第8話 ニューオークス
遠く向こうに、空に向かってモクモクと煙を吐き出す巨大な建物がそびえ立っている。
その手前には、同じように煙を出す比較的小さな建物がたくさん並んでいる。
ルーツシティを出発してから6日後、草原を歩くジェットたちの目に、ニューオークスと呼ばれる工業都市が見えてきていた。
「あれがテレビでよく見るニューオークスかぁ!初めて見た!でっけぇなぁ!」
「いっぱい煙が出てるね!車もたくさん街に入っていく!」
「いろんな工場が集まってる都市だからな。人や物の出入りも活発なんだ。」
ジェット、フロラ、キッドの三人は次なる街を目の前にしてワクワクしていた。
街の入り口についた三人は改めて巨大な建物の大きさに圧倒された。
街の中は一部が住宅街になっているが大半は工場が占めており、外から見えた巨大な建物は街から少し離れた場所にそびえ立っている。
街の中は住民や働く人々で賑わっていた。
「近くで見ると改めてでかく感じるなぁ・・・。」
「こんなに大きい建物もあるんだね。」
ジェットとフロラが顔をほぼ真上に向けて、煙を吐き出す建物を眺めていた。
「街の人たちも活気が溢れてるな。」
キッドが街を見回しながら言う。
すると、後ろの方からゴトゴトと音を立てながら、ゆっくりとしたスピードで一台のトラックがやってきた。
ジェットが横を通り過ぎていくそのトラックを何気なく見ると、荷台にLMCと書かれていた。
「うっ・・!LMC・・・のトラック!?」
三人は思わずドキッとした。
「冷静に考えりゃ、工業都市にLMCが絡んでないわけないよなぁ・・・。一応オレたちLMCに追われてる身だし、この街ではあんまり顔をさらけ出さない方がいいかもしれねぇ。」
キッドはそう言うとパーカーのフードを被り、ジェットとフロラはあらかじめリュックの中に備えていた大きな布を上半身に纏って顔を隠した。
「これでとりあえずは大丈夫だな。それにしても、LMCのトラックがどこ行くのか気にならねぇか?」
LMCのトラックを目で追いながら、ジェットが二人に聞いた。
「そうだな。少し後を追ってみるか。」
「うん。また何か悪いことしてるのかも。」
ジェットの提案にキッドとフロラも賛成し、三人はゆっくりと走っていくトラックの後を小走りで目立たないように追いかけた。
少し走ると、たくさんのゴミやガラクタが集められている広場が見えてきた。広場の数カ所にゴミの山ができている。
LMCのトラックがゴミの山まで走って行き荷台のガラクタを捨てる様子を、三人は広場の入り口付近にある建物の陰から見ていた。
「どうやら、街の工場から出た廃棄物がここに集められるみたいだな。LMCのトラックも廃棄物を捨てに来ただけだったのか。」
LMC以外にもたくさんのトラックが次々とやって来て、数カ所に分かれたゴミの山に廃棄物を捨てていく。
ゴミの山では大勢の人がゴミを分別したりトラックを誘導したりしていた。
「工場以外に、この廃棄場で働いている人たちもいるのか・・・。」
ゴミやガラクタの中で汗をかきながらせっせと働く人たちに、たくましさを感じるジェット。
「どうやらLMCもそんなに関係無かったみたいだし、Dr.アクアの手がかりも無さそうだな。戻るか。」
キッドがそう言い、振り返ろうとした、その時だった。
「誰だお前ら?」
後ろから誰かに声をかけられた。
「え?」
ジェットたちが思わず振り返ると、一人の男が立っていた。
男はジェットよりも頭一つ分背が高く、全身を覆う作業着の上からでもわかるくらいがっしりした体型をしている。短い金髪が天に向かって逆立っており、とても活発そうな印象を与えてくる。
三人共顔を見えにくくしていかにも怪しい見た目だったので、ジェットは変な誤解を与えないようすぐに正直に答えた。
