第6話 日記
門の向こう側には笑う二人の人間がいる。
門のこちら側には血を流している人間がいる。
一瞬の出来事だった。
「フロラ、キッド、下がってろ。」
キッドが腕を刺されたことに動揺しつつも、ジェットは二人を後ろに下がらせて前に出ると、敵をにらみつけながら尋ねた。
「どうしてオレたちがここにいることがわかった?」
緊迫した雰囲気にも関わらず、ニヤニヤ笑っている目の前の二人の男のうち一人が答えた。
「昼間レストランで君たち二人を見つけたからー、本社から送られてきた二人の特徴と照らし合わせながら、ここまでついてきたんだよー。」
男はふざけているかのような口調で話した。
「あの時からつけられてたのか・・。」
ジェットの表情が歪む。
すると、もう一人の男が口を開いた。
「黒髪の女性型のアンドロイド、オレンジ頭の義手の少年、それと、関わったっぽい少年。始末しまーす。あ、アンドロイドだけは連れて帰りまーす。」
男の話を聞いたジェットたちは敵が二人とも同じ声をしていることに気付いた。
すると、二人とも同時に全く同じ動きで被っていたフードを脱いだ。
顔を見ると、目の形が違うだけで顔の形も髪形もほとんど同じだった。長身の細長い体型をした二人は紫色のおかっぱ頭で、一人はつり目、もう一人はたれ目だった。
「こいつら双子か・・?」
キッドの呟きに敵はすかさず反応した。
「そうでーす。オレたちはLMCのドクガク兄弟っていって、社内ではわりと有名でーす。オレが兄のドク、こっちは弟のガクでーす。よろしくでーす。さてと、おしゃべりもこの辺にしといて・・・。素直に出てきてくれる気が無いなら、こっちから行きまーす。」
そういうと、双子が同時にコートを脱ぎ棄て、軽やかな動きで素早く門を上った。
「フロラ、キッド、下がってろ!オレがやる!」
ジェットは手袋を外して袖をまくると、右腕を出して戦闘態勢に入った。
すると、兄のドクは門の上から高くジャンプして三人の上を飛び越し、屋敷へ向かって全力で走った。
「騒ぎを起こされないように、まず屋敷の中にいる人をおとなしくさせまーす。」
「なっ・・・!?」
ジェットたちはドクの行動に不意を突かれ驚いた。
「くそ・・・!」
キッドが血の出ている右腕を押えながら、ドクの後を追いかけて走った。
「まてキッド!無茶するな、オレが・・・!」
ジェットも追いかけようとしたが、目の前に弟のガクが飛び降りてきた。
「行かせないー。お前の相手はオレー。」
「うっ・・!」
行く手を塞がれ、ジェットは焦った。
頭を必死に働かせ、どうすればいいか考えた。
このままでは屋敷の使用人たちだけじゃなく、追いかけているキッドも危ない。こんな手段はとりたくないが・・・。
ジェットは決断をし、思いきり叫んだ。
「フロラ!キッドを追いかけるんだ!屋敷の人とキッドを守れるのはお前だけだ!」
「わかった!」
フロラは大きく返事をし、ドクとキッドの後を追いかけた。
ジェットの前に立ちはだかったガクはフロラには全く目もくれず、ニヤニヤ笑っている。
「いいのー?アンドロイドに行かせてー。守らないといけないんじゃないのー?」
「うっせぇ。それがお前らの狙いなんじゃねぇのか。」
ジェットは屋敷に向かったキッドとフロラのことを気にかけつつも、目の前の敵に集中することに力を注ぎ、頭の中で状況を判断した。
戦う術を持っていないキッドではドクの返り討ちに合ってしまう。フロラを戦わせたくはなかったが、あいつは一応戦う術を持っている。簡単にはやられないはずだ。今は目の前のこいつをなるべく早く倒すことに全力を注ぐ・・・!『ジェットハンマー』は火薬の充填と蒸気の排出に時間がかかってあまり連発できる技じゃないが、出し惜しみしてる場合じゃない。
「ぶっ飛ばす!」
ジェットは敵の懐に一気に踏み込んで、右腕を振りぬいた。
「ジェットォォハンマァァ!!」
爆音と同時に金属の右腕を腹に打ち込まれたガクが大きく吹き飛んだ。
「ごぉふっ・・・!!」
