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オートマタ  作者: 悠木そら
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オートマタ1

 心地よく本をめくる音が、私を眠りの世界から連れ戻す。ゆっくりと目を開けると、高く、そして白い天井が目に映った。見慣れない天井、そう思った時には思考を切り替えた。


『ここはどこだ』


 そんなことを考えながら視線を天井から足先へ向けると、ひとつの人影が視界に入り込んだ。刹那、背筋にゾッとするような悪寒が走る。いけない、本能が全力で警鐘を鳴らしている。今のまま対峙すれば最悪の選択になりかねないと鐘の音を鳴らし続けている。気を持っていかれそうになる前に、視界を黒で染めた。目蓋に力が入りそうになるのをすんでのところで我慢する。気取られてはいけない。一瞬視界に映ったそれは、黒いウサギの耳をつけ、白い仮面を被った何かだった。今はまだ動く時ではない。息を殺し続けよう、本能が警告しているのだから。一秒か、十秒か、はたまた百秒か、そう感じるほどの長い静寂。それをあっさりと裏切って、パラリ、本がめくられる音が聞こえた。どうやらまだ、目覚めたことに気付かれてはいないようだ。私は目を閉じたまま、記憶の糸を手繰り寄せる。


 昨夜は、星空に囲まれながら酒を飲んでいた。この日は、珍しく旦那様に誘われたということもあり、お仕えしてからの10年間の出来事を肴に、いつも以上に酒を口にしていた。昼は庭師をしながら屋敷を警護し、夜は夜で翌日に備えて早めに休息をとる。そんな生活をしていることもあり、休みの日以外は外を出歩かないことが多かった。だから、旦那様とこんな夜遅くまで酒を飲むことなど、記憶を遡ってもやっぱりなかった。昔話に花を咲かせた旦那様の顔は、喜びと哀愁を同居させたような、あまり見たことのない表情をされていた。それがなんだか可笑しくて、旦那様にそれとなく伝えても、やっぱり表情は変わらないままだった。夜の帳がおりきったころ、翌朝に仕事があるのを思い出された旦那様は、手配していた馬車で帰宅の途につかれた。


「ありがとう」


 別れ際、二言三言交わしたはずだが、最後の言葉以外ははっきりと思い出せない。それでも、すごく優しい表情をしていたことは覚えている。それから私も家路についた、筈だったのに何も思い出せない。


 キインッ


 突然、頭が割れるような激しい痛みに襲われた。頭の内側から沸いた痛みは一瞬だったものの、意識を今に連れ戻すには充分だった。突然のことだったが、声を出さないように、気取られないようにしながら痛みに耐えた。今まで軽い頭痛はあったのだが、こうもあからさまな痛みはなかったはずだ。パタリ、またページがめくられる。わずかでも昨晩のことを思い出せた事もあり、おおよそ現状を把握できた。おそらく帰り道、何者かによってここに連れてこられたのだろう。となれば、その理由が知りたい。


 だが、今はこの部屋から脱出するのが先決だ。部屋の中にいる白い仮面を被った不気味なそれは、やはり一歩も動く気配はなく、ただ本を読み続けている。こちらに注意を払っていないのか、また新しいページがめくられる音がした。拘束はされていない、傷をつけられた感じもしない、あるのは頭に走った一瞬の激痛だけ。もちろん何かを埋め込まれた可能性もある。しかし、このままでは埒があかない。意を決し、ゆっくりと、本当にゆっくりと目の上に覆いかぶさっている皮を動かす。再び視界が開けると、視線と意識をそれに向けないように注意しながら、壁側を盗み見る。パラリ、ページをめくる音がした。


 果たして何もない。この部屋には不気味なほど何もなかった。いや、正確にはひとつだけ扉がある。それ以外は本当に何にもない。家具も、カーペットも、窓すらない。あるのはたったひとつのドアだけだ。パタン、不意に本を閉じる音がした。下手を打ったと思ったが、それは間違った認識だと気付かされた。そもそも知っていたのだ、私の意識が戻っていたことを。そうでなければ、あんな聞き方はしないはずだ。

 

「おはようございます。そろそろお話をしませんか」


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