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竜の胎教  作者: 獅兜舞桂
1/10

* 1 *


         


「…愛してる……」

 モネの背後で、男の声が低く呟いた。

「…だったら……」

 別の男の、か細く震える声が、

「許して…お願い……」

取り縋る。

「…無理だ……」

「…お願…い……。誰にも、言わないから……」

「無理なんだ! 秘密を知られてしまった以上、お前を殺すしか、オレが生きる道は無いんだっ! 」

直後、耳をつんざくような悲鳴。

 至近距離からの、その奇声に、モネは心臓を突かれ、ビクッ。

 一呼吸分の間を置いて、低い声の主と、か細い声の主の爆笑。

(あー、ビックリした……)

 モネは、ドキドキ言い続ける胸の鼓動を静めるべく、深呼吸。

(まったく……。それって、何ゴッコ? )

 6時限目・数学Ⅱの授業中、教室中央より少し後ろのモネの席からは、お揃いのブレザーに身を包んだクラスメイトたちのうち半数が、いつもどおり、てんでバラバラ、好き勝手なことをして過ごしているのがよく見える。……モネの左斜め前の席の男子は、まだモネが学校で習った憶えの無い意味不明な内容の参考書を机の下でこっそり開き、どうやら、前の席の女子も膝の上で何やら内職中。左隣の席の女子は、その更に左隣の席の女子及び、その周辺の数人と一緒に菓子パーティーを開き、右隣にいるべき男子は、どこかへ出張中。モネから見える範囲の窓際に座る人たちは、春の午後の優しい陽を受けて一様にウトウト。教室内の騒がしさから想像するに、残り半数となるモネの死角は、きっと大変なことになっている。 

 数Ⅱ担当の教師は教師で、一方的に教科書を読み上げて黒板を書き、モネも、きちんと前を向き、ノートをとってはいるが、実は頭の中では、放課後に行う予定の作業の手順を確認していた。

 放課後に行う予定の作業、とは、明後日の生徒会行事・新入生を迎える会で披露する各クラス持ち時間5分のステージでの出し物の、準備のこと。

 モネのクラスは、クラス委員であるモネが1人で、手品をすることになっている。

 LHRの時間を、ごく短時間使って決まった、モネにとってもクラスメイトたちにとっても、最良の決定だ。


               *


 放課後の、ひと気の無くなった教室。

 モネは、一番後ろの席1列を前に寄せて作ったスペースに、床を汚さないよう新聞紙を敷き、高さは自分の胸くらいまで、幅は自分の倍くらいの大きさのハリボテのニワトリと、その10分の1の大きさのヒヨコのハリボテ7つに、絵の具で色を塗る作業をしている。

 色塗りが終われば、手品で使う物の準備はほぼ終了。今日は、そこまで終わらせ、明日の朝に少し早めに登校して仕上げ、明日の放課後は、まるまる練習に費やしたい。

 塗り方に多少ムラがあっても、どうせ遠目には分からない。モネは、5センチ幅のハケを手早く動かした。


 モネの陣取っている、すぐ横、教室後部出入口のドアが開いた音と人の気配に、モネは一瞬だけ手を止め、目をチラリと動かして相手を確認した。

「ごくろうさん」

 軽めの言葉と共に顔を覗かせたのは、モネのクラス担任である20代後半の男性教師。

 担任が教室に入って来、前に寄せてある席の椅子のうち1つを出してモネのほうを向いて座るのを、気配だけで感じながら、モネは作業を続けた。

 担任が真面目な調子で口を開く。

吉川よしかわ。1人でやってて、楽しいか? 」

 モネは、

(は? 何、言ってるの? 意味分かんないんだけど……)

手を休めることなく、視線もそのままに、心の中で小さく笑った。

 担任は続ける。

「発表は1人でするにしても、やっぱり、準備はクラス皆でやるべきじゃないかな? 吉川はクラス委員なんだから、皆をまとめて引っ張っていかないと」

(うるさい……)

手伝いなら歓迎するが、無駄話をして邪魔するだけなら出てってよ、と、モネは思った。モネが1人でやることは、モネ自身もクラスメイトたちも納得の上でのことなのだから問題ないではないか、と。大体、クラス委員なんだから、って? クラス委員の仕事は、①月1回の定例会に出席、内容をクラスに伝達②生徒会行事時の生徒会役員の補助③学級会における司会進行④授業開始終了時の号令、と、生徒手帳の中の、生徒会会則第7項・各係の役割について、に明記されている。確かに、この学校に通う全ての生徒が何かしら1つは担当している数ある係の中で、クラス委員は、生徒会役員に次いで仕事量も多く拘束時間も長い大変な係だとは思う。だからと言って、そんな、人の上に立つような権限まで持てない。と、言うより、大変な係だからこそ、これ以上の余計な仕事、しかも、まとまりの無い、まとまる気も無いクラスをまとめるなどという重労働を、その仕事として増やされたくないと言うか……。別にクラス委員自体、嫌々やってはいない。部活にも所属していない、バイトもしていない、進路について高望みもしていない、クラスで一番暇な自分が大変な係を担当することは、自然な流れのように思う。特に楽しくもないが、与えられた仕事として、キチンとこなそうと考えている。だから、目の前の仕事をキチンとこなすため、邪魔しないでほしい。…担任の理想は分かった。だが、理想は、他人に頼らず、自分で叶えてほしい……。

 担任の視線を感じながら、ただ黙々と作業を続けるモネ。

 担任は溜息をひとつ吐き、教室を出て行った。


               *


 完全下校の6時半を知らせる校内放送が流れた。

 モネは予定通り、ニワトリとヒヨコの色塗りを終えたところだった。後は、一晩おいて塗った絵の具を乾かし、明日の朝、色画用紙で作ってある目とクチバシとニワトリのトサカをつければ完成だ。

 明日の朝は早く来る予定のため、ニワトリとヒヨコ、前に寄せた机の列はそのままに、明日はもう使わない道具だけを片付け、電気を消して、カバンを手に教室を出た。


 外は、気持ち程度に、暗くなり始めている。

 昇降口から正門へと通じる前庭は、全くひと気が無く静かだ。

 部活をしていた人たちが出てくるには、時間が早いのだろう。校舎を、ちょっと振り返って見れば、まだ、その半数の窓に明かりがともっている。


 校門を出たところで、

(! )

 突然、地面が、下から突き上げられたように揺れた。

(地震っ? )

 直後、モネの足下の舗装された道路が、バカッ。大きく裂けた。

(! ! ! )

 咄嗟のことで避けられず、裂け目に落ちるモネ。反射的に身を縮める以外、何も出来なかった。

 裂け目は深く、底が見えない。

 モネの目の前に、モネ作のハリボテのニワトリとヒヨコが完成予定の姿で現れ、やたら楽しげな舞を披露してから飛び去った。取り残された空間は、ただ、真っ白。

 落ちて、落ちて、落ちて……。どこまでも、どこまでも、どこまでも……。

 真っ白な空間には次第に影が差し、やがて、真っ暗になった。


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