第22話 脱出
エレベーターに無理やり押し込まれたジェット、キッド、カイト、ダイナの四人は一階へと到着した。
十二武将との戦いで疲弊し、目を反らしたくなるような地獄で心を押しつぶされ、歯が立たない強敵に打ちのめされ、わけがわからないうちにエレベーターへと押し込まれたジェットたちは動く力さえ湧かなかった。
ジェットはエレベーターの扉が閉まる瞬間にフロラに向けて腕を伸ばしたその状態で固まったまま、頭の中にあるのはフロラことだけだった。
「フロラ……助けに行かねぇと……」
腕を地面に突き、ガクガクと震えながら体を起こそうとしていると、柱の根元の階段からメビウスが駆け上がってきた。
メビウスはエレベーターに近づき、精根尽き果てたジェットたちを見下ろした。
「あなたたち、いつまでそこにいるの?今からこの建物を崩壊させるわ。さっさと脱出しないと死ぬわよ」
ジェットはメビウスの言葉にも全く反応を示さず何とか体を起こし、ダイナはメビウスをにらみつけてはいるが、殺そうという敵意を出せる程の体力が残っていなかった。
カイトだけは何とか状況を整理しようと必死だった。
「フロラを……助ける……」
ボロボロの体でなおもフロラを助けに行こうとする半ば狂気じみたジェットの様子を見て、メビウスが言葉を突きつけた。
「フロラ?アンドロイドの事ならもう諦めなさい。今の状態であいつらを相手に取り返すのは不可能よ。生きてここから出ることだけを考えなさい」
メビウスの忠告をジェットはまるで無視しているかのように聞き入れず、エレベーターのB1Fのボタンにゆっくりと手を伸ばそうとした。
「呆れた。馬鹿ね……」
無謀な行動を見かねたメビウスは、おもむろにジェットの後頭部を手で強打した。
「え!?」
ダイナとカイトが驚いた瞬間、ジェットはゆっくりと目を閉じながらその場に倒れた。
「てめぇ……」
カイトとダイナがメビウスに掴みかかろうとしたが、痛みで思うように体を動かせなかった。
ボロボロの四人を呆れた表情のまま見下ろすメビウス。
「手間のかかる子たちね。どこまで私に面倒を見させれば気が済むの?」
メビウスはそう言うと腕から四匹の蛇を生成し、ジェットたちを掴んで近くのトラックに無理やり投げ込んだ。
「ぐっ……」
必死で傷の痛みを堪えるダイナ。
唯一、カイトだけは運転席に押し込まれた。
「まだわずかに体力が残ってそうなあなた。トラックを運転してここから出なさい。私がLMCから奪った爆弾を柱の中に仕掛けているから、ここはもうすぐ崩壊するわ。ギルグランドたちは脱出するだろうけど、地下の魔力吸収装置は工場ごと破壊するから、もう魔女の魔力を吸い取ることもできなくなるわ」
メビウスにそう告げられたカイトは今の状況では言う通りに従った方が良いと判断し、トラックのハンドルを握ると刺さりっぱなしのカギを回してエンジンをかけた。
メビウスは荷台に乗せたジェット、キッド、ダイナの三人に目をやり、意識のあるダイナに声をかけた。
「もう一度言うけど、アンドロイドの事はもう諦めなさい。LMCを相手にするなんて、命がいくつあっても足りないわよ。この街を出て、LMCに目を付けられずに生きていくことだけ考えなさい」
ダイナは自分たちを助けようとするメビウスの行動が理解できなかった。
「何で……オレたちを助けようとする……?」
メビウスはダイナに背を向け、出口の方へと歩き出した。
「一応、あなたたちのおかげで工場に潜入しやすくなったから、そのお礼ってところかしら……。ただし、次に会うことがあったらその時はどうなるかしらね……」
メビウスはポケットに入れていた爆弾の起爆スイッチを入れると、スイッチの赤いランプが点滅し始めた。
「じゃあ、さようなら。死なないように頑張って」
メビウスは一瞬ジェットたちの方を見た後出口へと走り出し、ダイナは複雑な表情でそれを見ていた。
「フロラ……すまねぇ……くそ……脱出するぞ……!」
カイトがアクセルを踏み込み、勢い良くトラックが走り出した。
壁に大きく開いた穴から飛び出し、工場の敷地内をトラックで無我夢中のまま爆走する途中、ゆっくりと街の方へ歩いて行くキャノル、アローナ、セイラ、リーゼの横を通り過ぎた。
しかし、お互い気に掛ける余裕も無く、カイトの運転するトラックは正面ゲートを通過した。
