4-2話 父さんが帰ってきました。
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前話の余りみたいな話なので、ちょっと短めです。
愛梨沙は本を読んでいた。毎度の『魔法士入門』だ。「入門」とあることだし、覚えるまで読んで損は無いだろう。ならば、暗唱できるくらいまで読んでやる。愛梨沙は思っていた。
その時、階段の方から足音がしてきた。一人……いや二人だ。エレインとアンジェリカかな?
特にこれといった意味は無いが、耳をそばだてた。部屋には足音と風の音、それにページを捲る音しかしていない。つまり、部屋の1/3を占める音なのだ。意識しなくとも聞いてしまう。
足音はこの部屋の前で止まった。
コンコンとドアをノックする音がした。
あれ、母さんっていつもノックしたっけ?確かしなかったよね。アンジェリカは?いや、アンジェリカもあんまりしなかった。メイドとしてはどうなのかと思うけど……でも、とにかくしなかった。
もう一度コンコンと音がした。
「はーい。」
誰が入って来るのだろうかと思い、とっさに本を閉じた。見知らぬ人間に魔法使いだと知られるのは良くない気がした。何か問題があるわけではないのだが。
ドア越しに男の声がした。
「シーナぁ、入るぞー。」
聞き覚えのある声だった。
あ、えーっと、そう!フィリップ!父さんね。でも、何で私の部屋に?
「はーい。」
愛梨沙は先と同じように言った。
ガチャリ。ドアが開いた。ドアの前にいたのはフィリップとエレインだった。
フィリップは少し驚いた様子であった。そして、エレインは少し恥ずかしそうに笑っていた。
「え、あ、本当にいるのか。」
フィリップは感心したように言った。
エレインは頰っぺたをぽりぽりと掻いた。
「あ、えーと……シーナ、突然ごめんね——」
エレインはへへっと笑った。
「——実はその部屋、フィリ——父さんの部屋なの。」
「え!」
あ、でも、言われてみれば納得かも。こんな書斎机みたいなのって子供部屋にもともとあったとは思えないし……それに、そうすれば、本棚の本のラインナップにも納得だし。
でも、父さんが『魔法士入門』?父さんも魔法士なの?それとも、あれは母さんのなのかな。もしくは、昔は父さんにも魔法士を目指した時期があるのかな。
そんなことを考えていると、エレインが口を開いた。
「シーナの部屋、どうしようかなって思ったときに、ちょうどフィリップの部屋が空いてたのよ。それでね。ついね。てへっ。」
母さん……てへっじゃないでしょ……「冷蔵庫に余ってたからカレーに入れてみた」的なノリで、私の部屋を決めないでよ!
エレインをじとーっと見つめた。渾身のジト目だ。これ以上ないくらい全力でジト目ってみた。
「まあまあ、そう怒らないの。」
エレインは困ったように言った。その顔は笑っていて、怒る愛梨沙を可愛いと思う気持ちが上回っているようだった。
「だが、俺の部屋はどうするんだ?」
フィリップが口を挟んだ。
え、そっち!?私が出るんじゃないの?
ま、まあ、それでも良いんだけど……
だが、既に二人は勝手に解決していた。愛梨沙がちょっと、考えているうちにさっさと解決してしまったのだ。
「ねぇ、フィリップの新しい部屋何処にしましょうか?」
「そうだな、部屋はまだ余ってるし、適当に考えるさ。」
え!本当に、そうなるの?じゃあ、ここは私の部屋ってことで良いんだよね?ね?
フィリップは愛梨沙の方を向いた。
「そういうことだ。この部屋は好きに使って良いからな。」
「え、あ、はい!」
愛梨沙は言った。正直、嬉しかった。ここが父さんの部屋になっちゃったら、本を読みに、一々《いちいち》ノックしないといけないもんね。
その後、フィリップとエレインは仲良く二人で階段を降りて行った。というか、そういう音が聞こえた。
嵐みたいだったわ。とにかく、結果オーライね。これで、また、いつも通りに本を読めるんだから。
『魔法士入門』を開いた。また読み始める。読書再開だ。やっと、落ち着いて読めるかしらね。
部屋に掛けてあった時計を見た。午後8時を回ったくらいだった。うーん、高校生ならまだ寝なくて良いだろうけど……私の場合はそろそろかな。
ベッドに入って、布団を掛けた。愛梨沙の体には大きすぎる気がしたが、気にはしなかった。
その夜、大きな音がして愛梨沙は目が覚めた。そのゴオォという音は窓の方からしていた。
ああ、そういえば、窓、閉め忘れてたな。それにしても、今晩は随分と風が強いわね。まさか、嵐なんか来ないわよね。夏だし、台風?そうだとすれば、この家、大丈夫?崩れるなんてことないわよね?
