第20話 悪魔降臨
ギルグランドはゆっくりと辺りの状況を見回した。
倒れているジェットたちにも一瞬目を向けたが、まるでどうでもいいことであるかのように目を逸らし、ルシードに声をかけた。
「魔女狩りの進捗具合はどうだね?」
尋ねられたルシードは軍隊のようにビシッと背筋を伸ばして答えた。
「はっ!他の隊員から順調に進んでいるとの報告を受けております!こいつらはアンドロイドと関わったとされる人物の為、即刻処理致します!」
ルシードが再び戦闘態勢を取ると、ジェットたちはギルグランドに注意を寄せつつも、ゆっくりと体を持ち上げてルシードの方を向いた。
「待て、ルシード」
今まさにジェットたちに襲い掛かろうとしていたルシードが、ギルグランドのたった一言でピタリと動きを止めた。
その威圧感にジェットたちも思わず動きを止められ、まるで部屋全体の時間が止まったようになった。
ギルグランドはジェットの右腕に目を配らせた。
「なるほど、君がアンドロイドを拾ったという少年だったのか……」
「っ………!」
異常な威圧感はジェットたちの体を緊張で硬くした。
ギルグランドとルシードのちょうど間にいるジェットとカイトはゆっくりと体の向きを90度動かし、ギルグランドとルシードの両方を視界に捉えられるようにした。
ルシードの後方、ギルグランドとは反対側にいるダイナはゆっくりと左に動き、ギルグランドの動きを把握できるようにした。
心を見透かされているかのような鋭い眼光でにらまれるジェットの額に一筋の汗が流れた。
「そうだ……。オレがアンドロイドを拾った……。だけど、Dr.アクアから盗んだものなんだろ?文句あるか……?」
威圧感にのまれそうになる中での、ギルグランドに対する精一杯の抵抗だった。
心臓の鼓動が高まるのがはっきりと分かった。
横で聞いているカイトとダイナは何の話か分からなかったが、フロラが普通の人間ではないということは、一緒に戦った時の様子や敵のフロラへの執着の様子からある程度感じており、話の筋はなんとなく掴んでいた。
アンドロイドを盗んだことを指摘されてもギルグランドの表情は全く変わらなかった。
「アンドロイドをこちらに引き渡してくれないか……?代わりに君の望むものをなんでもあげよう。お金でも、物でも、地位でも、名誉でも、人でも……」
明らかに相手に何かをお願いする表情ではない、真っ先にジェットが感じたものはそれだった。
そして、態度や提案された条件がどんなものであろうと、目の前の男にフロラを渡すわけにはいかなかった。
ギルグランドをにらみ、威圧感にのまれないように自分の意志を突きつけた。
「ダメだ……!何があろうとあいつは渡さない……!お前たちに利用なんてさせねぇ!」
否定されてもなお、ギルグランドの表情はまるで凍りついているかのように終始変わらなかった。
「そうか、残念だ……。ならば今まで通り、力ずくで取り返すしか方法が無いようだな、ジェット・スカイファイン、そして、ダイナ・クラウディアよ」
「えっ……?」
妙な違和感が走った。
「何でオレとダイナの名前を……!?」
ジェットが問うと、冷たい表情だったギルグランドが目を細め、複雑な面持ちになった。
「やはり聞かされていないか、私のことは……。まあそれが当然か……」
「おい!どういう……」
ジェットが必死に尋ねた、その時だった。
突然、ズドン!という音と共に、焼却炉から灰と土埃が吹き出した。
「何だ!?」
ジェットたちとルシードが驚き、焼却炉の方を見た。
ギルグランドは全く動揺するそぶりを見せない。
土埃が薄れていくと、少しずつ、見覚えのある銀色の光が見えてきた。
その光に、ギルグランドを除く全員が反応を示した。
ジェットとカイトは驚き、ルシードは苦い表情になり嫌悪感を示し、そしてダイナは目と口を開いて血相を変えた。
銀色のオーラを纏う女性はその場にいた全員に目を配らせると不敵な笑みを浮かべた。
