第4話 キッド
ジェットとフロラがリーフタウンを出発してから二日後、遠く離れた地、LMC本社最上階の一番奥の部屋で静かにコーヒーを飲む男がいた。
男はオールバックの髪形に鋭い目をしており、頬にはしわがある。
「ギルグランド様、失礼します。」
スーツを着た一人の男が扉を開け、お辞儀をして部屋へと入る。
「ご報告致します。Dr.アクアの研究所からの輸送途中に連絡の途絶えたディゴスグループの件ですが、先程輸送機が本社に到着致しました。ただ、到着予定日から二日も遅れたことに関して本人は依然黙秘を続けており、社長に直接会って話をさせてほしいとの申し出がありましたが、通してもよろしいでしょうか?」
スーツを着た男がビシッと背筋を伸ばし、ハキハキとした口調で目の前のギルグランドという男に報告した。
「構わん。通せ。」
ギルグランドはカップから手を放してそう言った。
しばらくすると、「失礼します。」という声が聞こえ、ボロボロのスーツを着た金髪の男と大きな体の男二人が重い足取りでゆっくりと部屋に入ってきた。金髪の男は鼻に大きな絆創膏を貼っており、絆創膏の上からでもわかるほど鼻の形が歪んでいた。三人とも異常に表情が暗い。
ギルグランドは氷のように冷たく硬い表情で三人を見た。
金髪の男、ディゴスが口を開いた。
「ギ、ギ、ギルグランド社長・・。よ、予定より二日も遅れてしまい誠に申し訳御座いませんでした!!」
横に立っている大男と共に、三人が全力で頭を下げた。
「理由は何だ?」
三人が頭を下げ切るよりも早く、ギルグランドが冷たい声で尋ねた。
ディゴスの顔がさらに暗くなる。
「り・・、理由は・・・・。ね・・・、燃料の不足が原因で御座います!輸送機の!」
ギルグランドは顔色一つ変えない。
ディゴスは手で大げさなジェスチャーをしながらさらに続けた。
「輸送機の燃料が少なくなってきた為いったんコンテナを降ろし、燃料を補充しておりました!ただ、予定日より遅くなってしまいましたので、先に社長に報告をと思い帰社した次第で御座います!これから、再び回収に向かいますので、今しばらくお待ち頂きたく・・・」
「本当は?」
ギルグランドの冷たくも耳に響く声がディゴスの声を遮り、部屋の中が一気に静まり返った。
三人の手が震える。
静寂を破るように冷たい声が再び響く。
「私の時間を奪うな。本当のことを話せ。」
ギルグランドの声に震えながら、ディゴスはゆっくりと口を開いた。
「ゆ・・、輸送中のコンテナを、お、お、お・・・、落としてしまいました。」
ギルグランドは全く表情を変えなかった。
「すぐに落下地点のリーフタウンを捜索しましたが町のガキが拾っていたようで、取り返そうとしましたがガキの何やら変な武器でやられました。アンドロイドの方も思わぬ武器を仕込んでおり、この通りです・・・。」
「アンドロイドは今どこにある。」
「わかりません。町中をくまなく探しましたが見当たらず、ガキの家の場所を住民に尋ねて押しかけましたがいませんでした・・・。おそらくアンドロイドと共にどこかへ向かったものと思われます。」
「そうか・・・。」
ギルグランドが小さな声で呟いた。
ディゴスがすかさず口を開く。
「ギルグランド社長!すぐに私が捜索に向かいます!必ず見つけ出し、ガキごとここへ・・・」
「もういい。」
ギルグランドがディゴスの話を遮った。
「し、社長・・・!?」
ディゴスが目を見開き叫ぶが、ギルグランドはもうディゴス達からは目を話し、部屋の隅で待機していた部下に向かって話した。
「すぐにリーフタウン近隣の町を捜索する手配をしろ。一緒にいるというガキは始末してアンドロイドを連れて帰れ。ガキ以外にもアンドロイドに深く関わった可能性があるものは足がつかないよう始末しろ。あと、各メディアにアンドロイド一般公開の延期を知らせる連絡を送っておけ。」
「かしこまりました!」
部下の男は大きな声で返事をし、ディゴス達の元へ寄った。
「し、社長!もう一度!もう一度だけチャンスを・・・!」
まるで死に直面しているかのように泣き叫ぶディゴス達を無理やり連れて、部下は部屋から出て行った。
