* 10 *
(ん、大丈夫)
放課後、学校近くのショッピングセンター内の手芸店に、学校の創立記念祭で披露するクラスの出し物で使用する布を買いに来ていたモネは、ガラスケースのガラスを鏡代わりに、族印を隠す額の化粧が落ちていないか、さりげなく確認した。
モネが、この人間の世界に戻って、もう、1ヵ月が経とうとしている。
(皆、今頃、どうしてるかなあ……)
族印がキチンと隠れているか気にする度に、そんなふうに思う。
リュウシンが住居と当面の生活資金を用意し、役所の戸籍のデータに竜族の分を作って紛れ込ませてくれたはずだが、それでも、モネのように、人間の世界に、帰った、という形ではないのだから、慣れない土地で、色々と苦労しているのではないだろうか……。そう、サナも……。
(サナさん、どうしてるかな……)
会いたいが、どこにいるかすら分からない。
人間の世界に帰ってきたばかりの頃、モネは、サナが恋しくて、寂しくて……。考えたって仕方ないのに、会いたい、会いたい、と、一日中、そればかりだった。…最近は何となく慣れてきて、どうしているのか、時々、気に掛かりはしても、一日中サナのことばかり考えている、ということはなくなったが……。
家族のいないサナは、1人でか、あるいは、何かしらのつながりのある人たちと少人数のグループでか、リュウシンが、この世界に用意した住居のうち、どこかにある1つの中に、リュウシンの力により移動したはずだった。
モネの場合は、両親の住む、この世界での自宅玄関内に移動した。竜族全員で金湖に集まった、あの日、上空にリュウシンの姿を見て視界が揺れた後、視界の揺れが治まった時には、もう、自宅玄関内に立っていた。
移動したのだと気づいてすぐ、モネは自分の隣を見た。それまで、すぐ隣にいたはずのサナは、いなかった。心の中に、スウッと隙間風が吹いたのを感じた。家族単位ということなので、竜国に家族が無く人間の世界に家族のあるモネが、1人で人間世界の家族のもとへ移動させられるのは、当然のことかもしれないが、モネは何となく、人間の世界に戻った後も、サナと一緒にいられるような気になっていたのだった。
モネが戻って来た時、両親はモネに、今まで、どこで何をしていたのかと聞いてきた。当然だ。
返してモネ、
「言ったって、どうせ信じないと思うけど……」
その答えに、母は、心配してたのに何それ! と怒りながら泣き、父は、そんな母を宥めつつ、母と同じ言葉でモネをたしなめ、そして、モネは驚いた。自分自身の口をついて出た言葉に、驚いた。以前に人間の世界で暮らしていた頃のモネだったら、思っていても口にすることはありえない言葉だったから……。言った後の両親の反応が分かりきっているから、面倒臭いから口にしない。何か、両親が簡単に納得するような嘘をサラリとついて済ます。
結局、竜国のことに関しては、信じてもらえる見込みが本当にゼロなため、適当にごまかして、話さずじまいだったが、その、ちょっとケンカを売っているようにも取れる発言を最初に、毎日一緒に暮らす中で、時々モネは、何故か自然に素直に、両親に気持ちをぶつける。そして、言い合いになって……。両親、特に母との関係が変わった気がする。以前より、ほんの少しだが、距離が縮まった気がする。……それは、やはり面倒くさい。しかし、不思議と悪くはない。
「吉川さん」
想い耽っていたところを、後ろから不意に呼ばれ、モネは、ハッとして振り返る。
「この柄なんか、良くない? 」
一緒に記念祭の布を買いに来ていた同じクラスの女子が、切り売り用の、板に巻かれた長い状態のままの布を手に、立っていた。
布を買うくらい、モネ1人でよかったのだが、理想に燃える担任が、強引に、クラスで2番目に暇な女子を来させたのだった。
と、その時、小さな子供の泣き声が聞こえ、
(……? )
モネは辺りを見回す。
手芸店前の通路で3歳くらいの男の子が、ママ、ママ、と言いながら泣いていた。……迷子のようだ。
モネは、男の子に歩み寄り、
「ママがいないの? 」
声を掛けた。
男の子は、泣きながら頷く。
モネは通路の右手方向を見、左手方向を見た。
そこへ、左手方向から、モネのほうへ向かって若い女性が走って来、
「ケンちゃんっ! 」
男の子は、その声に反応し、ママ! と嬉しそうに、女性のほうへ走り、抱きついた。
女性は、しっかりと男の子を抱きとめつつ、モネに会釈し、男の子を連れて、来た通路を戻って行った。
モネが手芸店内に戻ると、一緒に買物に来た女子が、感心したように、
「吉川さんって、勇気あるねー」
(勇気……? )
今、モネは、とても自然に男の子に声をかけた。しかし、考えてみれば、本来、モネは、そういう時に声など掛けない人のはず。放っておいても、そのうち、ショッピングセンターのスタッフが何とかしてくれるだろうから、と。その男の子の親に、モネが男の子を泣かせたのだと勘違いされて、嫌な思いをする可能性だってあるし、と……。
今、男の子に声を掛けたことといい、両親に気持ちをぶつけたりすることといい、竜国から戻ったばかりの頃などは、サナさんに会いたい、などと、考えても仕方の無いことばかり考えていたりしてたことといい、
(何でだろ……? 私、何か、変だ……)
モネは、心の中で呟く。
終