ガクの体は後ろへ一直線に飛んでいき、地面を転がって止まった。
敵が吹き飛んで地面に倒れ込む様子を見届けたジェットが急いで屋敷へ戻ろうとした、その時だった。
「っあー・・・、これがディゴスをぶっ飛ばしたっていう技ねー・・。思ってたより効くぜー・・・。」
「え・・?」
思わぬ声に驚いて振り返ると、ぶっ飛ばしたガクが何事も無かったかのようにむくりと起き上がる姿があった。
「な、なんでだ・・!?確実に当てたはずなのに・・。」
動揺するジェットに対し、ガクは不気味な笑みを浮かべていた。
「さーてー、何故でしょうかー・・。」
その頃、先に走っていったドクは屋敷の扉を思いきり蹴り開けて中へと突入していた。
屋敷内に入るや否や、長い腕でナイフを振り回しながら大声をあげる。
「ウォラァ!!家ん中いるやつ全員出てこい!!」
「きゃああああ!」
突然ナイフを持って家に突っ込んできた不審者を見て、使用人たちが一斉に悲鳴を上げた。
「全員両手を上にあげてぇ!おとなしくしろぉ!変な真似したらぶっ刺すからなぁ!」
騒ぎを聞いて何事かとやってきた使用人たちも、ドクに怯えてその場から動けなくなってしまった。
一階のエントランスで身動きできなくなった総勢十数名の使用人全員を、ドクがナイフで脅す。
「よーし。順番にこっちの部屋に入れ。」
ドクにナイフで脅された使用人たちが、順番に階段の下にある倉庫に押し込まれてゆく。
「やめろ!!」
叫び声と共にキッドが駆けつけた。袖には血が滲んでいる。
「坊ちゃま来てはダメです!お逃げください!」
キッドを見た使用人が慌てて叫んだ。
「うるせぇ!動くなっつってんだろ!」
「きゃあ!」
勝手な動きをした使用人にドクがナイフを突きつけた。
「やめろ!その人たちに手を出すな!」
キッドはドクに飛びかかったが、ドクは長い足でキッドを蹴り飛ばした。
「ぐうっ・・!」
「坊ちゃま!」
「しゃべんなっつってんだろがぁ!!」
ドクは使用人の髪を掴み、無理やり倉庫へと押し込んだ。
最後の一人を押し込むと倉庫のカギを閉めて使用人たちを閉じ込め、カギをシャツの胸ポケットに入れた。
使用人を閉じ込めることに手間取っていたドクは冷静さを取り戻し、蹴られたお腹を押さえて床にうずくまるキッドの方を向いた。
「ふう、待たせたな。お望み通り、次はお前の相手をしてあげまーす。」
ドクの後ろからは、倉庫の扉を内側からドンドンと叩いてキッドの名前を叫ぶ使用人の声がかすかに聞こえてくる。
「くっそぉ・・・。」
キッドは痛みで顔を歪ませながらも真っすぐにドクをにらみつけていた。
「おーこわ。坊ちゃんにそんな目でにらまれたら怖いでーす。さっさと始末しちゃいましょーう。」
ドクはそう言いながら手に持っていたナイフを腰に付けているホルダーにしまうと、代わりに長い鉄の棒のようなものを取り出した。
「弱い奴から順番に始末するのがオレたち兄弟のやり方でーす。だけど、使用人たちは人数多すぎるので後回しーっと。よって、坊ちゃんからぁいきまーす!」
叫びながら思いきり棒を振り下ろした。
「くそ・・・!」
キッドがその場にうずくまり左腕で頭を守ろうとした瞬間、後ろから弾丸のようなものが飛んできた。
「ぐおぉっ・・!!」
弾丸のような『右手』がドクの腹に直撃し、吹き飛ばした。
「キッド!大丈夫!?」
ドクに命中させた右手をワイヤーを巻き取って回収しながら、フロラが駆けつけた。
「な、何が起こったんだ・・?」
一瞬の出来事に状況を理解できなかったキッドは、フロラ手を差し伸べてくれているのを見て助けてくれたのだとわかった。
「フロラが助けてくれたのか・・・、ありがとう。それより、奥の倉庫の中にみんなが閉じ込められて・・・。」
フロラの手を掴んでゆっくりと立ち上がった瞬間、二人の耳にドクの声が聞こえた。
「げほっ・・、あー油断した。いきなり来るとは思ってなかったでーす。」
「「えっ!?」」
ドクは何事も無かったかのようにむくりと起き上がり、それを見た二人は驚いた。
「効いてない・・?」
