5-1話 私、出ます。
なんか、最近、昼間から眠くて大変です。1日平均200〜300mg程度のカフェインで生活しています。では、6話、どうぞ!
愛梨沙がフィリップに聞いた所によると、ドラゴンは普通に何処にでもいる、ということだった。ただ、この辺り――ロレンソ子爵領に現れるのは珍しいということだった。
「ドラゴンか……飛行船に乗ってたときに、何度か会ったな。でも、この辺でそんな風に、空中に止まってるっていうのは聞いたことがないな。もしかしたら、ドラゴン使いでも生まれたのかもしれないな。」
と、愛梨沙が聞いたときにフィリップは答えた。
ドラゴン使いね。テイマーってやつかしら。強いそうね。あ、今、絶対誰かに粉蜜柑って突っ込まれたわね。でも、強そうじゃない!だって、ドラゴン使いよ。
あーあ、私が”ドラゴン使い”ってわけじゃないのよね。それはちょっと残念。けど、ちょっと安心。”ドラゴン使い”なんて大層そうなものになっちゃったら、大変そうじゃん。普通+αで充分。
それより私は魔法の練習よ。
”自分の部屋”に篭って、魔法の練習をする。それは既に日課となっていた。とはいっても、何か呪文を唱えるということはない。エレイン曰く、「呪文?ああ、物語だとよくあるわよ。そうよね、シーナってあんまり物語読まないもんね。」だそうだ。
ハルトを呼び出す。今日の練習は灯りを点ける魔法だ。便宜上の属性は光となっている。あくまで便宜上だ。属性というもの自体は存在していないのだが、それじゃ分類しにくいということで、テキトウに割り振ってしまったのだ。
光系の魔法って、転送る「式量」が少なくて簡単なのよね。前にハルトがやってくれた、浮かぶ魔法なんて私じゃまだ1分近くかかっちゃうわ。
ハルトに灯りを点ける魔法の式を送る。少量のマナを自らハルトに送りつけるのだ。そして、ハルトがその魔法式を受け取ると、愛梨沙のマナを吸い取る。この辺りは通信プロトコルのようなものが決まっている。
部屋が明るくなった。もともと、日光が入っていた部屋だ。更に明るくなって何か意味があるかしらね。と、愛梨沙は思った。
そんな練習、練習の毎日を愛梨沙はおくった。読書と魔法の練習以外することが無い。フィリップは男の子だったら、騎士になるための稽古でもつけても良いと言うのだが、生憎、愛梨沙は女だった。
そんな毎日を過ごし、気がつけば、5歳になっていた。
ふと、窓の外を見ると、愛梨沙と同じくらいの子供が2,3人遊んでいた。近くの森に入っていくところだった。様子からするに遊びに行ったのだろう。
そういえば、まだ、外に出たこと無いわね。ま、まさか、このまま引きこもり!?それはさすがに嫌よ!引きこもりで、研究してる貴族っていったら、ニュートンじゃない!あの人、研究成果は凄いけど、性格悪いのよね。
そんなことより、私も遊びに行ってみようかな。初外出だね。とりあえず、父さんに聞いてみようかな。
階段を下りて、フィリップの部屋に向かった。結局、フリップの部屋はエレインの部屋の隣になっていた。
ドアを開けると、フィリップは事務作業真っ最中だった。贅沢三昧な貴族なんていうのは殆どいない。貴族には領地の管理が付き纏うのだ。世襲制では無いから、コネと実力が大きく影響する。かなりシビアな世界なのだ。
仕事中か……タイミング、悪かったわね。
「どうした?」
フィリップは愛梨沙に気が付いて言った。
「ちょっと――」
あれ、こういうときって、どう聞くのが良いんだろう。「外、行ってきて良い?」かしら。ちょっと男の子っぽい?じゃあ、「お外行きたいぃー!」……これじゃ駄々を捏ねてる子供ね。まあ、私、子供なんだけど……
「――お外で遊んで良い?」
これが、愛梨沙が思いついた最も無難な選択肢であった。
フィリップは一瞬、「ぇっ!?」と、小さく驚きの声を上げた。
「あ、ああ良いぞ。ただ、4時には帰って来るように。」
あら、割りと簡単にOKしてくれるんだね。
「分かりました。」
「そうだ、ハルト。」
今度は、フィリップはかしこまった雰囲気でハルトの名を呼んだ。
「何だ?」
愛梨沙の頭にいたハルトが、フィリップの方を向いた。
「何かあったらよろしくな。」
「うむ。」
ハルトの声が頭上からした。
精霊ってそんなに凄いのかしら?だって、父さんが全幅の信頼を寄せてるような存在なんでしょ。そういうことよね?「何かあったらよろしくな。」っていうのは。
フィリップの部屋を出ようとしたとき、フィリップが思い出したように言った。
「そうだ。シーナの靴は下駄箱にあるからな。一応買っておいたんだが、シーナが外に出ないからどうしようかと思ってたんだよ。」
「はーい。」
危ない危ない、もしかしたら、私の靴、捨てられちゃったかもしれないんだ。いや、それはないか。売られるか。でも、どちらにせよ、危なかった。
「あと、今の部屋着、着替えてから行けよ。」
「はーい。」
愛梨沙もそれは自覚していた。なにせ、着ているのは殆ど下着のみなのだから。
愛梨沙は、階段をトントントンと調子よく上がっていった。
さて、私って服持ってたかしら。
クローゼットを開けてみた。確かに服は入っている。だが、何を着て良いのかはよく分からなかった。唯一分かることといえば、明らかに、今の服は着替えなければならない、ということだ。