「あら、賑やか」
その場に更なる緊張が走る中、真っ先に声を上げたのはダイナだった。
「メビウス……!」
ダイナは反射的に姿勢を低くし、いつでも飛び出せるように身構えた。
しかし、今の緊迫した状況でうかつに動くことは許されなかった。
じれったい感情を必死で押し殺し、何とか冷静さを保ちながら様子をうかがった。
名前を呼ばれたメビウスはダイナの方を見た。
「あら、ダイナ。あなたこんなところで何やってるの?しかも、さっきの子たちと一緒じゃない。友達になったの?」
その場の雰囲気とはかけ離れた、調子の狂う話し方に冷静さを削がれたダイナは拳を握りしめた。
「てめぇ!ふざけんな!」
メビウスは不敵な笑みを浮かべたまま足元の骨を踏まないように焼却炉から出ると、堂々と仁王立ちをし、ギルグランドを見た。
「久しぶりね、ギルグランド。当然、私が何をしにきたかわかってるわよね……?」
ギルグランドの表情がわずかに変化し、ほんの少しだけ口角を広げ、笑みを浮かべた。
「もちろんだとも。いつも邪魔されているからね。だが、さすがに煙突を通り抜けてここまで入り込むとは驚いたよ。そして、君の思い通りにさせるわけにはいかないな。メビウス」
ギルグランドの目がルシードの方を見た。
「ルシード、頼む。十二武将最強の君の実力を見せてくれ」
「はっ!かしこまりました!」
命令されたルシードは盾を構え、メビウスにじりじりと近づいた。
「おい!何勝手なことしようとしてんだ!この女を殺すのはオレだ!」
長年殺そうと思い続けていた相手に敵が近づく様子を見たダイナは黙っていられず、焦って思わず声を上げた。
しかし、ルシードはダイナの言葉には全く反応せず、メビウスもルシードに向かって戦闘態勢を取った。
「おい!聞いてんのか!!」
我慢できず、ダイナが再びルシードに呼びかけると、メビウスが腕から銀色の蛇を生成し、今にも飛び出してしまいそうなダイナの顔の前まで伸ばした。
「ダイナ、あなたの相手はまた今度してあげるわ。今は……違うでしょ?」
ルシードから視線を逸らさないメビウスにそう告げられ、ダイナは拳を握りしめ、歯を食いしばり、下を向いた。
目の前で標的を奪われそうになって焦りながらも、今は勝手な行動を取れる状況では無いことを分かっていた。
「……くそっ……」
悔しさに打ち震えるダイナを置き去りにして、目の前でルシードとメビウスの戦闘が始まった。
ジェットとカイトの二人はダイナの事を心配する一方で、メビウスが戦う姿を見ると自分たちの事を情けなく感じ始めていた。
メビウスの忠告も聞かず、五人で意気揚々とここまで乗り込み、ボロボロになりながら最深部に到達し、敵の親玉が出てくるとビビって何もできなくなる……。
目の前で繰り広げられる戦いを見ていると、自分たちの事がそんな風に思えてきていた。
メビウスは同族を助けるために一人で敵地に乗り込み、敵の親玉を目の当たりにしても臆すること無く、自分たちが敵わない相手と目の前で互角に戦っている。
その姿は、ジェットとカイトを奮い立たせた。
ギルグランドの威圧感に気圧されている場合ではない、そう思わせた。
一方でダイナもまた、悔しさが少しずつ怒りへと変わり、奮い立ち始めていた。
自分の目的を成し遂げるためにはこの腐った巨大企業が邪魔だと、激しい怒りを感じていた。
メビウスとルシードの激しい戦闘を後ろにし、まとわりつく威圧感を跳ね除けたジェットたち三人は目の前のギルグランドと相対した。
「おい、ギルグランド。何のために魔女の命を吸い尽くすんだ。お前の目的は何だ!こんなことはやめろ!!」
力強く口火を切ったのはジェットだった。
ギルグランドの口角がわずかに真横に開いた。
三人には、ほんのわずかに嫌悪感を示したかのように見えた。
「何を言っているんだ凡人が。LMCと人類の未来の為に決まっているだろう。古くから人間を虐げてきた邪悪な魔女を有効活用し、人類に夢を与える新世代のエネルギーとして利用することの素晴らしさがわからないのかな?」