静かになった部屋でギルグランドはゆっくりと立ち上がって窓の外を眺め、呟いた。
「『アンドロイドに思わぬ武器』か・・・。アクアリオの奴、こうなることを読んでいたというのか・・・?」
同じ頃、遠く離れた地、リーフタウンより一回り大きく賑やかな街「ルーツシティ」の入り口で、大声で叫ぶ少年と少女がいた。
「着いたーーーーーー!!!」
少年はきれいなオレンジ色のつんつんした髪にパッチリとした目をしており、シャツと少し汚れたズボンを着用していた。額にはゴーグルをつけており、右手だけ手袋をつけている。
少女は背中まである黒髪を緑色のリボンでツインテールにし、シャツとスパッツと腰には緑色の布を着用していた。
「うわぁーー、すごくいっぱい人がいるよ!ジェット!」
「やっぱリーフタウンみたいな田舎とは違うなぁフロラ!死ぬほど歩いた甲斐があったぜ!」
はしゃぐジェットとフロラはその勢いのまま町中へと入っていく。
街の中心は露店などが並び、行商人や観光客などで賑わっていた。
「とりあえず、飯食ってから情報収集だ!」
「うん!」
ジェットは目の前にあるレストランへ勢いよく入っていった。旅を始めてから二日間、パンなどの食料は口にしたが、まともな料理などは口にしていなかった。
小さなレストランへと入ったジェットとフロラは椅子に座り、メニューを眺めた。
店内は少し混んでいて、いろんな客がいて賑やかだった。
ジェットは一瞬メニューのハンバーグに目をやったが、値段を考慮してカレーを注文した。旅の資金は家から持ってきた自分のわずかな貯金しかない。
「金の無駄遣いはできねえな・・・。」
独り言を言いながら、出されたカレーをなるべく味わって食べる。
目の前では相変わらずフロラが楽しそうにメニューを眺めている。
すると、カウンターの隅の方にあるテレビから、LMCという言葉が聞こえてきた。
ジェットとフロラは思わず反応する。
「LMCが開発したアンドロイドに関して、一般公開を延期するという情報が先程入ってきました。LMCは開発後に一部不具合が見つかったと述べており、今のところ延期後の公開日は未定とのことです・・・・。」
ジェットたち以外の客も食事をしている手を止め、テレビを見ていた。
ジェットは周りの人に聞こえないよう小声で呟いた。
「ざまぁみろLMCめ・・・。けど、このニュースが放送されるってことは、ディゴスが本社に帰ったのか?だとすると、オレがフロラを連れてリーフタウンを出たことをLMCが知るのは時間の問題だな。いや、もうすでに知っているかもしれないな・・・。」
フロラは不安そうな顔でテレビを見ていた。
しばらくすると、近くの席で同じくテレビを見ていた夫婦の話し声が聞こえてきた。
「LMCってすごいわよねぇ、いつも新しいものばっかり作って。ほら、名前忘れちゃったけど、この前は何か次世代の新しいエネルギーを発明したとかニュースでやってたし、びっくりする間もなく今回はアンドロイドだって。社長のギルグランドさんってテレビで見た感じではすごくダンディでカッコイイけど、普段は一体どんな人なのかしら?」
夫婦の妻の方がテーブルに肘をついて自分の頬に手を当てながらそう言った。
続いて夫の方が話し出した。
「社長といえばさ、この街の一番大きな屋敷に住んでた主人も社長だったよね。あの人はいつも通りすがりに挨拶してくれるいい人だったよ。数年前に事故で亡くなっちゃったみたいだけど、生前は精密機械を作る会社の社長をやってたんだって。」
聞いている妻はあまり興味が無さそうだった。
「ふーん。あの屋敷って確か今は息子さんと使用人だけが住んでるのよねぇ?主人と一緒に奥さんも亡くなってしまったって噂で聞いたわ。確か火事が原因だったかしら?」
「確かそうだったな。せっかく豊かな暮らしをしていたのに、かわいそうだなぁ・・・。」
夫婦は会話を終えて店を出て行った。
横で聞いていたジェットがすかさずフロラに話す。