「えっと・・、LMCのトラックが気になって・・・、何があるのかなって思って見に来たんだ。」
ジェットとキッドは誤解されるだろうと思いビクビクしていたが、男は顔を隠していることに関しては全く気にする様子は無かった。
「ふーん、そうなんだ。この街の人間じゃねぇのか?旅の人?」
男がまた質問で返してきたので、ジェットたちもすぐさま答えた。
「そうなんだ。いろいろあって、三人で旅してて・・・。」
「ふーん。」
男は案外そっけない態度で返事をし、その場から立ち去ろうとした。
ジェットたちはホッとしたが、次の瞬間、男はフロラを見て急に立ち止まった。
「ん?お前・・・、まさか・・・。」
ジェットとキッドはフロラが突然声をかけられドキッとした。
男がフロラの顔を覗き込む。
まさか、この一瞬でフロラの正体がバレたのかと思い、慌てる二人。
男はフロラの顔をしばらく見た後、口を開いた。
「まさか・・・魔女か?」
一瞬その場の時間が止まった。
男が思っていたことと違うことを口にし、唖然とするジェットとキッド。
「マジョ・・・?」
魔女という言葉の意味自体わからなかったフロラ。
すると、男が突然怒り出した。
「魔女め、よくのこのこ出て来れたな!いつも好き放題暴れやがって!」
男は叫びながらフロラの顔を隠していた布を無理矢理はぎ取った。
「きゃ!!」
突然の出来事にフロラが悲鳴を上げる。
「おい!何すんだ!」
ジェットとキッドが慌てて男の体を抑え、止めに入る。
「帰れ!何回この街で暴れりゃ気が済むんだ!ここは魔女が来るところじゃねぇよ!」
屈強な体を持つ男はジェットとキッド二人がかりでも抑えきることができず、フロラを無理やり外へ引っ張っていこうとした。
「やめて!離して!」
フロラの叫びを聞き、男にしがみついていたジェットが叫んだ。
「落ち着け!こいつは魔女じゃねぇよ!」
「え!?」
ジェットがフロラは魔女ではないと主張した瞬間、男の険しい表情が一変、驚いて口を開けた間抜けな表情に変わった。
必死に抑えていた男の体から力が抜けた瞬間、ジェットとキッドは男が何か誤解していたということを悟り、とても気まずい雰囲気が漂った。
「とりあえず、事情を説明してもらおうか・・・。」
ジェットが少し呆れ気味に言った。
涼しげな風が吹く中、廃棄場の隅っこに生えている木の下にあるベンチに四人が座った。
「まあ・・・、オレの勘違いだったってことで・・・すまなかったな。ハハハ・・・。」
男が苦笑いして自分の頭をさすりながら、ぶすっとした表情のジェットとキッドに謝った。
「オレの名前はカイト。この廃棄場で働いてるんだ。」
カイトが自己紹介をすると、勘違いをとりあえず許すことにしたジェットも簡単に自己紹介をした。
「オレはジェット。こっちはフロラとキッドだ。ったく・・・いきなりフロラに掴みかかってきてびっくりしたぜ。」
「いやぁ、すまんすまん。顔を隠してたから魔女だと思っちまって・・・。フロラもすまなかったな。」
呆れた表情のジェットとフロラに向かって、カイトが両手を合わせて再び謝った。
「カイトがさっき言ってた魔女って、テレビとかでよく見るあの魔女のことか?」
カイトの横に座っていたキッドが尋ねた。
「ああ、テレビとかでよく見るあの魔女だ。存在くらいは知ってるだろ?」
魔女の話になるとカイトが真剣な表情に戻った。
「ジェット、マジョって何?」
魔女が分からず、フロラが隣にいるジェットに尋ねた。
「うーん、オレも深くは知らないんだけど・・。この世界には魔女っていう魔術を使う女性だけの種族がいるんだ。理由は不明だけど、最近いろんな場所で暴動を起こしていて、そのせいで世間からは嫌われてるみたいだな。オレは実際に会ったことねぇから何とも言えないけど。・・・まあ、今度ゆっくり教えてやるよ。」