素足にパンツ、上はキャミソールのようなもの一枚ときた。もはや、部屋着を超えて、ただの下着姿である。
ただ、随分と長くこの格好で過ごしていたせいか、愛梨沙の格好を指摘する人間はロレンソ家にいなかった。たまに、アンジェリカが呆れたようにため息を吐く程度である。
とりあえず、こういう時はアンジェリカに聞こう。きっと、何とかしてくれるわ。母さんとか父さんとかの服の管理もある程度してるでしょうし。
愛梨沙はアンジェリカの部屋へ行った。1階の一番奥にある部屋だ。
ノックというものは使用人の部屋に入るときもするものなのか。それは分からない。しかし、するに越したことはないだろう。だから、愛梨沙はすることにした。
コン——
2度目のコンをしようとしてやめた。
忘れてた。この時間って、大体、アンジェリカは外に出てたな。うーわ、運悪いな…… さすがに父さんに聞くのもなぁ…… となると、母さんに聞くしかないか。
母さんも仕事してたら、申し訳ないな。
そんなことを思いながら、エレインの部屋を叩いた。
中から、はーい、と声がした。ドアを開けたら、エレインは本棚のあたりで何やらガサゴソとしていた。
「あら、シーナじゃない。どうしたの?」
エレインは愛梨沙をチラリと見て言った。
「今、大丈夫です?」
「ええ、大丈夫よ。」
エレインは持っていた本を棚に戻した。
愛梨沙が事情を話すと、なんだそんなこと、とエレインは言った。そして、愛梨沙と一緒に部屋に行った。
どうやら、愛梨沙の感覚とこの世界の感覚はそこまでズレてはいないようであった。まあ無難なのはこれだろうな、と愛梨沙が思った物をエレインは選んだ。白い、夏らしい服だ。
これなら、最初っから母さんに聞けば良かったわね。それにしても、外出するかどうか分からない娘のために、よくもここまで服を集めたわね、と感心してしまった。
愛梨沙は着替えて、玄関に行き、部屋履きを脱ぐ。靴に足を入れて、コンコンと玄関の床に打ち付けたら、踵に人差し指を突っ込み、靴を履く。靴べらを使うのは苦手だった。
よーし、初外出と行きますか!
「ハルト。」
「うむ。」
頭の上を何かが動くのを感じる。
「行くよ。」
ドアを開けた。
いつも窓越しに見ていた景色が広がっていた。でも、何かが違った。
うん、やっぱり部屋の中から見てるのとは全然違うわね。これからどうしようかな。とりあえずはさっきの子達が行った方に行こうかな。
愛梨沙は森へと入って行った。
子供の声を頼りに森を歩いた。高い子供の声は聞き取りやすい。
すぐに、子供のいる場所に着いた。
男の子が1人、女の子が2人、それに加えて生物Xが1匹いた。何かしら。トカゲ?でも、羽が生えてるわね。
「ドラゴンだな。」
ハルトの声がした。
「え、あれが?」
「まあ、見た目はな。おそらく精霊だろう。」
「ハルトは羽、生えてないけどね。」
「何が言いたい?」
「特に何も。」
ちょと、ハルトをイジってみたかった。なんて、言えないわよね。ふふっ。
子供の方に行くと、違和感に気づく。あれ?一人、小さくない?てっきり、遠近感の問題かと思ってたけど。
「ハルト、あの子も精霊?」
「ああ、そうだろうな。」
「なら、さっき言ってよ。」
「聞かれなかったから、答えなかった。」
「はいはい。」
愛梨沙は呆れたように言った。
そんな会話をしていたら、子供の方も愛梨沙に気が付いたようだった。
「おーい、そこのお前、どこの家だよ。知らない顔だけど、引っ越してきたのかぁー!」
男の方が大きな声を出した。
もう、そんな大声出さなくても聞こえてますよー。そう、心でほんのりと、そして柔らかく罵倒しつつ、子供の方へ駆けた。
……っと。
愛梨沙の脚が、地面の凹凸に引っかかった。それから転ぶまでには、殆ど時間を要さなかった。
「痛てっ。」
愛梨沙は擦りむいた膝小僧を撫でながら立ち上がった。
あ痛たたたぁー。ありゃりゃ、血ぃでちゃったわね。
「大丈夫ですか?」
女の子の方が駆け寄ってきた。愛梨沙より幼い子だ。
「え、ええ。」
「今、治しますね。……リサ。」
女の子は誰かの名前を呼んだ。
すると、さっきのドラゴンが飛んできた。このドラゴン、リサって名前なんだ。てことは、メスのドランゴなのね。
「ちょっと、待ってくださいね。」
女の子のはリサと呼ばれたドラゴンに目配せした。ドラゴンは愛梨沙の膝に、卵を温めるように止まった。
「治癒魔法、使いますね。」
傷口が少しむずむずとした。しかし、それもすぐにおさまった。
「はい、終わりましたよ。」
「え、もう!?」
「はい。」
ドラゴンが飛びった後の膝には、確かに傷跡は残っていない。
何これ!こんな魔法あるの!
「ねえ、ハルト、これ、私も使える?」
「悪いな。私はこの魔法は知らない。自分で調べてくれ。」
「ちぃ。」
愛梨沙はわざとらしく舌打ちした。
気がつけば、男の子の方も愛梨沙の近くに来ていた。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。」
スカートをパンパンと払った。
「今度、教えてあげましょうか?」
女の子の方が言った。
「良いの!」
「良いですよ。」
「うわぁ、ありがとう!」
女の子の手を握った。女の子はニコニコとしていた。