すると、街の方でいたる所から無数の煙が上っている光景が目に飛び込んできた。
「くそっ……オレの育った街が……もう戦争の跡地じゃねぇか……!」
カイトが悔しがりながら運転するトラックが街へと入ったその瞬間、工場から巨大な爆発音と地響きが轟き、その直後巨大な工場が一気に崩れ落ちた。
「うわあああああぁっっ・・・・・!!」
轟音を立てながら崩れ落ちる工場はカイトとダイナを圧倒し、莫大な量の砂埃を巻き上げた。
街にいた住民、逃げ惑う魔女、LMCの人間全員が崩れ落ちる工場に一瞬目を奪われた後、高速で迫りくる砂埃から逃げようと一斉に叫びながら走り出した。
「うわあああああ!!!!」
逃げ惑う人間の走力をはるかに上回るスピードで迫る砂埃は、いとも簡単に人と街を飲み込み始めた。
「うおおおおおおお!!!」
すぐ後方に迫った砂埃に飲み込まれないよう、カイトがトラックのアクセルを全力で踏み込んだ。
荷台のダイナはジェットとキッドの体を抑え、身を低くして伏せる。
「うおあああああああ!!!」
飲み込まれる寸前のところでカイトたちの乗ったトラックは何とか街の外へと飛び出した。
やがて、砂埃は街全体を覆い尽くし、飲み込んでしまった。
数時間後、街を飲み込んだ砂埃がほぼ晴れ、姿を現した街全体はまるで色を失ったかのようにすべて灰色に染まっていた。
人々はほとんど屋内に避難していたが、避難できなかった人は灰色に染まったまま地面にうずくまり、ほとぼりが冷めると救助活動が始められた。
一方、魔女たちは騒ぎに乗じて自分たちの能力を駆使し、ほとんどが街から脱出していた。工場が崩壊したことにより捕らえられていた魔女の運び先も失われ、治安部隊も混乱していたことが魔女が逃げられる大きな要因となった。
魔女を輸送するトラックの中に避難していたリボルが扉を開けて外へ出た。
「げほっげほっ……。おいおいおいおい……、工場が潰れるとか……、一体何があったんだ……?メビウスがこれをやったってのか……?」
まだかすかに埃の漂う街を歩き、先程までそびえ立っていた工場がきれいに無くなっているという信じがたい光景に目を奪われる。
すると、遠くからリーゼ、キャノル、セイラ、アローナの四人が歩いてくる姿にリボルが気付いた。
「おお、お前ら無事だったのか」
やってきた四人は全身汚れていた。
リーゼはリボルを見つけるや否や安心した表情になった。
「あっ!リボル!無事だったのね!もういきなり工場が崩れだして、何が何だか……」
全身灰だらけの四人が近づいてくるのを見て、リボルは顔を引きつらせて少し後ずさりした。
「お、おう……。作戦は中止か?」
リボルが尋ねると、リーゼは全身の灰を払い落としながら答えた。
「そうよ。この私がアンドロイドを捕獲したから、魔女狩りよりもアンドロイドの研究を優先的に行うことになったの。って言っても、工場が崩れちゃったから、どちらにしてももう魔女狩りはできないんだけどね……。十二武将は全員撤退の指示が出たから、落ち着いたら引き返していいわよ」
リーゼの後ろでは、キャノルやアローナ、セイラも灰を払い落としている。
その姿を見たリボルは疑問を感じた。
「他の奴らはどうした?ウェイブとかポジションを無視してガキを始末しに行ったはずだが……」
リボルが尋ねると、一瞬その場が静まり返り、リーゼは呆気にとられたような表情で尋ね返した。
「え……?あいつ魔女捕獲の担当じゃないの?ていうかガキを始末って……、アンドロイドとガキどもは全員工場の地下までやって来たわよ?」
リボルの表情が一変し、険しくなった。
「何だと?ウェイブは確かにガキを始末しに行ったはず……。まさか……、やられたのか……?あいつが……?」
後ろで聞いていたアローナとセイラも驚きの表情を見せた。
「ええっ!?うそ?ウェイブ君負けちゃったの……?」
「そういえば、ヴァリィやラチェットの姿も見当たらない……」
リボルは再び目の前の四人に目を配らせた。
「確かに、ヴァリィとラチェットもいない……!どうなってやがる……?しかも、ガキどもが地下までたどり着くなんて……」
すると、後ろからハーマン、ダスト、マルシェルが駆けつけた。
三人共屋内に避難していたのか、灰は被っていなかった。
「ゲヘヘヘ!そこらじゅう灰だらけー。みんな無事だったのかー」
