第23話 ある一つの謎
ニューオークスのLMC工場もとい魔力吸収プラントが崩壊してから一週間が経過した。
そのニューオークスの南にひっそりと広がる田舎町、シーダータウンの小さな病院の一室にジェット、キッド、カイト、ダイナの姿があった。
ダイナ、カイトは胴体に包帯を巻かれており、ジェットとキッドは所々に絆創膏やシップを張り付けられている。
四人共静かに虚ろな表情をしており、とりわけジェットはベッドの上でうなだれている。
「フロラ……」
ジェットの呟きは静かな部屋に重く響き渡った。
ジェットたちは地獄から生き延び、この街まで逃げていた。ただ一人、敵に囚われたフロラを除いて__。
フロラを敵に奪われ、その犠牲によって生き延びた四人は、この一週間常に罪悪感と虚無感に苛まれていた。
お互いほとんど口を聞くことも無く、傷ついた体をただただ休めていた。
窓の外にはニューオークスとは違う田舎の風景が広がり、小さな家が数件と畑、遠くには山が見える。
窓と反対側には廊下があり、時折他の患者やナースが静かに歩いていく姿があった。
「おっ!見ろよ!あの人めちゃくちゃ美人だぜ!誰か声かけてみねぇ!?なんならオレが行って来てやろうか?ハハハ……」
ベッドの上にあぐらをかいて座るカイトが、廊下を歩くナースを指差しながら無理やり明るい声を出してジェットたちの方を見たが、誰も振り向かず全く反応しなかった。
「ハァ……」
余計に重くなった空気を感じてカイトはため息をついた。
カイトはメビウスの言う通りに脱出したことが正しかったのか疑問を感じていた。
本当は脱出せずフロラを助けるために敵に食らいついていくべきだったのではと、後悔していた。
ダイナは義足を外して仰向けにベッドに寝そべり、天井を見つめながら心の中で悔やんでいた。
『あの時オレがフロラを先に行かせず、一緒に敵と戦っていればこんなことにはならなかったはずだ……。くそ……、あいつの重要性をもっと知っていれば……』
ダイナはフロラを囚われた責任を感じながら顔を歪めて寝返りを打った。
その横ではキッドがうつぶせになり枕に顔をうずめていた。
『オレがヘマしてみんなと離れ離れになったからこんなことに……。しかもいつまでも気絶して全然戦力になれなかったなんて……情けねぇ……』
フロラを囚われた状況も知らず、助けようとすることさえできなかった自分の力の無さを悔やんでいた。
ジェットはベッドの端に座り、フロラに預けた発信機の電波を受信する受信機を眺めていた。
ウェイブとの戦闘で画面にヒビが入ってしまったそれは真っ暗な画面のままだった。
何も表示されない画面を見つめるジェットの頭には、フロラと出会ってからの記憶が駆け巡っていた。
『オレの家族だったのに……。もう兄貴は何年も家に帰って来ないから、フロラが一緒にいてくれてオレはすげぇ嬉しかったし、楽しかった。もう家族みたいに感じていたのに……、その家族をオレは……守ってやれなかった……!今あいつはどこにいるんだ……?もうはるか遠くのLMCの建物でバラバラにされてしまっているんだろうか……?もう会えないのか……?』
握りしめた受信機の画面にジェットの涙がこぼれ落ちた。
ジェットが肩を震わせながら嗚咽する声が室内に響き渡った。
時は遡り、魔力吸収プラントが崩壊してから三日後の夜、ニューオークスから東へ離れた街、サイプレスタウンにあるLMC第六研究所の一室に、生き残った十二武将のメンバーとゼルガ、キヨラが集まっていた。
部屋の真ん中にある丸いテーブルに沿って十二武将が並んで座り、テーブルの前にはゼルガが立っている。キヨラは部屋の隅っこに静かに立っていた。
ゼルガの顔は険しく、まるで敵を見るかのように十二武将を見ていた。
真っ先に口を開いたのはリーゼだった。
「ちょっと、ゼルガ!私たちを全員ここに集めて、一体話って何なの!?」
集められた十二武将のメンバーは事情も聞かされずに召集されたことに不満を感じていた。
ゼルガ険しい顔のままゆっくりと口を開いた。
「お前らに重要な話がある。まず、今回の任務でここに帰って来れなかった奴を整理する。ウェイブ、ヴァリィ、ラチェットの三人だ。ルシードはメビウスの毒を受け現在治療中だが、ボスの好意で戻ってくることになっている。よって、今この場にいる十二武将は八人で間違いないな」
一刻も早く事情を知りたい十二武将メンバーはなるべく冷静に話を聞いていたが、ウェイブたちが帰って来ない理由はどうしても気になった。
「信じられないがウェイブたちはやっぱり……、ガキどもにやられたのか?」
「ああそうだ。崩壊した工場の敷地から、がれきに押しつぶされて死亡した三人の遺体を見つけたが、傷跡から察するにおそらくウェイブはオレンジのガキに、ヴァリィは黒髪のガキに、ラチェットはカイト……金髪の奴にやられたようだ」