ドクは不気味な笑みを浮かべている。
「効いてませーん。何故なら―・・。」
そういうと、おもむろにシャツを開いて腹部を見せた。
すると、そこには衝撃を防ぐための防弾チョッキが装着されていた。
同じ頃、庭にいるジェットはフロラとキッドとほぼ同じ光景を目の当たりにしていた。
目の前のガクもドクと同じく防弾チョッキを装着していた。
「防弾チョッキ・・・!?それで、オレの攻撃が・・。」
「そうだよー。これがあれば君やアンドロイドの攻撃は通用しないからねー。君たちに関する情報を本社からもらっておきながらぁー、全く対策も取らずに来るわけないでしょー?」
ジェットが苦しい表情になった。
「くそ・・オレたちある程度分析されてんのかよ・・。」
「そういうことー。じゃあ、今度はこっちから行くよー。」
そう言うと、ドクと同じように腰に付けた鉄の棒を取り出し、ジェットに向かって振り下ろした。
「くっ・・!」
ジェットは右手で棒を受け止めた。「ガキン」という金属のぶつかり合う音が響く。
しかし、受け止めたジェットはあることに気付いた。その武器には見覚えがあった。ディゴスが持っていた物、自分が激痛を喰らわされた物そのものだった。
「あっ・・。」
しまったと思ったその瞬間。ガクが武器のスイッチを入れた。
「あああああっ!!!!」
棒から金属の右腕を伝って、ジェットの体に電流が流れた。
「う・・あ・・。」
その場に膝をつくジェット。
「金属の右腕だったらー、電気は通しちゃうでしょー。」
バチバチと電気を放つ棒を持ったガクがジェットを見下ろしながら笑う。
「げほっ・・くそっ・・。」
ジェットは激痛に苦しんだ。
それと同時に仲間のことが心配になった。
あいつらは大丈夫か?きっともう一人の敵も同じような装備をしているんじゃないか・・・?そしたらフロラの攻撃も通用しないはずだ。何とかしないと・・・。
「じゃあ、さっさと楽にしてあげるねー。」
禍々しい電流を帯びた棒を再び振りかぶった。
「うおおぉ!」
ジェットはとっさに右腕を相手に近づけ、ジェットハンマーを打った後まだ放出していなかった蒸気を相手の顔に向けて噴射した。
「うっ・・!?ごほっ・・げほっ・・。」
突然の行動に不意を突かれたガクはのけ反り、蒸気に包まれて一瞬だけ視界を奪われた。
「くそぉ!ふざけやがって!」
蒸気を振り払うと、遠くに屋敷の方へと走り去っていくジェットの姿が見えた。
「まてこらぁ!ぶっ殺す!」
興奮状態のガクは急いでジェットを追いかけた。
ガクを出し抜いたジェットは痛みをこらえながら屋敷に飛び込んだ。
しかし、一階エントランスには誰の姿も無かった。
「くそっ・・あいつらどこだ・・?片っ端から探すしかねぇか・・!」
焦りを募らせつつ、ジェットはとりあえず食堂から探すことにした。
しばらくして、ジェットの後を追ってきたガクが屋敷内に飛び込んだ。
「どこ行ったくそガキィ!!出てこい!」
誰もいないエントランスで怒号を上げるガク。
その声に気付き二階からドクがやってきた。
「ガク!?こんなところで何やってんだ!?」
「兄さん!?」
ドクとガクが鉢合わせした。
「ガク、オレンジのガキを始末してここへ来たのか?」
「すまない、不意を突かれて逃げられた。でも、この屋敷の中にいるはずだよ。」
申し訳なさそうにガクが説明した。
すると、それを聞いたドクも申し訳なさそうな表情になった。
「そうか、オレもアンドロイドとガキに逃げられちまった。まさかアンドロイドがいきなりガキを引っ張ってあんなに素早く逃げるとは・・・。ディゴスの報告では、アンドロイドはほとんど怯えて立ちすくんでいたらしいが、どうも今回はそんな様子は無い・・・。一人の戦力として考えた方がよさそうだ。」
思うようにターゲットを始末できずにいらだちを募らせていた双子は、一旦武器をしまって落ち着いた。
「こうなったら屋敷の片っ端から奴らを探して、二人がかりで始末していくぞ。逃がしたとはいえ、奴らは怪我を負った袋のネズミだ。」
