれば、戦線では学生も動員されているという。

 そんな事態であれば、ほぼ確実に――

(イオナめ、無茶をしたら許さんぞ……!)

 恐らくは戦線で戦っているであろう愛娘を想い、首筋に汗を流す。

 その時だった。

「……?」

 唐突に、助手席の女が顔を上げた。

「どうした、アメリア?」

 アクセルを踏み込んだルーカスが問い掛けると、アメリアと呼ばれた彼女は、訝し気に呟いた。

「……強力な《神具(アストラ)》の存在を戦線に感知した。しかもこれは、三伯レベル……?」

「何だと?」

 今度はエルネストが片眉を上げた。

 もう一度、海竜の方へ目を向ける。

 一体、あそこで今、何が起きている?



◇◆◇



 ――全身が熱い。

 まるで筋肉の内側が燃えているようだ。

 ヒュウガは半ば驚愕していた。

 今までとはまるで違う。

神具(アストラ)》からかつて無いほどの力を感じる。それこそ、目の前の《深き者》なぞ歯牙にもかけないほどの。

「ヒュウガ、くん……?」

 背後からか細い声が聞こえた。

 そちらへ目を向ければ、ボロボロに傷ついたイオナがいた。

 あちらこちらに傷を負っている様子ではあるが、どうにか最悪の事態になる前には間に合ったらしい。

 にっかりと笑顔を見せ、一言。

「よう」

 視線を前に戻すと、先程吹き飛ばした《深き者》のろのろと立ち上がっていた。

 先日前までなら震え上がっていただろう。逃げ出していただろう。

 今は違う。その背に守らなければならぬ――助けると決めた者がいる。

 だから退けない。ここで討つ。

《深き者》が疾駆を始めた。二メートルを超す巨躯からは想像もつかぬほどの素早さだ。これでは拳を振るわれるまでもない。力任せの体当たりですら生死にかかわる。

 肉弾と化したそれを、ヒュウガは抜刀の姿勢で迎える。

 あの日のように。あの夜のように。

 だが、一つだけ違うことがあった。

 ――なあ、もう良いだろう?

 水膨れした肉体が迫る中、ヒュウガは《神具(アストラ)》の鐔に親指をあてがう。

 そして。


 ガチリ、と。

 今まで抜けなかったのが嘘のように、鈨が鞘の口から覗いた。


 瞬間、周囲に紅蓮の炎が広がった。

 舞い散る火の粉の中、ヒュウガの瞳の色が文字通り変わる。

 オニキスの黒から、トパーズのような黄金へ。

 それは、あるいは火焔の色にも似ていた。

 ぞろりと鞘から抜き放たれた刀身の色もまた同じく。高温の炎を纏い、赤熱しているのだ。

 まるで焼き入れすらされていない、未完の刃。

 だが十分だ。これだけの力があれば、目の前の肉塊など容易く滅ぼせる。

 猛烈なスピードで迫って来ていた《深き者》が、今更脅威を理解したように足を止めようとするのが見えた。

 だが無意味だ。

 慣性の法則で前につんのめったその巨体を紅い刃が袈裟掛けに切り裂く。

 切れ味と言うよりは高熱で焼き切るのに近い。手には思ったほどの抵抗も無く、刀は驚くほど滑らかに肉を分かつ。

 断面が焼けているせいか、派手な血飛沫は無かった。代わりとばかりに火の粉が宙を舞い散る。

 刀身を振り、鞘に納める。

 振り向けば、唖然とした表情のイオナと目が合った。

 歩み寄り、手を差し出す。

「大丈夫か?」

「あ……」

 未だに状況が飲み込めない、と言った様子のイオナが、のろのろと手を重ねてきた。

 その手をしっかりと握り、体を支えながら立たせようとする。

「……ッつ」

 イオナが苦悶の表情を浮かべた。良く見ると、足首が腫れ上がっている。捻ったりしたのだろうか。

「……」

 どうしたものかと頬を掻き、しばし躊躇してから彼女を抱き抱える。

「ひっ、えっ!?」

 慌てたように顔を紅潮させるイオナ。その様子を見ていると、こちらまで恥ずかしくなって――

 お花畑の思考はそこで終わる。

 鋭敏になった知覚に――警報(アラート)

