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4-1話 父さんが帰ってきました。

本当は、昨日にでも更新したかったんですけどね。時間がかかってしまいました。

 今日は愛梨沙の父親――フィリップが帰って来る日だった。朝から天気が良かった。机によじ登った愛梨沙は、窓を開けた。風が勢いよく入ってきた。乾いた風は暖かく、今が夏であることを感じさせた。


 父さんっていつ頃帰ってくるんだろう。昼ごろかな?それとも、夜?交通機関がそんなに無いから、到着時間はれそうね。愛梨沙はエレインに聞いてみることにした。


 エレインの居場所は大体予想できた。台所で何かしているか、部屋でフィデリオの代わりに事務関係の仕事をしているかだ。つまり、台所かエレインの部屋に行けばエレインは高確率でいるのである。


 部屋から出ようとして、愛梨沙はドアを開けようとした。だが、愛梨沙の身長ではノブに手が届かなかった。ついつい、愛梨沙時代の記憶を引きずって、自分の身長が160センチメートル程度だと思ってしまうのだった。


 ユニバーサルデザインじゃないね。もう少し、考えてほしかったな。あ、でも、勝手に部屋の外に出たら、母さん怒るかな?大丈夫だよね?というか、怒っても怖くなさそうだし。


 愛梨沙はどうドアを開けてやろうかと考えた。

「ハルト、出てきて。」

愛梨沙はハルトを呼んだ。こういう時は魔法に頼ろう。きっと、何か良い魔法があるわ。そんな安易な考えであった。


 ハルトは愛梨沙の頭上に出現する。すぐにクルッと丸まった。

「お早う、愛梨沙。」

「うん、お早う。ねえ、このドア、開けらない?」

ハルトはドアノブを見上げた。

「このくらい、魔法が無くてもできるが?」

「じゃあ、お願い。」


 ハルトは愛梨沙の頭からドアノブに向かってジャンプした。ドアノブにしがみつく。そして、器用にドアノブを回した。


 ドアノブが回った瞬間に愛梨沙はドアを押した。ドア自体は軽かった。


 これから部屋を出るときは一々こうしないといけないわね。中々面倒だわ。


 愛梨沙は部屋を出て、エレインの部屋に向かった。エレインの部屋は1階だった。ゆえに重大な問題があった。


 階段だ。


 段数にして15段程度、高さなら2メートルと数10センチといったところだ。


 愛梨沙もバカじゃない。当然、そのくらいのことは分かっていた。というか、覚えていた。前にエレインの部屋に行ったとき、エレインに抱きかかえられて階段を下りたからだ。


 頭のハルトを下ろして、愛梨沙はハルトを胸の前に抱きかかえた。

「飛べる?」

愛梨沙は聞いた。抱きかかえたことに、特に意味は無い。ただ、そうすると飛べそうな気がした。

「無理だな。私はそのような魔法は知らない。」

「ふーん、魔法なのに?」

「愛梨沙が魔法をどう思っているのか知らないが、できないものはできない。」


 あら、わりと魔法って不便なのかな。わざわざ、魔法使いになったっていうのに……魔法士試験も10歳まで受けられないらしいし。


 折角、魔法使いになったんだから、空ぐらい飛びたいじゃない。こう、ハリ○・ポッタ○みたいにさ。


 ハルトは愛梨沙の胸に前足を置き、愛梨沙を見上げた。

「階段を下りたいのか?」

「うん。というか、この状況で他に何かある?」

「まあ、そう言うな。そのくらいなら、できないでもない。ただ、愛梨沙がまだ未熟だから、階段程度が限界だからな。他の物でやろうとするなよ。」

ハルトは念を押した。


 何故、そこまで念を押すのか。それは愛梨沙にはよく分からなかった。しかし、「はい」と言わなければ先に進まない。それは分かった。

「分かった。お願い。」

愛梨沙は言った。

「うむ。じゃあ、愛梨沙のマナを使うが良いな?」

「うん。」

愛梨沙は頷いた。


 すると、また、マナが抜かれる感触がした。あ、やっぱり魔法、使うんだな。愛梨沙は思った。


 数秒でマナを吸いだされる感覚は無くなった。吸われたマナは、ハルトの召喚に比べれば少なかった。

「愛梨沙、前に飛び出せるか?」

「分かった。大丈夫なのよね?落ちたりしないよね?」

「ああ、問題無い。今回は私の方でマナの制御をしておいた。ただ、愛梨沙がした方がより精度が高いだろう。練習するように。」

「はいはい、分かったよっ!」

愛梨沙は階段に飛び出した。


 その瞬間、違和感に気がついた。落下が遅い。重力加速度が小さいのだ。数字で書くと、1.5[m/s2]ぐらいだろう。月面のようなものである。


 愛梨沙はふわ~と落下し、床に着地した。

「凄い!これなら飛べるんじゃないの?」