リボルの問いに答えるゼルガの説明にメンバーたちが驚きの声を上げ、いつもの陽気さを失ったマルシェルが思わず尋ねた。
「う、嘘だろ!?あいつらそんなに強かったのか!?ていうか戦うこと自体できたのかよ!?」
「まあ、オレたちに歯向かう時点で、何かしら戦闘準備はしていたみたいだな。あいつらが強かったというよりは、こっちが見くびり過ぎたというのが正しいようだが、何にせよ敗北したことは事実だ。」
ゼルガの説明でメンバーたちはようやくウェイブたちが敗北したという事実を受け入れ、その場に沈黙が漂った。
しばらくした後、ゼルガが本題に踏み込んだ。
「今回お前らに集まってもらったのは、気になることが一つあったからだ」
全員が一斉に顔を上げ、ゼルガに集中した。
「実は、地下へと続く扉のパスワードが何者かによって作戦中に解除されていた形跡があった」
一瞬、部屋の時が止まった。
十二武将のメンバーたちはなんとなく嫌な予感を感じ始めていた。
思わずリボルが尋ねた。
「どういうことだ?あの通路は目立たないように狭く作られていて、めったに使わないはずじゃないのか?」
ゼルガの表情がより一層険しさを増した。
「そこなんだよ。魔女の運搬にはエレベーターを使うから地下への扉のパスワードは解除する必要は無いはずだが、なぜか今回の作戦中に解除された形跡があった。そして、結果としてガキどもがそこからやすやすと侵入した……」
メンバーたちの表情もだんだん険しいものになってきた。
誰も身動き一つせず物音も立てなくなり、部屋の静けさを感じ取れるまでになっていた。
ゼルガはさらに続けた。
「気になることはまだある。ガキの始末担当のヴァリィとラチェットがやられたわけだが、同じポジションにいたアローナ、セイラ、お前らは何をしていた?お前ら四人がかりにも関わらず、なぜガキどもが工場内に入り込めた?」
にらまれたアローナとセイラは表情を曇らせて下を向いた。
しばらくするとアローナが言い難そうに口を開いた。
「あ、あのぅ……、実は、気付いたら誰かに襲われて気絶しちゃってて……」
驚くキャノルを筆頭に、全員が一斉にアローナの方を見た。
「気絶……?どういうこと?」
リーゼが唖然とした表情で尋ねると、アローナは首を横に振った。
「わかんない……。指示通り工場の入口で待機してたら誰かに後ろから襲われて……。リーゼに起こされて目を覚ました時にはもう撤退命令が出ていたの……」
「私も同じだ……」
セイラもアローナと同じように首を横に振った。
リボルは動揺した表情で二人に尋ねた。
「どういうことだ……?それはガキどもにやられたってことか?それともメビウスか……?」
すると、ゼルガが話に割って入った。
「いいや、ガキどもの仕業じゃねぇな……。奴らに『敵の背後を取る』なんて技量があるようには思えねぇ。仮にオレたちの背後を取ったとしても、『後頭部を殴って気絶させる』なんて細かい芸当はしないはずだ。オレが奴らの立場なら、たとえ敵の背後を取ったとしても全力で攻撃をかます。メビウスなら毒を使うはずだが、二人にはその形跡は無い。ガキでもメビウスでもない別の誰かにやられたってことになる」
その瞬間、キャノルが突然大声を出した。
「ああ!そうだ!オレ、なんか白い布を被った変な奴にやられたんだよ!きっとそいつの仕業だよ!!」
「白い布を被った変な奴……?」
突然の大声に驚いたリーゼが聞き返した。
キャノルは必死に答えた。
「そうだよ!オレ、パーカーを着たガキを一人やっつけたんだけど、止めを刺そうとしたら突然そいつが現れて、がれきで生き埋めにされたんだ!オレは後でリーゼに助けられたけど、アローナちゃんとセイラを気絶させたのもきっとそいつの仕業だよ!!」
「おいおい待てよ。パーカーを着たガキって気絶してはいたが、地下で見たぞ。てことは、お前の言う白い布を被った奴は気絶してる無防備のガキには一切手を出さず、万全な状態のお前だけを狙ったってことになるが……」
ゼルガの説明で十二武将全員の表情が固まり、リボルがわずかに震えた声を出した。
「それって、そいつはガキどもに味方をしたってことか……?メビウスとは考えられないか?」
ゼルガが即答した。
「いや、魔女が被るのは黒い布だ。白じゃねぇ。そいつはメビウスでもガキでもない誰かだ。アローナ、セイラ、キャノルを戦闘不能にさせたのも、地下への扉のパスワードを解除したのもおそらくそいつの仕業だな」
メンバーたちは冷静さを失い始めていた。
「おいおい、パスワードを知ってるのはLMCの人間だけだぞ……!それって、つまり……!」
リボルがそう言うとゼルガは一瞬目をつむってから、力強く断言した。
「ああ。こりゃ、いるぞ……。オレたちの中に、警備を手薄にさせてメビウスとガキどもを地下まで招き入れた『裏切り者』が……」