 刹那の速度で後ろに跳躍した直後、ヒュウガとイオナが居た場所を、巨大な異形の腕が掻き毟る。

 振り仰げば、天を衝く巨大な海竜。

 鰐のような口から凶暴な牙と粘性の高い唾液を覗かせ、爛々と輝く双眸でしかとヒュウガを捉えているソレを見て。

 ――しかし、ヒュウガの心に湧き上がったのは恐怖ではなく、いっそ狂気じみた闘争心だった。

 無意識に口の端が吊り上るのが分かる。

 まるで自分が、自分ではない『何か』に支配される感覚。

 イオナを近くにあった建物の残骸の上に座らせ、再び跳ぶ。

 眼前に迫る巨腕。数は二。左右からの挟撃。

 それを。

「おもし……れェっ!!」

 叫びとともに、抜刀。先に迫った左を灼刃で切り裂き、次いで来た右はその前腕部に飛び乗り足場とする。

 さらに勢いを借りて跳躍とともに宙で前転。

 直後に、海竜の腕がまるまる一本輪切りにされた。

『ゴォォォォォォァァァァァァァアアアアアアッッ!?』

 硝子を引っ掻くよりもなお不快な、形容しがたい絶叫が放たれた。

 声そのものに毒でもあるのか、地上の兵士たちの多くが頭を抱えて悶え苦しむ。無事な者も、イオナのように咄嗟に耳を塞いだというのがその理由だろう。

 しかしヒュウガは意に介さない。否、もはや聞こえていない。

 蠅が腕に止まったような感触があったのか、竜が余った腕の片方でヒュウガを押し潰そうとする。

 対して、炎の剣を持った少年は再び獣じみた跳躍。迫りくる掌底の、人で言う中指と薬指の間をすり抜け、そのまま手の甲に乗る。

 さらに始まるは電光石火の疾走。残像をすら許さず、鱗の生えた巨腕を駆け抜ける。二対の中で上の方に位置するものに乗れたのは幸いだった。

 一気に距離を詰め、首元まであと数十メートル――

 そこで海竜が、くるりとこちらを向いた。

 その長大な口がガパリと開かれ、禍々しい乱杭歯と真っ赤な口腔が顔を覗かせる。どうやら小五月蠅い羽虫を丸呑みにするつもりらしい。

 慌てて立ち止まろうとするも、体が間に合わない。ようやく足の動きが遅くなるも、慣性によって前に放り出される。

 上下から歪な列を成した牙が迫る。噛み砕かれる。

 直前、ヒュウガの身体が自然と動いた。両足を突っ張り、刀を握った右手は上へ。さらに刀身が焼けているのも構わず左手を刀の峰へ重ね――


 そして。

 ガッギィィィィィィンッッ!! と。

 硬い物同士がぶつかり合う音が、辺りに響き渡った。


「……ッ、ソ……がァ!」

 ギリギリと上と下から凄まじい力で圧搾されながら、それに抗うように背を張り、腕に力を籠める。

 ヒュウガの頭上では《神具(アストラ)》の刃とダゴンの牙が互いに重なり、せめぎ合っていた。

 燃え盛る刀を抑える左の手には、不思議なことに熱さ感じない。《神具(アストラ)》の烈火は所有者を焼くことがないようだ。

 そう、ヒュウガは土壇場で迫りくる歯牙を刀で受け止めたのだ。

 常人を超える力で抑えられ、海竜は口の中の異物を押し潰すこともできずに悶える。

 しかし、ヒュウガにとってもまた、この状況は絶体絶命であった。

 第一に、海竜の咬筋力が想像よりも遥かに強い。鰐などは口を開く力は弱いが閉じる時となるとその三〇〇倍もの力を発揮すると言うが、それに良く似た形をしている奴の顎もまた、同じような特性を持っているのか。