愛梨沙は興奮気味に言った。

「無理だな。あくまで落ちる速さを遅くしているだけだ。上には行けない。」

「ちぃ、残念。まあ、早く母さんの所に行きましょう。」

「そんなに急いでどうするんだ?」

「どうもしないわよ。ただ、父さんがいつ頃帰って来るのか知りたいだけ。」


 愛梨沙はエレインの部屋に向かった。


 はて?愛梨沙はエレインの部屋の前で首を傾げた。見知らぬ人間の声がする。男の声だ。まさかと思い、愛梨沙はハルトとドアを開けた。


 そこには男と話すエレインがいた。エレインは愛梨沙が入ると、愛梨沙にニコリと笑いかけた。

「シーナ、来たの。」

「ダメでした?」

「大丈夫よ。」

エレインは優しく言った。


 ――エレインが”シーナ”と言ったとき、男は愛梨沙の方を向いた。

「この人は?」

愛梨沙は聞いた。

「フィリップ――あなたのお父さんよ。」

「あ、そうなんですか。」

愛梨沙は素っ気無(そっけな)く言った。別に驚くべきことではなかった。予想が当たった。それだけだ。


 こんなに早いなんてね。だって、まだ10時だよ。


 フィリップは愛梨沙に微笑みかけた。

「やあ、久しぶり。と言っても、俺のことは覚えてないみたいだけどね。」

フィリップは照りくさそうに頭を掻いた。


 この人が私の父さんなのか。貴族って言うから、小太りのおっさんを想像してたけど、普通にスマートね。

「シーナです。」

フィリップが知ってることは百も承知で、愛梨沙は自己紹介した。いや、自己紹介と言うには余りにも簡素かもしれない。


 フィリップはかがむと、愛梨沙の頭を撫でた。懐かしい感触だった。人に頭を撫でられたのは、いつぶりだろうか。久しくそんなことは無かった気がする。

「母さんから聞いたぞ。魔法使いになったんだろ?凄いじゃないか!」

興奮するフィリップの唾が、少々、愛梨沙にかかった。気持ち悪かったが、褒められたことは嬉しかった。


 そのかん、ハルトは大人しく愛梨沙の腕に収まっていた。


 愛梨沙を撫で終えたフィリップは、ハルトに目を止めた。

「シーナの精霊か?」

「はい。」

「トカゲ?凄いな。ドラゴンみたいだ。」

フィリップは言った。その言い方は、あながちお世辞というわけでもないようであった。


 ハルトはまんざらでもないのか、愛梨沙の腕の中で回った。

「ハルトだ。」

ぶっきらぼうに言った。照れてるのかな?愛梨沙は思った。

「そうか、ハルトと言うのか。愛梨沙をよろしくな。」

「うむ。」


 フィリップは愛梨沙とハルトを交互に見て頷いた。そして、エレインに向き直った。


 そろそろお邪魔かな。そう思って、愛梨沙は部屋を出た。




 ところが、いざ自室に戻ろうとすると、重大な問題があった。


 愛梨沙はバカじゃない。ただ、抜けてるところがあった。


 あ、帰りのこと考えてなかった。この階段、どう上ろう。いけるかな?うーん、ちょっと厳しいかな。……そうだ、ハルトに聞こう。何か良い魔法、知ってるんじゃない?


 愛梨沙は期待の眼差しをハルトに送った。それに気が付いたのか、ハルトは言った。

「この階段を上る魔法は無いぞ。」

愛梨沙が聞く前に先手を打ってきた。


 愛梨沙は少しムッとした。言おうとしていることを先に言われるのは好きじゃなかった。

「ふん。」

わざとっぽく言ってみた。そして、階段の段にピョンと飛び乗り、座った。


 その時、ふと、愛梨沙は思った。


 座れた……じゃあ、これを繰り返せば上れるんじゃないの?


 愛梨沙は次の段、次の段と1段ずつ上っていった。ああ、初めからこうすれば良かったんだ。1段上れれば、それを繰り返すだけだから、階段は上れるのよね。数学的帰納法を思い出すわ。まあ、人間の場合は体力ってものがあるから、さすがに1000段とか2000段は厳しいけどね。nの範囲が「全ての自然数」とはいかないだろうね。


 部屋に戻った。廊下より涼しい気がした。多分、外気が入ったからだろう。ほんのりと花の香りもした。セミの鳴き声はしなかった。


 愛梨沙は本棚を見回してみた。何せ、読書くらいしかすることが無いのだ。おかげで、ここ数日はずっと飛行船の本を読んでいた。魔法がある世界の機関エンジンという物は、愛梨沙にとって中々興味深いものであった。


 そろそろ魔法の勉強もちゃんと始めましょうか。結局、ハルトを召喚して終わってたからね。


 愛梨沙は例の本――『魔法士入門』を取り出した。飛行船の本ばかり読んでいたせいか、本が小さく感じた。

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