「ヴオォォォ!何人か足りねぇ!!」
「あんれー?ウェイブっちとかヴァリィちゃんとかいないねー」
駆けつけた三人にリボルが目を配らせた。
「お前らは無事だったのか」
リボルの表情を見て、何か様子がおかしいことをマルシェルは感じ取った。
「『お前らは』って……、まさか何人かは助からなかったのか……?」
「どうも何人かはしくじったみたいだな……。敵を雑魚だと見くびり過ぎたのか、あるいは工場の崩落に巻き込まれたか……」
リボルの言葉に後から来た三人が動揺した。
「は……?嘘だろ……?そんな……」
マルシェルが驚いてプルプルと体を震わせると、誰かが呼ぶ声がした。
「おい、お前ら。」
聞き覚えのある声にメンバーのほとんどがゾッとしながら振り向くと、ゼルガが立っていた。
ゼルガが来ていることを知らないリーゼ以外のメンバーは驚きながら一歩後ずさりした。
「ゼ、ゼルガっち!!来てたのか!」
マルシェルが引きつった顔で思わず叫んだが、ゼルガは無視して全員に向かって話した。
「残っている十二武将はお前らで全員だな。」
あまりに突然の事態が連続して混乱する十二武将のメンバーたちだったが、ゼルガは気を遣う様子などは微塵も見せず、そのまま勝手に話を続けた。
「ボスからの撤退命令が出ているが、ちょっと気になる事が出てきた。全員、三日以内にこの近くのサイプレスタウンにある第六研究所に集まれ。いいな?」
十二武将のメンバーたちは何が起こっているのか全くわからないまま、ただただゼルガの気迫に押されて頷くことしかできなかった。
その頃、街の入口にある門の下に二人の女性の姿があった。
「何か街の中すごいことになってるけど、メビウス様大丈夫かな……?」
金髪のショートヘア―の少女が不安気に話した。
話しかけられたもう一人の、肩くらいまでの長さの黒髪を後ろで束ねた少女が平然と答えた。
「大丈夫だよ。メビウス様にとってはこれくらいどうってことないって」
すると、近くにあるマンホールの蓋がガタガタと開き、中からメビウスが姿を現した。
二人の少女が驚き、慌てて駆けつける。
「メビウス様!大丈夫!?」
「怪我してる……!」
少女たちは所々切り傷を負ったメビウスを心配するが、メビウスは特に構うことなくゆっくりとマンホールから出た。
「これくらい平気よ。待たせたわね。大丈夫だった?」
メビウスが体についた泥を払い落としながら二人の方を見た。
メビウスの無事を確認した少女二人はまるで母親が迎えに来た時の子供のように、一気に嬉しそうな表情になった。
「うん!メビウス様の指示通り、リリスの魔法でずっとここに隠れてたから大丈夫だったよ!」
金髪の少女が隣にいる黒髪の少女の肩を掴んで答えた。
リリスと呼ばれた黒髪の少女は若干呆れたような表情になり、横目で金髪の少女の方を見た。
「まあ、フュオナはずっと怯えてただけだったけど……」
フュオナと呼ばれた金髪の少女が慌て、リリスの肩を掴んで激しく揺らした。
「あああ!!それは言わない約束でしょ!!」
リリスは揺さぶられながらメビウスの方を見た。
「あの……メビウス様。さっき街の中から逃げてきた魔女が何人かいたので匿ってるんですけど、どうしたらいいですか?私たちの事はある程度伝えたんですが……」
リリスがそういうと、近くにあった木の陰から四人の魔女が姿を現した。
命からがら街の中から逃げてきた四人の魔女は、全員不安そうな表情をしてメビウスを見つめた。
すると、四人の魔女を見たメビウスはジェットたちやLMCの人間と一緒にいた時とは別人のような柔らかい笑みを浮かべた。
「あなたたち、ここから自力で故郷に帰れる自信はある?」
メビウスが尋ねると四人はゆっくりと顔を横に振った。
それを見たメビウスは優しげな笑みを崩さず続けた。
「だったら、私たちと一緒に来る?私たちも仲間が必要なの。一緒に協力しない?」
メビウスがそう言うと不安な表情だった四人の顔に少しずつ笑みが浮かび始め、お互いの目を見合わせた後、顔を縦に振った。
それを見たメビウスも嬉しそうな表情を浮かべた。
「決まりね。今日からあなたたち四人を仲間として迎え入れるわ。私、リリス、フュオナと一緒にみんなで協力しましょう」
メビウスを筆頭に七人の女性たちはフードを被って顔を隠し、街を後にした。