 第二は、そもそもとしてまだ腕が二本残っているのだ。これが最大の脅威であった。

 なにしろ、今のヒュウガは両手に加え両足までもが塞がっている。もし海竜がヒュウガをその爪で除こうとすれば、彼に抗う術は無い。

神具(アストラ)》の纏う火も、唾液によってかその勢いが一時的に落ちてきていた。結果、その長大な牙を熱するのみで海竜の口内を焼くには至らない。

 何か。

 この力を緩める『何か』を。

 心の中でそう願った時だった。

 シッパァァァンッ! と空気を叩く音と共に、ヒュウガの顔面、その横数センチを、白銀に光り輝くものが通り抜けて行った。

 ヒュウガの瞳が「それ」を捉える。

「それ」は、一本の矢。

 銀矢は一条の光を虚空に残し、竜の口内、そのさらに奥へとただただ真っ直ぐに突き進み――洞窟のような喉奥が湛える闇の中で、一際強烈な光を発した。

 轟音を伴うそれは炸裂であった。

 神威を宿す眩耀が海竜の口を灼き、暴れ狂う。凄まじい爆風に、ヒュウガの髪や衣服がバタバタと乱れた。

 ……今までありとあらゆる《神具(アストラ)》を弾き返していた絡繰りが、これだ。

 海竜の体表面は余すところなく鋼のような鱗に覆われている。それは一種のスケイル・アーマーのような役割を果たし、斬撃や刺突は阻まれ、打撃や爆裂もその神性が直接肉へ届かないが故に持ち前の回復能力でほぼ無効化されていたのだ。

 対して、ヒュウガの《神具(アストラ)》が対抗成しえたのは単に相性の問題。加熱された刃はその鎧を焼き断ち、肉を切り開くに最適であった。

 そして今。

 無防備に開かれた口腔に、神話の一撃が叩き込まれた。

 巨大な顎から力が抜ける。

 その隙を逃さずに、ヒュウガは飛び退いた。

 空中でチラリと地上を見やると、銀色の弓を構えた少女と目が合う。

 ――結局、借りは残っちまったな。

 先程までとは違う、穏やかな微笑みが一瞬だけ、口元に現れた。

 次いで、滞空したまま柄を腰の横へ。脇構えだ。

 瞬間、《神具(アストラ)》の纏う火が一気にその勢いを増す。

 それはもはや小さな噴火だった。

 刀身を長大な火柱が覆い隠し、劫火の大剣を形成。その炎は鈍色の天空を赤々と染め上げ、大地を照らす。

「う、ォォォォォォォォオオオオオオオオオアアアアアッ!!」

 咆哮した。

 もはや剣術も型も存在しない。ただ力任せに剣を振り抜く。横一文字に一閃。

 焼き切るなどと言うレベルではなかった。

 火焔の濁流が海竜の頭上半分を飲み込み、舐めつくす。肉片一つ残すことすら許さず、その軌道上に存在する一切合財を蒸発させていく。

 振り切るとともに、炎刃は燃料切れを起こしたかのように霧散した。

 ヒュウガの目に、上顎から上の部分をまるまる削がれた海竜の姿が映る。

 再生する気配は微塵も無かった。

 海竜の身体が揺れ、地に倒れる。その巨体が家々の残骸を押し潰すが、それだけだ。

 四つん這いになって着地したヒュウガは腰のベルトに差した鞘に刀を収めた。チン、とそれだけは涼やかな鐔鳴りの音が短く響く。

 地に伏した怪物の肉体――否、遺骸を見やると、すでにあちこちからシュウシュウと蒸気のような煙を立て、その肉を虚空へと溶かしている。

 それは、まぎれもなく《深き者》の死だった。

「……勝、った……?」

 周囲にいる兵士の誰かが、呟く。

 それはその場にいた全員に伝播し――やがて、洪水のような歓声となった。

 口々に勝利を喜ぶ人々。

 その中心に居ながら、ヒュウガはただただ呆けた顔をしていた。

 ――倒した? 自分が、あのデカブツを?

 実感が湧かない。しかし、それは純然たる事実として目の前にある。

 わぁ! と群がって来た兵士の誰かがぶつかった。

 ぐらり、とヒュウガの身体が揺れる。いや、体だけでは無い。視界もだ。次いで酷使してきた足と腰から力が抜け、さらに手から刀が滑り落ちる。

 人垣を掻き分けて一人の少女がよろけながらも飛び込んでくるのが見えた。艶やかな黒髪と花緑青(エメラルドグリーン)に輝く瞳――。

 何か、温かいものに包まれる。それは誰かの腕に掻き抱かれる感触だ。

 それを最後に、ヒュウガの意識は暗闇に落ちた。

ホントは海竜固有名あったんだよ。直球すぎてやめたけど。

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