「オッケィ!兄さん!」
冷静さを取り戻した双子は階段を上がり、二階へ向かった。
二階の廊下には逃げるフロラとキッドの姿があった。
「ハァ・・ハァ・・くそ・・血を流し過ぎたな・・。」
「キッド、大丈夫・・?」
少し顔色が悪くなったキッドをフロラが心配そうな表情で見つめる。
その表情を見たキッドは無理やりニコッと笑った。
「まあ、心配しなくても大丈夫だ。これくらいでくたばらねぇよ。助けてくれてありがとうな。」
フロラの表情に少しだけ安堵が戻るのを見て、キッドは続けて話した。
「それにしても、フロラはのんびりしてるイメージがあったんだが、オレを引っ張ってあんなに素早く動くことができたんだな。驚いたぜ。」
キッドがそう言うと、フロラは少し悲しそうな表情で話した。
「キッドが棒で殴られそうになった時、ジェットが殴られた時のことを思い出しちゃったの・・。あんなのもう二度と見たくないと思ったら体が勝手に動いて・・・、気付いたらキッドを引っ張って二階へ逃げてた。」
フロラが自分を助けてくれた裏には悲惨な経験があったということをキッドは感じた。
「そうだったのか。相当嫌な光景を見たんだな・・。しかし、お前の攻撃があいつに通用しないとなると、何か別の方法を考えないと・・。何かあいつに通用する武器になるようなものは無いか・・。」
「どうしよう・・・ジェットは・・・大丈夫かな・・・。」
キッドとフロラの表情にまた不安が募った。
すると、後ろの方から敵の叫び声が響いてきた。
「ガキどもぉ!!どこだ!出てこい!!」
ビクッとなる二人。
「やばい、こっちに近づいてきてる・・。いったん隠れよう!」
キッドはそう言うと、フロラと共に一番近くの部屋に飛び込んだ。
飛び込んだ部屋は父親の書斎だった。
部屋は壁一面本棚になっており、一番奥には父親の使っていた机が置かれている。
部屋のカギを閉め、二人は一番奥の机の裏に身を隠した。
遠くからは敵の声が聞こえてくる。
「おーい、出て来いよー。オレだよー、ジェットだよー。ぎゃははは!!!」
あきらかに敵の声だった。ふざけた口調でジェットを名乗っている。
その声を聞いたキッドは敵の声が二重になっていることに気付いた。
「二人に増えてる!?ジェットはどうなったんだ!?まさか・・。」
「そんなぁ・・!」
フロラが泣きそうになったので、キッドは慌てて励ました。
「だ、大丈夫だ!あいつならきっとうまく敵を出し抜いて隙をうかがってるだけだ!心配すんな!」
「うええ・・・ん。ジェットぉ・・。」
キッドの励ましも虚しく、フロラが泣き出してしまった。
「くそ・・、何か無いか・・!使えるものは・・。」
キッドが父親の机の引き出しから何か使えるものが無いか探し始めた。
すると、一番下の引き出しの奥底に一つの妙な箱が入っているのを見つけた。
「何だ・・これは・・?」
箱を開けると『手袋の様なもの』と、『手の平サイズの金属でできた2つの玉』が入っていた。そして、その上には小さな『手帳』が入っていた。
「ガキィ!出て来い!楽にしてやるからよぉ!!」
双子の声がだんだん近づいてくる。
キッドは慌てて手帳を開いた。
「これは・・・。」
手帳には懐かしい見覚えのある字が記載されていた。
生前の父親が書いた日記だった。
「これは・・親父の・・日記・・!?」
「ウオラァ!どこだぁ!!」
叫び声は部屋のすぐ近くまで迫っている。
キッドは急いで日記の最後のページを読んだ。
『6月8日 最愛の息子キッドの8歳の誕生日プレゼントとして、以前から我が社の工場でこっそり開発していたおもちゃ『ジャイロスフィア』が完成した。しかし、ためしに遊んでみると、おもちゃとは呼べない程危険なものになってしまった。これではキッドにプレゼントすることができない。一応、試作品としてキッドに見つからないように残しておくが、改善が必要だ。早くキッドの喜ぶ顔が見たい。』
キッドはしばらく呆然としていた。
「これが・・・。親父からオレへの・・・誕生日プレゼント・・!?」