ジェットたちはギルグランドが何を言っているのかわからなかった。
もちろん、一つ一つの単語は理解できたが、ギルグランドの思考は理解できなかった。
ただ、ギルグランドとは話がかみ合わないだろうということだけ、直感的に感じ取った。
話し合いが無駄だとわかり、腕を構えたジェットが気迫を前面に押し出した。
「やめる気が無いなら、力ずくでやめさせてやる!!」
ジェットがギルグランドに挑もうとしている様子を見て、カイトも笑いながら武器を構えた。
「へっ、社長相手に喧嘩か……。面白れぇ!」
ダイナも続けて戦闘態勢に入った。
「LMCがいる以上、メビウスと戦う機会を邪魔されるってことがよく分かったぜ……!」
三人がギルグランドに向かって構えた、その時。
「ああああ……!!!」
ジェットたちの後ろからルシードの悲鳴が聞こえた
驚いて振り返ると、メビウスと、その腕から伸びた十匹の蛇に体中を咬まれているルシードの姿があった。
ルシードが口から泡を吹いて倒れるとメビウスは蛇を元に戻し、何事も無かったかのようにギルグランドを見た。
「次はあなたよ、ギルグランド」
メビウスはルシードを倒した。
ほぼ無傷のその姿にジェットたちはしばらく呆気に取られていた。
倒れるルシードの横を通り、メビウスが少しだけ距離を置いてジェットたちの横に並んだ。
ジェット、カイト、ダイナ、メビウスの四人がギルグランドと向かい合う。
倒れるルシードを見るギルグランドの目は、まるで壊れた道具を見るような残念そうな表情だった。
「ルシード、私の期待を裏切るか……。仕方ない、とっておきの相手を用意してあげよう」
そう言うと、ギルグランドは指をパチンと鳴らした。
すると、エレベーターの扉が開き、中から二人の男女が出てきた。
ライオンの鬣のように広がった金髪の男と、さらりとした白い長髪の病弱そうな印象の女性だった。
二人はゆっくり歩いてきてギルグランドの前で止まると、ギルグランドがまるで自分の自慢の物を見せるかのような得意気な顔になった。
「紹介しよう。私の優秀な部下、ゼルガとキヨラだ」
紹介された二人を見たカイトが突然血相を変えた。
「おい……、ゼルガ……ゼルガじゃねぇか!お前、何やってんだよ!?」
カイトが金髪の男ゼルガに向かって叫んだ。
その声は少し裏返ったように響き、普段楽観的なカイトらしくない泣きそうな声だった。
しかし、感情的になるカイトとは対照的に、ゼルガは冷めていた。
「誰かと思えば、カイトじゃねぇか……。お前こそこんな所で何やってんだよ。てかその格好……、まだこんな街であんなくっせぇ仕事してんのかよ?」
作業着姿のカイトを見たゼルガは、歯が見えるくらいニヤリと口角を広げて笑った。
大きくギョロリと開いた目、爆発したように刺々しく広がり存在感を放つ髪形、180cmはゆうに超える身長とそれに見合った屈強な体格、そして、背中に背負っている体よりも大きな両刃の斧がゼルガの凶暴な性格を表している。
その姿にジェットはウェイブが子供に思えるくらいの凶暴性を感じていた。
カイトは険しくもどこか悲しそうな顔をしていた。
「突然いなくなったと思ったら、なんで……なんで……、なんでギルグランドの合図で出てくるのがお前なんだよぉ!!」
カイトの叫びを見てもなお、ゼルガはまるで見下すかのような表情だった。
「はっ……。オレはあんなくだらないところで働くことに嫌気が指しただけだ……。LMCの方が自由に自分の力を心置きなく使えるからな……。お前はいつになったら気付くんだよ?カイト先輩?」
悔しそうに拳を握りしめるカイトをよそに、ギルグランドが口を開いた。
「知り合いだったのか、まったく世間は狭いな。まあいい、ゼルガ、キヨラ、この者たちの始末を頼んだ」
「「了解」」
ゼルガとキヨラが同時に返事をした。