「聞いたかフロラ?この街で一番でかい屋敷だってよ。精密機械会社の社長ならもしかしたらDr.アクアと何かつながりがあったかもしれねえ。手がかりを探しに行ってみるか。」
「うん。」
ジェットとフロラは会計をして店を出ると、その屋敷へと向かった。
街の一番奥、少し人気の少なくったところまで行くと、レンガ造りの巨大な屋敷が立っていた。家の周りには巨大な庭、正面には巨大な門がそびえ立っている。
「でっけぇー・・・。」
想像を上回る大きさに驚くジェット。
時刻は夕方になり、空はうっすら赤くなっていた。
「勢いで来たものの、どうやってDr.アクアのことを聞こうか・・・?いきなり押しかけて主人の仕事の関係者や知り合いを教えてくれるものなのか・・・?しかも、数年前に亡くなった人のことをその家族に聞くのはちょっと気が引けるな・・・。」
冷静に考えるとDr.アクアの情報を聞き出すことがかなり困難であることにジェットは気付いた。
「うーん・・。何かいい方法ねえか・・?」
門の前で腕を組みながら考える。
「オレん家になんか用?」
一人の少年がジェットに声をかけた。
見るとジェットと同じくらいの年の少年が立っている。黒いボサボサの髪、ボーっとしたような表情だった。首には寒くもないのになぜかネックウォーマーをつけている。
ジェットはいきなり声をかけられ驚いてしまった。
少年が再び尋ねる。
「ここオレん家なんだけど、あんたら誰?何か用?」
「あ、いや・・その・・・!」
ジェットは慌てた。別に悪いことをしに来たわけではないのに、勘違いされそうな気がして戸惑ってしまった。
「Dr.アクアを探してるの!知ってる?」
突然フロラが答えたので、ジェットは驚きつつもほっとした。
「え?ドクターアクア・・?誰それ?知らないな・・。それを聞くために家に来たのか?」
少年は知らないようだった。
ジェットが少年の質問に答える。
「え、えーっと・・、ここの主人が以前精密機械会社の社長だったって聞いて、Dr.アクアのこと何か知ってたのかなって思って。」
「ふーん・・・。確かに父さんは社長だったよ。6年前に死んじまったけどな。父さんの知り合いとか仕事の関係者なら、父さんの書斎を調べればたぶんわかると思うけど・・・。Dr.アクアって一体何者なんだ?なんで探してんの?」
「そ・・・それはだな・・・。」
ジェットは困った。一番返事に困る質問だった。
フロラがアンドロイドであるという情報はあまり表に出したくない。LMCの追手がいつ迫ってくるかわからない。かといってそれを言わないとDr.アクアを探す理由を伝えることはできない。何より、アンドロイドの情報を知ってしまった人を巻き込んでしまう恐れもある。何とかごまかせないか・・・。ジェットは必死に考えた。
少年の表情がだんだん怪しいものを見るようなものになっていく。
ジェットはとっさに口を開いた。
「こっ・・この子の親を探してるんだ!この子フロラっていうんだけど、記憶喪失で親の居場所とか忘れちゃったんだ!だから・・・。」
少年が驚く。
「マジで!?そうなのか、それは大変だな・・・。」
少年は少し考えた後、口を開いた。
「お前、名前は?」
「オレはジェット!ジェット・スカイファインだ!こっちはフロラだ!」
「そうか。オレはキッド。キッド・ライディーンだ。とりあえず家ん中入れよ。父さんの知り合いとか乗ってそうな書類探してやるから。」
そういって門を開け、ジェットたちを中へと入れた。
思わぬ優しさに驚き、巻き込まない為とはいえ嘘をついたジェットは罪悪感で心が痛くなった。
前を歩くキッドに続いて庭を歩いていく途中、フロラがジェットに声をかけた。
「ジェット、キオクソウシツって何?」
「しーっ!!」
フロラの口を慌てて塞いだ。
門の外でジェットたちが家の中へ入っていく様子を監視する一人の影があった。
「・・・ターゲットのアンドロイドと少年と思われる人物を発見しました。ディゴスの報告内容に記載されていた特徴と完全に一致しています。しかし、会話の中に記憶喪失という発言があり、アンドロイドでは無い可能性がわずかにあります。引き続き、監視を続けます・・・。」