それに暗くて良く見えないわ。今晩は新月だったかしら。月齢カレンダーくらいありそうだし、明日、父さんに聞いてみようかな。
とにかく、ハルトでも呼んで明かりを点けてもらいましょう。ランプは火事になりそうで、ちょっと怖いし。なにせガスバーナーの着火が苦手だったのだ。当然、ランプの火にも対抗があった。
「ハルト、出てきて。」
ハルトはすぐに、愛梨沙の頭上に出現した。そして毎度の如く丸まった。
「何だ?こんな時間に私を呼び出して。」
ハルトは眠そうだった。
「ごめんね。明かりって点けられる?」
「ああ、そんなことか。問題無い。」
マナを抜かれる感覚がして、明かりが点いた。点で光るというより、愛梨沙の視野全体が均等に照らされている感じだ。ランプの光より、蛍光灯とか自然光とかに近い。
へえ、こんなに明るくなるんだ。あんまりマナを吸い取られた気もしないし、明かりの魔法は効率良いのかしらね。
窓の方へ向かった。
異変に気がついたのは窓を閉めようと、机によじ登った時だった。
「何あれ……」
月明かりを逆光に受け、黒いシルエットを堂々と浮かび上がらせ、バサァバサァと空をしっかりと掴み、ホバリングをする何かである。
「竜だな。」
ハルト特に驚く様子も無く、さらりと言った。
「ドラゴン?」
「ああ、ドラゴンだ。」
「珍しいの?」
「さあ?ただ、私が知っているくらいだから、そこまで珍しいものでは無いのだろう。」
へえ、ドラゴンなんているんだ。あんな物理的に効率悪そうな生物、よくいるわね。ドラゴンって変温動物なのかしら?それも今度、調べてみたいわね。
そんなどうでも良いことを考えているうちに、ドラゴンはすぐに飛び去ってしまった。愛梨沙に興味があったわけではないようだった。
月の灯りが部屋に戻った。とはいっても、魔法の灯りのせいで月の明かりなのかは殆ど区別できない。
ドラゴン……そういうのもいるのね、と妙に納得しながらベッドに戻った。まあ、魔法がある世界だ。ちょっとやそっとじゃ驚くまい、と思うのであった。
魔法の灯りを消した。部屋に静寂が戻った。月明かりだけが部屋に差し込み、床に窓枠を月影として浮かび上がらせていた。
翌朝、愛梨沙はフィリップ、エレインと食事を取った。家族だから当たり前といえば当たり前だ。ただ、何故かアンジェリカまで一緒に食事をすることになってしまっていた。
アンジェリカって使用人なのよね?うーん、この世界――もしくはこの家――の考えることはよく分からないわ。とりあえず、家では、主人が返ってきた時は使用人も一緒に御飯を食べるのね。
食事中、フィリップは出掛けてからのことを話していた。
旧友であって、ロレンソ子爵の領主でもあるロマーナ伯爵――モスタファ‐ロマーナに会っていたという話だ。正直言って、相当暇だった。エレインは面識があるようだったが、愛梨沙には全然面識がないのだ。そもそも、○○領という土地の捉え方自体、まだ慣れていない。
だが、一つ興味をそそられる話があった。
「――それで、帰りなんだが、ロマーナ伯爵の奴が、『飛行船で帰ってみないかい?まあ、近距離だが、中々面白いぞ。』って言うからな。乗ってみたんだよ。いやー、あれは凄いな。初めて空って物を飛んだよ。」
「父さん、飛行船に乗ったんですか?」
「ああ、こんなに大きくってな。」
フィリップは手を広げた。
「どんな感じでした?」
「凄かったぞ!あれなら、汽車を使わなくても、魔物の生育地帯を突っ切れる。何せ空を飛ぶんだからな……あ、まあ、空を飛ぶ魔物の対策は必要になるだろうが、それでも、汽車よりは楽だ。」
フィリップは自慢気に言った。