ジェットの説明にフロラは全くついてこれず、難しそうな表情をしていた。
フロラを一旦置いておき、ジェットはカイトに尋ねた。
「それで、カイトは魔女のことを嫌ってるようだけど、それはやっぱり暴動を起こすからなのか?」
カイトが眉間にしわを寄せ、手を強く握りしめた。
「ああ、そうだ。最近この街でも魔女がよく暴動を起こすようになったから迷惑してんだよ。しかも、他の場所とは違ってこの街はかなり頻繁に起こってる。今じゃ一週間に一回くらいの頻度で起こってるよ。異常だ。」
カイトの話にキッドが驚いた。
「マジかよ・・・。魔女の暴動はよく話題になるけど、一つの街で何回も起こるっていうのは初めて聞いたな。そりゃ怒るのも無理ねぇな・・・。だから、魔女だと思ったフロラを追い出そうとしたのか。」
カイトに同情するキッドに続いてジェットが尋ねた。
「オレは実際に暴動を見たことはねぇんだけど、どんな様子なんだ?」
カイトは空を見上げ、暴動の様子を思い出しながら呆れたような表情で答えた。
「いつもどこからともなく魔女が表れてギャーギャー騒いで、そのたびに専門の治安部隊が取り押さえてんだよ。魔女は魔法をぶっ放して、治安部隊は武器で取り押さえて、オレたち住民は巻き添え喰らって・・・。軽い戦争状態さ。」
ジェットは思っていた以上に悲惨な内容で驚いた。
「そりゃひでぇな・・・。まあ、そんなことだったなら、今回の勘違いは大目に見てやるよ。」
そう言いながらジェットがニコッと笑ってカイトを見た。
「いや、オレこそ勝手な思い込みで悪いことしちまったな。そうだ!よかったら勘違いのお詫びに昼飯おごらせてくれよ。」
カイトもニコッと笑ってジェットたちに提案した。
突然の申し出にジェットたちは飛び跳ねた。
「え!?いいのか?やったぁ!」
カイトに連れてきてもらった小さな食堂で四人は席に着き、食事をしていた。
男三人は目の前の料理をもりもりと口にかき込んでいく。
「へぇ、カイトって解体を専門にしてるのか。」
お腹を空かしていた為、料理を勢いよくかき込みながらジェットが尋ねた。
「ああ、そうだぜ。廃棄場ではゴミの分別や、運搬、トラックの誘導とか、作業を分担してそれぞれ専門の人間が担当してるんだ。オレは解体担当チームのリーダーをやってる。そして、周りの奴らはオレのことを『解体屋』と呼ぶ!」
「へぇー。すげぇんだな。カッコいい。」
キッドが感心すると、カイトは得意気になって話を続けた。
「だろ!?ガラクタをただぶっ壊すだけじゃなくて、時にはデリケートな機械を丁寧に分解し、使えるものは捨てずにきちんとリサイクルする!これがオレの仕事のモットーだ・・・、と言いたいところなんだが・・・、ハァ・・・。」
それまで威勢の良かったカイトが、急にため息をついて落ち込んだ。
「ん?どうした?」
肉を頬張りながら尋ねるジェット。
カイトは食事の手を止め、持っていたフォークを机に置いた。
「実は最近、妙なガラクタが捨てられてくるようになってよ。」
「妙なガラクタ?」
キッドが皿に残った最後の一口を口に入れて尋ねた。
「ああ、何かよくわかんないでっけぇカプセルみたいなのとか、変な針が付いたチューブとか・・・。それが妙に複雑な構造で解体しづらくて、しかも大量に運ばれてくるから参ってるんだよなぁ。」
そう言うと、カイトが水の入ったコップを手に取り、グビグビと飲んでいく。
「何に使ったものなんだろうな?」
ジェットは料理を食べ終え水を飲み干して尋ねると、カイトも水を飲み干して答えた。
「うーん、全くわかんねぇ。ただ一つわかってることと言えば・・・」
空になったコップをトンとテーブルに置いた。
「それを運んでくるのはLMCのトラックなんだよなぁ・・・。」
カイトの一言でジェット、フロラ、キッドの顔色が変わった。




